表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
2/16

第一話-相模-

「はあ、嫌やわ。これ、またやらかしてんで」


 相模はあからさまなため息の後、周囲のざわめきに溶け込ませるかのように小さくそう呟いた。細い銀縁のメガネを手の甲で押し上げる。ついさっきまでアラームを吐き出していた自身のスマホへ指を滑らせ、送られて来たニュース記事を開いた。「はあ」と二度目のため息。

 イヤホンに付属されたマイクが相模の声を広い、それをニュース記事のバックグラウンドで開いているチャットアプリへと書き出して行く。言葉の切れ目で相手へ呟きが送信されたことは、ポッという丸く短い音でわかる。


「はあ、じゃないだろ。どうするんだ?アイツなんじゃないのか?お前今どこにいるんだ?」


 送信されたその呟きは、しっかりとリアルタイムで相手に読まれていたらしい。素早く返って来たメッセージが音声合成ツールによって読み上げられる。

 コールセンターの女の人を彷彿とさせるような綺麗な声でツールによって文面を読み上げているが、実際相模がやり取りをしている相手は男だ。それも、自分と同じく二十七歳となかなかに良い年齢をした。相模がこの相手に敢えてコールセンターのお姉さんの声を設定しているのは、ちょっとした嫌がらせと自己満足だった。嫌がらせと言いつつ、相手にはこんな不似合いな声を充てているなど告げていないのだから、やはり自己満足が大半を占めるのかもしれない。

 いくら機械音、それも綺麗な声だからと言って、文面の緊迫感がわからないわけではない。それでも相模は焦燥感を抱くわけでもなく、アラームが突然鳴ったことで食べ損ねていた目の前のベーコンエッグバーガーを手に取る。それに大きく齧り付き、出来立ての温かさは減ったもののようやく美味しいご飯にありつけたことに、満足げに頬を綻ばせた。間違っても咀嚼するような声や音が入ってしまわないよう、念のために指でマイクを押さえながらもう一口頬張る。「聞いてるのか?」妙な空白の時間に耐え切れない相手が、美しい声でそう催促する。


「聞いてる聞いてる。どうするも何も、どうもせんしどうすることも出来ん。だって俺アイツの連絡先知らんもん」

「何のための契約だよ。連絡ならスマホじゃなくても取れるだろ」

「アカンて。こんなんで使ったら、俺が殺されてまう」

「こんなんって」


 言葉の途中にも関わらず送られて来たそのメッセージは、それ以降続かなかった。どうやら呆れてしまったらしい。恐らく、当然、納得はしていないだろう。まだ話は続くだろうなと踏み、セットで付いて来たコーヒーを飲みながら、手持ち無沙汰に周りを見回した。

 まだ朝の七時半という早い時間。にも関わらず混み合う店内は、池袋の東口の入り口という好立地からのものだろうか。相模がよく利用するこのベッカーズは”ファーストフードレストラン”をコンセプトとした、ハンバーガーをメインに添えるレストランだ。レストランでありながら早朝から店に入ることが出来、早朝から美味しいジャンクフードを食べられる。その上モーニングセットまである。朝にたらふくご飯を詰め込み昼は抜き、夜はお酒と少量のつまみを食べるという健康とも不健康とも言えない生活を送っている相模にとって、自炊以外で朝から外で満足に腹を膨らませるには最適な場所だった。通いなれた店、決まったテーブルは、憩いの場所でもある。

 今どこにいるんだ?と言いつつ、ほんまは目星付けてんねんやろ。

 先程矢継ぎ早で送られて来た質問を思い出し、今頃慌てて靴を引っ掛けてこっちへ向かっている姿を思い浮かべてこぼれそうになる笑いを堪える。靴を左右逆に履いて来たりしないだろうか、と変な期待をする。


「なあ、家出たん?」

「出た。どうせベッカーズだろ」

「また慌ててたんちゃうんか。靴逆に履いてたりせん?」

「そんなことするわけないだろ」


 勇ましいお姉さんだ。全く声と不釣合いな話し方には違和感しかないが、相模の中では既に整合性が取れている。愛想のないお姉さんに「ほんまにー?」というおちゃらけたことを言うも、相手は「後十分くらいで着く」と業務的な返事を返すのみだった。


「心なしか人が少ない気がするけど、駅も少ない?」

「そんなことないで。いつもどーり人は多い。たださっきのアラームで、飯食ってた人が慌てて出てったりはしたけど、家帰ったとかではないやろな。多分遅延やなんやで電車遅れるからやわ。日本人は真面目やから、あんなえげついアラーム鳴っても時間通り仕事行くんやなあ」

「俺たちも今日は偶々休日ってだけで、昨日と一昨日は出勤しただろ」

「アラームの記事見たら、豊島・練馬・中野・板橋・文京・北・新宿に住んでる学生は自宅待機、対象区域内の学校も朝は休校らしいで。大層やな。ここまでやるんやったらいっそ東京の学校全部休校にしたったらええのに」

「そんな毎日毎日全部の学校を休校にはしてられないんじゃないか」


 ご尤もだ。今日で連続四日目。明日また起こらないとも言い切れない。そんな中に外を出歩くのはどうかとも思うが、出歩かないわけにもいかない。

 社会人はアラームが鳴っても他人事のように会社へ行き、学生も決まった単位分の勉強をさせるためには危険だからと毎日自宅待機させるわけにもいかない。どう転んでも何処からか苦情が来る案件ではあるが、都としては一先ず周辺地区への配慮に留めたようだった。


「なんにしても、現状止められるのはお前だけだし、種を蒔いたのもお前なんだから、なんとかしろよ。明日二桁の遺体がまた見つかったとかなったら、いよいよ東京が狂ったと思われるだろ」

「二桁は笑えんなあ」


 そう言いつつ、コーヒーに移り込んだ顔の表情は緊張感のない薄ら笑いを浮かべている。それが相手にもわかったのか、「自分の顔見て言いなよ」とチクリと刺された。

 四日連続、それも日に日に発見される遺体の数が増えている。四日目の今日、七人もの遺体が発見されたとなると、明日には二桁の遺体が見つかる可能性も有り得ない話ではない。一日で二桁の遺体が同時に見つかれば東京が狂ったと思われると言うが、そもそもこの四日で既に十六人もの被害が出ている。

 他県からすれば、東京は既に化け物の潜む狂った都に見えるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