8話 逃走中
廊下へ出ると、彼女があたふたしながら階段を降りようとしているのが目に入った。周りの生徒達は何があったのだろうか、と不思議そうに彼女と俺を見ている。
「だからこれにはちゃんと訳があるんだ! 話を聞いてくれ!」
結構距離が離れているため、大きめの声で叫ぶ。緊張と恥ずかしさで気分が悪い。大勢の人の前でこんな事をするのは死んでもしたく無かったが、今はそれどころじゃなかった。
「つ、ついてこないで! 変態!」
彼女は俺を見るなり罵倒し、大きな音立て階段をかけ降りる。
だあああ! クッソ話聞けよ! これじゃあ埒があかねえ!
美少女の後に続いて階段を降りる。すると2階まで降りた所で、眞城也の姿が横目に見えた。
「おお月夜、どうしたんだよそんな慌てて」
何も知らない為に、能天気に声をかけてくる眞城也に、何だか少しイラッとした。
「とにかく急いでるから説明は後にさせてくれ」
「おう。なんかよく分からんが頑張れ」
真面目に答えたので、眞城也は察したのかそれ以上何も言わなかった。恐らく俺がマジで急いでるって分かってるのだろう。腐れ縁とは怖いものだ。
せっせと走って、1階の階段まで行くと美少女が1階の床で、フラフラしながら息をゼーゼー吐いている姿が視界に入った。
「ア、アンタ……しつ、こい、わね」
言葉を少しづつ切りながら彼女が言う。
「だから……本当にストーカーとかそんなんじゃねえって、言ってんだろ……理解してくれよ」
俺も息が切れて上手く喋れなくなっている。それもそうだ、階段を全力ダッシュとか普通に疲れる。道が平らじゃないから、普通の道を走る倍は疲れる。
「だ、だって、あんな事言うのは変質者しか居ないもん!」
「俺は変態だけど変質者では無い!」
「同じじゃん!」
違う。と言おうとしたが、このまま張り合いをしてたら日が暮れそうなので言うのはやめといた。
「星野さんから話は聞いてるんだろ? ここじゃ言えないようなことだけど!」
「えっ?」
この驚きぶりからして、今気づいたって感じだな……ってか星野さんから話聞いてるならすぐ気づくだろ。まさか見た目が根暗オタクっぽいからか? いや、流石にそれは無いだろう。もしそうだったらコイツは凄い失礼な人だ。
「なんでアンタが星野さん知ってるのよ!? ってか私、あの人に特に何も言われてないんだけど!」
「は?」
星野さんから話を聞いてないィ!? じゃあ俺マジでただの変質者じゃん! そう思われたって無理ねえなそれは!
「え、マジ?」
「マジ!」
「ざっけんなよ! あの人はだから嫌なんだよ! いい加減だし、毎回適当だし、おっぱいでかいしよォ!」
せっかくコミュ障が頑張って美少女に話しかけたのにさぁ! よくも人の頑張りを踏み潰してくれたなあの人!
「最後のは関係無いと思うけど……でも確かに新しく私にラノベのイラストの仕事があるとはあの人言ってたわね……」
「それじゃねえか! 随分と抽象的に伝えたんだな!」
よし、何かちゃんと理解してくれている。後は俺が作家という事を伝えれば……
「そのイラストの作品の作者なんだけどさーー」
そう言って彼女に近づこうとした時だった。階段を降りようと、下の段へ落とそうとした足は見事に何も無い空気を踏んでいた。
「えっ、うわぁあああ!!」
宙に舞った体は床に落ちようとしていた。その瞬間はただ怖い、という感情しか無かった。
ドスッ! っと大きな音を立てて頭が床に打ち付けられる。その衝撃に頭が真っ白になり、言葉すら出ない状態だった。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
あはは、心配されてるな、俺。無理もないか。頭から床に落ちたもんな……ってかすげぇ痛い。今までそんなに運動とかしなかったから、怪我もあんまりしない訳で、痛い事は久しぶりだ。そのため凄い痛く感じる。実際相当な怪我なのかもしれないが。
気づいたら目の前の視界に映る超可愛い彼女が暗くなり、見えなくなってきた。
そういえば名前も聞いてねえな……聞いとけば良かった。
ついには、ほぼ何も見えなくなった。なんとなくだがこれは死ぬ、というより気絶するっぽいと感じた。
「ーーーー!」
何言ってるか分かんねえよ。ただ、心配してくれてる事は分かる。
それにしてもすげえ美少女だな。こんな娘と付き合えたらーーそりゃあ幸せだろうな。
その思いを最後に、俺の意識はぷつっ、と消えた。