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ミステリー・ノヴァ  作者: 皇椋
第一章
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第十一話-相模-

「ええ拾いもんしたわ」


 黒のゼロクラウンに乗り込んだ相模は、機嫌良さげに口元を緩めた。肩に掛けていたウエストポーチを外し、シートベルトを締める。それを見計らってゆっくりと発進した車は、薄暗い駐車スペースを滑り出る。

 車内に流れている曲は四人編成のJポップバンド。最近の宇野のお気に入りだった。


「今日一人、ノヴァの目薬は初めてって子がいたけどその子のこと?」

「そうそう。あの子後天性やで。ほぼ毎日ノヴァは見るけど、後天性診察したんは一年ぶりくらいちゃうかな」

「垢抜けた子だったね。なんかこう……強そうだった」

「わかる。負けん気がな」


 赤信号で車を止め、ハンドルを親指で擦り撫でる。今日の昼過ぎに、隣の助手席で音楽に合わせて鼻歌を歌う眼科医に渡されたであろう処方箋を手に、調剤薬局へやってきたノヴァの女の子を思い浮かべる。

 強そうと言っても、見た目は今時の女の子らしくほっそりとしていた。病院同様、マスクや包帯などどこかしら体を悪くして薬の受け渡しを待つ薬局で、彼女だけはどこからどう見ても健康体そのものだった。スマホを触るわけでも本を読むわけでもなく、姿勢を正して椅子に座る姿は少しばかり目を引いた。

 運良くというのか、都合良くと言うべきか。受け渡しの担当となった宇野が、カウンターに薬を入れた籠と説明書を並べている間に彼女を見ると、子供が退屈しないようにと設けられたフリースペースに向かって小さく手を振っているのを見かけた。次いでそのスペースを見ると、兄弟らしい小さな子供がジャンプして喜んでいる。近くにいた母親らしき女性が、彼女に向かってぺこりと頭を下げた。

 子供が好きなのか。はたまた面倒見がいいのか。血色の良い顔で相好を崩す彼女は、職業柄なのか最近めっきり見ることのなくなった善意の塊に見えた。「梅野さん」そう呼ぶと、座っていた姿勢をそのままにすくっと立ち上がる。肩より上で切り揃えられた黒髪が良く似合った。「はい」と律儀に答えてくれた声にも芯が通っている。

 カウンター越し。対面した彼女の左目は淡いブラウンの色をしていた。どうしてかその目と向き合った時、宇野は梅野に対し「自分とは似て非なるものだ」と確信めいたものを感じた。


「メインはそっちとちゃうねん」

「まだ他にも新規のノヴァが来たのか?」

「いんや。今日のノヴァは梅野ちゃんだけや。その梅野ちゃんの、友達の話」

「友達がC以上のノヴァって話?」

「そう。それもAや」

「A!?」

「あ、コラ!真っ直ぐ走ってや」


 慌ててハンドルを握りなおす。一度左右に揺れた車を直進に戻し、一息吐く。「ほんま頼むで……」と念を押す相模は、不安げに頬を引き攣らせた。


「皐月、Aって見たことあるか?」

「Aは流石に……いや、ある。あるよな?ほら、あのアルビノの」

「あそうか。ていうか、そっちもあったなあ」

 指で顎を撫でながら、ぼやくように「どないしよ」と口を曲げる。

「……雅は何もしないんだろ」

「ん?……ああ、俺はなーんもしやんよ」


 内蔵されたパネルに指を伸ばし、ミュージックアルバムの一覧を広げる。宇野がこのバンドにはまってアルバムを取り揃えたことで、相模もすっかり聞き鳴れてしまった曲の中からお気に入りを選び出す。アップテンポな曲調はなかなかこの車内にはそぐわないが、そんなものを気遣う必要もなかった。


「俺は何もしやん。お前は何も知らんでええ。方針は変わらん」

「後どのくらい続くんだ」

「難儀やなあ。そんなん聞いたら皐月が気に病むだけやん」

「終わりが見えた方が俺の負荷も減るんだよ。こんな毎日身近で人が死んで何も出来ないままの状態が続くと思うと、そろそろ精神がやられる」

「今けろっとしてられる時点でかなり鋼の精神やと思うけどな。それにそんぐらいの強いキモチってやつがないと、正義の味方は出来んもんやろ」


 正義を指し示すかのように、二度足踏みしてみせる。嫌味なやつだなと不満が出そうになったが、それを口に出すことはなかった。

 嫌味ではない。相模が宇野の持つ「正義」に関心することはあれど、揶揄することや無碍にすることは決してない。それは長年一緒にいる宇野が一番知っている。

 飲み込んだ言葉をそのままに、音楽に合わせて体を左右に揺らす宇野を横目に見る。左目を左手で押さえながら、右手は宙で何かをスワイプしているような仕草をしていた。


「そんな鋼の心が砕ける前に、こんな殺伐としたことはさっさと終わらさなんとな」

「……目処があるのか?」

「高価な果実はいくらあっても困らへん。多いことにこしたことはない。でも数に限りあるもんやし、全部刈り取ることが出来るわけでもない。きり無いもん追い続けてもしゃーないんやから、引き際が大事や」

「つまり?」

「つまり。この場合の引き際っていうんは、やっぱり目と鼻の先にぽんって置かれた丸腰の最高級品やろ」


 相模の左目が黄金に輝く。明かりの少ない車内では、その瞳は眩い程の光を零す。

 相変わらず宙を滑る指は誰かとやり取りを交わしているらしい。その誰かを宇野は大よそ検討をつけているものの、敢えてそれを問い質すことはない。同様に、相模が嬉々として進んで話すようなこともない。

 こうして長い時間を共にして、まるで仲違いのように別の道を歩み、それでも細くなってしまった関係性を繋ぎ止めようと二人して必死に手を繋ぎ合っている。いつ切れてもおかしくはない。いつどちらが手を離してもおかしくはない。それでも隣り合っている今だけは、宇野にとっても相模にとっても最も信頼出来る唯一の存在であることに変わりはない。

 悲願は近いのだろうか。

 いつの日か。屈託なく純真なままに夢を語った相模を思い出す。追い続ければ叶うと疑わなかったあの頃。手段を選ばなければ叶う可能性もあると夢に縋る今。

 どんな結果に転ぼうとも、誤った選択を下せば知己の旧友を「正義」として糾弾することこそが自分の役目だ。

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