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妄想線上のかわいいさくら

作者: たかあき

妄想の女の子に出会うために主人公が勉強しまくります。

  ある日、何故か俺の右腕には、やーらかい何かが当たっていた。

 よくその感触を味わうと、右腕にからまる二つの山のほうが大きく、柔らかい。しかし、左腕のほうはそれに劣るものの、逆にその小ささが心地よい。

「私、たつくんとデートしちゃうもん」

 !!!!!!!!!!????????????

 右腕のやーらかい方から、鈴をなでるかのような声で、俺の名前が呼ばれた上、凄まじいことを言われた。

 凄まじいといって一笑に付した奴もいるだろうが、俺こと兼中達斗、中学三年生男子兼彼女いない歴=年齢の童貞にとって、それはとても凄まじいものなのだ。

 というか、まず、どうしてこうなったか、そして、この右腕に押しつけられる双丘が何かを、論ずる必要があるんじゃないか。


 回想。まず、12月後半に、俺は受験生であり、その志望校について担任から

「お前の学力じゃ天と地がひっくりかえっても無理だ」

「俺なら、落ちる方に10000ウォンかける」

「なぜ韓国の通貨か、だと? 俺の嫁さんが韓国行っちまってまだ帰ってこないからだよ!」

 とぼろくそにいわれたのだ。それと、100ウォンで10円なので、担任は1000円かけたことになり、結構へぼいことがわかる。

 それはともかく、ショックで、塾帰りに堤防沿いで黄昏ていたのだ。10時以降だったので、警察に見つかったら補導されるが、んなことどうでもいい。

 で、そのときに段ボールを発見した。俺には不良属性がないから、ここで子猫を拾っても図書委員属性の女の子とのフラグはたたないぞ、とか、今の俺にエロ本はいらねぇぞ、ま、エロゲーなら考えんでもないが、とか考えて、俺は段ボールを覗き見た。

 

 まさかの参考書だった。


 俺の心にクリティカルヒットし、さらに「ほら、この1ランク下の高校なら、女子のセーラーが東鳩2みたいなんだぜ」と誘惑の言葉をかける担任が思い浮かんだ。その結果、その怪しげな参考書を手にし、俺は家に帰って、早速参考書で勉強を始めたのだった。完全にやけだった。

 で、でてきた問題が、


「あなたの将来の夢を400字以内で書きなさい」

 というもので、俺はすぐさま、「1人の女子と甘酸っぱい、かつ甘い、そしてエロい高校生活が送りたい」

 ということを具体例をふまえた上で、もっとあまり人様に見せられない雰囲気で書いて、寝たのだ。高校生活は甘甘なのだ。

 回想終了。

 

 担任の、「1ランク下の高校なら、女子のセーラーが東鳩2みたいなんだぜ」という言葉を思いだし、すぐさま俺は右腕を振り向いた。

 ……違う。桃色のセーラーじゃない! これは、水色の、俺の行きたい高校のセーラーだ!

 俺は、志望校に受かったんだ!

「ねっ、早くいこうよ」

 そんな歓喜が頭を渦巻く仲、俺の右腕から双丘のやーらかーいものが離れ、若干寂しい。

 ん? 待て、俺は担任の「1ランク下の高校なら、女子のセーラーが東鳩2みたいなんだぜ」とか、「つーか、お前の志望校の制服、ラブ+プラスみたいだよな。俺、あんまり愛可に萌えなかったわ~」という言葉を思い出すために回想した訳じゃない。

 どうしてこうなったかだ! そして、このセーラーは俺の志望高校のと似ているだけで、名札には中学校の紋章がついていた。合格していなかった。

「ほら、たつくんのオゴリなんだからね。あ、でもそんなことしたらたつくんのお財布、ぺらぺらになっちゃう」

 右腕が挟まれるやーらかーい双丘の持ち主に目をやる。

 持ち主は、女の子だった。

 間違えた。俺の、理想とする女の子だった。

 さらに修飾語をつけるならば、俺の、理想とする、妄想の中の女の子だったのだ!

 ラブ+プラスの制服(奥さんに韓国逃げされて担任が可哀想なのでこう呼ぶことにする)を着ているが、ラブ+プラスのキャラではない、1人。「お財布ぺらぺら」発言の彼女は、俺の幼なじみ(という設定)である、高川さくらだ。彼女は、髪からほのかにみかんのような、柑橘系の香りが漂い、彼女のぷにぷにとした、大福のような白さの肌や太股、大きくぱっちり、それでもなんとも女の子らしい目、とどめに、その莫大な大きさを誇る巨大双丘を持ち、多くの男を不毛な恋路へと追いやる。何故不毛かというと、彼女は幼なじみ(という(ry)の俺に惚れているからである。くはっー!

 で、それはいい。

 何故、妄想だった彼女たちが、俺の右腕に二人の双丘を押しつけていたのだろう?

 ……考えても、やっぱり、あの、怪しい参考書が思い浮かぶ。

 そこに書いた400字以内の俺の夢、とはいいながらの俺のエロ妄想が、あの参考書を通して、現実に反映された、というのが一番かもしれない。

 なんだか、自分がこの手の話に慣れすぎていて、あまり「ありえねぇ!」とはいえなくなっている。

 けど、まずは現状確認だ。この妄想なら頭の中で何度も、それこそ、うちの担任が若き日に、PCキューハチマルイチでフロッピーディスクを女の子の家に入る度に差し込んでいた回数ほどしている!

 俺がなにをいっているかわからない人は、「同級生」と検索してみよう。

 それはともかく、この状態は、「2人きりで甘味処でぜんざいを食べる」話だ。

 けど、ひとつ疑問が残る。俺の住んでいる地域には、甘味処がないのだから。

 しかし、そんなことは深く考えず、妄想を楽しむ方向で俺はノリノリに叫ぶことにした。楽観的な放任財政が何を招くかとか、今はどうでもいい。

「いや、俺にぃ、任せとけぇ!」

「えっ、あ、ほ、本気で言ったんじゃないけど……いいの?」

「ああ、いいぞ。ぜんざいくらい」

 授業中、暇な時を見つけては彼女たちをデートに連れ出したり、大学生となって同棲して、それでムフフな展開を妄想したりするので、そのお礼と思えばこれくらいチョロい。

 それに、俺は基本、本とかゲームにしか金を使わないので、ある程度は貯めてあるのだ。

 とにかく、彼女につれられる形で、甘味処に行くことにした。

「えい♪」

 ぬほ!

 右腕、さくらが俺に恋人しかしないような、腕組みをしてくる。さっきよりも強く、そして、俺の腕はその双丘の谷にきゅるっと挟まれるぅ! ああ、これが、これが、さくらの、巨大双丘の威力なのかっ! あ、あたたか……いや、落ち着け、俺。エロ丸だしにしたら嫌われてしまう。けど、ああ、すばらしい! じっつに、すぅばぁらしぃ!

 そんな幸せを感じながら、行ったわけである。


「着いた~」

 1人は俺に腕組みをした状態で店に入ってゆく。「いらっしゃいませ~」と店員さんの声もする。

 どういうことだ? 俺は数百メートルくらいしか歩いていないのに、甘味処があるだなんて。

 そういや、道中もおかしなことばっかりだ。まず、俺の中学は小学校と少し離れているのだが、それが隣接していた。さらに、学校の前に科学館があるのだが、その科学館の形が少し違う。それに隣接する道路にある看板には、西に穂山大橋、とかいてあるのだ。そんな地名、俺の地域にはないし、そもそも、大橋を作るほどの大きな川はもう少し離れたところにある。

 一括すると、地元と何もかも違った。

 というか、ここ、俺の妄想世界じゃないかっ!

 俺の妄想世界。俺が理想を掲げながら妄想し、挙げ句の果てには町も作り出していた。人口20万4000人、主要産業は農業・運送業・IT産業。大理石の産地だったり、化学工業も会ったりする町。JRの駅は2つあり、私鉄が2本走っている。田舎でも都会でもない、けど、住みやすく、居心地のいい町。

 穂峰川市。俺が妄想で作り上げた町だ。

 そして、確かに、俺が書いた地図には、キチンと、家と学校の間に、

『甘味処・やまなか』

 があるのだ。手頃な値段でぜんざいを提供し、俺とさくらが通っている設定の、穂山中学校の生徒が割とよく利用するお店として。

「すみませーん、ぜんざいふたつ!」

 俺たちは暖かな暖房が利いた、モダンな店内に入り、席に座る。さくらがそう注文すると、モダンな店舗とはちょっとミスマッチな、和服姿の店員さんが注文を書いた紙をテーブルに置いて、「ご注文ありがとうございますっ」と言った。

 うん、俺の想像下、甘味処・やまなか、だ。

 つまり、これは、俺の身に何かあったと考えるのがよさそうだ。

 彼女が現実に呼び出されたのではなく、俺が妄想の中に行ってしまったのか。俺、どんだけ現実嫌いだったんだ、異世界への扉を開くほどって。

 つか、今更だけども、この設定校則違反じゃね? 高校生ならまだしも、中学生とか、しかも穂山中は市立中学校。私立ならまだどうとでもなりそうだけどさ。そして、どうして今となってまともな、常識的な思考が追いついてきたのだろう。

 まあ、それはいい。俺が帰れるかなんて後で考えればいい。ついでにいえば、俺は穂峰川市とその地域で妄想を止めてあったはずなので、さすがに隣県までは影響していないはずだ。

 今、わめいても意味がない。それより、今は、俺が、今まで、本当に本当に本当に本当に本当に会いたかった、彼女たちと、放課後デェエエエエエエエエトっ! なるものを楽しむべきだっ!

「ご注文の品をお持ちしましたぁ」

「ありがとうございます」

 お礼を言って、待望のぜんざいを受け取る。中には四角のおもちが二つ入っており、夕飯を食べられるか恐ろしく不思議だ。

「ふぅー、ふぅー」

 ……あぁ、なんて、なんてっ、可愛いんだろうかっ! これに勝る可愛いものがこの世にあるだろうか、いや、無い(反語)。有るわけ無い! お餅を、おもちを、ふーふーしているのだ。俺、生きててよかった!

 って、まだ死ぬな。なぜならこのあと、

 待望の、あーーーーーーーんっ! イベントがあるのだ! これでテンションがあがらない奴はっ、全人類のなかでいないはずだっ! それは、ノアの箱船のような大洪水がほとんどの神話にあるように、全人類共通の記憶なのだ!

「たつくん、はい、あーん♪」

 むちむちと伸びるおもちが、彼女が一度口をつけた箸を通して、艶めかしいつやを持って、俺に、差し出される。

 今まで、あらゆる不幸(小学校時代に誰にも気づかれなかったことはざら、とか)にあった。今、ここでお返しが、きたのか!

 大きく口を開け、ぱくりと、一気に、さくらのものを吸い尽くす。甘い小豆と砂糖がねっとりとお餅にからめつく。

 幸せ、だ。こんなに幸せだと、俺はいつか、また現実にとばされるんじゃないのか。

 というか、この言葉自体、そういうフラグじゃないのか。

 しかし、俺が今食べているのが、美少女1人にあーんされたもちではなく、俺が1人むなしく買った汁粉ぜんざいだった、死にたくなった、ということはなく、食べ終えても、二人は前にいた。

「ねぇ、たつくんの、食べさせてぇ」

 さくらはなんとも物欲しそうな顔で、こちらを見上げている。

 ……なんだか、エロいよなぁ。ぐへへ。っと、待て、おちつけ。ただ、またあーんを返すだけじゃないか。うん。

 俺も、箸を少し口につけ、おもちをからめとり、まず、さくらの艶めかしい小さな穴へ、それをそっと、挿入する。言い方がエロいのは、さくらの言い方がエロいからだ。

 俺のモノを物欲しそうに、甘なで声を出しているので、すぐさま白くネバネバしたものを咲音の穴に挿れる。ノット誤字。

「ひゃ、あっ、たつくんのぉ、熱いよぉ。っちゅ、ぁ、おいしぃ……」

 ひゃやややああああああああああっっっっほぉぉおおおおおおおおおおお!!!!

 マジで理性崩壊5秒前!

 MAJIDERISEIHOUKAI5BYOUMAE!

 略して、MK5!

 どうしてぜんざいを食べさせるだけこんなにもえろいのかは分からない。しかし、今はそれはどうでもいい。

 俺は、幸せを味わいたいのだ。


 冬将軍に頭をたたかれ、冷静になってから考えると、あのやりとりは相当周囲に誤解を与えたんじゃないかとか今更にして思った。が、やっぱりそんなことを考えるのは野暮であると思うくらい、俺の両腕にひっつくやーらかいマシュマロの双丘が心地よいのだ。

 そんな風に家と帰った。家の位置も俺の妄想通りで、さくらの家は我が家の右隣。

 完全にさっきの双丘配置とかぶっているが、そこは気にしない。

 さくらの部屋は俺の部屋から窓で行き来しあえるようになっていて、本当にできすぎだ。

 さっきも、さくらと

「今日はごちそうさまっ」

「それはどうも」(内心)ちょっ、パジャマて。風邪引いちまうだろ。

「にしても珍しいね。たつくんがおごるなんて」

「そうだぞ、俺がおごるなんて宝くじより珍しいんだ。だから感謝しろよ」(内心)そういや、さくらってパジャマの時はパンツ以外下着は脱ぐ設定だったような……

「ははーっ。達斗さまー」

「うむ、くるしゅうないぞ」(内心)つまり、今は、のうぶら、という訳で、そしてさくらはおっきいわけで。

「もうっ、何よこのノリ」

「そういうノリだ」(内心)つまり、それは見えちまうこととかなんかあばばば。

「分かんないよっ。っと、それじゃ、風邪引いちゃうから、もう寝るね」

「おう、おやすみ」(内心)あぶねーっ。さくらを押し倒してしまうかと思ったーっ。

 という、犯罪すれすれの会話をした。会話内容じゃないところが斬新かもしれない。

 そんなこんなで、知らない間にもう12時を回っていた。

 ちなみに、今日で分かったことは、俺はやっぱり穂山中学校の生徒であることだ。設定通り。なんて密度の低い情報。反比例して密度の高いエロ日常。俺の普段の生活のもの寂しさがうかがえる。

 とにかく、この現状をどう乗り切るかは分からないが、俺はこの現状を、楽しむことにしたい。

 そう思いながら、まぶたを閉じた。


 バッドエンドフラグがあったらすぐさまクイックロードで選択肢前に戻り、バッドエンドフラグをたてないようにしよう! 

 何を言っているかって? 聞きたいか? どっちでもよくてもいうけどなっ!

 で、結果がこれ。

 隣にさくらは住んでいない。俺の生徒手帳も元の中学校に戻っていた。

 ゑ、夢落ちっ!?

 いやまて、机の上に、あの怪しい参考書が置いてある。

 つまり、

「夢だけど、夢、じゃなかったぁ!」

 ということか。

 つまり、あの参考書でまた

「えろっえろなさくらのことを書けば、また、行けるんだよなっ」

 ぐははは。腕が鳴るぜ。

 と、変なキャラになりつつ、栄光のページをめくる。

 

 目次:

 プロローグ:1枚

 序章:100枚

 1章:200枚

 2章:200枚

 3章:200枚

 4章:200枚

 終章:300枚

 編集後記:1枚


 ???????????

 昨日は気づかなかったが、こんな目次があった。いや、なんでこう、物語形式なんだ? 1、2とかは分かる。けど、プロローグとか、終章て。

 まあ、とりあえず、昨日やったところ、プロローグをすっとばし、序章を眺めみる。

 orz 

 とか、ネットスラングを出してしまいたかった。

 数学の計算問題。ご丁寧に、(都立○○高校)まで書いてある。それはいい。それが日美谷とか、県立釜鞍とかも見逃そう。

 100ページ分いったところまで、みっちり計算&文章題。最後に、昨日と同じ、国語の作文。質問文も一緒。

 俺は普段、空気読めない、KYとして知られるKー1王者なのだが、それでもなんだか、これの意味が分かった。

「妄想世界に行くには、これをすべてやれ、だとぅう……」

 心が折れそうだ。

 しかしっ! しかしっっ!!

 あの、あのっ!

 さくらの、おっっきな、おっぱいの感触が!

