Q3、元の世界には帰れますか?A、いいえ、帰れません
ようやく全員のステータスの開示が終わった。
結局俺以外は全員ステータスの開示を行っていた。地味眼鏡っこの戸野や、不登校気味だった矢野まで開示していたから予想以上に目立ったが、普段から人のことを役職で呼んだりしていたし、余計な波風がたつことはなかった。ただ、ナイスミドルにはなぜか睨まれたが。だって仕方ないじゃないか、あんなスキル見せられるわけがない。
全員が落ち着いたのを確認した教皇が口を開く。
「それでは貴殿らに泊まっていただく部屋にご案内しましょう。」
「教皇猊下自らそのようなことをなさらなくても!」
「なにを言っておる、この方達は勇者とその一行ですぞ。」
「あの~……。」
俺たちの泊まる部屋に案内しようとする教皇をナイスミドルが押しとどめる。まあこの言い分には納得できるが。それよりも大事なことがあると思って、俺は控え目に声をかける。
「どうされた。」
「一つ気になっているんですが、俺たちって帰れないんですか?」
「……!?あ、ああ今は無理だが、『邪悪』を倒すことで勇者たちは元の世界に帰還させられると神託にあった。」
「そうですか……ついでにもう一つ。」
「な、なんだね。」
「俺たちってまだそれ了承してないですよね?それなのになぜ倒すのがほぼ決定しているんですか?」
「そ、それは……。」
俺の質問に教皇は急に動揺した。そのあとに答えはしたが、これは嘘っぽいな。それはまあいい。だが二つ目の質問は重要だ。俺たちはまだ話を聞いたに過ぎない。それなのにもう決まったかのようになっていた。そしてこの驚きよう、なにか魔法をかけられていたと考えた方がいいか。
どういった条件かは知らないが魔法防御の高かった戸上がかかっていることを見ると、さっきの針に細工してあった可能性が高いか。ただ針は残念ながら回収されている。おそらく鑑定にかけられるのを恐れたのだろう。
俺の質問に教皇は言い淀んでいたが、答えは意外な方から飛んで来た。
「仲田、何を言っているんだ。困っている人がいたら助けるのが普通だろう?」
は?こいつ、もしかしてテンプレ通りの正義感満載勇者か?しかし、こいつに付き合う道理はないな。
「よく考えろ勇者、今さっき教皇が言ったことは、裏を返せば失敗すれば帰れないどころか最悪死ぬんだ、お前がどうだか知らないが俺は自分の命を懸けてまで人は救えない。」
「それは……確かにそうかもしれないが、それならこれが終わらなければ仲田も帰れないんだぞ。」
「俺は一向にかまわないが、もうあっちに俺の肉親はいない。それならどこで暮らしたって一緒だ。」
「しかし……。」
俺の正論に遮仁は正論で言い返してくる。だが残念なことに俺にはもう肉親はいない。だから確かに地球の方が楽だが、その代わりこちらには向こうになかった非日常がある。
俺の答えに遮仁は二の句がつげなくなる。
「確かに俺としたことがどうかしていた、そんな簡単な確認もしないとは。仲田の事情は知らないが俺たちがこの世界に命を懸ける必要性は確かに感じられないな。」
どうやら戸上の魔法が解けたようだな。そしてそうなればどんどん魔法から解ける者が出始めてくる。
そしてその騒ぎで部屋の中は再び召喚された直後のようになる。
遮仁は事態の収拾に動こうとするが、皆は嘆いていてそれどころではない。
「すまんかった……。」
「……。」
ようやく騒ぎが少しおさまったところに教皇の声が響く。その声にクラスメイト達は一斉に静まりかえった。
「実は先ほど渡した針には魔法薬が塗られていた。そしてそこから思考を誘導する魔法をかけさせてもらったのだ。彼がどうやって魔法を破ったかはわからないが、貴殿らをだましたのは事実だ。真にすまんかった。」
その謝罪に一同は静まり返った。
誰かが怒鳴ることも俺は予想していたが、あまりにも真摯なその様子に誰も何も言えないようだ。
しかし、その静寂を破って戸上が問いかける。
「先ほどの私たちの世界に帰れるかどうかに関する答えも、あれは嘘ですね?」
「……ああ、そうだ。」
やっぱりか、俺は予想していたが他のクラスメイトは思考が誘導されていたから嘘にも気付けなかった。そのため、ほとんどの生徒は茫然としている。
「……俺たちが帰る方法は本当にわからないんですか。」
