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高山遥の願い事 上

作者: てづこー

『高山遥の願い事』


    

一章・卓越した能力


病室から見る風景はいつもセピア色だった。

俺、高杉恭一は若くして大病に冒されていた。そのため、約1年間の入院を余儀なくされ、この407病室の住人として生活していた。高校生の俺にとって、1年という時間はとてつもなく長く、心が腐りそうになったことも何度もあった。だが、そんな俺が完全に心を閉ざさなかった理由が一つだけあった。

それは――――

「恭一、お見舞いに来たよ」

「ああ、いつもすまないな」

週に1回、金曜の午後5時に必ず俺の見舞いに来る幼馴染。高山遥。

この幼馴染の存在が、俺の生きる意味になっていた。

「恭一、元気?」

「ああ、そこそこな……」

 遥は俺の顔色を心配そうに見つめる。

 遥は今時の子にしては珍しく、素朴な優しい心の持ち主で、その一挙手一投足が俺の心を癒してくれる。

「そう、それなら良かった。なら、ほら、今日は前に話していた駅前のシュークリーム屋行ってきたの。食べてみる?」

「ああ、いつも悪いな」

 遥は俺のためにシュークリームを買ってきてくれたようだ。

そして、遥は持ってきたビニール袋をまさぐり、ベッドの近くにある机の上にシュークリームを並べ始めた。

「えっと、これが恭一の分で。これが私の分」

 遥はシュークリームを丁寧に机に並べる。

「じゃあ、食べよっか?」

「そうだな。いただきます」

俺はシュークリームを一口かじる。

「うん、美味しい………………ウッ」

遥の買ってきたシュークリームはたしかに美味しかった。このカスタードクリームは以前聞かされていたように、甘くて絶品だ。しかし、俺の弱った胃腸は拒否反応を示した。

「コホン、コホン……」

俺は少し無理をしながらクリームを飲み込み、皿の上に戻した。

「やっぱりまだ、食欲は戻らない?」

俺はよほど苦しそうな表情をしていたのだろうか、遥は心配そうな表情を浮かべている。

「ああ、悪いな。せっかく、こんな美味しい物、買ってきてもらって……」

「いいの。こっちこそ、ごめんね。無理して食べさせるような形になっちゃって」

そして、遥は申し訳なさそうに、俺の分のシュークリームを冷蔵庫にしまった。


ひと段落した俺たちは、いつもどおり世間話する流れとなった。

「遥、どうだ? 学校の方は?」

「まぁまぁ、かな?」

「そうか。なら、よかった」

「なによ、私だって、もう子供じゃないんだよ」

 俺は「そうか」と笑う。

 俺たちは少しの間、冗談めいた話をしていると、遥は少し真剣な表情になり始めた。

「どうした、遥? 難しい顔しちゃって。何か、悩みでもあるのか?」

「うん……その……なんでもないんだけど……」

 遥は急にもじもじし始めた。

「聞きたいことがあるなら、言ったほうがいいぞ?」

 俺が催促すると、

「うん……恭一いつごろ……退院できるのかなって………」

 と心配そうな顔で聞いてきた。

 それに対して俺は

「……ごめん……それは……まだ分からないんだ……」

 としか答えられなかった。

「……そう……なんだ……」

「でも、恭一なら大丈夫だよ! だって、昨日、私、恭一がいきなり元気になっちゃう夢見たんだもん。おまけに退院前よりもずーっと元気になっちゃって、凄かったんだから!」

 遥は沈んでいた空気を一生懸命明るくしようとした。

「そうか……ありがとうな……」

 

 遥がお見舞いに来て、一時間ほどたった。

「じゃあ、そろそろ、面会時間終わるし、帰るね」

 時間は面会時間終了5分前になっていた。

「ああ、悪いな。毎週」

「ううん、いいの! また、来るからね」

「ああ、楽しみにしている」

 遥は椅子から立ち上がり、荷物をまとめ終えた。

「それじゃあね」

「ああ、そっちも風邪とか引くんじゃないぞ?」

「分かっているって」

 そう言うと、遥は名残惜しそうに病室の扉を閉めた。


 遥のいなくなった病室は寂しかった。 

 また、一週間、無為に時間が過ぎていく。

 虚無感に苛まれた俺の心には途方もない寂しさ・無力感などが込み上げてくる。

「くそ……なんで……俺ばっかり、こんな目に……」

 俺はこみ上げてくる感情をコントロールすることができなかった。この手のストレスは体には特に毒だ。しかし、俺は自分の気持ちのやり場を失っていた。

 

 しばらくふてくされていた俺は寝ることにした。

 経験上、これが唯一の解決策なのだ。まぁ、寝たあとも怒りが残っている場合もあるが、その場合は考えないでおこう。俺は大人しく、寝ることを選択した。


「ん、んん~」

ふて寝をしていた俺はベッドから体を起こし、伸びをした。

窓に目をやると、外は真っ暗だ。

「中途半端な時間に寝ちゃったからな……」

俺は昼間に寝てしまった後悔に苛まれた。さっき寝てしまったせいで、これからしばらくは寝られないだろうな。だが、これからずっとベッドの上で起きているというのも退屈で仕方ない。何か、いい暇つぶしはないだろうか……?

