第四話-水城-
「もう四日目だろ。いい加減、失血死やら刃物が凶器やら以外の情報が出ても良くないか?それともまじでこれしかわかんないのか。被害者の情報すら一ミリも出ねえし」
「まあ、確かに。敢えて伏せてるんじゃないか?模倣犯が出ないように」
「なら、刺し傷以外に犯人は何かそれらしい痕跡を残してるってことだな」
「現場にサイン残すとか。若しくは被害者のどこか一部を持ち出していたりとか?」
「被害者が何歳から何歳までで、男か女かもわかんねえから予想もつかないな。……にしても迷惑だよな。このままだと明日も起こるだろ」
「俺、今日はお前の家泊まりに行くから」
「は。何で?」
「みずきちが外出しないように見張り」
「流石に休校になったら出ねーよ」
「どうかな。自宅待機命令が出てもじっとしてないんだから、信用はないなあ。紬にも頼まれてるし、取り敢えず今日と明日はお世話になりまーす」
突然。何の脈絡もなく告げられた言葉に目を剥く。文句の一つでも言ってやろうとスマホに落としていた視線を上げるも、今度は薊がゲーム画面を見ていて視線がかち合うことはなかった。迷いなく操作パネルを滑る親指からは、圧倒的な経験値を感じさせる。
伏せられた睫の奥。左の瞳。まるで花びらのような模様をしたその瞳が、僅かにエメラルドの色を浮かべる。それを見て、今度は水城が呆れのため息を吐いた。言おうとした文句は喉元まで来て消える。
「お前、そんなことで瞳を使うなよ」
「あれ。ばれた?」
「ちょっと色見えてる」
「ふうん。やっぱり色素の薄いレンズだと完全には隠れないか」
ばれた、と言いつつ使うことを止めはしない。相変わらずブラウンのレンズの隙間からは美しいエメラルドが覗く。水城の不遜な態度も大概ではあるが、薊もそれに引けを取らなず懲りない性格だ。
本来なら薊が水城を嗜める資格もなければ、その逆もしかり。気ままで我を通す二人を叱り付けるのは、また別の友人の役目だった。
つまりどれだけ互いに間違いを指摘し合ったところで水掛け論にしかならないのだ。
「俺の瞳は所詮Dランクだからいーんだよ。どれだけ酷使したところで別に俺以外の誰かが困るわけでもなし。俺はこれを備わって生まれた時からゲームに使うって決めてんの」
「ゲームも良いけどもっと他にも使い道あんだろって話だよ」
「将来ゲームで生きてくからゲーム除けばよっぽどの有事以外でに使う予定はないかな」
ああ言えばこう言う。口元を引き攣らせるも、ゲーム画面を見たままの薊にその様子が伝わることはない。さっきまでの水城の態度への仕返しなのか、口角を上げる薊は水城とは打って変わって上機嫌だった。
「俺なんかより、みずきちの方だろ」
「はあ、俺が何」
「お前の瞳は俺なんかよりウンと価値が高くて国宝級だって話。そんなゴーグル使ってたら、わかる人が見たら直ぐバレる」
「目に異物入れんのが何か気持ち悪い」
「子供かよ」
「それにゴーグルはゴーグルで便利だしな。同じ機能付けたレンズ買おうと思ったらいくらするよ」
「相場を見たことすらないけど多分百はくだらない」
「ほらな。やっぱゴーグルでいい」
とっくに一限目の時間は過ぎている。けれど緊急会議に入って忙しいらしい教師が来る気配もなければ、水城と薊以外の生徒が自習を始める様子もない。自習なんてあってないようなものだ。それが《自習》とだけ銘打って課題の一つすら与えられないのなら、それはもうただの自由時間だ。
相変わらずパネルに指を滑らせる薊は、瞬き一つせず画面をじいっと見たまま「お前には危機感がない」と抑揚のない声で嗜める。自宅待機にも関わらず学校へ登校して来たこともしかり、自分の瞳の価値を充分に知っていながらその警戒を怠る態度しかり。それらについてはどうしても、どれだけ屁理屈を並べられようと譲歩も納得も出来ないようだった。
「危機感っつっても、何に持ってって言うんだよ。俺が《価値ある瞳》を持ってるからって、誘拐でもされるってことか?」
「そういう可能性も充分にある」
「攫ってどうするんだよ。何か有用に使うのか?なんていうか、こう、表立って言えないような仕事とかに」
「五分五分じゃないか」
「五分五分?」
「そう。《価値ある瞳》の所有者をそのまま良い様に使うか。……それとも」
それとも、《価値ある瞳》だけを使うか。
薄いレンズに覆われたエメラルドグリーンの瞳。そこに蓄えられた鈍い光が、僅かに揺らぎを見せた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