2話 いつも通り
予想外にブクマが増えたのでびっくりですw
「……いちゃん! ……お兄ちゃん!」
突然聞こえた俺の耳を劈く様な鋭い声は、美月の声だった。見ると俺を上から覗き込んでいる。
耳元で叫ばれたため、頭に響いて割れるように痛い。
頭の痛みが限定達して、身体を勢いよく起こす。手探りで携帯を掴み、ぼやけた目で電源ボタンを探して電源をつける。自分の作品のキャラのヒロイン全員が写っている画面とともに、7:05と小さい文字が表示される。朝か。
俺は目覚まし時計だと起きる事はほぼ100%無いので、美月にいつもこうやって起こしてもらっているが、この頭の痛みもいつも通りだ。原因はただ一つ、寝不足だからだろう。が、治す気は無い。俺は寝る間を惜しんででもラノベが読みたい。それだけラノベが好きなのだ。
昨日寝たのは4時。つまり、睡眠時間は3時間か……どこかの皇帝と同じだな。
「じゃあパン買っといたから食べて行ってね。私はもう行くから。じゃあね」
美月がバックを持ちながら俺の部屋を出ていく。着ている服は制服ではなくユニフォームだった。
もう朝練が始まってるのか……わざわざ朝早く起きてよく行くよな。俺だったら1日目で挫折してる。まぁスポーツなんて楽しいとも思わないし、上手くも無いからやらないけどな。
ガンガン響く頭を抑えながらリビングへ足を運ぶと、美月が買ってきてくれたパンが置いてあった。
「いつもいつも朝はすまないな……」
数年前から朝はずっとこうしてコンビニで朝飯を買ってもらっている。朝じゃなければ飯とかも作れるが、朝は最も苦手で何もする気が起きない。
1度作ろうと挑戦したが気づいたら目玉焼きが炭になってた。そこで自分は朝が相当苦手でなのだと痛感した。
コンビニのビニール袋を探ってパンを出す。今日はメロンパンか、当たりだな。
滅多に俺と美月は喧嘩をしないが喧嘩をした次の日は俺の大っ嫌いなトマトが入っているパンだけ買ってきたりしてくるのだ。あれだけは勘弁して欲しい。
メロンパンの袋を開ける。香ばしいパンと、バターの香りが食欲をそそる。
それを頬張りながら、近くにあるリモコンの左上にある電源ボタンをテレビに向かって押す。
すると、7:15分と表示されているニュース番組が流れ出した。左上には天気は晴れ、となっていた。キャスターが大阪で窃盗事件があったとの速報を放送している。埼玉県住みの俺にはそこまで関係の無い話だ。
埼玉県は事件も事故もほぼ無いため平和な県だとつくづく思う。その代わり、と言ってはなんだけど、有名な建物とかも全くない。俺はそれに対して不自由な事は無いから別にいいけどな。埼玉万歳。
メロンパンをやや強引に口に突っ込み、昨日準備した新品の制服をタンスから取り出す。シワ1つ無い、正真正銘新品だ。
「おお……いかにも高校生って感じだな」
中学校の時には付けなかったネクタイを高校からは付けるのだ。なんか1歩大人の道に進んだような気分になる。
慣れない手つきでネクタイを付ける。
やっぱり難しいな……慣れるまで時間がかかりそうだ。蝶々結びを覚えるのに5時間くらいかかるほど結ぶ作業が苦手な俺からしたらたかがネクタイの結び方を覚えることはプロットも何も考えてない状態で『物語を本1冊分作れ』と言われてるくらい大変だ。結構ガチで。
急いでズボンも履く。少しサイズが大きいがまあ大丈夫だろう。
近くの鏡で自分の姿を見る。いかにも元気な新入生みたいで良いな。顔色と肌色を除けば。
「筆記用具持った。鍵持った……よし」
今日は始業式の為授業は無く、先生から少し説明をされて終わりらしい。つまり昼には帰れる。超ラッキーだ。
始業式はどうせ寝るし睡眠時間と考えていい。そう考えると2時間ほど寝れる。始業式マジ神。長い話をしてくれるおっさん、いい子守唄になるよ。ありがとう。
持ち物の点検をして鞄に入れる。今日は特に必要な物も無いし荷物が軽く済みそうだ。
「あ、そうだ」
ふと思い出し、自分の部屋に足を運ぶ。階段を急いで登った為、転びそうになった。
「あったあった」
机の隅に置いてある1枚の小さな写真を取る。その写真にはあの金髪の美少女が写っていた。