「あ、そうだ!」

 俺はかねてからやりたかったことを思い出した。

「夜の病院探索……してみるか……」

俺はかねてから夜の病院はどうなっているのか、と疑問を持っていた。昼間は看護師や医師が慌ただしくしている病院だが、その夜の顔も見てみたい。

俺は自分の欲求を抑えきれず、ベッドから抜け、夜の病院探索をしてみることにした。


コツコツコツ。

夜の静かな病棟に俺の足音が響き渡る。

「う~ん、やっぱ、夜の病院というやつは物々しいものなんだな」

夜の病院は想像していた以上の雰囲気を出していた。

風で窓が動く音、どこからか響き渡る機材の音など、すべてが俺を驚かす。だが、同時に俺は自分の中の好奇心がどんどん膨らんでいることにも気づいていた。

「もう少し、もう少しだけ……」

恐怖心と好奇心が俺の心を支配し、俺はどんどん足を進めた。


「う~ん、やっぱり誰もいない……」

いつも利用している購買、来客用の待合室、受付窓口などへ行ったが、そこはもぬけの殻だった。

いつもは幾人もの係員がいる場所だが、時間が時間だけに誰もいない。

「誰もいないんじゃつまらないしな……」

俺はそろそろ戻ろうかとも考えた。

だが……。

俺は少し物足りない気もしていた。

せっかくだから、もっと普段では行けない場所に行ってみたい気もするが……。

そうだ!

俺はある場所を思いついた。

「せっかくだから、屋上へ行ってみよう!」

俺はこの小さな冒険の締めくくりとして、普段閉まっている屋上に行くことを決めた。

病院の屋上からは街の夜景が一望できるって聞くし、一度、見ておきたかったんだよな。

俺は意気揚々と屋上へ向かった。


屋上へ行く気満々の俺であったが、

「く……階段を使わなくちゃいけないのか……」

そこには困難が待ち受けていた。

どうやら、屋上へ通じる扉へ行くには階段を使わくちゃいけないらしい。

「しかし……仕方ないか……」

俺は大儀であったが、自分の持っている体力を振り絞って、屋上へ向かうことにした。


俺が屋上へ向かっていると――

コツコツコツ。コツコツ。

……! 誰か向かってくる!

二つの足音が俺の方へ近づいてきた。

「どうするか! ?」

悩んだ俺はとっさに隠れることにした。こんな時間にこんな場所に居たら、ほぼ間違いなく注意されるからな。俺はとっさに非常口の影に身を潜めた。

コツコツ、コツコツ。

足音がさらに近づく――

「森口先生、どうでした? 今日のオペは?」

「ああ、結構しんどかったけど、なんとかなったよ」

どうやら足音の主は夜勤の医者らしい。

「そういえば、森口先生。最近、ゴルフの調子はどうです? 100切りました?」

「いやいや、全然。下手の横づきでやっているけどね。スコアはさっぱりだよ」

「そうですか。森口先生でも上手くいかない物があるんですね?」

「はっはっは。口が上手だね、君塚くんは」

 上司と部下だろうか? 明らかなゴマすりだった。

「そういえば、あの407号室の患者さん、様態はどうです?」

「ああ、あの患者さんね。やっぱり、難しそうだね……」

……って、407号室の患者って……もしかして……俺じゃないか! ?

「そうですか……」

「ああ、今は割と安定しているけど、これから厳しいかもな。何とかしてあげたいけど、現代医学ではあれ以上はどうにも出来ないよ。……もって、あと3ヶ月かもしれない……」