 忘れられんのだよっ! これくらいで、

「心が、折れてたまるかぁあああああああ!!!!!」

 包み隠さずおっぱいといったこととか、そこらはすべて、理性というリミッターが外れたのだ。

 俺は今、最高に、覚醒状態だ!!!!!!


 こうして、俺は見事学校に、30分遅刻したのだ。


 翌日。俺は覚醒状態となり、ウルトラマソ(IQがすごいことになっているキャラのはず)もびっくりな勢いで、計算を解いていた。文章題は後回しにした。その結果、理科教師に、ゆとり教育見直しによる、移行措置の薄い教科書で叩かれ(1時間目)、数学教師に移行の教科書を縦にして殴られ(2時間目)、英語教師にふつうの教科書を縦にして殴られ(3時間目)、4時間目に至っては、家庭科教師に鉄トレイを縦にして思いっ切り殴られた。モンスターペアレントお構いなしな教育姿勢だ。逆にすごい。

  それはともかく、昼休みには100ページの序章のうち、70ページは終わり、残り30ページの文章題を残すのみだった。

「おう、兼中、おまえすげぇな、本気で主人公だな。ギャグマンガの」

 しかし、昼休み中担任が現れた。というか、先生たちの連絡網は早い&こんな辺ぴ(変態)なところまで引かれていた。

「俺の嫁さん、今韓国で射撃中らしいぜ。だから俺は今エロゲの主人公だ。エロゲやってても隠さなくてすむから昨日一本コンプした」

 中学生相手に何いってんだと思い、なんでこんな奴にも嫁さんがいるんだと思い、そんな報告いらんわと思い、その嫁さんがどうして射撃場に行ったのかよく分かった。

 というか、今更だが、こいつ数学教師だったなぁ。

「せんせ~、これ解いて~」

 と、期待もせずに言ってみる。男が言うと、このせりふキモい。

「兼中、キモい。俺はな、18歳以上でもセーラーを着ている少女たちにそういわれたら何度もそのセーラーを脱がしてきたがな」

 とうとうリミッターはずれやがったよこの担任。

「とりあえず、教え子の質問に答えてください」

 あと、そのことを女子生徒にいったら担任は即お縄だから早くやれ。

「くそ、いつものおまえなら「俺なんてメイド服ですよ」と答えたのに。どれどれ」

 そんなこと言ってないけど、だるいのでスキップだ。ギャルゲでいうと、スタートボタンとかRボタンでスキップだ。

「……おい、兼中。お前、とうとうあれに手を出したのか」

「何がですか」

「だから、こんな(東化位高校)とか(県立歌詞和高校)とかの名門校の問題だろ、これ。つまり、主人公の頭がいいゲーム、フェありーラifあたりに手を出したな」

「先生、ボキャブラリーが貧困すぎません?」

 間違えた。脳細胞だった。

「なっ。俺は、ホックソフトが同人の時代からなぁ」

 どう考えても発言が危ない。それと、読みかたが違う気がする。そして、それのPSPプレイスペースポータブル版をやったが、頭がいいかまでは覚えていない。

「で! 先生、分かるんですか」

「俺はな、エロゲ主人公とおバカヒロインの補習を愛するダンディーなのだぞ」

 つまり、できないと。

「じゃあ、いいです。学年一位の佐藤君あたりに聞いてきます。あと、先生の奥さん、たぶん帰ってきたら飛び道具持ってますよ」

「まじか! いやぁ、やっと嫁さんも俺とのえろい生活、いやもとい……」

 飛び道具=合法的にエアガン、飛び越えて○銃ということで忠告したのだが、この担任は何か別のものを思い浮かべたらしい。

 あと、俺にはその正体が分からない。そんなものを思い浮かんだ担任はBAN! されればいいと心底思った昼休みだった。


 佐藤君のところに訊きにいったが、今はちょうど中庭あたりにあった百葉箱に行っているらしく、外は寒いのでやめた。佐藤君は気象観測が趣味だったはずの男子であり、頭がいい割に周りからの人望は薄い。というか、影が薄いのであまり報われない。

 それはともかく、この参考書は自力で解かないと効果がないとかありそうだ。なので、訊けなくて結果オーライだと思うことにする。

 けど、これ今日中に終わらせて飛ぶことはできるのかな……いや、できるぞ、俺。さくらや咲音と、俺は、キャッキャウフフなスクゥウウルライフを、送るんだっ!

 集中して、頭の中に線分図を描き出し、面倒くさい線分上を動く動転PとかQの問題をやる。これが、俺の妄想で培った技術だぁああ!


 午後10時。自室の卓上ライトをつけた状態。6・3・3の学習机の上に怪しい参考書を広げ、俺は手首を酷使しする。

 そんなこんなで、丸付けをした頃、100ページという何とも割合の出しやすいページ数が功を奏し、実に8割ほどが真っ赤に染まった。火サスやホラー映画でもなかなか見ない彩色配分だ。俺すげぇ。

 それはともかく! 俺は、俺はっ! この400字に及ぶ原稿用紙に、妄想を、100ペェエジ分練りに練りあげ、光をみた妄想を、グツグツとぶち込みたいのだ。

 ほぉおおあわあああああ!!!

 愛用のシャープペンシルを握り、手首に負荷をかけ、書く。書く。俺の密度高き桃色の世界を。そこへの片道切符をつかむため。帰ってきたくない。現実からランアウェイ

! 「日曜日、2人でショッピングセンターでショッピング。女の子の買い物は長い。けど、その笑顔はテラ可愛い」そしてそのあとの、ムフフ。ムフフといったら、ムフフ。ここは穂峰川市の裁量に任せよう。ムフグヘヘ。

 しかし、400字ピッタリで、ドスグロピンクな夢を描ききったとき、こんなことを思ってしまった。

 前、俺は、眠って、起きたら現実に戻ってきたじゃん。

 つまり、向こうにいく。100ページ1日勉強という、金正日の万ページ運動を遙かにこす苦行をこなすため、むち打った体だ。つまり、すぐにブラックアウト。

 そして、現実にカムアンドアゲイン。

 それこそ、ブラック、アウト。

 待て、俺。今、ここは書くべきじゃなかったんだ! け、消しゴム! 消しゴムはどこだ!? いらいらしてる時はよく肘に当たったり腕に当たったりする消しゴム! そういう時はおまえ失せろとか思っちゃう消しゴム! ちょ、消しゴムさまぁああああ!

 しかし、現実は非情なり。俺は、ミンミン打破の逆、クロロホルム一気飲みの後の人直後の体で、さくらと咲音のいる世界へと飛んでいったのだ。

 ふわっと。


 たどり着いた先は俺の部屋in穂峰川市山内地区だった。

 時刻は午後11時。糖分不足な上オーバーヒートした俺の頭はすぐに眠りに入る体制。

「耐えろ、耐えるんだ、俺……」

 とはいいつつも、本能には耐えられず、しかもキチンとベットのところまで行って、眠ってしまったのだ。

 何か言うことがあるかって? 夢はすげぇ淫夢だったよ。なんでここでかは不明だけどさ!


「……ねぇ、……くん、起きてってばぁ」

 遠くから朝日が見え、俺の聴覚からは今日みた淫夢(内容:2人でここには書けない18禁なことをするという世間的に見ればすげぇ鬼畜だと思うこと)で聞こえた声と同じものが聞こえる。

 なぜだ。俺はもう、現実に飛んでしまったんじゃねぇのか? それとも、とうとう頭がいかれて幻聴が聞こえたか。

「もうっ、学校遅れちゃうよ!」

 すっと開けたまぶたによって映る網膜の映像は、まごうことなきさくらだった。朝日に映し出され、まるで彼女が女神かのように見える。

 あぁ、女神様……!

 って、

「さくらっ!?」声が裏返ってしまった。

「ぉわっ」

「な、なんでさくらが?」

「な、なんでって。いつも起こしにきてるじゃない」

「えぇ、えって!」

 待て待て。そういうことじゃない。なんで、ということだ。なんで、俺は現実に戻ってないの? え、うそ、夢みたいっ!

「もう、まだ寝ぼけてるの? 早くしないと遅刻しちゃうよ。おばさんもう朝ご飯作ってるし」

 ……よし、今そのことは考えない。ストップマイブレイン。とりあえず、話を合わせよう。

「いや、大丈夫。寝ぼけてない」

 さくらが怪訝そうな視線を投げかける中、俺は階段を下りた。


 Whyが波のように押しよせ、俺はホワイ川(中国の川)にいるのかと思った今日の朝。しかし、俺の周りからは穂山中の生徒の姿が目にはいるし、中国語が聞こえる訳でもなかった。

 戻ってきた。それはいい。どうして、現実世界に飛ばされていない? 

「どうしたの? ご病気?」

 一般中学生がそうそう使わないであろうきゅんきゅんワードを口にするさくら。現実とはかけ離れた二次元の女の子。そのことがより一層、なんだか考えさせてしまう。

 あぁ、神はどんな意図で俺を送り込んだのだろう?

 とか、すげぇ中2臭かったりする方向にも考える。

 ……まぁ、怪しい参考書に書いてあるか。鞄に入っていたはずだし。

「いや、何にも。それより、時間大丈夫?」

「め、珍しい……たつくんがそんなこと聞くなんて」

 幼なじみという設定が反映されているからか、割と失礼なこともいうさくらだった。

 というか、やかましい。


 そして、HRも終わり、ふつうの授業。授業内容は一度聞いたことの有る無いようで、興味がでないんでやる気なし。けど、ノートにペンを走らせる。

 なにを書いているか? ふはは、よかろう、教えてやろう。


 さくらとの、ドキ☆ドキ クリスマスデート大作戦!~聖なる夜を性なる夜に~


 という、奴を考えていた。

 中学生が。受験前の中学生が。授業中に。

 すげぇ問題大ありだが、んなこと知らん。難しいことは考えるのをやめ、俺はひたむきに、この現状を楽しむのだ。クリスマス。14回までは家族と暮らすか一人寂しくギャルゲにケーキを供えていた。いやまじで。

 しかし、今、俺には最愛かつ最高の幼なじみ、高川さきらが、いる。しかも、エアじゃない。リアルでだっ! その柔らかな双丘に頭を埋めることも、そのぷるんとした唇を奪うことも、その白磁のようにきめ細かく、ふるっとしたFUTOMOMOにさわることもできるのだっ!!

 あぁ、ビバ! ビバもうそっゲバラッ(家庭科の時間だったので、何かに気づいた先生にフライパン投げられた)

 

「なに考えてたの?」

「はい?」

 給食の時間。うまくもない、けど舌が慣れたからかまずくもない給食を食べている時にさくらがそういった。

 ちなみに、さくらとは同じ班なので、給食の時は机をあわせることとなる。というか、隣だ。なんで、授業夕はNINOUDEが当たることとなりほわっふうぅう! って、話ずれた。

「だから。家庭科の時間に、たつくん、フライパン投げられたじゃない。すごい音して心配したんだからね」

 ああ、あの、ドキ☆ドキ クリスマスデー(ry を考えていたときの奴か。

「いや、ぼーっとしてただけだ」

「うっそだ~。家庭科の先生、ぼーっとしてるだけならチョークを投げつけるもん3本くらい」

 その時点で異常だ。

「だからどうしたんだよ」

「フライパン投げるなんて、よっぽどのことがないとおかしいし。たつくん、なに考えてたの?」

 ぎっくうう! マンガ並にぎっくうう!

 さくらの怪訝そうな瞳は細まり、逆にそのジト目がぷんとしていて可愛いのだが、今はさすがにそこまで余裕を回せない。どうやって返答しよう。

 素直に答えるか。いや、だめだ。殺される。さくらは割とえっちなものに対する免疫は強め(俺のエロ本の所在地を知っているほどだからという設定)だが、授業中とかにんなこと考えてるとしったら、優しい笑顔が凶器に変わるかもしれない。というか、そこまで考えてなかったのでなにが起きるか不明。

 やはり、ごまかすしかないのか。

「いや、数学で解けない問題があってだな、ずっと考えてた」

 普段の行動したらすごい怪しい。昨日のテキスト早解きならまだしも。

「……」

 案の定、すごいいぶかしげな視線を投げてくるさくら。さすが、ただのデレデレ恋人ではないだけのことはある。

 ん? そういや、俺とさくらって付き合ってる設定だっけ?

「なんだよ、その視線は?」

「だって、たつくんだよ?」

「その言葉相当失礼だよな」

「でも事実じゃない」

 ごもっとも。

「けどな、本当に悩んでてな「じゃあ、証拠」

 へ?

「証拠、見せて。参考書とかあるでしょ?」

 なんだか、浮気がばれた旦那の気分だ。

「よし、わかった待て」

 しかし、旦那と違うのが俺だ。きちんと怪しい参考書なら入っている。

 ごそごそと机を漁って、華麗に取り出し……あれ? れ? ホウェアーいずまいさんこうしょ?

「は~や~く~」

「待て、話せばわかる」

 こういうとき、普段(妄想)なら「せっかちだともてないぞ」とかいえるのだが、無理。

 その時、ご近所から苦情が入った。

「もう、そこらへんいしときなよ。夫婦喧嘩が近所に見られるわよ~?」

 少し茶の入った髪をなびかせる、女子生徒。ついでに言おう、俺(164センチ)より背が高い。その名は、加藤奈々子。通り名が「ナイトバタフライ加藤」だったはず。確か、いろんな男子を喰ってきたから、そんな名前が付いたんだったはず。真相は不明。男どもの妄想という説もそれなりに有力。ちなみに、和訳すると「夜のちょうちょ」であり、風俗嬢とキャバ嬢を混同しがちな中学生らしい二つ名が与えられている。

 というか、加藤は現実世界にもいる人間だ。まあ、妄想世界での人数合わせだと思うけど。深く考えないでおこう。

「ふ、夫婦っ!?」

 なぜかさくらが強く反応する。あ、でも幼なじみをギャルゲで攻略してて、外野からこんな茶々が入ればこんな反応してたな。このあと、付き合ってることを否定したり。

「だって、兼中とさくら、付き合ってるんでしょ?」

「つ、つつつつつ、付き合って……るけど」

 否定しなかった。

 え、マジで? いや、うれしいけどさ。知らなかった。俺の妄想なのに。まじ? 俺と、さくら、付き合ってたの!?

 まぁ、現実で今までみたいなことやってたら、そうなるだろうけどさぁ。

 もしや、この世界、割と常識的かもしれん。

 いや、俺が非常識なだけかもしれん。

「ほらぁ、夫婦じゃん」

「けっ、けど、付き合ってるからって、け、結婚するわけじゃ、ないんだから」

「いや、私ケッコンとかは言ってないし。夫婦って、野球でいうバッテリーでしょ? 中学生隠語じゃね、夫婦=カップルなのよ。それにしても、さくら先のこと考え過ぎじゃない?」

 俺、それ初めて聞いたんだが。まあ、でっちあげだろうな。というか、さくらって呼び捨てなのか。仲いいんかな。

「え、だって、そんな風に私言わないもん」

 うーん、夫婦か。さくらとの夫婦。そこまで考えたことは無かったな……っ、さくら、その白いエプロンドレスは反則だろう。おまっ、それ裸エプロン!? ちょ、あっ、横から……鼻血でてきそう。いやしかし、制服の上にエプロンという方が、今この時期にしか味わえない特権だし、着エロはおとこの浪漫という。まぁ、どっちにしろ……ぐへへへ。

「じゃあ、旦那に聞いてみるわ。兼中ー?」

「って、はい?」

 なんか話しかけられたぞ。

「幸せにできる? できるなら大声で叫んで」

 幸せ? ああ、今の俺なら相当幸せだ。よし、さけんでやろう。


「俺が、幸せにしてやるぅうううう!!!!」


 ………………あれ、教室すごい静かなんだけど。そういや、加藤入ってきたあたりで静まってたな……。

「ひゅー♪ さすが旦那だね。さくら、結婚おめでとう」

「っ、た、たつくん!」

「へっ?」

 俺、なんて言った? そういや、前に夫婦の話してたなぁ。で、俺の発言。どう考えても……公開プロポーズだ。

「高川って進んでるんだ……」「兼中、おまえはどこまで遠くに行くんだ……俺なんて、まだDTドゥーテェーだぞ」「あぁ、高川さん……兼中のヤロウ」「高川さんって、もう兼中君のものなんだよね……結婚っていってたし」

 うわ、クラスメイトの声多っ! というか、これはほったらかすと記者会見が始まるな。「たつくんっ!!」ハハハハハ。

「逃げるに決まってるだろっ!」

 さくらの右手をきゅっと握り、クラスメイトをかけ分け、血路を開く。

「ひゃっ、たっくん!」

 さくらは驚いて甲高い声を出し、それも可愛い。けど、今この状況では萌えられない。その状況がわかっているのか、さくらは俺の手を握り返す。

 廊下のパネルを強く踏み、階段をかけ下りる。まるで、姫を魔王城から救い出すかのように。

「うわっ! 待てこの幸せもの!」「この非童貞め!」「僕の高川さん……のおっぱい」「さくら、話聞かせて!」「高川さん、その、どんな感じだったの?」

 後ろから聞こえるクラスメイトの声を振り切り逃避行。けど、これ逆効果じゃね? どう考えても駆け落ちにしか見えん。今更だけど。それと、俺はふつうにまだ真性童貞だしさくらもまだ経験無いんだぞぉ! さくらの方にあったら泣いちまうぞぉ!!!!!

