大河内健流、秋葉楓、ついでにモモ。そして、俺。
「はい。それじゃあカエデの気も治まったところで、自己紹介でも始めようか」
落着したのを見て、筋肉質の男が声をあげた。
それを聞いてモモとかいう子供が真っ先に手を挙げた。
「はい!モモ!五歳!尻尾もあるよぅ」
そう言うなり振り返って緑色の尻尾を左右に振る。
おう。何だそれは。コスプレか何かか?コスチュームプレイか何かなのか?さっきまでそんなものがあっただろうか。
「こうやれば便利だよ?」
尻尾を巻いて座布団に座るようにその上に座る。なるほど、そうやってズボンの中に隠していたら気づかなくてもおかしくない。少なくとも正面からはそんなものがあるようには見えない。
しかし、何だ。一見すれば黒髪でよく笑うただの子供にしか見えないというのに、尻尾なんてものを隠し持っているとは。
「モモはマリアとゲンゴロウの子供だ。あー、ゲンゴロウってのはお前を連れてきたトカゲのオッサンでな、マリアはキッチンのとこに居た女性だ」
補足するように男が言う。
ゲンゴロウ……。トカゲ野郎よ、お前は虫にまでなり下がったのか。
「次は私ね」
頭を撫でながら「よく出来ましたねぇ」なんて似合わない猫撫で声でモモをほめた後、怖い女性が口を開く。
「私はアキバカエデよ。春夏秋冬の「秋」に言葉の「葉」、カエデは栗沢町美流渡楓町の「楓」。あなたと同じ日本人で、この世界に来て半年ってところね」
く、くりさわ……、何だそれは。地名か何かか?いや、偉そうに胸を張っているが、それは冗談か何かか?偉そうに張る胸なんてどこにも――。
俺の言わんとしたことに気付いたのか、秋葉楓は俺のことを睨み付けてきた。ああ、怖い。
「最後は僕だね。僕の名前はオオコウチタケル。「大」きい「河」の「内」側で「健」やかに「流」れるって書いて大河内健流。気軽に名前で呼んでくれていいよ。歳は二十九で、この世界にはかれこれ二年くらいいるかな。分からないことがあったら、何でも聞いてくれ。ちなみに、俺も日本人だ」
「二年くらい」のところで、自嘲気味の笑みを浮かべながら筋肉質の男、大河内はそう言った。
二年か……。長いな。俺に帰られると言うからには何らかの帰る手段があるのだろう。なぜこの目の前の男は帰らないのだろうか。帰るのに二年以上かかる、というのも考えられなくもないが、まあ、いい。目の前の男が帰れるのに帰らない理由など今の俺には関係がない。
「で?あんたは?」
どこか喧嘩腰で秋葉楓が俺に聞いてきた。三つの視線が俺に向けられる。
何だろうか。たかが自己紹介かもしれないが、こうも注目されるとどうしてか口が重くなる。
俺は居住まいを正して一つ咳払いをすると、重い口を開いた。ちなみに俺は秋葉楓の指示で未だに正座をしている。
「俺の名前はアオイコウサクです」
俺の自己紹介に秋葉楓が笑う様に口を挟む。
「コウサクって」
何か文句があるのだろうか。秋葉楓を睨んで睨み返されて、目を逸らすと俺は自己紹介を続けた。
「蒼穹の「蒼」に井戸の「井」、「耕」して「作」る、で蒼井耕作です。この世界に来たのはついさっきです」
「そうきゅう?」
モモが首を傾げた。
「晴れた空の事だよ。僕たちの世界では晴れた空のことを「蒼穹」と言うんだ」
大河内はそう言ってモモに微笑むと、こちらを向いて言った。
「とりあえず、一番気になっているであろう「いつ帰れるか」だけど、残念ながらもう一か月はかかりそうなんだ。だからアオイ君もそのつもりでいてくれ」
一か月か。短い……のか?短いようで長そうだ。
「その間私のパシリだからね」
まだ言うか。この女は。
「一か月後を逃したらもう帰る方法はないんですか?」
「いや、数か月に一回。最近はもう少し多いかな。とにかく、それを逃したからって帰る方法がないわけじゃないから安心しなよ」
なるほど、それは確かに安心だ。
しかし、だと言うなら大河内はなぜ帰らないのだろうか。二年もあったら、いくら間抜けだったとしても何回かチャンスはあるだろうに。
秋葉楓に関しては……まあ、間抜けだったのだろう。
「とりあえず、他に何か質問はあるかい?」
大河内は近くにあった椅子を持ってきて座った。
聞きたい事か。
「一か月俺はどうすればいいんですか?」
「それは後で話すよ。少し長くなるからね。他には?」
「あの、トカゲの……」
「ゲンゴロウさん?」
「あの人は何なんですか?」
「私のお父さんです!」
俺の質問にモモが声を上げた。俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「ゲンゴロウさんは……そうだね。人間だよ。少なくとも僕らを人間と呼ぶのなら、間違いなく彼も人間だよ。少し進化の形が違っただけでね」
進化の形?つまりはこういうことだろうか。猿と同じ祖先から進化した俺らを人間と呼ぶのなら、トカゲと同じ祖先から進化した彼もまた「人間」ということなのだろうか。確かに、一理ある。
「まあ、その辺については僕らも仮説の域は出ていないからね。詳しいことは何も言えないよ。ただ、この世界には彼みたいな人が大勢いるということは覚えておいたらいい」
まあ、そんなところだろうな。俺も正確なことが知られるだなんて思ってはいない。
「帰れると言いましたが、どうやって帰るんですか?」
「アオイ君がこっちに来たのと同じ方法だよ」
「何でそれが一か月後って分かるんですか?」
「それは、まあ、分かるとしか」
大河内は濁すように苦笑いを浮かべた。
「そうですか」
「ああ、そうだ。言い忘れてたけど、帰るなら多少は覚悟していた方がいいよ」
「覚悟、ですか?」
「うん。あっちの世界がどうなってるか分からないからね。僕たちがいなかったことになっているのか、それともそのまま時間が経過しているのか。もしくは、僕らが帰れると考えているだけで、もしかしたら別の場所に繋がっているのか……」
それは帰れるというのだろうか。
「帰ってからまたこっちに戻ってきた人はいないんですか?」
「いないね。少なくとも僕の知る限りではだけど」
確かに、それが本当なら覚悟がいるのかもしれない。あっちに帰ったら「お前は誰だ?」となり得ないのだから。
「他には何かないかい?」
多少重い空気になったのが気にかかったのか、大河内が相好を崩しながら訪ねる。
そうだな。聞きたい事、聞きたい事……。何かあったような気もするが、
「今のところはありません」
特に思い浮かぶことはなかった。
「そうかい。それじゃあ、これからのことを話そうか」
大河内はそう言って立ち上がると、壁に並んだ本棚から一冊の本を持ってきた。
明日も同じくらいの時間に更新する予定です。