「そうですか……若いのに……残念ですね……」

消え入るように話すと、足音はそのまま消えていった。

そして、俺は――

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

絶望した。

「嘘……だろ……」

俺の目からは涙がポロポロ出た。

「もうダメななのか……」

俺は立つ気力もなくなり、その場に膝から崩れ落ちた。俺の頭の中にはもう「死」という一文字で埋め尽くされていた。


放心状態だった俺は屋上へ向かった。

だが、俺が屋上へ向かう理由は当初の目的と変わっていた。

それは――

「もう、死ぬしかない……」

俺は自らの命を絶つために屋上へ向かうことにした。


「うっ……あと一段……」

俺は言うことのきかない身体を引きづりながら、這うように屋上への階段を登った。

「はあ、登りきった……」

 俺はなんとかして、屋上の扉へたどり着くことができた。

「あとは、この扉を開けるだけだ……」

俺は扉のドアノブを回し、扉を開けようと手をかけた。

「重いな……」

屋上へ続く扉は重く、俺は全体重をかけて扉を押した。

ギイイイイイイ。

扉はどうにか開き、俺は屋上へたどり着くことができた。

「ふう、やっと、屋上へ来られたか……」

ビュウ。

屋上へたどり着くと、冷たい夜風が俺を歓迎した。


「寒いな……」

 俺は屋上からの夜景を見下ろしながら思った。

だが、そんなことはどうでもいいか……。

「どうせ、死ぬんだからな……」

俺は自分の死を覚悟した時から、五感に関する感覚がどうでもよくなっていた。

「さあ、はじめるか……」

俺は屋上の端まで歩き、フェンスによじ登った。フェンスを登ろうとすると、足にフェンスがあたり、ガシャガシャ大きな音が鳴る。

「くそ……不自由な身体め……」

この体でフェンスによじ登るのは大変だった。フェンスの中腹まで登ると、手がしびれ、全身に痛みが走る。

「くそ野郎……この程度で……だが、登りきってやる……」

俺は体に鞭打ち、気力のみでフェンスをよじ登った。


「ハァ……ハァ……」

俺は肩で息をしていた。

「どれだけ、体力が無いんだよ……」

俺はこの程度のことで音を上げている自分の体が嫌になった。

「だが、こんな体とももうお別れか?」

 俺は達成感と虚無感からか、自分で自分が分からなくなっていた。


「俺の人生は今日ここで幕を閉じる」

 俺は10メートルほど離れた地上を見下ろしながら宣言した。

「さあ、あと3歩だ……」

俺は右足を動かし、一歩踏み出した。

俺の前眼にはこの街の夜景が映った。

俺は左足を踏み出した。

俺の足の下に冷たい地面が顔を覗く。

あと一歩だ……。

ゴクン。

あと、一歩踏み出せば俺の人生は終焉を迎える。

俺の足は震え、恐怖で顔も強張り、いつの間にか涙が出ていた。

だけど……もう一歩、もう一歩だ……。

俺はすり足で屋上の一番端まで近づき、自分でカウントダウンを始めることにした。

3秒後だ。3秒後に飛ぼう。

……。

「――――! ?」

俺の頭の中に何かがちらついた。

なんだ? こんな時に……。

くそ、今、頭の何かに何かがよぎったせいで躊躇ってしまった。

もう一度、カウントダウンだ。

……。

「こら、やめんか!」

「――――――! ?」

なんだ? 

「おい、そこの若いの。自分の命を投げるにはちょっとばかし早くないか?」

「え?」

俺の目の前には長い髭を生やし、杖をついたヨボヨボのじいさんが立っていた。驚くことにこのじいさんは俺の後ろから声をかけたのではなく、俺の前に立っているのだ。つまり、空中に立っているということなのだが……。

「えっ、あんた……そこ……地面がないぞ?」

「ああ。そうだ。わしは浮いている」

「――なんでだ?」

「それはな、わしが神だからじゃよ」

「は?」

「どういうことか、かわけが分からなそうな顔じゃな」

「――あっ、当たり前だろ」

「まぁよい。ところで、そなた、ここで命を終わらすつもりじゃったのだろう?」

「ああ、そうだが……」

もうわけが分からなかった。

なぜこのじいさんは浮いている?

なぜ、気配もなしにいきなり現れることができた?

そもそもこのじいさんは何者?

俺の頭の中はパニック状態だった。

「そなたが死のうとしていた理由は分かる。そなたはあと3ヶ月の命だからのう。そのことを知って、自暴自棄になったのじゃろう」

「……ああ、そうだ。だけど……なんでそんなこと知っているんだ?」

「だから、さっき言ったじゃろ。わしは神じゃからな」

……え? コイツ、頭大丈夫か?

さっきは、驚きのあまりスルーしてしまったが、あまりに胡散臭すぎる。

 俺は何が何だか分からなかったが、とりあえず何か聞いてみることにした。

「ところで、神様とやら。なんで俺の前に現れたんだ?」

「そうじゃ、それはの……」

「それは?」

「おぬしに、素晴らしい3ヶ月をプレゼントしようかと思ってな」

「え……どういうこと?」

俺の頭の中にマテナマークが浮かんだ。

「わしは、おぬしをパワーアップさせる。3ヶ月限定でな」

「………………?」

 俺の頭の中のハテナマークは未だに消えない。

「つまりな、お主は明日からやりたいことを自由にできる体になるんじゃぞ。ハッピー、ラッキーじゃな?」

「はあ……」

「まぁ、自分で実感してみるがよい。そなたは明日から頭脳明晰、運動神経抜群のスーパーマンになるからの」

「……………………」

 おっさんの言っていることは訳が分からなかった。

「なぁ、俺はあんたの言っていることがにわかには信じられないんだが……」

「まぁ、そうじゃろうな。今のお主に信じろっていう方が難しいからの。まぁ、明日になったら何もかも分かるじゃろう」

「……………………」

「じゃあ、もう自殺なんてしようとするんじゃないぞ。さらばじゃ!」

「お、おい!」

 俺が呼び止めようとしたが、神様は煙のように消えてしまった。

「なんだったんだ……いったい……」

 俺は未だに自分の身に何が起こったのか理解出来なかった。

 だが、話を整理すると、俺は明日から普通の生活ができるわけだよな、それもパワーアップして。

 しかし――

「……なぜ俺にそんなチャンスをくれるんだ?」

俺は誰もいない屋上で呟いた。

いきなり、何の脈略もなく現れた神を名乗る男。奴は何の目的で、何の見返りを求めて、俺の前に現れたのか――。

「――それはじゃな。おぬし、飛ぶ前に、何を思い浮かべた?」

「おっ、おおおおおおおおおお」

神は再び現れた。

「なんじゃ、騒がしい」

「だって、いきなり現れたから……」

「そなたが呼び止めたのじゃろ?」

「ああ、そうだったな」

 コイツに常識は通じないのか! ?

