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異世界、そしてトカゲ野郎。

 目の前を全長2メートルもあろうかという黒色のトカゲが地面に腹を擦りながら通り過ぎていく。どうやらそれは荷車を引いているようで、手綱を握った御者と車輪のついた箱がガタゴトと後に続いた。


 とりあえず、俺は開いた口がふさがらなかった。


 どこにトカゲに荷車を牽かせる奴がいるんだろうか。いや、確かに目の前を通ったんだが、そうじゃなくてだ、そも、あの生き物はなんのだろうか。ああ、いや、問題はそんなことじゃない。そんな些細なことじゃあない。


 いったいここはどこなんだ。


 阿呆みたいに開けた口を手で押さえつけて無理矢理閉じると、俺はゆっくりと辺りを見回した。頼むから俺の知っているものがあってくれ。そんな感情を込めてゆっくりと見回した。

 案の定であった。

 また目の前を荷車を牽いた大きなトカゲが通り過ぎていく。その様を呆然と目で追いかけながら、俺は理解した。


 少なくとも、日本ではない。それだけは確信を持って言える。何なら叫んでやろうかとさえ思う。

 ともかく、まだ地球というセンは捨てきれない。あくまで願望の類なのかもしれないが、それでも淡い期待でも持たなければ、俺の心はどこか遠くへと飛んでいきそうな気がした。


「おや、見ない顔だね」


 内心で押し問答、もとい現実逃避をしていると、不意に声をかけられた。

 俺は声の方を慌てて振り向いて、そして大きく落胆した。


 ああ、あんたも見ない顔だよ。


 内心の叫びは外へ飛び出すことなく頭の中で反響して、底へと沈んでいった。

 目の前にはトカゲ野郎がいた。


「あの……どうも」


 言葉に詰まった俺はとりあえず会釈をした。すると、それが不思議だったのか、トカゲ野郎もまた、顎を突き出すように不器用な会釈をこちらに返してきた。

 そして、俺とトカゲ野郎の間に気まずい沈黙が走る。


 別にコミュ障なわけではないと、俺は思っている。もしかしたらコミュ障な奴はみんなそう言うのかもしれないが、それでも、俺はそう思っている。にも関わらず、いかついトカゲ野郎を前に、俺は紡ぐべき言葉を見いだせなかった。酸欠の魚のように、口を開閉しながら、必死に言葉を探していると、幸いにもトカゲ野郎が口を開いた。


「それで、兄さんはどこから来たんだい?」


 何と言うのが正解なのだろうか。一瞬、逡巡した後、俺は素直に口を開いた。


「いや、後ろの扉から……」


 そう言いながら振り返ると、俺は口を開いたまま固まった。そこにあったのは開け放たれた納屋の扉であった。


「おい……」


 慌てて納屋の扉を開閉する。納屋の中も覗き込んで、そこにあったものも片っ端からひっくり返して、納屋の扉を調べて、ぐるりと納屋の周りを確認して、俺は地面に膝をついた。


「どうなってんだよ……」


 そこには何もなくなっていた。扉の向こうは壁が朽ちたボロ屋ではなかったし、俺がいた町の痕跡など微塵もなかった。


 どうしようもない。そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡る。何かを察したのか、トカゲ野郎の手が俺の肩に置かれた。それが無性に暖かくて、思わず涙がこぼれそうになった。こぼすことはなかったが。


「ま、何があったかは知らねえが、そんな落ち込なよ。大方、異世界から来たって言うんだろう?」


 その言葉を聞いて、俺は思わず顔を上げた。


「そんな顔で見るんじゃねえよ。照れるじゃねえか。その奇妙奇天烈な服を見ればだいたい想像はつくさ」


 何を勘違いしているのか知らないが、俺の内心は絶望と悲哀を感じていた。トカゲ野郎の言は、はっきりと、ここが俺の知らない世界であることを物語っていた。俺の心を支えていた「まだアフリカの奥地かどこかかもしれない」という淡い期待の崩れる音が、俺の鼓膜を震わせた。


「とりあえず、そんなずぶ濡れの恰好じゃあれだろう。幸い、俺の店も近い。衣服ぐらいなら出世払いで遣るから。そう落ち込むんじゃねえよ」


 なんて暖かいんだろうか。とりあえず、そんな感情は置いといて、俺は声を絞り出した。


「いや、……いいっす。出世払いとか怖いんで」


 すると、トカゲ野郎は静かに首を振った。


「ともかく、付いてこい。お前みたいな境遇の知り合いがいてな、もしかしたらそいつに会わせることができるかもしれんしな」


 トカゲ野郎はそうとだけ言うと、さっさと歩きだした。どうやら、俺に内心の安寧を取り戻す暇を与えてはくれないらしい。

 付いて行くべきか行かぬべきか。僅かばかり悩んだ後、俺はトカゲ野郎の背中を追いかけた。それが藁であれ何であれ、縋るしか他に選択肢はなかった。

明日は20時過ぎくらいに投稿予定です。

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