3枚目 したうち
「何だか、体が軽く感じるな……」
森の中を少し歩いたところで、そう呟いた。
森を出るにあたって、最初に不安を感じたのは体力だった。
何せ、生前の俺は、長年の引きこもりが祟っての運動不足でしんだのだ。異世界に辿り着いたはいいが、まだ何も始まらないうちにこんな何もない森の中で動けなくなるのでは、と思ったのだ。
俺の呟きが聞こえたのだろう。スイーツは「何言ってるの?」という表情でこう言った。
「体力の底上げするって、そういう契約でサインしたでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
女神様が嘘をつくとは思えないが、それでも不安なものは不安だったのだ。
だが、生前では、この程度の距離でもゼイゼイと息を切らしてフラフラになったのに、今は全然疲れを感じない。本当に、生活に支障を来さないレベルの体力があるらしい。
いや、もしかしたら、もう既に勇者として能力に目覚めてるのかもしれない!
異世界ものではよくある話だからな。
来て早々にチート能力に目覚めるとか。
そう思って俺は、近くの手ごろな木を殴った。
殴った手が赤くなるだけで、木はびくともしなかった……
ふむ。やはり、ぱんつを被らないと真の力は発揮されないらしい。
「勇者、無謀にも素手で木を殴り、手を痛める……っと」
いつの間にか、スイーツが例のガラケーを弄っていた。
「またガラケーに報告書書きやがったな……」
「ガラケー?」
「それだよ、それ。ガラパゴス携帯」
「ああ、貴方にはそう見えるのね?」
うわ、そんなところまで、俺準拠なのかよ。
精霊は実体がなく、見る者によって姿を変える。
つまり、スイーツが報告書を書き込んでる姿は、スイーツが沙織先輩に見える俺にとっては、ガラケーで文字を打ち込んでる姿に見えるらしい。
「ちなみに、私の姿が見えるのも、私の声が聞こえるのも、貴方だけだから」
「ああ、そうかい」
ふん、どうせ俺にしか見えないのなら、沙織先輩の姿で出て来ないで欲しかった。あの天使のような沙織先輩の姿で、嫌味とか言われるとホント精神的にくるものがある……
そんなやり取りをしているうちに、森を抜けた。
結局、魔物には遭遇しなかったな。
「こっちの道をまっすぐ行くと、ノメジハの街よ」
森から少し離れたところの道を指し示し、スイーツがそう言った。
「ノメジハは、初心者の街とも呼ばれていて、初心者冒険者がよく集まっているの。周辺の魔物が弱いからね。貴方もそこの冒険者ギルドで冒険者として登録しましょう。世界を旅するには何かと便利だから」
普通にガイドできるんだな。
いつもそうやって、嫌味なしでやってもらいたいものだ。
さて、それから道なりにしばらく行くと、スイーツの言う通り街が見えた。
街は、3メートルぐらいだろうか、ぐるりと高い塀に囲まれていた。
「止まれ」
門から街に入ろうとすると、門番に呼び止められた。
皮の鎧に槍をもった、こわもての男二人だ。
「旅人か?」
「あ、はい」
「身分を示すものを見せてくれ」
「え、えーと……すみません、生憎、遠い異国から来たばかりで、身分証の類はもってないです……」
俺は、異世界ものでありがちな台詞を言ってみた。
いかんな……テンプレを思い出しながらしどろもどろに答えたので、どこか挙動不審だったかもしれない。
「そうか。では、身分証の代わりにいくつか質問に答えてもらうぞ」
門番は、俺の挙動なんぞ気にも留めないという感じでそういった。
自分で言うのも何だが、大分挙動不審で怪しい人物だと思うんだが……案外、慣れているんだろうか?
そんなことを考えていると、スイーツが耳打ちをしてきた。
「勇者であることは、絶対に明かさないで」
何故だ、と聞き返そうと思ったが、ちょっと戸惑った。精霊の姿は俺以外の人には見えないということだから、ここで問答をやっていたら、門番に怪しく思われないか、と思ったからだ。
そうこうしているうちに、門番は俺にいくつか質問をした。
どこから来たかとか、ここに来た目的とか、危険なものを持ち込んでいないかとか、そんな質問だった。
俺がつっかえながらも質問に答えると、門番はすんなりと透してくれた。
「次に通る時は、冒険者ギルドで身分証を作ってもらってからにしろ。お互い、何度もこういうやり取りをするのは面倒だろ? 冒険者ギルドはここを真っ直ぐ行ったところにあるから」
最後には、そんなアドバイスまでくれた。
こわもてで怖い人に見えたが、人は見かけによらないもんだな。
で、門を潜り抜け、しばらく行ったところで、スイーツに尋ねた。
「さっきのは何でだ?」
「勇者のこと?」
「うん」
「単純に、勇者がこの世界では歓迎されていないからよ。何度も言ったけど、貴方より以前の勇者が皆やりたい放題やったから」
そこまで嫌われているのかよ。
「先代の勇者が没してからもう何百年も経っているけど、今でも世界に恐怖をもたらす者は魔王か勇者かっていうぐらい勇者は嫌われている……まあ、門番達も、勇者を自称するのをイチイチ真に受けないだろうけど、余計怪しまれて面倒でしょ?」
「は? 余計って何だよ? まるで元から怪しいみたいじゃないか」
「何言ってるの。貴方みたいな、いかにも運動しなそうなデブが、身分証も持たないで遠い異国から旅をしてる時点で十分怪しいでしょ、うふふ」
スイーツは笑いながら言った……くそっ。
いやいや、落ち着け、俺。
こいつはそうやって挑発して、また告げ口の機会を狙ってるだけだ。
その手は食わぬの焼きハマグリだ。
俺が気を取り直して、門番の言われた通りに道なりにまっすぐ行くと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
冒険者ギルドは、酒場と兼用されている建物だった。
朝は冒険者ギルドとして、夜は酒場として機能している。
2階は、冒険者用の宿泊施設になっているようだ。
中に入ると、今は昼過ぎのためか、人はまばらだった。
登録するために受け付けに並ぶと、すぐに俺の順番が来た。
受け付けの姉ちゃんは巨乳で金髪碧眼の美人だった。胸に名札らしきものを付けているが、何て書いてあるか、見たことない文字で読めなかった。
スイーツの方をちらりと見る。
「マール」
マールさんか、いい名前だ。
それにしても、スイーツの奴、俺の意を汲んでくれたか。
助かったよ、今回だけは。
「名前なんて覚えて何の意味があるのかしら? どうせ、これっきりの関係でしょうに……あー、ヤダヤダ……これだから身の程知らずの……」
あーあーあー、聞こえない聞こえない。
ところで、このマールさん、何だか耳がとんがっているように見えるが、エルフというやつなんだろうか?