 まぁ、自分で神とか行っている時点で通じないか。

「話を戻すぞ。そなたは飛ぶ前に何を思い浮かべたんじゃ?」

 再び、問いただされる。

なにを思い浮かべただと?

たしかに俺は飛ぶ前、何かが脳裏に浮かんで飛ぶのをためらったが……。だが、神頼みなどはしていないはずだ……。

「俺が何を思い浮かべたか、それが関係あるのか?」

「ある!」

神はキッパリ断言する。

「…………俺が思い浮かべたのは……遥だ…………。飛び降りる直前、あいつの顔が脳裏に浮かんじまった。あいつは、俺にいろいろしてくれたのに、俺は何も出来なかったってな…………」

「そうじゃ。そういうことじゃ」

どういうことだ? ますます意味が分からなくなくなったぞ。

「遥とじいさん……何か関係しているのか……?」

「関係大アリじゃ! あの子はな、毎日わしの神社まで来て、そなたの快方を祈っていたのじゃ。ワシは、その健気な姿に心打たれてなー。だからな、もしお主が、あの子のこと強く想ったら、わしはそなたを回復させようと思っていたのじゃ」

「そうか……」

「そうじゃ。ちなみに、ワシはお主のことはどうでもいいと思っておる。あの遥とかいう娘のためだけに、そなたを復活させるのじゃ。」

「ああ、そうかい」

「まぁ、とにかくわしの話が本当かどうかは、明日になってみれば分かる。今日はゆっくり休むのじゃ」

「ああ」

俺は終始混乱しっぱなしだったが、とりあえずこのおっさんの言うことを信じることにした。そして、俺は飛び降りることを諦め、大人しく自分の病室のベッドに戻った。


翌日。

あのじいさんの言っていることは本当だったのだろうか?

今もなんとなく体は重いし、とても健康体になったとは思えない。

まぁ、徐々にということなのだろうか? 

それとも、やはりあの話は何かの間違いだったのだろうか?

半信半疑の俺は体をほぐしながら考えを巡らせた。

「高杉さん。ごはんですよー」

俺のかかりつけのナースが今日も愛想よく、俺のベッドにやって来た。

「はい、いつもありがとうございま――」

「――って、高杉さん。どうしたのですか? パジャマが汚れていますよ」

「ああ、すみません。ちょっと……」

昨日、屋上に行って汚れたのだろう。俺は自分のパジャマの汚れを確認した。

「すみません。今、着替えるんで」

俺はパジャマのズボンを掴み、自分で下ろそうとした。

「あっ……」

俺は足を上げ、パジャマを脱ごうとしたのだが、ズボンのゴムが俺の足に引ってしまった。

「おっとっと……」

 俺の足はズボンのゴムに取られ、フラフラと体勢を崩しそうになった。

「大丈夫ですか? 高木さん」

 大丈夫ではなかった。俺の体はフラフラ揺れ、転倒寸前だ。

「やばい……」

俺の体はどんどんバランスを崩す。今の様態で転べば、体に致命的なダメージを残しそうだ。――しかし、もう転倒は避けられないだろう。

俺は被害を最小限にするため、受身を取ろうとするが、手がズボンに取られそれすら叶いそうに無い。

「ああああああああああ」

 俺は完全にバランスを失い、体が空中に投げ出された。

 ――――ヤバイ。

 しかし、そこで思いもよらぬことが起こる。

 空中に投げ出された俺の体に、どういうわけか急に力がみなぎってくるのだ。

 ――――何か出来るかもしれない。

 俺は自分の本能にすべてを委ねた。

「おおおおおおおおおおお」

 俺は体に力を入れた。すると、体が勝手に回転し始め――

 クルクルクルクル。

 ――なんだこれは?

 俺の体が勢いよく回転する。

 ドンッ。

 俺は勢いよく、足から床に着地していた。

 ――――なんなんだ、なにが起こったんだ? 俺は自分で自分が何をしたのか分からなかった。

 だが、今の状況を見ている限り、俺に怪我はない。

……とりあえず、良かったということなのだろうか?

 俺は一安心した。

しかし……周りの患者さんたちが全員こちらを見ている……。

それはそうか、こんな大きな音を出してしまったんだからな……。

「すみません。病院で大きな音出しちゃって……」

 俺は平謝りした。

ここは、病院だ。特にそういった騒音に敏感な人もいるかもしれない。

――すると、一人の患者が

「す、すごいよ……。君、体操やっていたの?」

となぜか俺を褒め始めた。

「いえ、体操などやったことないのですが……」

「えっ、本当? 今のまるでオリンピック選手みたいだったよ」

 は? ……オリンピック選手?

