第十五話-幼馴染A-
「右目3.0、左目5.5。判定D。後天性ノヴァ……ノヴァ!?」
水城と薊はぎょっとしたように大袈裟な程目を剥く。紙面上の文字と梅野を何度も見比べた後、ノヴァだと診断を下された左目を凝視する。けれどその瞳は右と比べてもさほど違いが分からず、二人が訳が分からないといった様子で言葉を詰まらせた。
「色の違いわかりにくいよね。でもほんと、ちょーっとだけ色が違うの」
「……紬はもともとどっちの目も色素が薄い方だから、ノヴァの瞳って言われても不思議じゃないけど。左目?」
「そう、左目。左目の方が少し薄い」
「右目の3.0もだいぶ良いと思うけど、確か視力でノヴァの判定が出んのって4.0か4.5だっけ」
「先生は4.5って言ってた。役所へ申請するための書類とかもたくさん貰ったんだけど、そっちも見る?」
「いや、いい。そっちはただの申請書と手続きのための診断書だけだろ」
「これで三人共ノヴァなわけだ。早々ないだろうね、こんなこと」
しみじみと、感慨深げに薊がそう呟く。
ノヴァの所有者は決して多くはない。生涯で一度も出会うことのない人だっている。その上、ノヴァの大半はDランクで占められ、C以上ともなれば研究者や医者でない限りまず出会うことはない。
自ら公言し、ノヴァであることを売りにテレビや雑誌に出ている者も少数ではあるがいる。そういった人を除けば、こうやって画面や紙面越しではなく、対面してノヴァが向き合うことなど奇跡に近いものだ。
付け加えれば、三人は仲が良く、互いに信頼し、認め合っているからこそ、ノヴァであることもノヴァのランクさえも隠さず共有し合っている。ノヴァであることを隠して生きることが標準となっている今では、とても稀有なことだった。
「正直凄く嬉しかった。だって私だけノヴァじゃなかったんだもん」
「後天性って、だいぶ珍しいよな。都市伝説レベルじゃねえ?」
「本当に都市伝説みたいなAランクに言われてもねえ」
後天性が珍しいものだということは、診断を受けた際に説明を聞いた梅野だけではなく、これまでノヴァのことをそれなりに調べて来た水城と薊も当然知っていた。それでも、どれだけ珍しいと言われても、ランクはD。目の前にいる、まさに生きた都市伝説である水城を前に、梅野と薊はにやにやと意味ありげに笑みを浮かべた。
「止めろ、俺をいじんな。……ノヴァってことは隠すのか?そのぐらい左右で目の色わからないと、別にコンタクトレンズも必要なさそうだけど」
「私もそう思ったんだけど、一応コンタクトは貰ったよ。突然ぴかぴか光られても困るし」
「ぴかぴか」
「光んねーよ。お前、俺らがノヴァ使ってる時の効果音今すぐ改めろよ」
笑いを堪えるように肩を震わす薊は、そういえばと再び梅野の左目を見た。
「紬はいつからノヴァなんだろ。ぴかぴかしてるの、見たことないし」
「おい」
「いやいや。逆にどうやって光らせてるの?どういう時に光るの?」
「意識して使おうとした時かな。普段より、ノヴァの力を活用しようとして」
「拓哉はよくゲームしてる時に光ってんだろ」
「確かに」
ふむふむと納得したように頷くと、梅野は先ほど四つ折りの紙を取り出した方とは別のポケットから何かを取り出す。つるりとした小さな黒の合皮のケース。それを開けると、蓋の内側に小さな鏡が付いており、更に丸いケースが二つ並べられていた。
「それ、コンタクトケース?」
「うん。コンタクト使うのは左目だけだから、予備としてもう一枚入れてる」
「俺も同じ使い方してる」
長年コンタクト愛用者である薊が、ケースを取り出す。こちらは真っ白な、丸が二つ並べられただけのシンプルなコンタクトケースだった。
「ちゃんと入れれんのかよ」
「入れれますー。病院で散々練習させて貰ったもんね」
いじけたようにそう言うと、梅野は一つの蓋を開けてレンズを指先に乗せる。深いブラウンの色をしたそのレンズをしばし見た後、外ケースに取り付けられていた小さな鏡を見ながらゆっくりと瞳へ被せる。まだ慣れていないその作業に、梅野の指先はふるふると震えていた。
レンズを馴染ませるように上下左右に瞳を動かし、何度か瞬きを繰り返す。鏡で両目を見れば、僅かに違いのあった瞳の色がきちんと均一化されている。
「どう?」
そう問いかけられたところで、大きく見た目の変化のないその瞳に感想を言えるようなものではない。多少拙さはあっただろうが、それ程時間をかけることもなくレンズを目に入れられたことを得意げにしているのだ。
けれど、鏡から顔を上げて嬉々として問いかけた梅野は、目の前で冷や汗を浮かべて目を丸める水城を見て「上手でしょ?」と続けようとした言葉を呑み込んだ。
「……快?」
「どうした、みずきち」
梅野の様子から、隣の水城の異変を察した薊が肩を揺らす。それでも一言も発さず、唇を紫にさせ、顔色の悪いまま愕然とした様子で梅野を見ていた。
「紬」
震える唇で、搾り出したような声を出す。薊は身を乗り出すように水城の表情を覗き込む。エメラルドの瞳から、場にそぐわぬ美しい輝きを溢れさせていた。
「紬に、死点が見える」
統一性のない光の粒がまとまり、紬の左目に集る。存在感を主張する眩い光の粒子。何も知らない他者からすれば、その光景は神秘的で、ミステリアスで、魅力的な光景だったかもしれない。
けれど水城にとって見慣れたその摩訶不思議な光景は、ただの死をもたらす擬似的な神でしかないのだ。