 俺が校舎内部まで考え出したこともあり、絶対わからないような退避路へと逃げ込む。場所は保健室のベットの下。そこから、旧日本軍が使っていた通路を抜け、グラウンドにでるようになっている。旧日本軍というところがすごいベタ。

 ちなみに、保健室のベットの下なのは、いわずもかな。保健室で×××していて、先生がきても逃げられるのだ。まぁ、ここの保険の先生は古の魔法、『何故かいつも出張中』にかかっている。

「……なんでこんな通路知ってるの? たつくん」

 今はちょうどベットの下から忍び込んだところだ。そのため、こんなことを言われた。その前には、

「な、何で保健室なの? た、たつくん、本当に、その」

 みたいなことを言っていた。なにを考えていたすごい追求したい。まぁ、今までの状況からしたら仕方がないかもしれないけど。

「企業秘密」

「どこの企業つとめてるのよ……」

 というわけで、薄暗い通路を少しずつ歩いてゆく。無いとは思うけど、中までは決めていないので、人骨とか出てくるかもしれない。だから、俺先頭。すたこらさっさと進んでゆく。

 暗い通路は乾いた空気が筒抜けていて、とても寒い。

「うー……」

 さくらがかわいらしい声で寒いことを伝え、そっと袖をつかんだり、知らない間に俺の腕を抱え込むように抱きついてきた。

 あー、もうっ、可愛いんだよ!! けど、俺が蒔いた種、キチンと収穫するまでさくらには抱きつけない。

 こつん、こつん。

 音が響き、『旧日本軍』という言葉と共鳴して恐怖が増す。というか、とても怖いです。

 誰だよ、こんな設定考えたの! 俺だよ! 

 自爆してしまった。

「たつくん……」

 さくらがより強く、やわらかい肢体を押しつける。その殺人的なやわらかさは俺の脳をぐちゃぐちゃにする。そのぐちゃぐちゃとか、『肢体』が『死体』と変換され、一気に……うぅ。さくら、そういうのは放課後にしてほしい。まあ、俺が怖さを紛らわさないといけないから仕方ないけど。

 暗い暗い通路。けど、あけない夜がないことと一緒で、光がすっと奥から差し込んでいる。

「はふぅ……」「はぁー……」

 夫婦、じゃなかった、さくらと俺のカップルは仲良く安堵を漏らす。というか、さっきカップルだって、付き合ってるんだってわかったんだよな。今更だけど、すごい、うれしい。あ、なんだこの気持ち。なんだか、すげぇ胸の奥から温泉がわき出てくるような……あー、今は落ち着け。あとで喜べ、俺。

 しかし、そんな喜べる状況、あんまりやってこないのだ。

「ねぇ、たつくん、前……」

 前を見ずにいろいろ考えていたため、下を向いていた。さくらの声に従うまま、すっと前に目を向ける。


 十字架があった。

 しかも、なんだか、その、なんというか。

 

 ……あれ、ゾンビじゃね? この、黒く腐った体に、手をこちらに向けてつきだして……。

 って!!!

「逃げるぞ、さくら!」

「やっぱり~!?」

 さくらを押す形で、保健室の方向に逆戻り。幸い、そちらにはゾンビはいない。

 しかし、俺の背後からはゾンビの殺気が感じられて、こりゃ、やばい。けど、これならさくらだけでも助けられるはずだ。

 というか、こいつって倒せないのか? まあ、俺の武器は手帳に挟んである小型ボールペンだけなんだが。

 グチョングチョン。無言で迫る恐怖。音が恐怖をかき立てる。どう考えても間に合わない。怖い。けど、万が一死んでも、まぁ、妄想だ。俺は生きているだろう。けど、さくらはわからない。だから、俺が戦うべきだ。

 こうやって言い訳とかしないと戦えない俺が情けない。

 けど、誓ったから、なんとしても、こいつらにさくらには触れさせん!

「さくら、先逃げてろ」

「えっ、そんなことしたら」「大丈夫、策があるから」

 出任せだけどな。

「だから、逃げろ! さくらは、俺の彼女なんだから、俺の命令に従えよ!」

「あ、う」「いいから!」

「あー……わ、わかったよ」

 なんだか納得がいかない、といった感じだが、これでいい。

 さてと。俺は後ろ振り向き、緑の液体を飛び出す怪物と対峙する。

 どうしようか。まぁ、もう時間がない。一度触れたくらいならTーウイルスも回らんだろう知らないけど。

「お前にさくらの柔肌は味あわせんぞ!」

 ボールペンを握り、けどほぼタックルをかます。

 グバシッ! 肩にぐちゃりとした感覚と、何だか、絹みたいな感触が……

 とにかく、まず俺の肩を確認。制服には奴の体の一部がついていて、くさい……と思ったけど、なんだかどこかで嗅いだにおいがする。あれか。これが、かゆ、うま……という奴か。

 いやいや。普段の俺の頭の方がよっぽどそっちに近い。だから大丈夫だ。それより、もしかしたら、これは……

 考えている間に、ゾンビが起きあがる。襲いかかるそいつに、勘に従い、俺は、


 股間に猛烈な勢いで足をぶち込んだ。

「chdcjgんdlcbfだlfkjdvsjbdkbfjhbkdbv!!」

 突如、どう考えてもぶっ壊れたスピーカーの出す音をゾンビが奏で始めた。

「……どうしたの?」

 後ろから鈴声が聞こえる。

「なんでさくら逃げてないんだよ……」

「逃げたよ! 逃げて、たつくんが見れる位置で、それで、すぐ逃げれるところから見てたんだもん」

「そんなに信用無いのか……」

 少し、いや、結構へこんだ。まぁ、ひ弱なもやしだけどさ。

「違うってば! もう。たつくんが勝つだろうから、見たかったの」

 そう来たか。けども、

「でも、逃げなきゃだめだろ」

「そうだけど……」

 さくらは何だか釈然としていない。って、こういうとき、確か、ギャルゲの主人公たちは、安心させるためにどうしてたっけ?

 ええい、俺の方法でやってやる。

 ぎゅっ。

「……ふぇっ、た、たっくん!?」

 さくらに時間差ができた。まぁ、いきなり抱きしめられたらなぁ……。そう思ってやる俺は悪い。けど、これが今、俺が一番やりたかった。だって、自分の好きな子が、自分のことかっこいいって言ってくれたんだぜ。まぁ、さくらが大切だけど、結果オーライということにした。その代わり、ご褒美ということだ。

 まぁ、猛烈に恥ずかしいけどな!

「って、これの処理しないと」

「っあ、そ、それで、これは何だったの?」

 さくらが軽く首をかしげて訊いてくる。

「クラスメイト」

 ついでにいえば、「高川さんっ!」と叫んでいた奴だろう。

「ほえ?」

「たぶん、加藤あたりが雇ったんだろ」

 まぁ、さくらの反応と、俺とさくらの進展目当てが主だろうけど。やりすぎだ。

 というか、どう考えてもこのゾンビスーツがきもい。緑の液体が、セロリとかピーマンとかそこらへんをミキサーにかけたものなのはどうかと思うが。

「ねぇ、たつくん」

「ん?」

「ところで、どうやって帰るの?」

 あーそういうことか。保健室は加藤あたりが待ちかまえているだろうし、出口には追っ手がいるだろう。どんだけ楽しみすぎだ、俺のクラス。

「ここでひゅーひゅー言われるのはしゃくだな」

 さくらと二人きりで楽しみたいところだし。

「私と、二人でいたいから?」

 内心びっくりしました。

「……心読むなよ」

「わーい、当たった♪ ぶい!」

 さくらは無邪気にVサインをする。その笑顔が、その、すごい可愛い。って、目的を思い出せ、俺。

「まぁ、抜け道はあるからそっから抜けるよ」

「そんなのあるの?」

 実はある。道の中間あたりで、壁を右に押すと扉が開いて、通路につながる。確か、校舎とは独立した、木工室とかが集まる技術棟につながったはずだ。ここは俺しか知らないように設定してあるし、通路も整備されていると書いた記憶がある。穂山中の説明を紙にまとめたときに。じゃあ、そん時ここも設定しろよと思うが。

「ここらへんに……おっ」

 少し周りと違って段差のある壁があったので、きゅっと押す。すると、開いた。しかも、非常用の電灯がすぐさま点灯する。

「さすがだねぇ~、けど何で知ってるの?」

「裏情報」

 とだけ答えて、俺とさくらのカップル(ここ強調)は、脱出に成功したのだ。

 ……やっぱり、付き合ってんだよなぁ。ふふふふ……。

 なんか、やばい笑いがこみ上げてきた、今日このごろ。

 

 技術棟からさらっとぬけだし、裏門からさらっと抜け出して下校。ちなみに、さっきからさくらと手をつなぎっぱなしだ。いや、前はもっとすごかった気もするが。

 幸せすぎると何だか現実に飛ばされそうだ。って、志望フラグ立てんな俺。

「もう、どうしてそんなにさっきからにやけてるの?」

 さくらは、確信犯の顔で、そんなことを訊いてくる。

「いや、何となく」

「ねぇ、どうして?」

 くそ、何だこのカップル会話。というか、いつから付き合い出してんだよこれ。

「それにしても、よくあんな嘘のってくれたね」

「う、嘘?」

 さくら。なんか話の流れ変わってないか?

「だから、付き合ってるってとこ」

 ……えー、そこですかぁ。マジ?

「その、迷惑だった? だよね。私みたいな可愛くない子」

「ちょ、ちょっと待て。め、迷惑なわけ、ない。というか、さくら可愛いし」

「っえ?」

 少したどたどしいが、こうやって相槌を打った上で、考える時間を捻出。

 さぁ、ここでなんと言えば、さくらを落とせるか。落とせたと思ってたのに。というか、さくらって俺のこと、好きって設定だよな? じゃあ、告白したら成功だよな。けどさ、加藤みたいに、設定に無い部分とかはなんかいろいろと変わってるんだよな。つまり、さくらは俺を『幼なじみとして』好きであって、『恋人として』好きではないということがあるかもしれない。

 どうする、俺?

 

→・告白する

 ・話を合わせる


 告るのか? マジで? おい、本当に大丈夫かよ。いや、大丈夫。妄想だし、いざとなったら現実に戻れる。って、なんて後ろ向き。それに、いつになったら現実に戻れるかわからんし。

 じゃあ、話を合わせるか? 俺、今まで「このへたれが!」とか言ってたじゃん。ここでそんなヘタレ選択するのか? 男を見せてよ、兼中くん! とくるべきじゃないのか?

「って、あっ、もう家だ。じゃあ、ここでね! ばいばい!」

 っえええええ! 時間切れぇええ!??? ちょ、なにこのクソシステム! って、このクソシステム作ったの俺じゃああああんんん!!

 何ともしまらない、ある意味ヘタレ主人公以上に「このへたれが!」と言われそうな結末で、俺は家に帰ったのだった。


 家に帰り、さくら家の窓を覗き、飯を食い、さくら家の窓を覗き、風呂に入り、さくら家の窓を覗いたが、ダメだった。電気が点いていない。

 就寝前、トイレに行って、そこで反省会。

 結論、俺の馬鹿。ヘタレ。ギャルゲばっかやってきたのに、自分のことになったら動けないとか、お前は人間のクズだ。ああ、その通りだ。

 っというか、この状況、どう考えてもあれじゃね? 幼なじみのヒロインが、恋心に気づいたあたり。慮れば、さくらの残した最後の言葉、どう考えてもでれてるよね。こりゃ、いけるんじゃないのか。今ここで、告白しないでどうする。というか、どうしてこういう考える時間がないと俺は告白できんのだ。まあ、それはおいといて。

 そういや、窓越しの会話の時って、合図いるよな。覗いたら開くだなんて、んなこたない。ずっと見てるわけじゃないし。

 つまり、今までのも無視じゃない! よし、行け! そして、できればさくらをベットに押し倒せ! ヤレ! オレ!

 変に励まし、俺はさくら家の窓に再び、いや、四度立つ。

 手で、コンコンと、窓を鳴らし、合図を送る。

 奥で、暗闇でも、ちらっと、動いた気がした。

 さあ、言うんだ、俺! ヘタレの汚名返上だ!

 そう、窓が開いた時、

 あの、世界を飛ぶ、ふわっとの感覚が、俺を襲った。え、マジで? という言葉も無く。

 ふわっと。

「……あれ? たっくん合図送ったはずなのに、あぁ、やっぱりずっと無理無理って、考えてたのがいけなかったのかなぁ? たっくん怒っちゃったかも。うー……」


 教訓。やっぱり変なフラグは立てるべきじゃない。というか、寝てないのになんで飛ばされた。あれか、政府の陰謀か。

 と思いながら、俺は、窓の無い、色も薄い現実の、我が部屋に戻ってきた。ベットの上で仁王立ちしている。壁相手に。悲しい。

 とにかく、あたりを見回すと。机の上にはあの参考書。おい、お前ちゃんと仕事しろよ。机に近寄り、その参考書をのぞき込む。すると、そこにはキチンと、三角の中に!マークがかかれた、いわゆる「注意!」の表示書きがある。そこには、

「この参考書は、一章ごとに、それを発動した時間から24時間前にさかのぼり、飛ぶようになっています。その後、発動した時間に戻ったら終了です。

 また、この参考書の飛ぶところは初回に設定したところであり、後の変更はできません」

 と書いてあった。さきにいえよ! そうすれば、俺はきゃっきゃうふふできたのに! というか、あれじゃん! あの作文、どれだけエロいこと書いてももう反映されないじゃん!

 まぁ、見なかった俺が悪いけどさ! それが何だか腹立たしい。

 というか、日付は変わっていなかった。あぁ、明日もまた、こいつと向き合うのか。

 ちょっと、疲れた。ゾンビとの戦闘もあったのだろう、すぐに寝込んでしまった。

 うぅ、さくら……。と、寝言を言いながら。


 そんなわけで、再び俺の(参考書の問題と先生との)戦いが始まったのだ。あの世界を守るため。とかいうと聞こえがいいよな。実際は俺がさくらにくっつかれてはぁはぁするだけなのに。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。怪しい参考書、略して「あやさん」の第2章が第1章の時よりも増えて、2倍というお得な設計なのも不問にしよう。

 問題なのは、この歴史、どう考えても世界史とか、中学の歴史の範囲じゃないでやんの。ユリウス・カエサル? 適当にルビコン川でも超えとけよ。

 ちなみに、今は技術の時間、はんだ付け中である。そんな中、俺は一人参考書(というより問題集)相手にバトル中。この時期(ちょうど志望校を受けられるか決まる時)にこれをするということは、さっきにカエサルみたいに先生(元老院)に立ち向かっているとうわけだ。俺はもうカエサルでいいじゃないの?