「君、今の前方伸身宙返り3回ひねりだよね?」

「えっ?」

 もう一人の患者が会話に入ってくる。

「私、10年間体操やっているけど、あそこまで完成度の高いやつ初めて見たなあ」

「はあ……」

なぜか、賞賛の嵐を浴びる俺。

そして、隣には呆れ顔の看護師さん。

「はあ、あなた。今日、退院する?」

「ははは。可能なのでしたら……」

俺は少し引きつった笑顔で返事をした。


翌日。

流石にその日、退院とはなら無かったものの、今日退院が決まった。

「それじゃあ、気をつけてね。無理しちゃダメよ」

「はい、お世話になりました」

掛かり付けの看護師さんが俺の退院を祝ってくれた。

「それにしても、あなたみたいな超回復初めて見たわ。いくら、若いとはいえ、こんなの考えられないわ……」

「ははは。きっと、医学では説明できないことってあるんですよ」

俺は少しお茶を濁した。

「そうね……。そういうこともあるのかしら……」

看護師さんは何か怪しいものを見るような目つきだ。

 だが、本当の話をしても信じてもらえないだろう。まぁ、言うつもりもないんだけど。

「それじゃあ、本当に気をつけて」

「はい、お世話になりました」

俺は小さい花束を貰い、病院を後にした。


「う~ん、どこに行こうかな」

病院を出た俺は街中を歩いていた。

俺にとっては久しぶりに見る町並みだ。普通の人にとっては何でもない風景でも、俺にとってはすべてが新鮮に見える。ゲームセンターにでも行こうか? それとも、本屋にでも行こうか? 1年前では当たり前だった寄り道も今ではとてつもなく楽しく感じる。ああ、自分の足で歩いて、自分の好きな場所に行くって、とても素晴らしいことなんだな。俺はこんな小さなことで涙が出そうになった。

「さあ、どうしようか……」

俺は久しぶりの外出ということで決めらあぐねていると――

ギュルル~。

腹の虫が鳴った。

そういえば、今日は病院で出される朝食しか食べていない。

「そうだな、腹ごしらいでもしようか」

俺は腹を満たすため、近くにある飲食店に入ることを決めた。


「いらっしゃいませ~」

俺は近くにあったファミリーレストランに入った。

店に入ると、かわいい制服を着たウェイトレスが元気よく挨拶をしてくれた。

「それでは、おひとり様。こちらの席へどうぞ~」

ウェイトレスは笑顔で俺を席まで案内する。

こんなにしっかり接客するなんて、よほど店の教育がしっかりしているのかな? それとも、この子が特別なのかな? 俺はそんなことを考えつつ、席に座った。

「それでは、お客様。こちらがメニューとなっております。ご注文はいかがなさいますか?」

ウェイトレスの女の子は俺にメニューを手渡す。

「本日のおすすめメニューは?」

「はい、ミックスピザとシーフードドリアになっております」

俺は取り立てて食べたいものが無かったので、勧められたものを食べることにした。

「じゃあ、そのミックスピザとシーフードドリア、あとオレンジジュースで」

「はい、かしこまりました!」

ウェイトレスの女の子は俺の注文をメモし、キビキビと厨房へ俺の注文を伝えに行った。

「可愛い子だなあ」

俺はついにやけてしまった。

ウェイトレスの制服や容姿が可愛いのはもちろん、その中に見え隠れする魅力的な笑顔が実に女の子らしい。


しばらく経って。

「お待たせしました!」

俺の元にミックスピザとシーフードドリア、オレンジジュースが運ばれてきた。

「ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい」

ウェイトレスの女の子はにこやかに聞いてきた。

営業スマイルとは分かっているものの……やっぱり、可愛い……。

俺は少しの間、見とれてしまった。


俺が食事をしている最中でも彼女はキビキビとフロアを歩き回る。

お客さんが来た時は「いらっしゃいませ」と元気よく挨拶をし、帰るときは「ありがとうございました」と丁寧にお辞儀をする。

きっと、いい子なんだろうな。妄想が止まらなくなる。

俺は自分でも気づかないうちに彼女の姿を目で追い、彼女の行動一つ一つに見とれてしまっていた。

そんな俺にある一つの疑問が湧いた。

彼女の名前は何と言うのだろうか? まぁ、彼女とお近づきになるのは難しいのは分かっている。だが、名は体を表すと言うし、どんな名前なのだろうか? 俺は自分の頭に湧いた疑問を払拭できず、彼女の名札を見ることにした。

えーっと……。……唯……?

