村を救った英雄
どばー。
村が水没していた。
避難していた人々がその光景を高台から眺めている。
洪水によって沈んでしまい、もはや家の屋根しか見えなくなってしまった彼らの村。
「ああぁ。村の上のほうにある貯水池が、3日前から降り注ぐ雨によって氾濫してしまい、村に流れ込んでしまったたい」
「総雨量600㎜の所に、時間雨量100㎜の集中豪雨が降ってきたけ。しゃんめー」
「だべさ。まあ、死人が出んかっただけ良がったさ」
無駄に説明口調な村人たちがめいめい思っていることを口に出している。
「ああ、こんな時、近くの水韻山に住む仙人様が助けに来てくれたらたい、仙人様の持つ宝貝で村の水を引き上げて何とかしてくれるたいの」
誰かがフラグを言いだしたその時。空が光った。
「あっ、あれは何だぺ?」
「まぶしいっちゃ!」
村人の誰かが指を指した先には五光が差しており、そこに一人の人間の影が映っている。
「あっ、あれは、仙人様?」
それは村人がピンチの時に突然現れ、
「いや、違うあのシルエットは天女様や」
天女の羽衣のような細いベール上の何かをまとっており
「違うっけ、あれは雷神様の太鼓っけ」
ところどころ丸っこい何かがある
「おい。あれはどう見ても、やせいのデオ○シスだがね」
「何だと、俺の見立てが違うって言うっちゃ!」
「ああん。おめえの目が節穴なだけじゃめえか」
村人の数だけ答えが出てくる。お互いの答えをぶつけ合って村人たちは喧嘩をし始めた。しかし、それもしょうがないのだろう。人がまとまるためには答えが一つになるまで戦わなければならないのだから。
「村人たちよ喧嘩を止めなさい」
空から慈悲の籠った声が響き、心がそろわない村人たちは思わず黙ってしまう。
五光が止み、人の形をした影がそのまま降りてくる。
白い道服。背中には細長い布が漂っており、布の先には水晶玉が5つほどくっついている
そして、そのご尊顔はしわくちゃな女性の顔。
『ばばあ、じゃねえか!』
村人の心が一つになった瞬間であった。
「誰がばばあじゃあ!」
ドゴーン。
ばばあは、水晶玉の一つを掴み、村人の前に突き出す。それが、赤く輝いたかと思ったら、村人の足元で爆発が起こり、何人か空に舞い上がった。
「イエッサー!仙人様!」
「うむ、よろしいのじゃ」
村人たちは一転、ばばあ仙人を恭しく出迎えた。その変わり身の早さ、まさに韋駄天の如し。
その中に、一際立派な白い髭を生やしたおじいさん、この村の村長が代表して一歩前に出る。
「仙人様。ご覧の通り村が水没してしまって、困っております。このままでは、畑はダメになってしまいます。そうなってしまったら、男たちは皆、都に出稼ぎに行かせて、女たちは内職をさせねばなりません。そうなったら、子供も父親のいない寂しさで毎晩枕を濡らすことになるでしょう。ぜひ、ぜひお助けください」
「ふむ、それは困ったのう。じゃが、儂が助ける理由もないじゃろう」
「ああ、ありがとうございます。……えっ?」
ばばあ仙人は妖怪のような笑みを浮かべている。
「儂らは、何百年、何千年とかけて修業を重ね、宝貝を作り上げたのじゃ、その力をただで使ってほしいというのは少し虫が良すぎると思うんじゃよ。世の中ギブアンドテイク。当然じゃろう。具体的にはお供えとか社殿とかかのう」
「そ、それでは、仙人様を讃えた社殿を作ります。毎月、そこにお供えもしましょう!」
「それで?」
「ま、毎日掃除もさせます!仙人様を讃えた歌も都から詩人を呼び寄せて作らせましょう。後世、永遠にわたって伝えていきます」
「石像もあったらいいのう」
「勿論。名工に水韻山の女神像を作らせましょう!」
「ならばよし」
そう言うと、ばばあ仙人は懐をまさぐり、大量の水を吸い込んで、吐き出すことのできる宝珠の宝貝、水貯珠を探し始めた。
ガサゴソガサゴソ。
見つからないので、服を脱いで振り回し始めたばばあ仙人は……、うーむ、これは嬉しくない読者サービスなので割愛。
「忘れた」
『うぉい!』
村人一同ツッコムがそれは無視された。
「まあ、まだ慌てるような時間じゃない。幸い、儂の山には一人の見習い小僧がいる。そいつに水貯珠をここまで、持ってこさせれば良いじゃろう」