 そう思った時、先生にはんだ(元素記号Pb。つまり、鉛)を口に入れられそうになった。

 この学校の教師に文句つけてもモンスターペアレントとは言われない。


 んなことはどうでもよく、そして、今日は教師陣に大抵口に○○を入れられる方面で攻撃された。

 1時間目:技術。はんだ(鉛)。

 2時間目:数学。コンパス(鉄)。

 3時間目:美術。彫刻刀(ステンレス鋼)。

 4時間目:体育。バット(俺には分からんけど金属)。

 わお。なんだ、みんなどうしてよってたかって金属を入れたがる。殺す気か。そんなに授業聞いて欲しいのか。

 途中、やっぱり秀才の佐藤君に聞きにいこうとしたが、何だか転校生の女子といい感じだった。そのため、俺はトロイア戦争で負けたトロイア側のように、ひっそりと、長靴みたいな形をしていそうな教室に帰った。結局、長靴ではなく長方形なので、僕はローマ帝国を築けないらしい。

 まぁ、無理矢理埋めるか。図書室の資料とか持ってきて。


 今回の200ページを埋めるには二日の歳月を要し、結果的に俺はとてもタウリン1000ミリグラムを取りたくなった。あと、ミンミン打破とかもいただきたい。

 というか、ますますこの「あやさん」の謎が深まる。なんだよ、高校受験用じゃねぇのかよ。

 とりあえず、この現代版「もえたん」ともいうべき(数年しか地がわねぇけど&こっちの方が妙に進化してるけど&パステルインク先生の衣装さくらに着せたいけど&そんなことしたら絶対にパステルインク先生とは違った凹凸のエロさが見れるよなぐふふ)「あやさん」恒例の、お勉強後のレッツゴ-妄想のページだ。あぁ、なんて清き白だろう。まるでパルテノン神殿から見るアテネの町のようだ。って、世界史出過ぎ。

 さてと、では早速さくらに白スク――じゃなかった、さくらとのイチャラブ☆クリスマス計画でも立てるか。


 また俺の体を襲うふわっとした感覚。

 発動から24時間前。発動したのが、確か、もうクリスマスの3日前、22日の午後11時だ。だから、今21日

か。

 そういや、この間にある時間とかは、どうやって埋め合わせしてあるんだろ。そのことが知りたい。が、すでにさくらの部屋は消灯している。寝てしまっていた。ついでにいえば、俺はもうミンミンしても無理レベルで眠い。

 ……まぁ、寝るか。

 妄想の世界に来ても、時間を有効に使わない俺ってなんなんだ。

 

 一夜あけて。22日。少しずつクラスが騒がしくなる頃。心配していたさくらに関してだが、

「おっはよ♪ たつくん」

 と、何事もないようだった。昨日の俺はどんな埋め方を

したんだろう。そいつに主人公をとられるのはすげぇ悔しい。あんにゃろー。って、話ずれてる。

 いっそ、話をほじくりかえす、か。

「そういやさ、あのゾンビと戦った時の、さくらのさ、加藤との会話のアレ「も、もうっ! いつの話してるのよっ。うそだっていったじゃん」

 なんて早い反応。こりゃ、俺告ってないな。沸き上がる感情が「よかった」だったので、俺は少し苦笑してしまう。まったく、時間切れになりやがった奴のいうことじゃねぇ。

「いや、それじゃなくてな」

「にゃっ、ふぇ、ふぇいんと!?」

 この反応が可愛い。抱きしめたい。もふもふしたい。というか、猫語だぜ。これで萌えん奴は男じゃない。あぁ、もうぅ!

 冬の外気が肌を刺しても、なんだか俺とさくらだけ特製バリアを張ってあるかのようだ。

 ただ、このバリアを、もっと周りに広げたい。あ、これ、「恋人になっていちゃりたい」といっている。

「ほら、ゾンビ役のやつ」

「あっ、あぁ、外山君ネ! なんかね、こう、くるくるしてたよ!」

 さくら、発音おかしい。てか、くるくるて。発音が可愛い。

 ……告白、しよう。

 そう決めて、学校に向かった。


 クラスに着いて感じるのは、暖房の熱気だけじゃなかった。

 まず、さくらと俺への反応は、昨日にある程度収まったのか、それともさくらが嘘だといったのか、まぁ、何もなかった。

 みんな、受験……が理想だけど、クリスマスに躍起になっている。今目の前では、外山がくるくるしながらナンパをし、散った。そして、男子グループに逃げ、「お前はようやった」「大丈夫だ。まだ3日ある」と慰められている。

 まぁ、俺は別のことで悩んでるがな。

 

 告白。さくらへの告白。


 どうしよう。俺とさくらは幼なじみ。まじどうしよう。幼なじみな上、嘘で付き合ったというのもある。つまり、本気で、シチュ的に誤解を与えぬようやらないと、不発に終わるのだ。

 やべぇ。

「おう、兼中」

「おう、おはよう」

 なんか知らんがクラスメイトAが話しかけてきた。違った。これは田中だ。プレイボーイ田中。数多くの女子を喰ってきたと噂される、その名の通りのプレイボーイ。しかし、こいつにまつわる噂の出所には曖昧なものが多い上、経験した女子の記憶も曖昧なものが多く、正直外山などのグループのひがみによって生まれたという見方もある。だが、ならなぜこいつは反論しないのかという意見がある。外見はそれなりに整っているから無理ないが。

 まぁ、んなこたいい。俺は目の前の事案に集中すべきだ。って、こいつにも少し、遠回しに訊いてみるか。

「そういやさ、田中はクリスマスどうするの?」

「俺? 俺は、まぁ、二人きりで愛の巣を」

 却下だな。二人きりはいいとして、愛の巣て。この時点でエロい、間違えた、やばい香りがする。そう思う俺がエロいかは知らん。

 二人きりはいいな。そこは採用。まぁ、どうすればそこにたどり着けるかが問題か。

「んで、綺麗な景色を眺めて」

 ふむ、綺麗な景色か。

「そこで、別れるのさ」

 ごめん、やっぱ無理だわ。

「そうなのか。すげぇな、田中は」

 いろんな意味で。

「まぁ、兼中も頑張れやぁ~」

 というか、こいつ結局何しに来たんだろう。あ、そうか、挨拶にしにきただけだった。

 しかし、参考は何も得られなかった。

 ……というか、俺にはギャルゲという経験があるじゃないか。そういえば。そこからうまく持っていけば、割とスンナリ行くのでは?

 割とスンナリ案件が済んでしまった今日の朝。


 今日は割とまじめに授業を受ける。さくらの感触は今の俺には強すぎる。さすがにこの、告白方を考えている状態では駄目だ。というか、いくら触れないようにしようとしても、長くさわやかな髪から香る柑橘系の香りは防げない。ふむ、これはゆずの香りか。

 ゆずといえば、ゆず風呂だよな。

 ~~~~~~~~~

 大きなゆずが2、3個浮く中、さくらと2個の肌のゆずがまた、浴槽に浮かんでいる。湯気とともに香るゆず。

「っも~、また、おっぱい大きくなっちゃった……」

 お風呂だからか、さくらの顔は赤い。その朱に染まった白い肌が、何とも男をそそる。

「けど、たつくん、おっぱい好きだもん……よろこんでくれる、かな? えへへ♪」

 ばかやろう。俺はさくら全部が好きなんだよ。って、何でゆず風呂なのにこんな湯気とか多くて、隠れてるんだ。っおい、なんだこの規制は。

 しかし、なんだかそれさえも頭を温める。それに、このさくらの言葉。あぁ……とろけてしまいそうだ。

 ~~~~~~~~~

「おい、兼中。えろい顔する前に前の問題解けや」

 あろうことが、担任に黒のバインダーで縦殴りされた。しまった、数学だったか。俺はてっきり、冬至の日のさくら家の風呂でさくらと風呂に入ってるもんだと。くそ、すこしくらいギャルゲイベントくれよ。ねぇ。

「って、先生。妙に難しくないですか」

 この人は困ったことに、三平方と高校の2次関数を混ぜていやがった。

「ははははは! 貴様のようなリアルギャルゲ人間にはこれくらいのカルマを背負わねばな!」

 この人、最近異世界系のエロゲにでも手を出したな。

 しかし、

「はっ! 甘い! これくらいの問題、俺の敵ではないわ!」

 「あやさん」のおかげだ。

「な、なんだと!?」

「はっ、先生負けてやんの!」「先生、よわーい」

 クラス中から先生への駄目コール。まぁ、自業自得。

「たつくんすご~い!」

 さくらが俺にぎゅっとした。

 次の瞬間、

「先生、もっとつらい業を!」「そうだ、兼中を押しつぶせ!」

「ありがとう、みんな! よし、食らえ兼中! 最終中三数学証明定理ファイナルマスエビデンス!!」

 クラスの一部は、クリスマス商戦(使い方違う)に勝っているとみた俺に重罰を求めた。もうこのクラスなんて信じない。

 ちなみに、担任が中二な技名を叫びながら図形を書いているとき、チャイムがなって、数学は終わった。

 というか、技名がすべて英訳なのは俺の気のせいだろうか、いや、違う。


 そんなこんなで、昼。

「兼中、2者面談だ」

 まさかの担任とのスイートタイム(笑)になってしまった。一瞬、俺の黄金の右ストレートを放ってやろうかと思ったが、疲れるので止めた。

「先生、3者懇談が終わっているこの時期になぜ?」

「甘い。お前がラブ+プラスみたいな制服の学校に行けるレベルでも、甘いのだ!」

 おっ、行けるんだ。やるじゃん、こっちの俺。って、なんか複雑。

 まぁ、それはともかく。

「もう一度訊きますけど、なんでですか?」

「はっ! お前がな、幼なじみといちゃラブしようとしていた顔をしていたからの懇談だよこの野郎」

 あんたはエスパーか、それとも顔占いとかの人か。

「先生こそ、奥さんはどうしたんで「うるせぇ! あいつからの写メにはなぁ! 済州島(ちぇじゅ。日本でいう与那国島。共通語が通じないらしい)に永住するわ、みたいなことが書いてあったんだぞ! お前のよいなリア☆充とは違ってなぁ! 俺の携帯の甘甘メールなんて、音々さんからしかねぇよ!」

 いい歳こいてラブ+プラス、しかも年上先輩キャラの姉ヶ先音々先輩のメールを受け取っている担任が哀れだった。つーか、愛可萌えないとかいったのはそのせいか。

「じゃ、帰るんで」

「待て、置いていくな」

「きもいから止めてもらいます?」

「うるさい、俺はエロゲのバッドエンドに進んだらなぜか友情エンドでしかなくなるルートに行く男なんだからいいじゃねぇか」

「メーカーにでも抗議しろ」

「(笑)で終わったわ!」

 まぁ、そんな異世界を発生させるのは担任くらいだからな。メーカーさんまじ素敵。

「じゃあ、これで」

「おーいーてーくな!」

「もういいでしょ。これで二度目の引きですよ。二番煎じは売れないんですよ」

「俺はセンチメンタルグラフィティじゃねぇ!」

「ときめもとか僕、生まれる前なんで」

「待て待て! 置いてくな! 俺の嫁さん今頃キムチつけてんだぞ! サム寸のケータイ買ってんだぞ!」

「関係ないじゃないですか! というか、先生のスマホだってLジーじゃん!」

「うるせーLジーはいいんだよ2番目だから!」

 この人、中年なのに中二病だ。一番人気が嫌いなタイプの中二だ!

「俺だってなぁ、★(ほし)ふるみたいな天文同好会的な奴でクリスマスすごしてぇんだよくそぉ!」

 ……そうか、星か。って、それはそれでギャグに終わりそうな気がする。けど、クリスマスだ。この学校はどっかの付属校と違ってミスコンはおろか、クリスマスパーティーなんてない。だから、学園のアイドル的立ち位置のさくらでもそんなストーリーには発展しない。けど、星なら案外行けるかも。ホワイトなクリスマスと違って晴れる確率は高いし。というか、今日雪降ってもホワイトクリスマスならねぇし。

「というか、先生ってパソゲー中心ですよね?」

 ★ふるのPC版は重大なバグがあっておじゃんになった、って聞いたことがある。掲示板とか、検索の結果で。

「俺のエロゲー歴3○年の手にかかりゃあなぁ、バグを直すくらいちょろいんだよぉ!」

 この人、なんで教職なんだろ。せめてSEにでもなればいいのに。教育委員会とかさっさとこいつクビにしようよ。悪影響しかないよ。そうすればまだ適材適所なところに行くだろうに。まぁ、もらう会社も迷惑だろうが。

 とりあえず、さっさと逃げた。

「おい、俺もう10日くらいリアル人間としゃべってねぇんだよおまえ以外」

 三番煎じは相当売れないので、担任の制止は無視する方向で。あと、きもい。


 結局、ある程度の計画を決められたのは放課後だ。

 内容は至って簡単。

1・さくらとマドートーク。

2・それっぽく誘う。

3・天体望遠鏡がこっちの世界の我が部にはあったので、それを担いで近場にある堤防の公園へ。

4・そこにある星座の神話に結びつけて、それとなく告白な雰囲気へ。

5・告白。

6・ひゃりっふりいいいいい!!

 なんと見事な計画だろう。ヒトラーも東条英樹もムッソリーニもびっくりだ。って、何故戦犯ばっか。

 ちなみに、この計画にはオプションで『7・その場でムフフ(はーと)』などがつけられる。

 まぁ、何事も緊張しなければいけるはず。ファイト、俺。負けるな、俺。時間に気をつけて、

 ヤレ、じゃなかった、やれ、俺!!


 さくらとの下校。は、あんまり勘づかれると困るが、断ったままにすると怪しいと思われるので、それとなく下校する。それが難しいけど。

「最近寒いねぇ~」

「ずっと前から寒いけどな」

「寒いし、校則で手袋の持ち込みは禁止されてるよね」

「つながりが見えないぞ、さくら」

「なので、えいっ!」

 手をつながれた。

「たっくん手袋♪」

 ねぇ、これ百パー誘ってるよね。普段から手、つないでくるけどさ、こんな風に前置きしたら、百パー何かあるよね。

 もしかして、気づかれた? まじ? いや、さくらは割とおっとりさんな気もする。大丈夫気づかれて「どうしたの? 黙って」ってわぁああ!

「なんでも、ない」

「ふーーん……本当?」

「本当ホント!」

 必死にごまかそうと試みる。すると、さくらは

「まぁ、信じてあげる♪」

 と追求を止めた。

 その時、少しため息をついたかのように見えたけど、気のせいだろうか。


 そして、とうとう作戦決行の時が、きた!

 午後9時。残り2時間。充分時間はある。そこまで星猛者ほしもさでないので、1時間も外にはいないだろう。

 うむ、なんて計画的犯行だろうか。

 今、目の前には透明なガラス。窓。それは俺とさくらのあばんちゅーるへの扉。

 さぁ、その一歩を踏み出せ!

 冷たい無機物に手をかけ、開ける。寒い外気が襲うが、気にしない。コンコン、と合図をする。

 少しして窓が開き、どてらをきたさくらとご対面。おしゃれじゃないどてらも、さくらが着るとかわいさを引き立てるアイテムだ。ミッション、スタート!

「どうっ、ぅ、したの?」

「さくらがまずどうした!?」

 出鼻からくじかれかれた格好だが、さくらの初っ端のつまりの方が気になる。

「だいじょーぶ! ちょっと辞書に足ひっかけちゃっただけだから」

 ……さくらの部屋がちらかっている、とはあまり考えにくいが、まぁ、いつも何もない訳じゃないしな。それにしても、勉強熱心。って、ちょいずれた。

 ミッションスタート、アゲイン。

「そうか……そういやさ、さっき押し入れの中から天体望遠鏡発掘した」

「発掘って。もう、普段から片付けないからだよ」

 よし、さりげなく星見につながる方へ持っていけるぞ。俺、誘導尋問とかの才能あるんじゃね? そろそろ特高から連絡があってもいいんじゃないか。

「いや、押入れだぜ? 仕方ないだろ」

「……今度、一度掃除しにいってあげる。大晦日にお掃除しないといけないしね」

「謹んでお断りいたします」

「なんで?……あ、エッチな本とかあるんでしょ。またコレクション増やしたの?」

「またってなんだ」

 お約束な展開だ。けど、今回進めたい方向とはなんか違う。というか、俺コレクションあったの? 調べてねぇけど。

「誤魔化したって無駄なんだからね。たつくん、今だって『きょにゅ~だいじてん』とか」

「ストップさくら!!」

 なんで現実世界の俺のムフフ本があるんだ。というか、二次イラストなんだけど……二重の意味で俺の内臓がきゅるきゅる。

 事情聴取してたらなんか知らない間に事情聴取されていた刑事とか、新しすぎる。

「それはともかく、今日はさ、丁度星綺麗なんだよ」

「ご~ま~か~し~た~」

「うぐぅ! け、けどさ。天体望遠鏡も発掘したんだし、河川敷あたりまで行って見てみようぜ」

「んー……けど、寒いしなぁー」

 さくらの口調の影響を受けてか、俺視点ではさくらの背中に悪魔のはねが生えてた気がした。

「そだっ♪ たつくん、私を暖めながら行って、見るんだったら行ってあげる」

 そんなことしたら俺の心臓は破裂してしまう。告白前にやったら割りとマジでDONしそうだ。

 けど、けど、俺も、さくらにやってみたい……でも、告白できんかもしれない……いや、これくらいで駄目とか言ってたら、俺絶対キスとかその先とかできねぇ。そうだ、これくらいなんだっ!