下の名前だよな……? こういうところには苗字を記入するのが一般的だと思っていたけど、この店は違うのかな? 俺は深く考えないことにした。


「ありがとうございました~」

俺は料理を完食し、レストランを出た。

「さあ、どこに寄ろうか?」

 ゲーセン? CDショップ? 俺はいろいろ考えた後、

「よし、帰るか」

 帰ることにした。

「俺が退院して最初にやりたかったことはあれだからな」

 俺は自分の欲求に素直になることにした。

 そして、俺は入院中の荷物を一人暮らし用のアパートに放り込むと、ある場所へ向かった。


ピンポーン。

俺は家のインターフォンを鳴らした。

俺が退院後、最初にしたかったこと、それは――

「は~い、お待ちください」

ガチャ。

家の扉が空く。

「きょ、恭一!」

「おう、遥」

そう、これが、俺が一番やりたかったこと。

俺は幼馴染である高山遥の家を訪れたのだ。

「どうしたの? ……もう大丈夫なの?」

遥は心配そうに俺の体を見つめる。

「ああ、大丈夫だ。なんたって、今日、退院してきたんだからな」

俺はわざとらしく腕に力こぶを作り、元気さをアピールした。

「もう、バカ。なにやっているの?」

「ハハハ、でも最近体の調子がいいのは本当なんだよ。体はなんだか軽いし、食欲もかなりある。1年前以上にいいんじゃないかな?」

「もう、そんなわけないでしょ」

遥は俺の胸を軽く叩いた。

「でもさ、病気がよくなったのは本当なんだ」

「…………本当?」

「ああ」

「よかった………」

遥は目に涙を浮かべ、それを隠すように俺の胸に顔を埋めた。

「おい、よせよ……恥ずかしいだろ……」

 俺は口ではこう言いつつも、遥の匂いに居心地の良さを感じてしまい、抗うことは出来なかった。


翌日。

今日から俺は学校へ通うことになっていた。病院が、退院とともに学校側に連絡してくれたらしく、俺はすぐさま登校することとなったのだ。

「恭一! おはよう」

「ああ、おはよう」

通学路を歩いていると遥が話しかけてきた。

遥の家は俺の自宅のすぐ近くにあり、通学するのにも同じ道を使うので、時間が合えばこうして一緒に登校することもある。

「久しぶりだね。こうして、一緒に学校行くの……」

「ああ、久しぶりだな。悪かったな……。いろいろ心配かけたみたいで……」

「ううん……」

遥は少しうつむきながら言う。

どうやら、かなり心配をかけていたようだ。

「そういえば、俺って、何組に編入されるんだろ? 2年生になってから一回も学校に行っていなかったから、分からないんだよな」

俺は湿っぽい雰囲気を変えたいと思い、話題を変えた。

「恭一は1組だったかな。恭一、クラスに一回も来てないけど、名簿にはそう書いてあったから」

「なるほど……」

「……でね、じつは……私も1組なの……」

「……え? そうなんだ」

「うん。だから、今日からクラスメイトなんだよ」

「そうか……! じゃあ、いろいろ聞くかも知れないから、よろしくな!」

「うん!」

遥は笑顔で返事をしてくれた。


ガラッ。

俺は教室の扉を開け、約1年ぶりに教室へ入った。

教室にいたクラスメイトと思われる人たちからは、「誰? 違う学年の人?」といったヒソヒソ声や「転校生? なんだよー、転校生はミステリアスな美少女と相場が決まっているのに……」といった落胆の声が聞こえる。

「恭一、こっちの席だよ」

「ああ。今行く」

遥は俺を手招きして席に誘導してくれた。

「ここが、俺の席なのか?」

「うん、そうだよ」

 遥はニッコリと笑い、首を縦に振った。

「これが俺の席か……」

俺は自分の席を確認し着席した。机は少し埃を被っており、しばらく誰からも使われていなかったことが伺い知れた。

俺が席に着くと、クラスメイト達は「なんだ。もしかして、長期入院していた高木とかいうやつか」「そりゃ、この時期に転校生は来ないよなー」など勝手に解釈して俺への興味を無くしていった。


俺は椅子に座り、久しぶりの教室を懐かしんでいると、

「おう、高木か。久しぶりだな。体、治ったのか?」

「ああ、久しぶりだな、橋本。お陰様で、体は大丈夫そうだ」

 1年生の時のクラスメイト・橋本直樹が声をかけてきた。

「そうか、治ったのなら何よりだ」

「ああ、とこでそっちはどうだったんだ?」

 休学中のクラスはどんな感じだったのだろうか?

「それがなー、お前が休んでいる間、俺は孤独だったんだぞ~。同じクラスだった奴が全然いなくてな。前期の俺は空気も同然だったからな」

「ははは。そうなのか。まぁ、これから同じクラスなんだから仲良くやろうぜ」

「お~、心の友よ~」

 橋本はよほど寂しかったのだろうか、俺に抱きつき涙を流した。

復帰早々、あらぬ噂が立たなければいいが……。

 

 しばらくして、担任の高島先生がやって来た。

「はーい、みんな席について」

 これから朝のHRが始まるようだ。 

高島先生はパンパンと手を叩き、喋っている生徒や出歩いている生徒を着席するように促した。

「えーっと、今日は皆に大事なお知らせがあります」

ざわざわ、となる教室。

……俺のことだろうか? そういえば、今朝、職員室に行ったときに朝のHRで軽く自己紹介してって言われたもんな。俺は自分の名前が呼ばれるのではないかと、軽く身構えた。

「なんと! ついに! クラスの悲願であった……」

 ん? クラス全員が集まることが悲願であったのだろうか……? 