「ほ、本当なのですね」
村長は少し懐疑的だ。まあしょうがない。
「儂を誰じゃと思っとる。水韻山の仙人、清眉さまじゃよ。テレパシーでちょちょいのちょいじゃ。少し待っておれ」
ぶるるるるうぅぅ。
ばばあ仙人が唇を震わせ、人には聞き取れない音を出し始めた。
「テレパシー……?」
誰かがぽつりとつぶやいた。
水韻山の山頂。ここに水韻山の仙人清眉の屋敷がある。
その屋敷の前で掃除をしているアホ毛の少年が一人。
彼の名前は雷駒。この水韻山の仙人清眉の弟子の一人である。とは言っても、今の清眉の弟子は彼しかいない。それも、そのはず。傲岸不遜、我田引水、唯我独尊な師匠についていくのは、先のことを何も考えていないこの能天気な少年しかいなかったからだ。
「この人には聞き取れない、蚊が近くを飛んでいるような気持ちになる不快な音は師匠の口笛だ。一体どうしたんだろうか」
何故か聞き取ることのできる口笛が聞こえた方向を見る。雲海が広がっていて素晴らしい景色だ。
ピカッ
突然雲に亀裂が入り、文字を映し出したではないか。
「何々、水貯珠を持ってこい。修業の一環だ。持って来たら、仙人ポイントを100ポイント分け与える?ひゃっほう。これは急がないと」
仙人ポイントとは、昇仙試験を受ける際に必要なのだが今回の話にはあまり関係が無い。しかし、ひゃっほうって言葉は今は使われているのだろうか。
雷駒は宝貝保管部屋に向かった。
一定間隔に並んだ棚の上に様々な宝貝が置かれている。
きれいに整理整頓された宝貝の並びはあの清眉の仕事とは思えないほど美しい仕事だ。
「水貯珠はさ行にあるから、この棚で……、宝珠なんだから球体状の形で……。おお、これだ。透かした先も鮮明に見えるほどの透明さ、満月に匹敵する完璧な形状。これでなかったら何だというんだ」
宝珠を持ちだすと、急いで部屋を出て行った。向かうは師匠の元だ。
ダン。どて、コトコト。
乱暴に扉を閉めたからだろう。振動でさ行の棚が少し揺れ、一つの宝珠が落ちてしまった。
落ちた宝珠には「水貯珠」と書かれたネームプレートが貼ってあった。まあ、お約束ですよね。
「まだですかねえ。大丈夫かなあ」
もはや、家の屋根すら見えなくなった村。
濁流によって灰色の景色だけが目の前に広がっている。
それはまるで、村人の心を現しているようで。
「心配することは無いのじゃ!」
村人を安心させるためなのだろう。確信を持った声が高台に響き渡る。
「儂の一番弟子である雷駒はやると決めたら必ず成し遂げる男じゃ。それとも、お主ら、儂の言うことが信用できんと申すのか」
「勿論、仙人様の言うことです。間違いないでしょう。でも、万が一、万が一のことがあるでしょう。」
「そんなことは無いのじゃ」
ばばあ仙人は断言する。
「本当にですかな」
「本当に本当じゃ」
「本当に本当ですかね」
ところで、何度も尋ねられると強情になってしまうことがありますよね。
「本当に本当に本当じゃ、神に誓ってもよいぞ」
仙人もムキになってしまったようです
「じゃあ、もし間違っていたとしたら」
だから、
「ははは、そりゃもちろん何でもしてやろうに」
ほらこんなセリフを言っちゃうんです。
「お師匠様ー」
タイミングよく雷駒が走って来た。
アホ毛をゆさゆささせながら走る彼の右手には透明な水晶玉が。
「よおし。よく来た!さあ、この濁流をその水貯珠で全て吸い込んでしまうんじゃ」
「ハイダラサッサー」
雷駒は水晶玉を空に掲げて、玉の中に精神を込めようとする。
それは心の臓から命を絞り出して右手の先に集めるように。
彼の心と右手の宝貝との間に道が通じたのを雷駒は感じた。
後は意志を込めるだけ。
「いっけー」
雷駒の意志に応えて、水晶玉がやや赤めの紫色に輝き始めた。
その色の輝きを見て、清眉の頬には一筋の汗が流れ始める。
(あっ、あれは水貯珠の色ではない。もし、水貯珠なら、水が含まれていれば、青く輝き、空なら透明のままのはずじゃ。ということは……)
「ま、待つんじゃ、雷駒。それは水貯珠じゃ……」
力が発現し、宝貝から一筋の光が濁流めがけてまっすぐ飛び出した。