そういや、とあるアニメでは、森の民であるエルフって、葉っぱを編んだ『ぱんつ』をはいている設定だったな。葉っぱの『ぱんつ』ってあれか? 匂いを嗅いだら、青臭い匂いがするんだろうか……ふむ、興味ありますね。
そんなことを考えながら俺がマールさんを見ていると……
「チッ」
と、聞こえるか聞こえないかギリギリの音で、マールさんが舌打ちをした。
「どのようなご用件でしょうか?」
「今、舌打ち……」
「チッ」
いや、まさかね……
こんな清楚な感じの美人に舌打ちされるとか、きっと空耳だろう……
でないと、メンタルの弱い俺のライフポイントは0になってしまう……
「見た目が気持ちの悪い男がジロジロ見てるからよ……ホント不快だわ!」
後ろで、スイーツが聞えよがしに何か言ってる……
くそっ。
しかし、スイーツがあれだけ大きな声で言っても、誰も反応しないところ見ると、本当に精霊の声も姿も、俺にしかわからないらしい。
「それで、どのようなご用件で?」
マールさんが、汚らわしいものでも見るようなジト目で、訊いてきた。
「え、えと、ぼ、冒険者登録しに来ました」
「新規ですか? 再発行ではないですね?」
「は、はい、新規です」
「では、こちらを……」
マールさんから手の平サイズのカードを渡され、親指を押すように言われた。どうも魔法をつかった最先端のものらしく、親指から冒険者の情報を読み取って、カードに書き込まれるらしい。
言われた通りにすると、カードが一瞬光り、それで登録は終わった。
カードに書かれていることは異世界の言語で読めなかったが、後でスイーツに聞くと、「名前:ユータ」とか「Fランク」とか「年齢:29歳」とか、そういうことが書いてあるらしい。
マールさんはカードを確認すると、カードと共に、支度金として銀貨数枚(前世で言うところの数千円分)を渡してくれた。
その後、ギルドの規約と罰則、カードについての諸注意、再発行の際のペナルティー、世界中のギルド加盟国の街でギルドカードが身分証代わりになることなどの話をして……手続きは完了した。
これで終わりか……随分と簡単なものだ。
うーん、しかし、おかしいなあ……
俺の想像の中の異世界ライフはこんなんじゃなかったはずなのに……
もっとこう……もっとこう何かぱっとしないのか?
俺、これでも勇者だぞ?
そりゃ、勇者はこの世界では犯罪者扱いみたいだし、そもそも、自分のぱんつをどうとかいう能力だけどさあ……
てか、俺の知っているテンプレ異世界ものだと、もう、ここまでの間に1~2人は可憐な美少女と出会ってるはずなんだが?
テンプレだと、異世界に着いて早々、戦闘があって華々しい活躍……偶然居合わせた美少女は、俺の華麗な戦いに見とれて一目ぼれ。あれこれ世話やいてくれて、将来はハーレムの一員に……
それが何だ……
美少女と出会うどころか、森で会った変なやつに尊敬する沙織先輩の姿でいびられるし、ギルドの姉ちゃんには舌打ちされるしジト目されるし……ろくなことがない……
元いた世界よりひどい扱いじゃないか、これじゃあ……
俺、勇者のはずなのに、何でこんな目に……
やっぱ顔か? 顔が悪いせいなのか、これは……
「ただしイケメンに限る」ってやつか、やっぱ……
「まあ、いい。今にみてろ。ぱんつさえ被れば俺は無敵だ!」
今の俺の心の支えはそれだけだった。
女神の言った制約、それだけが俺の心の支えであり、勇者である証なのだ!
そうだ、今は下積みの時期なのだ。試練なのだ!
であれば、この苦難は甘んじて受け入れよう。
俺は宿屋で馬小屋を借りて、藁の上に横になった。
さあ、ここから俺のバラ色の人生がはじまるのだ!
「勇者、自分のぱんつを被ることを高らかに宣言する……っと」
なまえ: ユータ
ジョブ: ゆうしゃ
ランク: F
ねんれい: 29
レベル: 1
HP: 7
MP: 3
ちから: 6
ぼうぎょ: 5
たいりょく: 9
すばやさ: 4
かっこよさ: 1
うんのよさ: 3
※ギルドカードは、表向きには「なまえ」「ランク」「ねんれい」「レベル」のみ記載。
(2017年8月31改変)