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ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
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第十三話-幼馴染A-

「宗教っぽくない?」


 テーブルに並んだのはシーザーサラダ、鶏もものみぞれ煮、茄子と挽肉の炒め物、筑前煮、赤出汁の味噌汁、ご飯。ボウルや大皿に用意されたそれをそれぞれ取り分けながら、箸を突く。

 シーザーサラダに大目のドレッシングをかけて頬張る梅野は、水城らから聞いた話を聞いて眉を顰めて言う。「確かに」相槌を打ったのは薊だった。

 当初話し終えた後には乱心した梅野によって、この食卓に並べられた暖かな食事が宙を舞うことになるのではないかと内心びくびくとしていたが、そんな様子もなく。やけにすんなりと議題に乗られたことにほんの少し違和感を覚えながらも、薊は口の中のご飯を飲み込む。


「その可能性はあると思う」

「宗教って……何のだよ。自分で言うのもなんだけど、あんな路地裏の暗がりに追いかけて来てまで誘う価値はないだろ」

「いやいや何言ってんの。あるじゃない、瞳」

「瞳?ノヴァのことか」

「紬、瞳の宗教のこと知ってんの?」

「え?瞳の宗教?知らないけど。……あるの?」


 当てずっぽうらしい。水城のずずっという味噌汁を啜る間抜けな音が場を繋いだ。


「オープストっていう、都市伝説みたいな組織。りんごと目のマークをシンボルにしてる。盲目の人の視力を回復する研究してるとか、特別な瞳を作るためにノヴァの研究をしてるとか、いろいろ噂がある」

「それらしいのがあるんだね。どう、そのかいりって子はその組織の子ではないの?」

「いやわかんねえよ……。でもかいりからは一回も何か勧誘されたような覚えはないし、オープストの名前も一度も出て来てない」

「でも鈴を貰って、ええっと、鍵っていうカラーコードみたいなものも教えられたんでしょ?」

「ああ」


 そういえば、とポケットから赤い鈴を取り出す。高音で響くというより心地よくころころと鳴るそれは、赤い大玉の鈴だった。取り付けられた編みこみの紐部分も赤く、見る人によれば気味悪くも見えるかもしれない。

 その鈴を「貸して」と手に取った梅野は、紐を揺らして音を鳴らす。ころんころん。耳を寄せて音色を聞き、口元を緩めているのを見ると、どうやら梅野はその鈴が気に入ったようだった。


「ただ瞳の宗教ってだけでオープストを疑ったわけじゃない。かいりはみずきちのことを《黄金の果実》って言ったんでしょ?」

「言った。……あ」

「え、心当たりあった?」


 心当たりがあった。何故言われてすぐに思いつかなかったのかと言われれば、それは目との接点をまず思いつかなかったからだ。目、果実、りんご、黄金、とその四つを組み合わせれば、薊が言わんとするものが自然と浮かぶ。

 心当たりがある。水城にも、薊にも。そして、未だ首を傾げる梅野だって、その心当たりはある筈なのだ。


「小さい頃読んだでしょ。みずきちのお父さん達の研究所の職員さんが書いたっていう絵本」

「絵本?……なんだろ」

「目の見えない女の子がりんごを食べて目が見えるようになる話」

「ああ!あったあった!すっごくおぼろげだけど、覚えてる」

「おぼろげなのに覚えてんのかよ」


 鼻で笑って鶏肉を食べる水城の脛を、目の前に座っていた梅野が蹴り上げる。次いで口に入れようとしていた鶏肉が、ぽろりと箸から受け皿へと落ちた。


「そこに出てくるりんごの色は緑、黄、赤、黄金。俺もりんごそれぞれの効果までは覚えてないけど、確か順に見えるモノのランク的なものが上がってた気がする。ノヴァのランクみたいに」

