第2話 勇者は死んだ
フード男は身動き一つせずに、立っている。
「貴様、何者だ…?」
「素性を明かすことはできません。ですが、パンドラの箱を開けたのは私であるということだけは、お教えしました」
正気か?
これだけのメンツを前にして自白するとは、愚かな奴だ。
もう逃げられない。
俺への冤罪も晴れる。
すぐに斬りかかったのは、章介だった。
絶対的スピードで、男に近づき、背後から双剣を振り下ろす。
しかし、双剣は男の体をすり抜けた。
男の体はまるで、映像のように霞んで見える。
「ロッド!これはまさか…」
王は大魔導師ロッドに声をかける。
ロッドは皺皺の口元を抑えるようにしている。
「…ホログラム魔法……」
大魔導師ロッドの言葉に、王や王宮騎士たちは、明らかに反応を見せた。
勇者たちはピンと来ていないようだ。
俺も、ホログラム魔法など聞いたことがない。
「よくご存じですね、さすがは大魔導師だ」
「貴様まさか…メデーチ家の者か…?」
「さぁ、それはどうでしょう」
再び章介が斬りかかるが、それも虚しく、体をすり抜ける。
「無駄ですよ、勇者章介。今の私にはどんな攻撃も通用いたしません」
男の一言に章介はにらみを利かせ、舌打ちをする。
「章介殿。そ奴の言っていることは嘘ではない」
「…分かっています」
大魔導師ロッドの言葉に、章介は悔しそうに唇を噛みしめた。
ホログラム魔法については知らないが、おそらく分身とか、そういう類なのだろう。
「何をしにここへ来た?」
「宣戦布告…といったところでしょうか。私がパンドラの箱を開けた以上、もう魔王が復活を遂げたことは言うまでもないでしょう。でしたら、これから私と魔王が何をするのか…あらかた予想はつくはずです」
王国への復讐…か?
「全勢力を上げてかかってきてください。でなければ、すぐにでもこの世界は私のものになります」
「貴様…!」
「では、健闘を祈ります」
そう言い残して、男の体はスーッとフェイドアウトした。
謁見の間には沈黙が走る。
章介が双剣を下ろした時の音に、無念が感じられた。
あれから3日。
俺はパンドラの箱の件には関与してないと判断され、釈放された。
だが、最後まで俺を光太郎だと信じる者はいなかった。
俺は精密な身体検査を受けた。
だが俺の中には、平均並みの魔力が宿っているだけで、パンドラの箱の封印を解く手立てなど持ち合わせていないと判断された。
俺は、すべての名声と富と力を失い、只一人城下町を歩いていた。
裕也に殴られた傷は、回復魔導師の手ですっかり治ったが、あの屈辱は未だに忘れられない。
いつか絶対に復讐をしてやる。
城下町は、いつもと変わらず平和でのんびりとしていた。
恐らく、魔王の封印が解かれたことを知らされていないのだろう。
賢明といえば賢明な判断だ。
何せ魔王が一度封印されてから、まだ一週間ほどしか経っていないのだから。
人々はこの平和が一生続くと思っているのだろう。
俺もそのつもりだった。
これから俺のウハウハな生活にさらに磨きがかかるって時に…。
なぜあの時、封印の間になど立ち寄ったのか…。
本当に後悔している。
だがあきらめてはいない。
もう一度あのウハウハな人生に戻るんだ。
巨乳に抱かれるんだ…。
「勇者が…死んだァァァァァ!!!」
突然、男の声が城下町中に響き渡った。
城下町中央に位置する時計台の上から、拡声器を使っているのだろう。
それにしても聞き捨てならない一言だった。
「勇者のうちの一人が死んだ!名を、水瀬川光太郎!」
あー、やっぱりそうなるのね。
まあ、あれ以降誰も水瀬川光太郎の姿を見ていないんだから、そう判断するのは当然だろうなぁ。
城下町中がザワついている。
「そして!!魔王の封印が!再び解かれたァ!!」
その言葉に、人々はさらにザワついた。
悲鳴を上げ、泣き出す者までいた。
なんだあの男、何者だ…?
すぐに、男は捕らえられた。
時計台に駆け上がった章介は、男を思い切りぶん殴った。
そして、拡声器を奪い取った。
「みなさん、落ち着いてください。…もう隠すこともしません。確かに光太郎は死に、魔王の封印は解けました。ですが大丈夫です。我々が責任をもって対処いたします」
章介の声に、人々は安堵の息を吐く。
マニュアル本に載ってそうなオーソドックスな言い回しだが、章介の人柄が人々を安心させているのだろう。
こういう時の章介に説得力があることを、俺は知っている。
そして次に章介は、驚くべきことを口にした。
「我々は今、共に協力してくれる者を待ち望んでいます!我々とともに戦ってくれる勇気のある者は、我々に協力してほしい!」
詳しい内容は分からないが、これから動きがありそうだな。
国は一体、どんな対策をするつもりなのだろうか。
今や勇者ではない俺には、分かり得ない情報だ。
ディアンティカ国王は、女神の間に来ていた。
1年前にもここで国王は、神託を受け、4人の勇者を異世界から召喚していた。
国王は表情を曇らせ、声を出す。
「女神よ。是非とも神託を―――――――」
『勇者が…死んだか』
「はぁ…そう判断せざるを得ない状況でございます」
『時が巡れば 人は死に 支配者も変わる』
女神の一言に、国王は再び顔を伏せた。
『勇者を一人…召喚せよ』
「召喚…ですか?」
『然り。…女の勇者を――――――――」
そう言って、女神の声は聞こえなくなった。
国王は腹を括った。