表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

怒れる女。土下座する俺。

 俺は男を待ちながら、益体もないことを考えていた。


 男は日本人だろうか。それにしては彫が深いような気もしたが、しかし、今時彫が深い日本人などゴマンといる。流暢な日本語を話していたことから察するに日本人である可能性は高い。が、あくまで可能性の域を出ることはない。こちらの世界の人間でどこかで日本語を習ったという可能性も否定できないのだ。俺がいた世界のことを知っている以上、全く関わりがない人間なわけではあるまい。


 それにしても、あの男は一体何者なのだろうか。男が何人かなどこの際は置いておこう。それよりも気にかかるのは、この状況だ。なぜこんな場末の酒場の、それも隠すように作られた地下に用があるというのだろうか。トカゲ野郎がこの部屋から男を連れて現れたところを見るに、男は地下にいたのだろう。しかし、何故?どうして地下にいなければならない。この世界は異世界人に優しくないとでも言うのだろうか、確かに、元の世界で「自分は異世界人です」と言ったら、まず頭の中を疑われるだろう。しかし、だからと言って隠れるような生活を強いられるわけでもない。あるいはそんな地域もあるのかもしれないが、少なくとも一般的ではない、はずだ。


 しかし、かつてユダヤ人を迫害した過去もある。それこそ、ユダヤ人に限らず、そういう過去は探せば探すだけ見つかるだろう。同じ世界の人間ですら迫害の対象としたのだ。それなら異世界の人間も迫害の対象となってもおかしくない。同じことはこの世界でも言えるのかもしれない。


 あるいは、犯罪者か何かなのだろうか。だとしたら危険だ。非常に。どんな罪を犯したのか分からないが、地下室という密閉された空間で、声すら地上に届かないような場所で、犯罪者と二人きりになるなど正気の沙汰とは思えない。


 そう思えば思うほどに、この現状が恐ろしく、さっき見た男の笑顔が不気味に思えてきた。


 逃げ出す?しかし、逃げ出したところで行く当てなどない。だとしたら、まだ話が通じる奴といた方がいいかもしれない。いや、助けてくれる人間がいない以上、俺は自力で危険を回避しなければならない。そうであるなら、逃げるべきなのではないだろうか。誘われるまま地下へと潜ったら最後、鳥籠の中の鳥となって逃げることなど叶わなくなってしまうのではないだろうか。


 考え始めると、思考はめまぐるしく回り、悪いことばかりが浮かび、少しずつどつぼに嵌まっていく。

 そうこうしているうちに、穴から誰かが出てくる気配がした。梯子か何かを登ってくる音が近づくにつれて、俺は身構えた。


 何か少しでも奇妙なことがあったらこのベッドを落としてやろうと、腕に力を入れると、穴から現れたのは子供であった。


「うわっ」


 俺は離しかけた手を慌てて留めた。さすがに子供の頭の上にこれを落とす勇気はない。

 そんな俺の様子に子供は不思議そうに首を傾げた。


「何してんの?」


 頭の上にベッドを落とそうとしてました、などと言えるわけもなく、俺は苦笑いを浮かべた。

 それを笑顔と受け取ったのか、子供は満面の笑みをこちらに返してきた。意図せずして成立した笑顔のキャッチボールは沈黙となって俺へと襲い掛かった。もしかしたら、俺はコミュ障なのではないだろうか、そんな気がした。


 沈黙を破ったのは俺でも子供でもなく、穴から飛んできた第三者の声であった。


「モモ、早く行きなさいよ」

「ごめんよ、カエちゃん。今避くから」


 モモと呼ばれた子供はそう言うと、そそくさと穴の中から這い出てくる。

 名前からすれば女の子なのだろうが、黒髪で短髪という外見からは、判断できないな。モモと呼ばれた言葉を見ながらそんなことを考えていると、穴の中からもう一人出てきた。


 髪の長い女性であった。

 髪の長い女性が穴から這い出してきた。


 俺はその様子に、思わずベッドを持ち上げていた手を放してしまった。


「あっ……」


 俺と、モモとかいう子供の呟きが重なった。続いて、ゴンという鈍い音と唸るような叫び声が何もない室内に響いた。


*


「すいませんでした」


 腕を組んだ長い髪の女性に俺は土下座させられていた。隣ではモモとかいう子供が同じ格好で俺を見下ろしている。


「それで、何で手を放したのよ」


 女性は怒気をはらんだ声で俺にそう尋ねた。


「……長い髪を振り乱しながら上がってくる姿が此の世のものには思え――」


 女性がそばにあった机を思いっきり叩いた。


「誰が化け物よ!誰が!」

「いや、彼もそこまでは言って――」

「だまらっしゃい!」


 見かねたのか女性をなだめようと例の筋肉質な男が声をかけるが、それも目を吊り上げてヒステリックに怒声を上げる女性には届かない。


 確かに、俺はどうしてあの時化け物をこの女性に見たのだろうか。少なくとも、髪の毛を逆立てて全身で怒りを表現する今の姿の方がよっぽど化け物に見える。

 女性の金切り声を聞き流しながらぼんやりとそんなことを考えていると、心が静まってきたのか、徐々に女性は落ち着きを取り戻した。


「……全く。話が進まないから今回はこれくらいで許してあげるけど、次やったら承知しないからね」


 大上段から見下ろしてくる女性に俺は不承不承頷いた。


「……はい」


 事故といえば事故なのだ。確かに多少なりとも、俺が悪かったかもしれないが、それでも部屋を明るくして穴から出てくる人を見やすくするなり、自分が人間であることをアピールしながら出てくるなりやりようがあっただろうに。

 そんな俺に女性は腹の底から響く様な声で静かに言った。


「納得してないようね?」


 俺は背筋を伸ばして声を張り上げた。


「いえ!そんなことはありません!全面的に私が悪かったです!」


 全くもって俺が悪い。そうに違いない。


「よろしい。罰としてこれから一週間私のパシリね」

「え゛」

「何よ。文句あるの?」

「いえ、ありません」


 女性は怖い。とりわけて年上の女性は怒らせたら手に負えない。そんなことを学んだ俺であった。


「はい。それじゃあカエデの気も治まったところで、自己紹介でも始めようか」


 落着したのを見て、筋肉質の男が声をあげた。

次回の投稿は明日になります。時間は未定です(だいたい20時。キーボードが進めば昼頃にも更新するかもしれません。が、過度な期待はしないように)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