「それで当てはめるなら、確かに俺は黄金の果実だよな。Aランクなわけだし」

「そんな偶然ある?絵本の内容とぴったり合うようなこと、意味深に言うなんて」

「だから、宗教くさいと思ってオープストの可能性を考えたんだけど」


 続きがあるようだった。

 水城と違って音もなく味噌汁を啜る薊は、まだ何か考えあぐねているのか腑に落ちない顔をしている。


「……いいや、この話は後に回そう」

「はあ?良くねえよ。何か考えてんなら話せって」

「ちょっとまだ上手くまとまんないから。それより、みずきちにもう一個聞きたいことがあるんだけど」

「……何」

「みずきちが何で連続殺人事件に拘ってるのかってこと」


 ぽろっ。先ほど取りこぼした鶏肉が、また皿の上に転がり落ちる。

 蒸し返すのか、その話を。折角梅野からの非難を免れたかに思えたのに、こんなところで蒸し返してしまえば見逃して貰えていたものを態々見つけられに行っているようなものだ。下手をすれば拳も料理も飛ぶ事態を互いに危惧していたにも関わらず、何を今更。

 水城は澄ました顔をしてサラダを食べる薊に恨みがましい視線を送ってから、恐る恐る梅野を見遣る。けれどやはり、梅野から拳が飛んで来るようなことはない。黙々と、薊と同様何を考えているのかわからない顔で味噌汁の豆腐を食べていた。これには流石に薊も不思議に思ったのか、露骨に首を傾けたのが横目で見て取れた。


「紬、今日は大人しいな」

「……そう?」

「……何か隠してんだろ」

「あのさあ、怒んないで話聞いてあげようとしてるんだから、つっつかないでよ。そんなに怒られたいの?」


 最もな答えに押し黙る。梅野は不満げに唇を尖らせた。


「怒られたいわけじゃねーけど、いつもなら怒るだろ。それを怒らず黙って話を聞くって言われても、不自然じゃねーか」

「……うん、そうだよね。それはわかるよ。でもちょっと待って。私の話も、ほら、まだ上手くまとまんないから、やっぱり先に快が話してよ」


 どうやら梅野にも後ろめたいこと、水城を怒るに怒れない何らかの事情があるらしい。

 今日の殺人事件現場は池袋。梅野の住む地区の目と鼻の先であり、隣接区である水城以上に警戒区域としての危険度は高かった。当然、自宅待機を言い渡されている。にも関わらず、こうして警戒区域である池袋から練馬区の水城の家にまで何の連絡もなくやって来ている。常日頃些細な校則すら破ったことのない梅野が、こうした行動に出ること自体最初から不自然だった。


「……わかった。んじゃ、順番に話そう」


 水城が折れた。


「さっき拓哉にはちらっと話したけど、俺の通学電車に毎日同じ時間に乗ってる女の人、それに同じ学校の一年の男がノヴァの可能性があった」

「聞きそびれたけど、そのノヴァだと思った理由は?」

「死点が見えた」


 してん。梅野が小さく呟き、ゆっくりと時間をかけて瞬く。「そう、死点」水城が繰り返す。


「それ、俺にも見える?」

「見えない。俺はノヴァの判別が出来るノヴァを持ってるわけじゃないから」

「つまり、左目に死点が見えたってこと?」


 梅野は自分の左目を指差し、それに水城が頷く。


「死点っていうのは、大体その人が死に至る原因を示すことが多いんだよ。心臓の病気なら心臓だし、肝臓とか肺とか脳とかいろいろあるけど、あんなに突然左目の一点集中で死点が出るのを見たのは初めてだった。しかも、立て続けに」

「目の病気の可能性は?」

「それもないとは言えない。けど二人とも、いなくなる二日前から死点が見えるようになった」

「……いなくなったのか?」

「偶々タイミングが悪かったのかもしれない。でも死点が見えて二日後から、毎日同じ時間同じ車両に乗ってた女の人は一度も見てないし、毎日同じ時間に俺らの教室の前を通りかかってた一年のやつも見かけなくなった。……女の人を見なくなったのは連続殺人事件の一日目。一年を見なくなったのは今日だ」

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