 というか、俺ギャルゲーでもっと恥ずかしいことしてんじゃん。それに比べりゃ、手とかつないだりして暖めること、どうってことねっつの!!

「よっしゃ、任せとけ!」

「えへへ……たつくんのエッチ」

 理不尽な言葉だったけど聞こえないことにした。


 さぁ、俺はどこで間違えたんだろう。時刻? いやいや、まだ9時半だし。

「あったか~い……」

 もぞもぞと右腕で柔らかい双丘が動き、すごく暖かい。俺の体の内部では細胞がハッスルして、もっと温かくなる。

 今現在の状況、言うわ。


 でっかいコートを俺が着て、それの空きスペースにさくらが隠れている状態です。


 がはははははははは!!

 こんなシチュ、正直一度しか見たこと無かったし、「これ身長とか足らなくね?」とか思ってた時期が俺にもありました!

 ごめんなさい、実在します。

 そして、これ、相当はずかシィ言い言いいldfjkウェdshjkflwd!!!

 っと、言語機能崩壊しかけた。

 なんというかね、さくらのぷにぷにした何もかもが俺の体にダイレクトアタックなんだよ。これで襲わないようになってるの、俺がすげぇ理性あるからだぜ? 多分、並みの中坊なら即襲ってるね、絶対。

 というわけで、俺は理性を総動員してるんで、あんまり喋られない。さくらもそれが分かっているのか、あまり話し掛けず、なんかすりすりしてきている。

 さくら、恐ろしい娘……! とか言いたかった。悪魔の羽は本当だ。

 けど、それを可愛いと思う俺……!!!

 空にあるオリオンが「ヤッちまえよ」といっている気がした。あんた、アルテミス様に最後まで手、つけてないから人のこといえないじゃん!

 とにかく、さくらに最期をぶすりとやられないように気をつけながら、俺たちは河川敷に向かった。


 河川敷に着いたときの俺の精神ライフはゼロであり、早いことセラスかザオラルの魔法をかけてほしいところだ。まぁ、どちらもなんともいえないけどな。

 って、んなこたいい。早く望遠鏡をセットするだけだ。こう、ささっと。さくらもそこにきゅーんするかも。頭の悪い考えだけどな。

「早くっ。ほら、あの木星みたい」

 ……やべぇ。俺、設定、「昔星をみたことがあり、その頃からの望遠鏡が俺の部屋にある。それで昔を振り返りながら星をみたりできる」って書いた記憶はある。

 けどね。そのころは、丁度ギャルゲでそんなシチュがあったんだよ。んで、俺はあんまり、星を知らないんだ。

 単刀直入にいうと、木星ってどれだよ! というか、穂峰川割と暗いよ! 俺の地元、こんなに星見えねぇよ! 何この満天の星空。すごっ!

 思わず、「宝石箱やぁ~」とかふっるいネタあたりをかましたくなった。ストップ、現実逃避。あ、ここ現実な。

「お、おーけー……」

 やばい。しかし、話を合わせてそのまま話を進める。まぁ、木星って一番でかいんだろ。じゃぁ、見た感じ大きいの選べばよくね? うん。

 さてと、あとは望遠鏡だ。教科書通りに、赤道儀(なんかおもりみたいな感じのやつ)を北極せ…どこ? 北極星もそうだし、赤道儀(なんか日周運動に合わせて動かせるらしい)が。

 ま、いいか。なんかこれ、カメラの三脚風で使いやすそう。

 そんな感じで適当にやっていたところ、

「……たつくん、木星の位置分かってないよね?」

 痛いところをぶすりと刺された。オリオンと同じ運命をたどったぜ、ハハハ。分からない人には相当分からないネタだな、これ。とりあえず「オリオン 最後」あたりでぐぐればでてくるんじゃねぇの? あ、そう、オリオンの最後は、星座の話とギリシア神話で違った、っけ? やべm忘れた。

 というか、なんで俺星座の神話知ってて実際の空に詳しくないんだ。理不尽。

 しかし、これが、まさかのフラグだった。

「もう、私も一緒に合わせてあげる」

 俺が望遠鏡の照準を合わせている隣に、さくらが体を密着させて、俺の手を握って、照準を合わせようとしたのだ。

 hsっっhcjxっっ!!!! ふ、不意打ちは、いけないと思いますっ!

 っと、キャラを見直せ、俺。さっきの河川敷までのほうがやばかった。うん。けど、瞬間最大風速はこっちの方がやばい。

 こうしてる間にも、俺の体温はさくらの体温と交わり合っているのだ。うわ、なんかエロい。

「……たつくん、寒いの?」

「ほあっ?」

 変な声がでてしまった。いや、そりゃそうだろ。だって、さくら、俺だけサービスなのか、手袋とコートの隙間から初雪のように白い肌がでてるんだもん。というか、近い近い近い!! ついでにいえば、ふるえているのはそこらの緊張だっ、そして、めちゃくちゃ暖かい!

「い、いや、むしろ、暖かい」

 おい待て俺。感情出すぎ。あと、今極寒の地。これ、暑がりとか、安直だがデブとか思われちまうんじゃないの?

「っふふ。変なの」

 やべぇすげぇ反応に困る! どっちだ!? ギャルゲスキルしかない俺にはつらい!

 い、いや、大丈夫だ。落ち着け、俺。大丈夫、告白は成功する。告白は成功する。告白は成功する。よし、自己暗示完了っ。

「あっ、見えたっ。ほらガリレオ衛生も一緒」

 夢の始まりと終わりを告げる、さくらのわたあめのような声が聞こえた。


「倍率あげてっと、もうっ、私が全部やってるじゃない」

「いや、すまん」

「まぁ、いいけどっ。ほら、しま模様見えるよ。2本の太い奴が限界だけどね」

 夜午後9時半、完全にさくらにペースだ。こう書くと地味にエロい気がせんでもないが、今はそんなことについて深く考える余裕なし。

 だから、言葉も短め。というか、落ち着け、俺。もうさっきより離れているじゃないか。ちょっと寂しいけど。

 しかし、星についてきちんと学んでおくんだった……。理科の天体も、隅々まで読んどけばまだ……。

「さくら、別の見ていいか?」

「うん」

 けど、まあ、ある程度の方法は分かったぞ。教科書のファインダーで探す方法は当てにならない。鏡塔の少し上あたりに星がくるようにして、後は微調整。うむ。

 木星より、少し左上にある、なんかたくさん集まった感のある星に向け、アイピース(接眼レンズ)をのぞき見る。

 上手く行った。運をここで使うのはどうか知らんけど。

「ほら」

「わ……すごい。昴だっ」

 ここで自動車顔も思い浮かんだ俺は落ち着け。落ち着くどころがもういっそ車にはねられろ。

「あー、うー、ぷ、プレアデス星団?」

「うんっ。けど、私は昴って方が好き!」

「あ、そ、そうか」

 あっ、今いい感じだったのに、俺!

 くぅと歯に強く力を掛ける。けど、そんな暗示みたいなものを解く魔法が掛けられた。


「……たっくんは、いつ私に昴を渡すの、かな」


 寒い寒い空に、すっと消えてしまいそうな言葉。

「……え?」

 俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 何を意味するんだろう?

 プレアデス星団=星がたくさんで綺麗=宝石とか指輪?=……プロポーズ?

 いや、本当にそうか? 一応、さくらは設定では、俺のことを好きだけども、それが本当かなんて分からない。そもそも、俺にとってそれは前提条件で、一般常識だ。一般常識をわざわざ説明するやつはいない。だから、俺はあの参考書にわざわざ「俺のことが恋愛感情で大好きな美少女、さくら」と書いたかは分からない。

 くるりと、さくらがアイピースから目を離し、俺の目を見つめる。

 潤んだ瞳、白い息。

「ねぇ、たっくん。私のこと、好き、なの……?」

 突然だった。

 突然だと思っていた?

 なんで? とも思った。I also think why she say it.こんな時に最近習った英文法がでる俺。相当パニックしているのか。

「…………」

 ちらりと、時計を見た。

 9時、59分。

「……その、もう寒いから、帰ろう」

 俺は、帰宅を申し出た。

「……うん、ごめん」

 さくらが、謝った。ぽそりと、自分が死なせたウサギに話しかけるように。

 それが、グスッと、俺の胸を突き刺す。

 何か言わないと。何か言わないと。何か言わないと。何か言わないと。

 今日、告白するって決めたじゃないか。

「その、さ、明後日、えーと、駅前に、午後6時待ち合わせで、一緒に出かけないか?」

 何で今そんなこというんだよ。

 何で、今。

「……………………」

 さくらは、口をつむんだままで、けれども、そこから動かなかった。 

 そのとき、ふわっとした感覚が、おそった。

 必死に手を伸ばした、伸ばした。何かを、つかむように。

 どうか、最後まで聞かせて欲しかった。


 足を、指先を、そして顔を、暖房の暖かさが包み込む。けど、それは人肌では、さくらのものではない。そのことが分かって、現実に戻ってきたと分かってしまった。

 そのまま、机からもそもそとはいずり回って、布団に倒れ込んで目をつぶった。


 23日の朝。今日で終業式で、明日はクリスマス・イブだ。しかし、ホワイトになる気配はないにも関わらず、冬将軍は我が家へも侵攻を開始し、布団の国境防衛隊はキツい戦いである。

 なにが言いたいかというと、俺は布団にくるまっていた。

 疲れとか。さくらとか。勉強とか。

 我が家の布団国境防衛隊は、冬将軍相手しか防げないでいたのだ。

 そもそも、俺の心に巣食う「ヘタレ」の爆弾の暴発は、外からでは守れなかった。

 

 学校までの道のりを何故か鮮明に覚えている。元々、さくらとの町、穂峰川市の、穂山中から自宅までの道のりは現実の中学までの道のりに理想を追加している。

 あ、そういや、ぜんざいのお店、こっちじゃたばこ屋だったな。

 科学館、やっぱりぼろいな。

 大瀬川の大橋は無いな。

 穂峰川鉄道の踏切はここあたりかな。

 全部、自分の妄想の中と結びついていた。

 いや、落ちつけ、自分。元々妄想じゃないか。けど、そう思うほど深く、考えてしまう。

 あそこは、妄想じゃない。だからこそ、さくらに、なによりも好きであるはずのさくらに、告白できないこと。

 そのことが、悔やまれて、けど、こう言っていても、本能的に、俺はそんなことよりもこっちを選んでしまうのかもしれない。

「どうした、浮かん顔して」

 珍しく担任がすげぇ金八先生風のことをいいながら来た。金八先生知らないけど。

「先生、フラグってどうやって建て直しできます?」

 あくまで、妄想のことは隠し通す。

「ノベルゲーなら無理じゃねぇの? トキメモは知らん。ナムコマンでやったし」

「そんなこといっていいんですか」

 あれは自分で育てるからこそいいんじゃないだろうか。それと、オンナノコに名前呼んでもらえるとか、そういうメリットが。

 ちなみに、ナムコマンでやると主人公のパラメータがマックスになる。これをやると、藤崎栞とか、コアラ? などのすげぇむずいキャラも落とせる……らしい。

「シラネーシラネー見合い婚の俺にはシラねぇー」

 一度ぶったたいてやろうかとは思った。

 しかし、「ヘタレ」の俺には何も、できない。

「フラグなんかよりなぁ、俺はどんとやらん奴が一番嫌いなんだよ。簡単に言うと君のぞとかな」

 ……この人、心でも読めるんだろうか? 俺のことを、さくっとぶっ刺したのだ。けど、動揺を悟られてはいけない。

「その発言、危険ですよ」

「いーじゃねーか。高之=ヘタレじゃねぇか。ツンデレ=ルイズと一緒だ」

「一緒じゃねぇ」

「なんだ、お前はツンデレ=由夢派か。それとも、ヘタレ=藤居派か」

 何そのすげぇマイナー選択。ってか、藤居って誰だっけ? ホワイトアルバムだっけ?

 いや、そんなことはいい。

 ……そういったヘタレ主人公は、現実だし、何人も不幸にさせている。同じヘタレの俺はどうか。妄想だし、さくらしか傷つけない。そもそも、さくらさえ傷つけていない。

 けど、そんなことは五十歩百歩。それに、俺はここで何もできないと、もう妄想世界に行けない。あの世界の人をみんな消してしまうんだ。

 そして、妄想がなんだ。あれが、俺の現実だ。それは、今朝の俺の、町の見方からも分かる。

 そもそも、俺はさくらが好きだ。

 ひゅらっと世界を越えるくらい。

 それが、『俺』だ。

 それと、なんだか落ち込んでもわりと回復が早いのも俺、なんだろうな。いや、元々落ち込んでなかったのか? まあ、それは置いておいて。

 俺が、さくらに告白する。返事じゃない、告白だ。

 これができなければ、俺は俺でない。

 「ヘタレ」だなんていってる時点で甘えなのだ。

 じゃあ、打ち勝つだけ。実際その時になっても、俺はへこたれん! それが、『俺』なんだから。


「先生、フラグ建て直せそうです」

「ん? そうか。まぁ、「ヘタレ」な選択肢さえ選ばなければどうにかなるぞぉ」

「うん、そうですね」

「……お前が素直に答えるとは、あれだな。とうとう『ヒロインの黒こげ料理を作って食べて耐えられるか』をやったな。いや、あれは辛いけど、俺もあれに耐えられたから、俺はそろそろエロゲの主人こ――」

 一発やっぱり教科書で叩いてみた。

 人がせっかくいいこと言ったのに、という意味で。


 学校を終え、すぐに走って家に帰ってきた。冷たい空気が喉をやけどさせるが、そんなことどうでもいい。どうして俺参考書を学校に持ってきていなかったかは、後々追及。

 机の上に広げっぱなしの怪しい参考書はとうとう最終章であった。300ページ。前の俺ならどうだったんだろう? 告白できずに悶々するために、300ページをやる。絶対できてねぇな。

 けど、今の俺は『俺』。さくらを幸せにするための『俺』になったのだ。

 だから、これくらい、どうってことない。


 何より、さくらと、添い遂げたいんだよっ!