「……クラスの悲願である……バナナがおやつに含まれないことが職員会議で決まりました!」

「え? マジかよ! ?」

「本当、この日を待っていたの!」

 ワァーと盛り上がる教室。

え? バナナがなんだって?

というか高校生で遠足とかあるのか? 俺は小一時間くらい混乱しそうになった。


「こほん。では、本題に戻ります」

 高島先生は落ち着き払った様子で仕切りなおす。

 さっきのは、なんだったのだろうか? ……嫌でも気になってしまう。

「えー、今日はクラスのみんなに、もう一つ大切なお知らせがあります」

高島先生は俺に視線を送り、ウインクをしてきた。今度こそ、だろうか……?

「えー。今日からこの2年1組に新たな仲間が加わります。高木君です」

 先生は俺をクラスメイトに紹介した。

「ど、どうも……」

「じゃあ、皆に紹介したいからこっちに来てくれるかな?」

 高島先生はクイクイと手を動かし、俺を教卓の前に来るように誘導した。

 いわゆる自己紹介を皆の前でやれということなのだろうか?

 俺は先生に促されるまま、教卓の前に立った。

「じゃあ、高木君。自己紹介お願いね」

「はい」

 俺は黒板に「高木恭一」と書き、自己紹介をすることにした。

「えーっと、先生からも紹介があった通り、本日からこのクラスでお世話になる高木恭一です。ご存知の方もいると思うのですが、長期入院をしており、復学という形で戻ってまいりました。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 俺はなるべく角が立たないように自己紹介を済ませた。

 ……これで大丈夫だよな? 俺は周囲を見渡した。

 すると――

 クラスメイトたちは、真面目そうだとか不真面目そうだとか、頭良さそうだとかバカそうだとか、モテそうだとかキモそうだとかいろいろ言っているようだった。

 無事自己紹介を終えた俺はなるべく済ました顔で席へ戻ろうとすると、先生がある一言を発した――

「じゃあ、分からないこととかあったら……、そうだ! クラス委員の高円寺さん、よろしくねー」

 先生はクラス委員の高円寺を俺の世話係に任命した。

「は、はい……。ですが、先生……」

「ですが……なに?」

「い、いえ……、何でもないです」

 高円寺という女生徒は何か言いたそうだったが、しぶしぶ先生の指示に従った。


HR終了後、俺はクラス委員の高円寺に学校案内をしてもらった。

「えーっと、分かっていると思うけど、こっちが視聴覚室よ」

 高円寺はクラス委員らしく、俺に学校の案内をしてくれる。

「で、こっちが、生徒会室よ」

「なるほど、こっちにあったんだねー」

 俺は知っていたが、今初めて知りましたという風に調子を合わせる。

 生徒会室? 知っていますけど。という顔をするよりは、知らなかった、教えてくれてありがとう、といった体で話を進めたほうが、お互いこれから気持ちよく過ごせると思うからな。

「生徒会室か。じゃあ隣のあの教室は何の教室? 何か機材があるみたいだけ――」

「じゃあ、案内するべきところは全部終わったから」

 俺が話を広げようと質問すると、高円寺は勝手に学校案内を終わらせてしまった。

「おい、ちょっと……」

「なに……? もう案内する場所は無いはずだけど?」

「そうじゃなくてなくて……」

「そうじゃなくて、なんなのかしら?」

「こういう学校案内って、教室の場所を覚えるのもそうだけど、これから仲良くしましょうね的な意味合いもあるわけじゃん? だからもっと、親しい感じでやって欲しいんだけど……」