念のため持っておこう。何も無しに『どうも。ライトノベル作家の平坂月夜です☆』とか言っても恐らく信じてくれないだろう。
1階に降りてテレビを見ると7:45と画面に表示されている。
もうこんな時間か。そろそろアイツが来るな。
そう思ってる時に、丁度ピーンポーンという、殺風景な音が誰もいない部屋に響いた。
「はーい」
聞こえるはずも無い返事をして荷物を持ち玄関へ向かって靴を履く。
扉を開けると眩しい光が差し込んできた。この眩しさを感じて俺は改めて、朝だ、と実感するのだ。空気は少し冷たいが、丁度いい感じで春の澄んだ風の匂いがする。そしてその背景の前で、俺の視界に写ったのはーー
服は俺と同じ制服で、胸元にリボンを付けている。少し短めのスカートの下に見える足は、百合の花のように真っ白で綺麗だった。風で桃色の鮮やかな髪が靡く。この髪型、アニメで見たことあるな。サイドテールっていうんだっけな。
そして俺を見て笑顔になる。その笑顔は今差し込んできている太陽より、何倍も眩しい。
「おはよー! 月ちゃん!」
片手を元気よく上げて、おはようのポーズを取った彼女は俺の幼馴染みであって姉のような存在の北美弓梨だ。小学生の頃から家が隣ということもあり、こうして朝は毎日向かいに来てもらっている。
料理も家事も出来て、親が外国で仕事をする事になり、家を長らく出ていくことになった時は、家事、料理などは全部弓梨に教えて貰っていたのだ。正直すげえ助かった。美月と昔からよく遊んでくれてたし、ぼっちの俺なんかにいつも心配をしてくれて、ホントいいやつだ。
「月ちゃん制服凄い似合ってる〜! かっこいい!」
弓梨が俺に抱きつく。普通の女子と比べて大きい胸が腕に押し付けられる。その感触はまるで、マシュマロのようなふんわりとした柔らかさで妙にリアルな感触だった。
「おい、恥ずかしいから辞めろっていつも言ってるだろ……」
確かに弓梨はすげえいいやつだ。だけどこういう事をいつもやって来るから少し困る。しかも人前でも普通にやるからよく弓梨の事が好きな奴にボコされたっけ……そのたびに弓梨が心配してまたボコボコにされて中学生の時は散々だった。
「月ちゃん照れてる〜可愛いね!」
弓梨が顔を逸らす俺をわざと見ようと俺にニヤニヤしながら顔を近づける。弓梨はいつもこうする。正直恥ずかしいから辞めてほしい。
「ほら……もう学校遅刻するから行かなきゃだぞ。行こうぜ」
まだ遅刻するような時間ではないが、この場を切り抜けたいので弓梨の「あ、話逸らしたな!」という声を無視して俺はそそくさと靴を履いて外へ出そうとした。
「朝から元気ですね。弓梨さんよお。その元気はどこから湧いてくるんだか……」
朝が苦手な俺からしたら何故こんな朝から元気はつらつしてるのかが疑問に思う。だるくないのだろうか。
「月ちゃんと違ってちゃんと夜早く寝てるからね! 昨日は10時に寝たよ!」
じゅ、10時!?
10時って何も出来ないじゃん飯食って風呂入ったらもう9時だろ? 1時間しかしたい事できないじゃないか……勿体無い。実に勿体無い。
「早すぎだろ……後その呼び方辞めろ」
さっきから弓梨は俺の事を「月ちゃん」と、呼んでいるがこの呼び方は、小学生の時からだ。小学校中学年くらいまではそこまで気にしてなかったが、高学年辺りからそのあだ名で呼ばれるのが恥ずかしくなってきていた。流石に月ちゃんは恥ずかしい。まるでバカップルみたいだし。
「え〜いつもそう呼んでたから別にいいじゃん…………まあいっか。じゃあ月夜って呼ぶね♡」
少し頬を赤らめながらえへへ、と笑う弓梨。その少し笑った彼女の顔に俺は少しドキッとしてしまった。
なんで顔赤くしてんだよ。ってか、下の名前もそれもそれで恥ずかしいんだが……
このまま話してるとマジで遅刻してしまうかもしれないので、外へ出て扉の鍵を鍵穴に差し込んで閉める。
太陽の光は家の中から差し込んできた物より眩しく、寝不足の目で見ると反射的に太陽から顔を背けてしまう。今日は晴天だな。天気予報の通りだ。
そんな快晴の中、俺は1ミリたりとも動かしたくない気怠い体を動かし弓梨と学校に向かって歩き始めた。
次回の更新は土日に出来るかなあ…みたいな感じです。