1枚目 せいやく
「田仲雄太さん……貴方は、しにました」
気がつくと、目の前の女性がそう言った。
女性は、煌びやかな杖を持った、白を基調とした肩の出たドレスのような衣装を身につけた神々しい姿だった。
場所は真っ白な空間。
俺と彼女がそれぞれ座っているイスがあるだけで、あとは何もなかった。
「私は女神アストレイア……剣と魔法の異世界エクスカリブの神です」
「はあ……」
俺、田仲雄太は29歳、独身。
仕事は無職……っていうか、ニートだ。
長年、ニートをやってきた俺だったが、ふとした事がきっかけで「このままじゃイカン」と一念発起。
久しぶりに外に出たまではよかったんだが……
数歩あるいたところで、体力不足からふらふらした俺は、まるで誘われるように走っていたトラックの前に躍り出てしまい交通事故。
あえなくしんでしまったというわけだ。
「貴方には、2つの選択肢が与えられます。このまま天国へ向かうか、それとも勇者として異世界へ赴くか……」
女神様は、突然のことで呆けている俺をほっといて事情を説明し始めた。
何でも異世界エクスカリブでは魔王が復活し、それを討伐できる勇者を探しているらしく、外の世界でしんだ人間に声をかけまくっているらしい。
ファンタジー異世界ものラノベで使い古されたテンプレのような話に、俺は開いた口が塞がらない気分だった。
「私としては是非とも勇者をやってもらいたいのですが……古き盟約により、勇者候補の意向を尊重しなくてはなりません」
「つまり、俺が嫌だと言ったらそれで終わりということですか?」
「そうです」
「なるほど……」
そう言いながら、俺は自分の容姿を振り返った。
でっぷりと突き出た腹……
165cmと、中学生に間違われそうな低い背丈……
お世辞にもイケメンとは言えないアバタだらけの醜い顔……
恰好は、しんだ時のまま上下ジャージ姿……
勉強は大してできなかったし、運動音痴だ。体育の成績なんて5段階評価で1か2しかとったことがない。
こんな俺が勇者候補として選ばれるなんて、異世界はよっぽど困窮してるらしい……
でも、まあいい。
こうテンプレ通りの展開なら、きっと異世界ではテンプレ通りモテモテなんだろう。ポジティブ・シンキングだ。
選ばれし勇者にしか使えない能力やら魔法やらで……
「今のは極大火炎魔法ではない……俺の初級火魔法だ!」
「キャー! 勇者様、抱いてー!」
ぐへへ。
生来女性にモテたことない俺は、そんな都合の良い想像をした。
おおっと、いけないいけない。
もしかしたら俺の想像とは違うかもしれない。
慌てる何とかは貰いが少ない。
そう思いなおし、俺はヨダレを拭きつつ女神様に質問をした。
「でも、ヒキニートの俺に勇者なんてできるでしょうか? 前世も運動不足でしんだんですよ?」
「ご心配いりません。その辺りは、こちらで体力を底上げしましょう。あまり強過ぎる力を与えるわけにはいきませんが、人並み程度の行動はできるようにはしましょう」
「でも、異世界って未開の地なんでしょ? サバイバル技術もない都会っこの自分に務まるか……」
「では、精霊を付き人としてつけましょう。困った時には相談してください」
「でも、それだけオプションつけたら、お高いんでしょう?」
「いいえ、今なら無料! 今だけの特別ご奉仕ですよ!」
女神様は親指をぐぅっと付き上げて笑顔でそう言った。
ノリのいい女神様である。
それにしても、至れり尽くせりじゃないか!