光は徐々に形を作り、巨大化してゆく。
光の塊は色を得て、現実のものとなり……。
ぐがぁー。
「わにぃぃぃ!?」
轟く咆哮と共に、巨大な二本足で直立するワニが水没した村のど真ん中に出現した。
村人たちもただただ目を丸くして驚いているだけである。
「あっ、あれはお師匠様のペットのワニコダイル!何でこんなところに!」
「お前がまちがえたんじゃろーーがっ!」
ドゴン。
老婆とは思えない切れの良い蹴りが雷駒を襲う。
水棲珠、水棲動物を封じこめることができる宝貝が彼の手を離れ、コテコテと転がってった。
「らいくぅぅっ!どうして、お前は宝貝を取り違えたんじゃあ。そんなんで、仙人になれると思ってるのか」
「師匠。ぐっ、ぐるしい」
雷駒の襟をつかみ前後にぶんぶんと振り回す老婆。振り回された雷駒の顔色はだんだん悪くなっていく。このままでは、雷駒の命が危ない。
「仙人様。それで……あれはなんだったい」
「見てわからんのか。神獣ワニコダイルに決まっておろう。この水棲珠に封じておったのじゃ」
「見ただけじゃわからんぺ。水棲珠?それは水貯珠じゃないんだっぺ?」
「そうじゃ。この馬鹿弟子が取り違えたんじゃよ」
「ほほう」
村長が冷めた目でずいーっと仙人に寄って来る。
「な、なんじゃ、何を言いたいんじゃ?」
「先ほど仙人様はおっしゃられましたな。雷駒は儂の一番弟子。奴なら必ず成し遂げられると」
「うっ!」
「成し遂げられなかったら何でもするっていったよね」
「いやいやいや。それは、言葉のあやというかのう。というか、何で語尾まで変わっとるんじゃ」
「ごほん!まあ、とにかくです。責任取ってもらいましょうか。見てくだされ、あのワニが出てきたおかげで家屋が何軒かつぶれてしまったようです。あんなところには家屋の残骸が漂っているではありませんか。状況を悪化させておいて逃げるなんて、まさか言いませんよね」
村長が指差した先、ワニコダイルの足元には屋根や瓦が流されている。
どうやら召還した際、家を踏みつぶしてしまったようだ。
清眉は何も言えなかった。村人たちもこれ以上何も言わなかった。
「雷駒」
険悪なムードを破ったのは清眉だった。
「はい」
「儂はお主のことを先ほどどんなことでも成し遂げられると言ったが、その言葉に嘘は無い。お主はどうしようもなく単純で、能天気で、馬鹿だが、わずか数年で宝貝を操ることができるなど無駄に才能にあふれている」
「お師匠様」
「だから、お前がどうにかしろ」
「そう、来たかぁぁ。できないですよーー」
「「できる」か「できない」ではない。「やる」か「やる」かじゃ」
「同じじゃないですか」
「ええい、つべこべ言うな。この状況をどうするか考えるんじゃよ!」
「あー、はいはい。とりあえず、貯水池から村に流れている水を止めればいいんですよね。そうすれば、村の水かさがこれ以上増えることは無いから……
おし、じゃあ行ってきます」
「何をするんじゃ?っておい」
そう言うや、雷駒はワニコダイルに飛び乗り
「ワニコダイル!僕を貯水池のほうまで連れてって!」
「わかりました。ご主人様」
「こらー。まず何をするか言えー」
実は喋れたワニコダイルが雷駒を乗せ、貯水池へ向かっていく。
ワニコダイルは泳ぎの達人なので、クロールもすいすいである。
その様を見ていた村人たち。
「一体どこに行くっけ?」
「貯水池の方に向かっているみてえだべが」
「貯水池に向かって何をするっちゃ?」
「はっ、そうじゃ、貯水池の氾濫したところの反対側にも川があるっぺ」
「だから、どうしたんけ」
「もし、貯水池の反対側を破壊したら、そちらに水が流れていくんだっぺ。」
「じゃあ、もしかして、あいつ貯水池破壊しようとしてるっちゃか」
だが、その破壊の意味することは
「でも、貯水池破壊されたら水は抜けるかも知んねーけど、田んぼの水どうするけ……?」
村の崩壊の第二歩目
「……」
『駄目じゃん!』
村人の叫びが唱和した。
ワニは泳ぐ。アホ毛が揺れる。
水平線から貯水池が飛び出し、徐々に大きくなっていく。
貯水池は一角が大雨で崩れたのか、大きな溝になっており、そこから水が流れ出ていた。