「我々もこの世界のすべての知識を持ち合わせているわけではない。国の禁書庫や、他国の図書などを見ればわかるかもしれん。それについては我々も全力で探すことを確約しよう。なんなら血判でも誓約書でもやる所存だ。しかし!貴殿らが強い力を持っているのも事実!貴殿らも世界各地を回って帰る方法を探すだろう。そのついでで構わない。魔物や『邪悪』の脅威からこの世界を救ってほしい!」
と、もはや教皇は土下座をしそうな勢いで頼み込んでくる。血判うんぬんでナイスミドルがギョっとしていたが。
それを見て俺は思う。この人は本気でこの世界のことを考えている『いい人』なのだろう。しかし、それでも俺たちがこの世界を救う理由にはならない。が、
「顔をお上げください教皇猊下。国家元首にそこまでされては我々も協力は惜しみません。もちろん、帰還の方法を探していただくことも条件としてありますが、ぜひやらせてください。」
ラノベ主人公には関係ないらしい。こいつは典型的な『お人よし』だ。遮仁はそう言い終わると同時に俺の方を睨んでくる。どうやら文句は言えないらしい。
まあ俺もここまでされて断るほど鬼畜じゃないし、ここで断るとナイスミドルに殺されそうだ。
そう意図してうなずくと、遮仁は満足そうにうなずき返してきた。伝わったってことでいいんだよな。
「ほんとうに感謝する!」
その教皇の言葉で俺たちのクラス召喚の混乱は一時的におさまった。
◇◆◇
今俺は一人一人にあてがわれた部屋にいた。
広さは十八畳程度の部屋で、案内の人の話によると、ここは元々騎士達の宿舎だったものを今回の召喚にあたって改装したらしく、もと騎士達の宿舎らしき無骨さがあって俺は気に入っている。
そんな部屋で俺が今なにをしているかというと、なにもしていない。
案内人曰く、「本日はお疲れのことと存じますので、ゆっくりお休みくださいという教皇猊下のご厚意です。夕食時にはまた呼びにまいりますので。」だそうだ。
そんなわけで俺は今何もすることがない。夕飯は六時だって言ってたか。
この世界は基本的に地球とほぼ同じらしく、一日は二十四時間、一時間は六十分、一秒は六十秒となっているらしい(戸上談)。
ただ、暦が少し違うようで、一週間は七日なのだが一か月が二十八日で一年が十三ヶ月なのだ(教皇談)。閏年などはないらしく、この一年三百六十四日で二百年間ずれていないようだからこの世界にはこの暦であっているのだろう。
さらに、移動している間に教皇はこの世界の詳しい事情を話してくれた。
この世界には俺たちが召喚された「クルガ教国」のほかに、「エンドロス王国」、「ナンベール商国」、「アノロス帝国」がある。
この国を含めて前二つは人統治である。この「クルガ教国」はこの世界最大級の宗教であるクルガ教が造った国であり、住民は皆熱心な信者だ。
しかし、熱心でなければ住めないというわけではなく、クルガ教の信者であれば住めるし、あの教皇から考えられるとおり、基本善政をしいており評判はいい。
クルガ教は「エンドロス王国」の国教でもあり、創造神クルガを崇める宗教だ。
「ナンベール商国」はその名の通り、商売で成り立っている国であり、この世界唯一の民主制国家である。今の代表も評判はよく、この世界の経済を担っているのはこの国だという。
ただ「エンドロス王国」は、人族至上主義を掲げており、さらに今の王は愚にもつかないバカっぷりらしい。そのせいで度々隣の「アノロス帝国」と揉めているそうだ。
「エンドロス王国」と揉めている相手の「アノロス帝国」は獣人の国である。「帝国」と名打っているが、帝国活動をしていたのはもう昔であり、今は優しい皇帝の元で静かに暮らしているようだ。「エンドロス王国」とは昔の帝国活動をしていた時にもめていたのがそのまま残っているといわれているが、もうアノロス側は辟易しており、完全に「エンドロス王国」の独り相撲らしい。
それにしても暇だ、ここには時計もあるが今は夕方の四時半を指している。
うーん、ちょっと探索するには微妙な時間だしな、迷った時のことを考えると。
そんなことを延々ベットの上で考え、十分が経ちもうずっとこれをしてたらいいんじゃないかと思い始めたとき、「コン、コン」とノックの音が聞こえた。
誰だろう、クラスに仲が比較的いいやつはいるが、わざわざ部屋まで訪ねてくるとも思えないしな。
そんなことを考えながら「はーい」と返事をすると、
「あ、仲田君?いる?」
「いるから返事したんだけどね、体育委員さん、あ、今は武道家さんか。」
「いいよ、体育委員で……。」
驚いたことに体育委員さんこと多野が来た。