 告白して、改めて意識し始めて。今まで出来ていた腕組とかもそうできなくて。けどそんな空気が悪くなくて。やっと手をつなげて。それをなんか記念日なんかにして。半年経ってようやく日常的にキスできるようになって。

 1年経った、付き合い始めてからっていう記念日前には、あれこれ悩んでプレゼントを買って。そしたら二人して同じペンだったりして。そしてふふっとか笑うんだ。

 それから、もっと好きになって。春には桜の木の下で手をつなぎ、夏には海辺で水を掛け合い、秋には少し早めに編んじゃった長い長いマフラーを二人で首に巻き、冬には俵万智さんかなんかの詩にあったよう、寒いねとか、言葉をいいあって、その言葉の温かさや吐息のぬくもりを感じ取る。

 そんな感じで季節を巡って、やっぱり俺からしたほうがいいのかな、いや、私からした方がいいのかな、とか思いながら。結局、告白した時と同じシチュで、俺からプロポーズして、その、その時指輪なんかもはめて。さくらも同じこと考えてたらしく、二人して薬指に指輪をするんだ。

 で、そのあとぷるぷる震えたボールペンで入籍届を書く。これフリクションじゃないよね? インク消えないよね? 印鑑のインクあったかな? とか言いながら。

 結婚式場は、教会にしようか、神社とかにしようか、そこはさくらと話し合おう。けど、共通しているのは、絶対どっちも緊張で何も喋れないな。これ絶対。

 新婚の時は、調子乗って「お風呂にする? ご飯にする? それとも……わ・た・し?」とかやるんだろうな。で、「何やってんだよ」とか笑いながら言って。笑い声大きくて多分隣から壁を蹴られるな。あ、住まいは安アパートな。

 二人仕事はつらいけど、お布団は一緒なんだろうな。で、3年くらい経ったら子供かな。男の子だったら俺がキチンと、貫きとおせる主人公にする。女の子だったら、さくらと助け合って育てていきたいな。彼氏連れてきたらぶっ飛ばす。塵にしてやる。さくらと俺の子なんだから可愛いにきまってんだろ言わせんなよ恥ずかしい。

 んで、その後は俺すげぇいい父さんだよ。で、さくらもいい母さん。ただ、俺の子だからな、どこかで踏み間違えるかも。けど、キチンと見守って、たまには、俺の鉄拳で、常人の道は踏み間違えても、人の道は踏み間違えないようにしてやろう。

 子供が成人したら多分、夫婦揃って泣いちまうんだろうな。さくらなんかぼろぼろ泣きそう。けど、俺は家でおお泣きだな。あ、家は子供が2歳くらいの頃には奮発して家買う。一軒家。キンモクセイトか、サクラとか木を植えるんだ。

 んで、定年したらどうしようかな。退職金で(でるかは分からないけど)喫茶店でも作るか。『仲良し夫婦の経営するモーニングのおいしいお店』とかいわれるくらいに。コーヒーにはもれなく小倉トーストとそれより甘いさくらとのノロケ話。

 けど、たまには夜行列車とかで、そうだな、北海道とか、九州とか行ってみたいな。温泉旅行かよ。

 ご近所さんにも羨ましがられるくらいラブラブで、多分、寿命も一緒じゃないのかな。まぁ、二人揃ってピンピンコロリが一番迷惑かけないか。


 ……さくらとの、一生。これが俺の一番望むものじゃないか。周りなんて気にせず、この目標を追いかけるのが一番大事じゃないか。

 それを考えて、同時並行で300ページに及ぶ5教科ミックスと戦っていたら、もう200ページが終わっていた。時刻は24日午前5時。もう朝だった。

 24時間さかのぼるようになっていて、さくらとのデートは24日午後7時。まぁ、25日の午前1時までに終わらせられればいいか。

 そろそろ体を休ませよう。さくらとの一生は相当濃いものであり、休憩が必要だ。

 ……目覚ましをセット、眠りにつく。


 すると、キチンと目覚ましで起きる自分がいた。これこそ『俺』である。こんなところでヘマするもんか。死亡フラグとかバッドエンドフラグとかへし折ってやる。

 そして、俺は残り100ページに手を掛けた。

 最終章ということ。ここでもしかしたら、さくらとの関係はもとに戻るかもしれない。最後。俺は、やりきって見せる。

 えいえんを、賭ける。


 400字のいつもの文にペンを走らせる。25日午前1時。2ちゃんではもう結構前から有名なコピペが出回っている時間だ。性の6時間。ただ今の俺の気持ちは、その6時間を楽しむ男女が束になって掛かってきても勝てないものだ。神様がなんと言おうとも。それくらい、俺はさくらが好きなのだ。

 リンカーンも、山本五十六も言っている。「意志のある人は自らを信じ、時には神さえ信じぬ。だからこそ道を踏み外す時もあるのだ」

 世間一般からすれば、今の俺は現実という道を踏み外しているだろう。

 けど、そんなこと承知の上。今、『俺』は自分を信じて、さくらに思いを伝えるのだから。

 ……あと、訂正。上の言葉、リンカーンじゃなくて五十六の方だった。

 道を踏み外した?

 そう思いながら、俺は最後の読点を打った。

 ふわっと、世界が変わった。


 メリーゴーランドのように、

 くるりくるりと世界が回れば、

 この世はきっと、楽しいだろう。

 とか、少し詩人的な表現をして、舞い降りた24日午前1時。正確に言うと、舞い降りたじゃなくてたたきつけられたかもしれない。

 そんなことはどうでもよく、今は決戦に向けて寝る。

 と、知らない間にもう朝日が出ていた。

 たまにあるよね。寝たと思ったらもう朝だった、とか。よっぽど疲れているのかもしれない。けど、そんなことはどうでもいい。

 今日はさくらが起こしにこない。昨日のことが色濃く反映されているのか、それとも、ただ単に休日だからかは分からない。

 少し不安になりつつも、今できること、服を選んだり、デートコースを確認したりしよう。


 午後5時30分。寒空の下、クリスマスチックなイルミネーションが駅の街路樹を照らす。

 さて、こんな感じになると冷静になってしまう。いや、告白の火は消えない。けど、それ以外で凄い不安になる様子が一つ。

 さくら、了承したっけ?

 そこである。「うん」とは言ってない。首も振ってない。声が聞こえたかさえ分からない。

 けど、彼女はその場から動かなかった。

 それだけの可能性だ。なんてギャンブル。俺どんだけギャンブルってんだよ。けど、これからはもっと苦労するんだよな。うん。

 かっ、と、前を見、俺はしゃきっと、コートを再び整える。

 そして、視界に入ったのだ。


 雪がこのタイミングでチラチラと舞う中、白磁の、きめ細かい肌がチラリと、薄い空色に白の綿がついた長めのスカートから覗かれる。白のコートがふんわりとチャーミングである。

 その、穂峰川産のみかんを使ったシャンプーで洗った艶のある長い、空を包むかのような髪がふわりとたなびく。

 それはまるで、今の空を表しているかのようで。

 心を、引き込まれた。

「あっ……たっくん」


 ……俺はここがギャルゲヱかと思った。

 いや、ギャルゲヱだ。

 この世

 は、

 ギャ

 ル

 ゲ

 ヱ

 だっ!!!!

 

 そんな、さくらがいて、

「へへっ♪」

 と、腕を、掴まれた。

「おい、さくら……そ、そのっ、ひ、人前」

「そんなの、聞こえなーいっ♪」

 俺の反応はすげぇうぶであったけども。

 いや、落ち着け俺。まじで落ち着け、俺。


 さくらは結局腕を離さなかった。正直、なにこの展開と叫びたかったけど、まぁ、その、男ですので、結局本能には勝てなかったわけである。

 けど、いきなりどうして? 前回の反応は? 忘れたなんてことはないだろうけど……さすがに変わり身が早すぎる。

 そんな若干不気味な上程でも、慣れないと、と理性が思ったのか、話せる程度にはどうにかなった。

 まあ、それも今日が終われば分かることだ。もう「俺」であるのだ。ファイト、俺。

 雪が舞ったのはさっきの時だけで、今は雲も向こうに行き、空には三日月が冬の空に花を添える。

 ジングルベルの音が商店街を歩くだけで聞こえてくる、クリスマスだった。

「まだ夕飯には、早いからさ、そ、その、どこ行きたい?」

 ただ、特筆すべきは、俺のデートプランが8割ほどその熱烈パワーにより、死滅した。熱には弱いらしい。

「ん……じゃあ、公園に行こうっ。あえてお城とか」

「穂峰川城だって、イルミ点いてるからあえてにはならんような気が……」

「むぅー、そんなこというんなら、大瀬公園タワーにするよ!」

「待て、あそこに行くにはほみ鉄(穂峰川鉄道)でいかなならんじゃないか。遠すぎる」

「じゃあ、あ、え、て、お城」

「わ、分かった。話せば分かる。あ、え、て、お城だな」

「うん」

 さくらが今までよりもいささか我が侭モードだけれど、これはこれで楽しかった。ちなみに、大瀬公園タワーは、学校の近くを流れる大瀬川の下流、穂峰川から30キロ離れた所にある。いらないところまで設定したな、俺……。

 駅前、穂峰川ほほほ商店街(そういう名称)を経て、西に右折すると、穂峰川公園があり、そこに二人で入った。ここには気まぐれ赤服じいさんの能天気ジングルベルも届かない。けど、公園内に生えるキンモクセイの下に置かれたベンチには、多くのカップルがいた。

 そのため、その、さくらに告白するとはいえ、俺とさくらはまだその、そういう関係ではない訳であり、そうとう恥ずかしいのだ。うむ。

 しかし、ちょっぴりゴーインモードなさくらに誘われて、俺とさくらはキンモクセイのスペシャルシートに腰をかける。

 公園内にはたくさんのLEDが光を発し、幻想的な空間を作り出していた。そんな世界の長は巨大なクリスマスツリーで、白と青がなんとも冬の光景にマッチしている。

 さくらの顔にも白と青、それに黄金色の光があたっている。

 それにしても、どうしてこんな積極的なのだろうか。これが乙女心と秋の空という奴か。冬だけど。

「ね」

「ん?」

「あ」

「あ?」

 まるで、九州だったか、東北だったか、そこらあたりの方言みたいに一音一音の会話が続く。

「その、さ。どうして、今日は誘って、くれたの?」

 きゅっと、腕を抱く力が強まって、俺の心は早鐘をならす。

 あぁ、この時がきたのかと。そして、なかなかに直球さくらさん。

「よし、城、行くか。それとも、もう寒いし、夕飯にするか?」

「っえ、あ、お、お城……より、その、お腹すいた」

 けど今はそのタイミングじゃない。そして、そのタイミングはこの時間の最後でもない。これは、俺の計画というか、直感である。

 そして、俺が話そうとしていることを、さくらは鋭い子だから、うすうす気づいているのか、さくらは俺の強引な話の展開にもついてくる。

「何が食べたい?」

「んー……何でもいい」

「一番困ることを……」

「それ、ふつうは私のセリフだけどね。じゃあ、ケンタは?」

「あえて、か?」

「んーん。たっくんのお財布事情を考えたんですよー」

「よけいなお世話だ。まぁ、さくらが食べたいと言うしな。うむ、カーネル三ダースのもとに行こう」

「ふっふっふ」

 さくらの鋭いところはこんなところでも発揮されていた。


 その後、二人で公園から商店街の外れにあるケンターキーフライドチキンへと行く。

 まぁ、その道中も寒かったのだが、さくらのくっつきっぷりがなんだか尋常じゃないので全然寒くない。

 ってか、こういうときって俺が寒さから守るべき、だよなぁ……。

「うわぁ、混んでるねぇ」

「他のとこにするか?」

「クリスマスイブにマックはちょっと……」

「いや、マックって言っとらんし」

「じゃあ、スガキャ」

「なんでさっきからフードコートを集中攻撃してるんだよ……」

「ペッパァランチ?」

「止まれ、さくら」

 訳の分からない会話がぽんぽん弾む。楽しい。だからなのか、時間が過ぎて、ちょっぴり長かった列も自分たちの番になった。

 お店の位置が商店街の外れ、とはいっても、県道沿いなので、ドライブする―が多く、席はスカスカである。

「じゃあ、オリジナルを1ピースと、この甘辛醤油仕立てチキンを1ピースと、てりやきサンド一つ」

「クリスマスに醤油、なんだ」

「あえてだよ、あえて」

「……ふーん」

「なんだよ、さくら」

 妙にイジワルそうな声が、なんだか個人的にそれが隙をついてくる。あ、これ掛詞な。隙と好きで。

「じゃあ、私は甘辛醤油仕立てチキンを1ピースと、ビスケットを1つで」

「醤油頼んでんじゃん」

「いいの、あえてだから」

 さくらの言い方が、なんだか可愛かった。

「あのー……すみません」

 ただ、その桃色タイフーンの中に突っ込む店員さん。

「はい」

「甘辛醤油の方なんですが、1ピースしかもう在庫がございませんので、オリジナルチキンに「じゃあ、代わりにグラタンで」

 まさかのさくらの割り込み技。というか、なんでチキンからのグラタン?

「あ、申し訳ございません。では、ご注文を繰り返させていただきます」

 店員さんが繰り返す時、さくらは楽しみを待ちわびる表情で、髪をくるくるしていた。


 さくらの真意は分からぬまま、窓側端っこの15番テーブルに座る。カーネル三ダースのおっさんにも、店員さんからも見られず、見ているのはクリスマスツリーに飾られた死んだ目のトナカイだけだ。

「さくら、何やってんの?」

 そんなトナカイに見守られて、さくらは結露した窓に指文字を書き始めていた。

「ほら、あの頃に戻ろう、的な」

 嘘付け。さくら、朝っぱらに今でもやってるじゃん、とは今このタイミングで言えない。

「で、何描いてんだ?」

「何って……サンタ―ズ?」

 さくらの描いているのは、なんか長方形の上に丸が三個あって、それぞれ三角の奴が描いてある未確認物体だった。

  △

△○○○△

 □□□

 ▼▼▼

 なんか足も増えていた。

 というか、サンタ―ズって、複数形なのか。

「……ノー、コメント」

「何それ」

「そのままの意味だよ」

「ひどーい」

 といいながらも、さくらは笑っている。というか、さくら基本絵、上手だからな……おふざけで描いてるのかも。

「お待たせしました」

 揚げていなかった甘辛醤油仕立てチキンとビスケットが運ばれて、机の上に御注文の品が並ぶ。

「じゃあ」

「「いただきます」」


 ここで俺はさくらの陰謀を知ることになるのだ。

「たっくん、あーん?」

「あーん?」

 さくらがグラタンをプラスチックのスプーンに乗せて、俺に突き出していた。というか、『あーん』の最後が?だ。

 そして、俺の頭も????????????だらけ。

「だから、あーん♪」

 今度はいつも甘えるような声の時につく♪マークだ。って、

「え?」

「もう、食べさせてあげようとしてるの!」

「なんで?」

「……思いつき?」

「軽率な行動は身を滅ぼすんだぞ」

 やってほしいけども。けど、いきなりのことに頭がおっつかず、いつもの定型的な文しか出てこない。

「いいじゃない。はい、あ~~~~~ん♪」

 さくらの、そう発す言葉と共に甘い甘い吐息が漏れ、すこし、いや、かなり動揺。そして、蜜に引き寄せられる昆虫のように、ぱくりと、一口。

 ……やっちまったなぁ。後悔と同時に、達成感込みだ。後悔の方があるのは知らない。分からないけど、まぁ、その、今後心望んでやることを、的なニュアンスか?