「どうしましょうか。ご主人様」
「うん。どうやら、貯水池に穴が開いたのが今回の洪水の原因だったみたいだね。じゃあ、これをふさごうか」
「ふさごうにも、こんなに水が流れている状況でどうやって行うのですか?」
土を詰め込んでも流されるだけだろうし、土嚢なんて気の利いたものは無いとワニコダイルは思った。
「決まってるさ。ワニコダイルがこの溝に潜り込んで水を止めるんだよ。パズルのピースをはめ込むようにね」
「!?」
声にならない叫びをあげるワニコダイル。
「さあ、お座り。ワニコダイルを召喚したのは僕だ。だから、僕の言うことを聞くしかないよね」
しぶしぶ、貯水池の溝まで行って、体を捻じ込むワニコダイル。その姿はとても悲哀に満ちたものだった。
だが、その自己犠牲によって、水の流れは止まった。時間が経てば、村の中の水も引くだろう。
「ご主人様。ちなみに私はいつまでここにいればいいのでしょうか」
「そりゃあ、勿論。貯水池が補修されるまでだよ」
「!!!?」
「だって、ワニコダイルがそこから離れたらまた、水が流れ込んじゃうじゃないか。大丈夫神獣はご飯が要らないから、ずっとそこにいても大丈夫だよ」
反論しようとしたワニコダイルだったが、話をさえぎられて、それは叶わなかった。
「良くやったぞ。雷駒」
「ああ、お師匠様」
「うむ。一部始終見させてもらったぞ。儂の見込んだとおりだった。お前ならやってくれると信じていた」
「村人の方たちは」
「うむ、経過を見させてもらったが村人たちも貯水池が壊されないことに満足していた。よく頑張ったな。お前は偉い」
「頑張ってるのは私ですよー」
ワニコダイルの悲痛な声が村中に響いた。
場所は変わって、ここは村人がいる高台とは違う別の高台。
そこに全身黒づくめで一本の傘を持った男がいた。
「貯水池の水を止められてしまったようだな。まあ、いい。村を破壊せよという指令は果たした。これ以上深入りして、仙人の仕業とばれてしまっては元も子も無いしな」
誰もいないのにべらべらと自分の正体を語り始める男。
雷駒は疑問に思わなかったのだろうか。
何故、村に三日三晩雨が降り続けたのか。
何故、頑丈なはずの貯水池に穴が開いたのか。
男は自分の持っている傘を見た。
その傘の名前は風雷傘、雨風を起こし、天気を操ることができる宝貝である。
この宝貝を使って、男は村を滅ぼそうと企んだのだ。
「しかし、清眉」
男はその名をつぶやくと、顔を憎悪に歪ませた。
「そして、雷駒。いい気になっていられるのも今のうちだ。貴様らはつかの間の平和を楽しむがよい、クククッ」
そして、男は影に溶け、消えた。
この時、雷駒は知らなかった。これが、後に世界中の仙人と妖怪を巻き込んだ大戦争の始まりになるということをっ!
それから、時は経ち。
ここは復興した村。今日、村の復興祝いのイベントが開催されており、清眉と雷駒はこの村を訪ねていた。
あれから、ワニコダイルは溝にはめられたままだったが、村人たちが懸命に貯水池の補修工事を行ったことによって、1年ほどで出ることができた。今日は、水韻山の池で水浴びを楽しんでいるようだ。
「しかし、師匠。なんで、このイベントにお忍びで参加しているのですか」
雷駒達は村の広場で人だかりに紛れる中、正体がばれないように布で顔を覆っている清眉に話しかけた。
村の中心では村長が涙ながらにこれまでの復興の苦労について語っている。
「そりゃ、勿論村の救世主とばれたら大騒ぎになるからのう。それに見たいものもあるしの」
「見たいもの?」
「何でも、今日は村を救った英雄の除幕式をするそうじゃ」
そう、清眉は村を救う代わりに石像を作ることを要求していた。
「それでは、村が崩壊の危機にあった際に助けてくれた英雄をご覧ください!」
「おっ、来たぞ」
村長が叫ぶと、役員の一人が後ろの石像にかかっている布を取り払った。
それからのことを雷駒はあまり人には語らない。
村の中心で突然、清眉が暴れだしたこと。持っている5つ全ての戦闘用宝貝を動員して暴れまわったこと。雷駒は他人のふりをして逃げようとしたこと。
広場には、太陽の光に照らされワニの銅像が煌々と輝いていた。