呼び方に関してはめんどくさいからそのままがよかったんだけど、本人も希望していることだしこのままでいくか。
と、また思考が脱線しそうになるとそれを感じたのか多野が「そんなことより!」と話を戻しに来る。
「部屋入っていい?」
「いいけど……なんで?」
「お邪魔しま~す。」
「邪魔をするならかえってくれ。」
少し驚いてとっさに許可を出してしまう。その言葉を聞くなり多野は入ってきて、俺の質問は聞こえてないみたいだ。
しかし、俺の冗談は通じたみたいで回れ右して一瞬帰ろうとしてしまう。
「って、帰るわけないじゃん!」
「で、何しに来たんだ?」
「ああ、それは……。」
多野のツッコミを無視して、さっきより少し強めに問うと、多野は少しいい澱んだ後こう言った。
「もう肉親がいないって本当?」
「は?」
唐突な質問に俺は間抜けな返答をしてしまう。それに多野は「だから……」というと。
「さっき、教皇さんの嘘を見破ったときに「肉親はいない」って言ってたでしょ?あれは、本当なのかなって思って。」
ああ、そんなことか。しかし、
「それと体育委員さんとどんな関係が?」
「え、えっと……い、いいじゃん教えてくれても!」
そういった途端に、多野は少し汗を流して、ごり押しで進めようとする。
まあいいけどな、隠すようなことでもないし。
「ああ、本当だ。というかあの場面で嘘をつく必要あるか?」
「それは、ほら、遮仁君を説得するためとか。」
「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。本当の本当、真実だ。」
「そうなんだ……。」
自分で聞いておいてなんでそんなしょげたような顔するかな。
そして、そんな状態が少しの間続いたかと思うと、突然多野がガバッ!っと顔を上げたかと思うと、
「うん!じゃあ仲田君は私のことを「お姉ちゃん」って呼ぶ権利をあげよう!」
「結構です。」
「なんでッ!?私ってこう見えても、三人の弟と妹がいてね!いつも頼られてるんだよ?」
なんでって言われても面倒臭いからに決まっているだろ。
「ってかそれ言うためだけにきたなら早く帰れよ。こっちは忙しいんだ。」
「なにしてたの?」
「え?あ、あーそれは……いろいろだよ?」
「なんで疑問形?」
俺の答えに多野が問いかけてくる。それを俺は多野の背中を押し、追い出すことでうやむやにする。
しかし、あいつは異世界に来ても脳筋だったようで安心したよ。
俺は苦笑混じりにそう思うと、「夕飯までの時間をいかに過ごすか」という命題に取り掛かるのだった。
◇◆◇
「もう、せっかくお姉ちゃんになってあげようと思ったのに。」
私は今とても怒っている。
私の名前は多野弘美、目が悪くて眼鏡をかけていて、お気に入りの髪型は、髪を編みこんで一本で後ろに垂らすスタイルだ。
私は運動がかなりできて、体育委員なんだけどそれを知った仲田君の一言は「即刻髪型を変えて眼鏡をやめるべき。」だった。まったく失礼しちゃう。
しかし、そんなこんなで楽しくやっていたのに……。
今私たちは異世界にいる。この世界が危ないとかでさっき召喚されたばかりだ。
仲田君は私のことを馬鹿だと笑うが、私だってちゃんと考えているのだ。
たとえば、たとえば~、……?ま、まあとにかく私も考えるのだ。召喚された時だって今だって、私はずっと怖いのだ。
仲田君に言った内容は本当だ。二人の妹に一番下で手のかかる弟、さらにはいつも優しくしてくれる
お父さんにお母さん。さらには近所の人やほかのクラスの友達。
異世界にきたことによってそんな人たちにもう会えなくなってしまうと考えると今でも震えてきそうになる。
でもそんなときに仲田君の衝撃的な事実を知った。いつもはあんな適当な感じなのに、そんな重い過去を持ってたなんて。
そのあと、自分の部屋に連れてこられてからしばらくしてから、「仲田君の部屋に行こう」と思ったのは何故なんだろう?
その時は、「家族のいない仲田君に私が家族になってあげよう」的な感じだったと思うんだけど、今はなんか違う気がしている。
確かにそんな気持ちもあったけど……あれかな、私の恐怖を和らげてほしかったのかな。
もし、私の本当の心がそうなら私が怒るには違うのかな。反対にもしかしたら感謝しなきゃいけないかも。
だって、結局追い出されちゃったけどいつも通り過ぎる仲田君を見てたら、なんか安心しっちゃったもんね。
さて、異世界武道家物語。頑張るぞ~。