「おいしい?」

 ここでファストフードじゃん、とかいったら駄目なんだろうなー。

「うん」

 なので、無難な答えになってしまう。

「じゃあ、次はその、甘辛醤油仕立て、食べさせて」

 グラタンのパスタが鼻にピットインしやがった。レースゲーム(グランツーりすモとか?)だと、こう、「うわ、やらかした」的な。なんでタイヤ交換してんだよと。って、落ち着け俺話が見えなくなっている。

「そ、そんなに醤油がすきか」

「だって、あえてだし」

 いや、まあ、それは言いたことじゃないし知りたいことでもないけどさ。

 というか、一般男子中学生に、好きな女の子にあーんは中々の試練であると思うのですよ隊長。

 しかし、こえないといけないから試練なんだろうな。そもそも、ここでやらなければ前みたいに、さくらを悲しませるかもしれない。

 いざ。人差し指と親指でちょっぴり絡みついてくるチキンの、肉のところを取る。揚げたてだから少し熱い、息を吹きかけ、少しさます。皮とかだとさくら、脂っこいというか、味が濃いから嫌いそうだ。

「じゃ、じゃあ、……あーん」

「あー♪」

 さくらが小さい口を開き、そこにつまんだ肉を挟む。少しずつ、もきゅもきゅと食べていく姿が愛くるしい。あ、でも、これじゃあさくら指よごれないから「指をぺろり」なシーンがねぇじゃねぇか責任者出てこい。俺だよ。

 軽く自爆しているところ、口に何か含ませられた。

 しゃくしゃく。このチェーン店特有の、パイの皮のような、ビスケット。ほんのりと温かい。

「へへ~、不意打ちぃ」

 さくらが頬をゆるませて、俺の頬を指でぷにぷにする。恥ずかしくてちょっと目を横に滑らせると、死んだ目のトナカイがさっきよりも死んだ目で睨んでいた。それと、店内にも少しずつ人が入ってきた。

「ほ、ほら、早く食べようぜ」

「照れてる照れてる♪」

 さくらに主導権を握られっぱなしのデートだった。

 ちなみに、このあとは俺がてりやきサンドをたべ、さくらがすこし食べたいというので。俺の食べたところから桜がぱくつく、ぶっちゃけ間接キスになって、正直恥ずかしすぎて、こう、力つきました。


 ケンターキーフライドチキンを出て、また駅前へと目指す穂峰川ほほほ商店街を歩いてゆく。

 時刻は7時半で、2時間もケンタにいたことになる。デートでの食事はなぜか知らんがひとりよりも食べるのに時間がかかるのだ。

「そろそろ、お城行かないと入れなくなるんじゃないの?」

 そういわれれば。穂峰川城は8時まで入場でき、8時半には閉まってしまう。

「じゃあ、穂峰川城にするか?」

「ん」

 ……まあ、クリスマスに城ってのもどうなんよ、って感じもするけどな。けど、城くらいしか、民間人が入れて夜景の見れるところがないんだよな。駅とかもいいけど、あそこは混むし。穴場が城なのだ。

 って、それ以外にも問題がある。

 城に行く。そのあとは公園だろう。つまり、まもなく告白だ。決めないと。今のうちから心の準備に入る。さくらへの返事じゃなくて、俺の告白なんだから。


 公園前には武家屋敷地区があって、その地区の隣には穂峰川カトリック教会があって、そんなミスマッチな和洋地区をさくらと腕を組んで歩く。気のせいか、さくらの腕がさっきより暖かい気がする。

 足下にあるレンガをしん、と踏んで歩くところ、静かに鳴り響く聖歌が二人の誰もいない隣を駆け抜けた。

 そして、レンガから土に似せたアスファルトの武家屋敷地区を抜けると、さぁーっと、イルミネーションに飾られた穂峰川城が現れた。

 どうしてだろう、さっきも見たのに、さっきよりも綺麗だと感じる。

「わぁー……なんだか、前よりも違うみたい」

 同じことを思ったさくらに目を移すと、彼女の白いコートには赤青緑に白や黄のLED光があたり、なんだか光ドレスを着ているかのようだった。お姫様、みたいだ。

 ……おい、王子、頑張れよ……。

 公園内に足を踏み入れ、城の受付でチケットを買おうとし、「中学生は無料ですよ」と言われてしまった。そのとき、

「もう、たっくんたら」

 と言われた時のほほえましさと、なんだかニタニタしている受付のお姉さんの視線が恥ずかしい。

 木でできた階段を少しずつ上ってゆく。危険だということでさくらとは腕を離し、手をつないでいた。

「うー……」

 と言われてしまったけど、手を恋人つなぎにしたら止んでくれた。というか、誰だよこんなつなぎ方考案した奴。すごい恥ずかしい。さくらの手を包み込んで。その指が壊れそうだけど、なんだか暖かくて。って、実況レポートすんな!

 そうこうしているうちに天守閣最上部にたどり着く。戦災で一度焼け、その後再建された城であっても、木々からは歴史の趣を感じられる。

 外をみられるところには、窓が一応取り付けられている。まあ、ここらは歴史の趣はない。仕方ないけど。

 そこから覗く外の景色。人がいてもよさそうだが、今は俺とさくらの二人きりだ。木々の香りに紛れて甘酸っぱい柑橘系の香りが備考をくすぐる。

「やっぱり、綺麗だね……。ほんと、どうしてここって人こないんだろ」

 そりゃあ、こんなところでいちゃつけるわけはないだろうな……。一応、戦国時代の城なんだし。

 なんてことはいえない。そんなこといったら告白一直線。正直、ここで告白するのもどうかと思う。だから、

「まあ、上るのめんどくせぇからなぁ」

 無難な答えになってしまった。

 さっきから握られている掌に強い握力がかかるのがわかる。いや、けどさ。ねえ。

 ちょっと気恥ずかしく、かつちょっとその握力の意味がわかるので視線を横にずらす。

 公園にある大きなツリー型の、白と青のイルミネーションが美しい。ほんと、クリスマスだな……。困ったことに、その公園には大量のカップルが発生している。今更だけど。

 商店街も。駅も。どこも綺麗に世界を照らす。

「下、降りるか?」

「まだ、いる」

 自分で決めといてなんだが、わりとやばい展開じゃないの? まだ準備できてないよっ。

「いや、けどさ」

「あ、ほら、下にはこんなにもカップルがいるよ。ふはは、人がゴミのようだ」

「なぜそれをここでっ!?」

 そういや、ちょっと前再放送やってたな、こっちでもやってるのか。というか、今この城の中でそれいってたらバルスで終わりじゃないのか。さくら。

「んなこといってたら後ろからずばっと落ち武者に切られるぞ」

「大丈夫。ここ落城してないし」

 そういう問題か?

「落城してないからっていってもな……」

 あのー……

 ん? 変な声が聞こえたぞ。

「おい、さくら」

 すみませんー……

「うん、なんか聞こえちゃいけない声が聞こえるね。たっくん、万能ナイフとか持ってる?」

「持ってたらしょっぴかれるがな……」

 というか、斬る気なのか。

「そんな優柔不断な言い方してると、いつか人を悲しませるよ」

 ……今、ここでそれ言うのか?

 お客様ー……

「さくら、これ違うくないか?」

「まあ、ある程度最初から予想ついてたけどね」

 俺、予想ついてなかったんだが。なんだが負けた気分だ。

 ふたりして、同じタイミングで振り向く。

 受付で俺にニタニタしていたお姉さんだった。

「もう閉館なのですがー……おじゃまだったでしょうか」

 手をつないでいるところにこの人の視線がロックオン。なんでこの人こんなに耳年増的なことしてるんだ。

 あ、そうか。l今日クリスマスイブじゃん。つまり、この人は、ちょっと、その、いないから、悲しみで疲れてる的な、な。

「あ、いえ、なんともありません」

「ごめんなさい、遅れてしまって」

「大丈夫ですよ」

 さくらもそこらへんに気づいたのか、それとも予想ついていたかは知らないが、二人そろってそそくさとい退散した。


 時刻は8時半。さっきまでは上から見下ろすツリーとは、立場が逆転していた。

 さくらの腕は俺の腕に巻かれておられず、手をつないでいるだけだ。これは、さくらも気づいているからの配慮か?

 まあ、これから告白だからな……うぅ、緊張する。胸の鼓動がそのことを裏付ける。

 けど、それ以上にドキドキするのだ。これは緊張じゃない。やっぱり、その、さくらと、付き合う、わけだからな。うん、こう、共になる、っつーことだ。

 たく、ギャルゲの主人公たちはこういう経験をして恋人になっていくんだな。

 この気持ちは、前の堤防の時にはなかったな、あの時は、こんなにも体は暑くなかった。

 ちょっぴり、手の指先が震えていた。


 前座った時とは違う、金色に光るキンモクセイのベンチに座る。公園の隅っこ。しかも誰も見えないであろう場所。何故だろうか、それなのにこのベンチはひんやりとしている。誰も座っていなかったのか、それとも外が寒かったのか。

「ふふっ、冷たい」

 無言だったさくらがちょっぴり呟く。もっと体が温まる。俺、どれだけ反応してんだよ。

 公園内にいた人並みは、こんこんと降る雪へと変わった。

「誰も、見てないね……」

 そっと、そんな事実をさくらが確認する。

 すっと、さくらの顔を、見つめる。

 さっと、目があった。同じ事を考えてるのか。

 きゅっと、さくらの唇が締まるのが分かる。さくらも緊張してるのかな。

 その、きめ細かい雪のような肌には、金色の光と、白い光が照らされて。それと、少しずつ降り出した雪が、触れては融けてゆく。

 もうすぐ、二人は恋人になる。

 その、白い息を吐き出す、瑞々しい唇を。

 その、幸せを生み出す瞳を。

 その、細く、だけどみんな暖める指を。

 俺の、ごわついている、けど力強い唇と。

 俺の、決意に満ちた瞳と。

 俺の、太く、大切な人を守るための指と。

 みんな、二人のものに、なる。


「好き、だ」


 そのために、その3音を口にした。

 口にした瞬間、唇を重ねた。

 驚き、目を開く。そこにはさくらの、優しく閉じられた瞳があって。

 口の中には、甘い甘い、砂糖をふんだんにいれた紅茶が流れてきて。

 唇には、暖かい、柔らかいものがつけられてた。

「ぷはっ……今のが、返事」

 どれくらい、口付けを交わしただろう。けど、そんなことはどうでもよくって。

「ふつつか者ですが……よろしく、お願いします」

 そう、さくらが結んだ。


「えへへ……やっと、言ってくれたね」

「まあ、ここで決めないとな」

 時刻は午後9時。二人でゆっくりと、ほほほ商店街を歩く。雪は止み、代わりに人の群れがあった。

「これで、恋人、同士だね……」

「まぁな」

 ちなみに、さっきからこんな、通行人からしたらわたあめを入れたグラスにガムシロップを入れまくったようなものを飲んでる気分だろうが、今の俺たちは味覚障害なので、これがいい。

 ……まぁ、これで心残りは無くなったな。

 さくらは、このことをどう思うだろう。

 過去の思い出として、心に秘めるだろうか。

 それとも、業のように引きずって生きるのか。

 それとも、それとも……。

 何の話をしてるかといえば。

 俺は、25日には消えてしまうからだ。正確に言えば元に戻るんだが、この出来事が『元じゃない』だなんておかしい。

 この世界は続くだろう。俺は、この世界をパラレル・ワールドのようなものと思っているからだ。俺がいなくなっても、世界は続く。だからこそ、さくらは、俺が消えたあと、どう生きていくんだろう。

 結婚できるかな。そうやって、俺みたいな異界人のことは引きずらないで欲しい。忘れるようになっているなら、仕方ないと、思う。

 じゃあ、どうして告白したんだよ、という話にはなるけども。なんだろう、男として? いや、俺として、か?

 さくらが、俺の腕に、おっきな双丘や、やーらかい頬をすりつけて、あたかもわんこがにおいをつけるようにしてる中、俺はそんなことを考えていた。

 

 午後11時。すでに10時には帰宅していて、もう風呂には入った。

 部屋の電気を消し、けどやっぱり点け、この世界の俺の世界を見つめる。

 この世界にいられれば、俺はさくらと、このベットで一緒に寝てたのかな。

 この世界にいられれば、俺はさくらと、この折り畳み式の大き目の机で、一緒にテスト勉強したり、受験勉強したりしたのかな。

 この世界にいられれば、俺はさくらと、この本棚にある漫画とか、一緒に読んだのかな。

 っ。感傷に浸ってんじゃねぇ。これからだって、さくらとは会えるじゃねぇか。妄想だけどさ。遠距離恋愛だろ、要するに。次元とか、世界とかを越えた。運良くたまたま俺だけが超えられただけだろ。ほかの脳内恋愛者に比べれば、彼女の肌の温度を感じられたじゃないか。

 頭を抱え、自分を説得しようとする。

 ああ、そういや、世界から消えるって話だったら、D.S.(ダルセーニョ)とかにもあったな。

 一年中カエデの咲き誇る島の話。主人公は大病を患い、そのカエデの大木にかけられた魔法で生きていたものの、その魔法が、カエデが枯れたことにより解けてしまい、死んでしまう話。

 本当は世界に存在できない状態での苦悩、みたいな。

 そういや、あいつは、なんだか死の間際には悟ってたな。

 俺は死ぬ訳じゃない。けど、そんな細かいところは関係なくて、俺はその主人公みたいな奴ではなかった。

 はぁ……と、溜息を吐く。

 その時、何故だか窓が開いた。

「たっくん」

 何故か、さくらだった。お風呂はゆず風呂なのだろうか、仄かにゆずの香りが漂う。

「どうしたんだよ、風邪ひいちまうぞ」

「ううん、大丈夫。それより、ね」

 なんなんだろう、そんな、優しい顔をされたら、失うのが怖くなってしまう。参考書はこれで終わり、もう、二度と会えないのだから。

「外、行こっ」


 そういわれて悩んだものの、俺はふっきれないのか、それともお願いに甘いのか、デートの時と同じジャンバーに身を包み、玄関を出た。

 さくらも同じように、パジャマの上にデート時のコートを着ていた。

「本当に風邪、ひくぞ」

「ひくならひくでいい。こっち、来て」

 そういって、山内地区を出て、俺とさくらは南に向かった。

 もう11時となり、人影は見当たらない。家にて家族と過ごすか、恋人とホテルで一夜を過ごすかだからだろう。

 さくらと、手袋無しではつらい中、手をつなぐ。

 平凡な幸せだろう。けど、今まで、というか、俺にとっては今でも、平凡な幸せではなく、それはこれからもだろう。

 着いた先は、甘味処・やまなかだった。時間が時間なだけに、閉っていて、そのことを静かに木のプレートが伝える。

「本当は、この中で食べたかったんだけどね」

 そういって、さくらはどこからか、缶タイプのぜんざいを俺に渡し、さくらは自分の分のプルタブを開く。

 ……どうして、さくらがこのことを知っているのだろう。俺がはじめてこの世界に来た時、そして、初めてこの世界で、さくらと行った場所のことを。いや、もしかしたら、恋人になった記念に、馴染み深いところをめぐってるだけかもしれない。

「ねぇ、たっくん。食べさせて」

 食べさせてって言われても。缶タイプだし。

 けど、これも最初あたりに、いわれた言葉だ。

「こう、か?」

「んっ」

 さくらの口に、缶をつけ、それを俺が手で支えて飲ませる。熱いから、やけどしないように、少しずつ。

「ん、あぁっ」

「あ、だ、大丈夫か? やけどしてないか?」

「大丈夫だってば。ちょっと、間接キスだな、って思っただけだから」

 たらりと、さくらの口元から白濁とした液体が零れる。白玉が液体分解して、あんと交わって白くなったものだが、なんとも背徳感がある。

「食べさせてあげたいけど、もう時間もないし、次行くね」


 次は学校だった。あの時使った、校門を介さないルートで校内に入り、秘密のルートを使って保健室にたどり着く。

 あぁ、そういやあったな。俺が何故かトンチンカンな発言して。それで、ゾンビな生徒に一発けりを入れたり。

「今なら、ななちゃんにああ言われても驚かずに『そうだよ』っていえるけどね」

 ななちゃん……ああ、ナイトバタフライ加藤か。そういや、


「だって、兼中とさくら、付き合ってるんでしょ?」

「つ、つつつつつ、付き合って……るけど」

「ほらぁ、夫婦じゃん」

「けっ、けど、付き合ってるからって、け、結婚するわけじゃ、ないんだから」

「いや、私ケッコンとかは言ってないし。夫婦って、野球でいうバッテリーでしょ? 中学生隠語じゃね、夫婦=カップルなのよ。それにしても、さくら先のこと考え過ぎじゃない?」

「え、だって、そんな風に私言わないもん」

「じゃあ、旦那に聞いてみるわ。兼中ー?」

「って、はい?」

「幸せにできる? できるなら大声で叫んで」

「俺が、幸せにしてやるぅうううう!!!!」


 こんな会話だったな。うわ、俺何考えてんだよ会話つながってねぇよ。

「そうだよって、付き合ってる方か?」

「覚えてたんだ……割と忘れて欲しい類かもだったけど。まあ、いいや。というか、そこまで覚えておいて、鈍いなぁ、たっくん」

「……じゃあ、結婚、の方か?」

「……ここで、コクンってしたら、どうする?」

 ……どうするって、ねぇ。そりゃ、結婚の約束、婚約だから、ずっとこの世界に居られるなら、さくらと、ね。ちょうど、保健室で、ベットもあるわけだし。

 でも、俺はここに居られないわけで。かつ、さくらにはバージンロードをバージンで歩いて欲しい、こんなところで犬にかまれてはいけない。

「……どうも、しねぇ、と、思、う」

「……まぁ、それでこそたっくんだよね。あと、『~しねぇ』とか似合わないな」

 ……遠回しにヘタレといわれたか? いや、まぁ、ヘタレだけどさ。

「もう12時だ……もう、時間無いね。次、行こ」

 その言葉の意味が、やっぱり分からなかった。


 大瀬大橋を渡り、堤防沿いを北に歩き、目的地にたどり着いた。俺が告白に失敗したところ、そして、さくらが告白したところ。堤防沿いでの天体観測だった

「生憎、今日は双眼鏡しかないけどね」

 さくらはそう笑って見せて、ポケットから双眼鏡を取り出す。俺には、それに見覚えがあった。というか、これも妄想の中での設定の一つだった。

「これって、科学館のやつ、だよな」

「あっ、覚えてるんだっ。そうだよ。家族で名古屋の科学館に行った時、丁度イベントが中止になって、そのお礼として配布された奴」

「確か、幼稚園のときだっけ」

「うんっ」

 さくらの笑顔はさっきよりも明るくて。正直そこらにあるシリウスとかが笑えないくらい暗い。

「前来た時は、こう、やってたよね。あの日より、今日は寒いし」

「っへ?」

 さくらは俺のジャンバーの中に体を入れる。そういや、やってたな。これ、超恥ずかしいんだよな。あの時も、


『でっかいコートを俺が着て、それの空きスペースにさくらが隠れている状態です。


 がはははははははは!!