「やります! やります! やらせて下さい!」
俺は二つ返事で同意した。
「あ、大事なことを言い忘れていました」
女神様が、ぽんっと手を叩いてそう言った・
「大事なこと?」
「ええ、大事なことです。これを明かすと大抵の人間は勇者を諦めるので、本当は言いたくないのですが……聞こえの良い話だけで契約を結んでは悪魔と同類です。神のプライドをかけて明かします……」
なんだろう? 何だかすごく嫌な予感がするが……
「貴方は、勇者の力と引き換えに、一つの制約を守らなければなりません……それは……」
「それは?」
俺が聞き返すと、女神様は顔を赤らめながら、少々小声でこう言った。
「あ、貴方は、自分の下着を頭に被らないといけません!」
「は?」
「で、ですから……ぱ、ぱんつを頭に被らないと、勇者たる力は与えられません……」
女神様はそう言うと俯いて両手で顔を隠してしまった。
何この女神様、カワイイ。
いや、そうじゃない。
何だ、この制約? 意味がわからない……
「それ、何かの罰ゲームですか?」
「い、いえ、神々の会議の結果決まったことです」
ぱんつを被るって……
まるでセクハラ親父が宴会芸でやるようなことじゃないか……
この女神様、セクハラ上司が冗談で言ったことを真に受けているとかじゃないのか?
「何で、そんな宴会芸……もとい、制約があるんですか?」
「以前の勇者達には、このような制約は与えられなかったのですが……彼らは強過ぎる神の加護を与えられた結果、道を踏み外してしまいました。その結果、此度から勇者には新たに『制約』が設けられて……」
「それが、ぱんつ被り、ですか?」
「は、はい……」
女神様はまた俯いてしまった。
ふむ。
やっぱりカワイイな、この女神様。
セクハラしたくなるのもわからなくはない……
俺は腕組みをし、しばし考えることにした。
さて、どうしたものか?
異世界ものラノベのテンプレ的展開で考えると、勇者というのは非常においしい。どんだけショボい能力だとしても、彼らは必ずや困難を乗り越え魔王を討伐している。そして、必ずと言っていいほどハーレムをつくり上げている。ここ重要。
だから、ぱんつ被りの制約が本当のことだとして……この件については、つまり、『ぱんつ被りの拒否とハーレムとを天秤にかけてどちらを選ぶか』ということだ。
なら、迷うことないじゃないか!
ちょっと引っかかるが、その程度の制約でバラ色の勇者人生を歩めるなら我慢できよう。そんな、ちと不名誉な勇者でも、前世の人生と比べればそれでもよっぽどマシじゃないか。何せ、前世は、ハーレムどころか……彼女……いや、異性の友達すらいなかったのだから……いてて、胸に突き刺さる……
「やります……俺、勇者やります!」
俺がそう答えると、女神様は一瞬驚いた顔になったが、すぐに喜び、胸の谷間から出した契約書とペンを俺に渡し、サインをするよう求めて来た。
本当に日本語で『己のぱんつを被りし時、勇者の力に目覚めることとす』と書かれていて、思わず苦笑した。
俺は、さっきまで女神様が胸の谷間で温めていた契約書に鼻をつけたい衝動を抑え、サラサラとサインをした。
女神様は、俺から契約書を受け取ると、涙ながらこう言った。
「ありがとう……もう、私の代では勇者は現れないじゃないかと半ば諦めてました……うぅ、本当にありがとう……」
契約書を何度も確認した上でその台詞だ。余程嬉しかったらしい……
そりゃあ、まあ、考えちゃうよなあ……あの制約じゃあ……
あれがもし、『美少女のぱんつを被ること』であったら、考えるまでもなく同意するところだが、『自分のぱんつ』じゃなあ……
まあ、中には潔癖症の奴がいて「ぱんつは被るものではない!」とかキレイ事を言う奴もいるだろうが、俺みたいに「むしろ我々の業界ではご褒美です」とか言っちゃう奴もいるはずだ。その業界がどこにあるのかは知らないが。
だが、今思えば、サインする前にもう少し深く考えるべきだった。
いくらこんな制約があるからって、勇者になれる機会を目の前にして『なぜ今まで誰も勇者にならなかったのか』を……
「コホン、では勇者ユータよ、これから世界を頼みます……」
女神様がそう言って杖を振ると、俺の存在はうっすらと消えて行き、そして異世界へと転移した……
こうして俺、田仲雄太は、異世界の勇者となった!
ハーレム王に、俺はなるッ!
作者「あ、うん。ハーレムになるといいね……(目を逸らす)」