 こんなシチュ、正直一度しか見たこと無かったし、「これ身長とか足らなくね?」とか思ってた時期が俺にもありました!

 ごめんなさい、実在します。

 そして、これ、相当はずかシィ言い言いいldfjkウェdshjkflwd!!!

 っと、言語機能崩壊しかけた。』


 こんな感じだった。うん、これ慣れるもんじゃない。今だって恥ずかしい。顔からガスバーナーって気分だ。けど、それでさえ今は何となく、懐かしい。

 あの時の俺は、こんな別れがくるなんて、知ってたかな。

「やっぱり、あったかいね」

「そりゃ、今でさえ恥ずかしいからな、体温上がってんだよ」

「あの時って、こうやったよね」

 さくらが、シリウスより少し離れた所にある、プレアデス星団に向けて双眼鏡を向ける。

「一緒に、覗こうっ」

「頭がごちんするぞ」

「あの時も一緒だったじゃん」

 まあ、そうだけども。

 一緒に覗き込む。けど、手で持ってるせいか、キチンとクリアにはみえず、ぶれぶれだ。それでも、多くきらめく、昴は、鮮明でなくても、見えるのだ。俺の妄想と一緒に。

 昴を、綺麗だと思った。

「へへ、ぶれぶれだね」

 さくらが、優しくはにかむ。こんな寒空の下、暖かいのはさくらだけだと思わせる。

「さくらは、昴っていったほうが好きなんだよな」

「うん。プレアデスって、なんだかとっつきにくくて」

 そんな、ゆったりとした時間。それでも、今日、25日の午前1時まで。そうおちおちしていられず、それを破ったのはさくらだった。


「告白の返事、もらってないね……」


「さくらって、凄いよな」

「……なんで?」

「俺の告白、返事だって思ってねぇもん。そうやって俺が意図したこと、全部掴んでる」

「そりゃ、たっくんの彼女だから」

「答えにはなってないけどな」

「でも間違いでも無いじゃん」

 ふいに、昴が止まった。


「私ね。驚いてるんだ。私の妄想が実現して」


 ……え?

「驚いてるよね。そりゃそうだもん。たっくんは、私の妄想だもん、突然こんなこと言われたら、驚くよね。けど、これだけは言って置かないと、気持ちに区切りがつかなくて。

……あは、自分勝手だよね。ごめん」

「待て、さくら。さくらが、俺の妄想じゃないのか? 俺が、妄想の世界に飛ばされて、そこでさくらと、出会ったんじゃないのか?」

「え? ど、どういうこと?」

「俺は、さくらも、甘味処・やまなかも、山内地区も、大瀬川も、穂峰川鉄道も、穂峰川市も、全部、俺が妄想したんだ。俺は、全然、こんな和やかな世界と違って、みんながみんな、裏切りあい、利用しあう世界からきたんだ」

「それなら、ここだって一緒だよ。私だって、裏切られたり、利用されたりしたんだから」

「じゃあ、どういう……?」

 本当に、パラレル・ワールド、とか、そういうことなのか?

「ちょっと中二病入るけど……あれじゃないかな、異世界とか。たっくんと私、同じ事を妄想していて、それを哀れに思った女神様が、七夕よろしく、会わせたんじゃないかな」

「じゃあ、雨でも降ってたのか。怪しい参考書は黒色だからな。カラスの役目かな」

「……そこまで一緒なんだ。私も、黒の参考書を解いたら、たっくんと会えたよ」

「女神様、仕組みすぎだよな」

「本当だね」

 二人で、ちょっぴり笑う。

 互いに相手のことを、自分の妄想だと思っていて。

 けど、本当は、見たこともない、実在した相手を、世界が違っても、想っていて。

 だから、会わせてくれたんだ。キチンと勉強という仕事をすることで、二人の間に流れる天の川に、からすの橋をかけてくれたんだろう。

「それにしても、1年に一度、じゃないな、これ」

「……一生に、一度、かもね」

「女神様も、残酷だよな」

「ん……」

 シリウスの光で、さくらの瞳から涙が零れるのが分かる。

 もう、時間はない。

「さくら、今、告白の返事、して、いいか?」

「ほぇ……?」

 やっぱり、さくらの首を傾けるしぐさや、声が可愛い。

 きゅっと、抱きしめる。

「……これが、返事?」

「それだとさくらの二番煎じになるから」

 ひゅっと、唇を奪う。

 髪が舞い、柑橘系の、ゆずの、みかんの、香りが鼻をくすぐる。

 温かい肌を、柔らかい背中を、手で覆い、抱きしめる。

 やっぱり、さくらだ。

 唇が、温かい。舌とか入れるのは、今は野暮かな。

「遠くにある昴みたいにさ、向こうにいっても、さくらは見えるんだよ。

 だからさ、天の川なんて気にせずに、俺は、さくらを、想い続けるから」

「……遠距離恋愛続行宣言だね。分かりました、


 私も、想い、続けるから」


 その時、腕時計のアラームがなる。

 ぴりりりり。ぴりりり、と。

 そして、俺は、泣きながら、ふわっと、消えてしまったのだ。


「全部、あげちゃったな……」


 帰ってきた。

 25日午前一時。デスクライトだけが混沌とした自分の部屋を照らす。カーテンの外には寒い空が広がっていて。そこには、雪が降っていた。

 夢が、終わった。それが始まりの夢であるかは知らない。

 ああやって、さくらを想い続けると、誓っても、やっぱり、消えてしまった、ということに対する後悔があるのだ。

 あんな風にかっこつけたけど、本当に、さくらを見続けられるかな。そういや、RPGの英雄伝記「空の奇跡」だったか、別れるときに人が笑う理由をヒロインが言っていたな。思い出せない。けど、俺は笑えていない。泣いていた。

 ……止め止め。さくらと、約束したじゃないか。想い続けると。それにどうせ別れは来るのだ。結婚しようとも、死が二人を別つのだ。

 そう、心に刻んだ。


 朝は霞がかかり、世界と幻想の境が曖昧になる。起きても、やっぱり、俺のいる部屋は混沌とした部屋で、押入れに望遠鏡は無い。

 止め、っていったけどな。どうすりゃ、この気持ちは収まるんだろう。

 机の前に立つ。参考書が開かれていた。これを仕舞えば、もしかしたら、と思い、引き出しの奥に仕舞った。

 けど、収まらない。

 っ、俺、いいじゃないか、さくらが実在するって、妄想じゃないって、確証が得られて。夢なわけない。キスの感触だって、あんなにも甘酸っぱい匂いだって、温かい掌だって、今まで生きてきて、知ったことなんて無い。人はその中で夢を見る。つまり、元々知らない俺にそれを夢としてみることは無理だ。

 そうだ、これ以上望むな。

 さくらに、似合う男に、なろうじゃないか。

 

 それからというもの、僕は今まで以上に勉強の励んだ。

 いろんな、入試問題に手を出し、解けなければ理解できるまで先生を質問攻めにし、テキストを赤色に染め。

 あの気持ちが出てきたならば、それを原稿用紙に載せて、そこに封じ込めた、書いた髪は押入れに押し込む。

 書店では高校の問題集も買ったり、そして色々と学ぶのだ。疲れた。けども、さくらを想い続けること、これが一番成果として出やすいんじゃないか。そう思い、シャーペンを走らせる。

 目は虚ろだろうか、髪はどれくらい跳ねているだろうか、先生に何度鉄アレイで叩かれただろう、もう何も覚えていない。

「おい、達斗、やっと嫁さんが帰ってきたんだけどよぉ、家に帰ったら出張買取の人がきててよぉ、全部のディスク持ってかれたぜ……」

「先生、ここでどうして鉄球Aが鉄球Bよりも早くなるか理解できません」

「学年主任にあてれ……」

 担任が何を振ってこようとも。ただただ、質問攻めにするだけだ。なに、元々一人じゃないか。ただ、さくらを思うだけさ。それが、こうやって形に残せるんだ。

 なぁ。


 12月、1月、2月。あっという間に時は過ぎ、僕は推薦入試に合格して、あのラブ+プラスの制服な高校に受かった……まぁ、もうラブ+プラスの出来事なんて覚えていないけども。なんだっけ、さくら? っ、ちがうっつの。

 3月。卒業式を終え、誰にも呼ばれず、そっと、下校した。

 ……ふと、さくらが見えた気がした。

 ……俺も、疲れてきたか? そうだな、疲れたな。ボロゾーキンになるまで勉強したな。正直、高校行かなくても高卒認定とれそうな気がしてくるな。ただ、高校受験では、割と高校の知識、役立ったな。

 校門を出る時、ふいに、ひらりと、前を、紺のスカートが、穂山中学校の、スカートが見えた気がした。

 ……まぁ、騙されるのも、いいかもな。

 そう、俺は歩を進めた。

 スカートの影がちらりと見える、というのはずっと続いた。眼科にいった方がいいと思いつつ、その影を、追いかける。

 やっぱり、まだ、未練があるのかもな。

 想い続けるといっても、やっぱり、さくらには、向こうの幸せを取って欲しい。二転三転する主張。はは、まるで政治家だ。いっそ、政治家にでもなるかな。

 のらりくらりと、追いかける。

 

 辿り着いた先は我が家だった。何故だろうか。いや、俺が幻覚を見ていて、家に帰るまでは、さくらにエスコートしてもらいたかったのかもな。

 玄関を開け、階段のところにも紺のスカートの一端は見えた。

 階段を上り、それは自室のドアのところに、ドアをあけ、中を見ると。

 机の上に、スカートが置かれていた。

 待て待て、俺はスカートが欲しい、訳じゃないぞ。

 そう思い、スカートを手に取ろうとする。けど、それは机の引き出しへ、隙間を通って滑り込む。

 …………。そっと、鍵を探して、差しこみ、開けた。

 

 怪しい参考書があった。スカートを上に乗せて。

 っ。ずっと、さくらに想いを伝えると、思って、頑張ってきたのに。こいつを見たら。それだけじゃすまなくなる。さくらと会えない世界なんて、とか、さくらと会えないならば、とか。途端にナイフを探し、頚動脈を掻っ切ろうとも思った。

 俺は、主人公じゃないから。さくらも、裏切って、利用されての世界に生きていても。それでも、俺は首を掻っ切ってしまいそうだった。こんな世界に神様なんてクソッタレだ、崩壊してしまえ。そんなことを伝えたいのかもしれない。そんな奴のために、さくらと俺が苦労する必要ないと、考えてしまう。

 けど、置かれたスカートが、俺の手首に巻きつく。

 ……はは。なんでスカートなんだよ、やっぱり。もうちょっと、自殺を止めるにしても、まともな手段は無いのか。それこそ、俺はさくらとさえ会えれば、そんなことしないのに。世界が違うだけで、それを移すだけなのに。それくらい、簡単だろ。テキストが必要なら。いくらだって、俺が作り出すのに。

 そんなこともできないこんな世界、滅べよ。もう。

 そう思って、いろんな不満が渦巻いていると、スカートがちょっぴりたなびく。その瞬間、強い風が巻き起こった。

 オズの魔法使いか? そんな感じで、どっかに飛ばされたい。俺も、何か抜けているわけだし。

 けど、その強い風は、俺に参考書を投げつけた。

 っ。

 唇を、強くかんだ。

 重力に従って、参考書が落っこちる。開いたページは、最終章の最後。俺が、さくらに最後、好きだ、と、さよならを言うために使った片道切符の次のページ。

 ただの、黒色。だと、思っていた。白で、文字が描かれていた。


「もしもあなたが。望むなら、えいえんの片道切符を差し上げましょう。

 それに見合う、想いを載せて

 それを、ここに張り付けよ」


 ……手が、震えた。さくら、と声が出た。

  貼り付けてやろうじゃないか。ずっと、ずっと、好きだったんだから。この気持ちを抑えるため、紛らわせるため、そして、さくらへの想いとして残せるものとして、今までやってきたんだから。

 中学の参考書、高校の参考書、そして、押入れに仕舞いこんだ、さくらへの気持ち。

 全部、俺の綴った想い。床の上に城を造り、それがバベルとなり、さくらの元へ行く。

 ふわっとした感覚が、俺を天へと届けた。


「……くん、たっくんっ」

 どこからか、俺を呼ぶ声が聞こえる。

 うっすらと、目を開く。暖かな昼の陽光が差しこみ、まぶしい。

「……さくら?」

「っ! そうだよっ、たっくんが好きな、さくらだよっ!」

 がばっと、お日様の香りと一緒に、甘酸っぱい匂いが包む。

 どこだろう、ここは。足元にはタンポポが生えたり、芝が生えたり、白い花が生えたり。遠くにある堤防にはサクラが咲き誇る。

 ……エリュシオン? そうだよな、ギリシャ的に見たらエリュシオンこっちだよな、って、死んでねぇよ。

「なあ、さくら。事情を説明してくれ」

「えー……凄い、言いづらいというか、あの時から、時間が止まっていたというか」

「俺も時間が止まっていたからおあいこだよ」

「……ずっと、勉強してて、たっくん、勉強できるから、同じ高校行きたいし、その、形に残る形で、想いを残したいから、たくさん勉強して。卒業式の日に、なぜかたっくんの学ランが見えて、ついていったら、参考書があって」

「最初の出会い方といい、それの理由といい……どこまで似たもの夫婦なんだよ、俺ら」

「っえ、た、たっくんも、一緒?」

 さくらの十八番おはこ、首かしげ! って、落ち着け。

「なぁ、さくら、俺、」

「帰って、きたよ。私のテキスト20冊分なんだから」

「奇遇。俺も20冊くらい」

「計算したら、寝ずにやってるレベルだったよ」

「まあ、想い続けることはずっとだからな」

 二人で、くすりと笑う。二人が3ヶ月前に離れてしまった、河川敷の場で。さくらはあの時よりも、体的にはちょっぴり成長していて、正直おっぱいは大きくなってるんだろうな。

 中身は、どうだろう。まあ、これから知ればいいか。

「そういやさ、これ、どうしてこうなったとか分からないよね」

「現代の科学も万能じゃないんだろ」

「……あっ、これがワームホールの入り口だとすれば、異世界間なら行けるんじゃない? マルチバース、多次元宇宙っていうし」

「さくら、ニュートンとか読んだだろ?」

「たっくんだって読んでた類でしょ?」

「そりゃ、高校の物理とか理解しづらいし。あれ、分かりやすいし」

「だね。まあ、一番の謎は、どうしてこんな話になってるんだろ、ってことだけどね」

「会話って、そういうものだろうよ」

「ま、ね」

 今度は、声を出して大笑い。俺とさくら。本来は繋がらないところを無理矢理つなげてできた、夫婦。

 

 ふいに、柔らかな甘い風が吹いた。すーっと、鼻で息を吸い込むと、甘酸っぱい香りがした。これからも、ずっと吸い続けるだろう、甘酸っぱい香りが。


(了)

昔書いた奴をちょこっと手直しして載せてみました。正直詳しくは覚えてないです。

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