 さっきから、言おうと思っていたのだが、高円寺の学校案内は本当に学校を案内するだけで、全然心が篭っていないのだ。

「どういうことかしら、高木君?」

「ほら、俺たちこれから同じクラスでやっていくわけじゃん。だから、もっとフレンドリーな感じを期待していたんだけどさ……」

「……ふーん、そうね。でも、私はそういうの苦手だから。そういうのを期待するんだったら、他の人を当たってくれないかしら?」

 なぜだろうか、高円寺という女生徒は俺を拒絶する口ぶりだ。

だが、俺はそれでも食い下がることにした。

「いや、そんな連れないこと言わないでさ。俺は高円寺さんとも仲良くなりたいんだよ。な、そんな鉄仮面みたいな顔じゃなくて、もう少し笑顔になってくれない――」

 すると、高円寺の顔色が急に変わり

「――――っ! どうして、私がそんなことしなくちゃいけないの!」

 と激昂した。

「いや……そうだけどさ……」

 俺は激高した高円寺に戸惑いを隠せなかった。

「……その……大きな声出してごめんなさい。……とにかく、私はそういう馴れ馴れしいのはごめんなの!」

 高円寺は吐き捨てるように言うと、足早に教室へ戻っていってしまった。


 その日が終わり、放課後になった。

「恭一、一緒に帰ろっか?」

「ああ、もちろん」

 俺は特に用事もなかったので、遥と一緒に帰ることにした。

「ねえ、今日の学校はどうだった?」

 遥は帰り道の道中聞いてくる。

「ああ、まずまずという感じだよ」

「そう、ならよかった」

 遥は一安心といった様子だ。

「ああ、それとさあ」

「なに?」

「高円寺っているじゃん?」

「うん」

「なにか、俺、気に障るようなことしたかなあ? なんか、距離を取られている気がするんだけど……」

 俺は今日のことが少しばかり気になっていた。

「うーん、やっぱり、恭一もそう感じた?」

「あっ……ああ……」

 この話の流れだと、高円寺は俺以外にもそういう態度を取っているということなのだろうか?

「彩子ちゃん、本当はすごくいい子なんだけど、初対面の人、特に男の子に慣れていないらしくって、素っ気ない態度をとっちゃうことがあるみたい」

 彩子って、高円寺のことだよな?

「そうなのか……。じゃあ、特段俺が嫌われているってわけじゃないのかな?」

「うん。そうだと思う」

 良かった。俺はホッと胸をなでおろした。


翌日。

「えー、あと1週間後には中間テストですので、みなさんしっかり勉強しておきましょう」

「ええええー」

 高島先生のテスト予告に教室ではブーインが巻き起こった。

「それと、3週間後には生徒会長選挙があります。立候補を考えている人は早めに生徒会室で手続きを済ましてくださいね」

 高島先生は朝の連絡事項を説明し終え、プリントを配り始めた。

 すると――

「おいおい、高木。俺も生徒会長選挙に出てみようかな?」

 後ろの席の橋本がありえない話をしてきた。

「本気で言っているのか?」

「ああ、マジだよ。それでさ、学校の権力を握ってさ、ハーレム作って……」

 橋本が妄想を始めた。

「……悪いことは言わない、やめておけ」

「な、なんでだよ?」

「お前と全校生徒のためを考えたら、自然とそういう結論になる」

「…………」

 この日の話は盛り上がらずに終わった。


 放課後。

 遥は委員会があるということで、俺は一人で帰ることにした。

「そういえば、遥が俺のために通っていた神社って、この学校の裏山にあるやつだよな?」

 俺は好奇心からか、そこへ行ってみようと思った。

 山を上って10分、俺は神社のようなところへ着いた。だが、それは神社というほど立派なものではなく、小さな鳥居とボロい小屋があるだけの殺伐とした場所だった。

「ふー、ここが遥の通っていた神社か」

 俺はその汚い境内を見渡し、辺りを歩き回った。特に、これといって珍しいものはなく、ただ廃れたところだなという印象しか抱かなかった。

「せっかくだし、お賽銭でもあげていくか」

 俺は財布にあった10円玉を取り出し、賽銭箱に投げ入れた。

 チャリーン。俺の投げた10円玉はしょぼい音を立てながら、賽銭箱の中に吸い込まれていく。

「なんか、寂しいところだな……」

 俺は帰ろうかと思った。ここに長居しても仕方ない。確かにここは山を少し登ったところにあるため、街全体が見渡せて気持ちいいのだが、虫が何匹もいて、体中が痒くなりそうだ。

「じゃあ、帰るか……」

 俺が背を向けると――

「ちょっと、待て!」

 誰かに話しかけられた。

「あ?」

 振り向いても誰もいない。

俺は空耳かと思って、帰ろうとすると――

「だから、少し待て!」

 どこからともなくおっさんの声が聞こえる。

「誰だ……」

 俺が辺りを見渡すと、汚い小屋の中からおっさんが出てきた。

そして、なんとそのおっさんは、俺が病院の屋上で出会った摩訶不思議な能力を使うあのおっさんだった。

「おっさん……」

「おっさんではない、神だ」

「分かった、おっさ……じゃなくて、神」

「ふむ、分かれば良い」

 俺は素早く訂正し、体裁を整えた。

「その……おっさ……神様……俺、聞きたいことがあるんだがいいか?」

 俺は、再びこのおっさんに会えたチャンスを有効に使おうと考えた。

「いいじゃろう、だが、その前に……」

「なんだ?」

「おぬし、賽銭が10円というのは少なすぎるじゃろ! この命の恩人に対する感謝の気持ちが10円じゃと? ふざけておるのか?」

 おっさんは、強欲だった。

「それと、お主の心の中ででおっさん、おっさんと連呼しておるのも分かっとる! わしは神様じゃ! 以後、おっさんと呼んだら、お主の質問には何も答えん!」

「すみません、神様。私めの不徳をお許し下さい」

 俺は高速で謝った。

「で? お主の質問とはなぞや?」

「その……この体が能力アップしていることは分かりました……」

「むふ、そうじゃな。今のそなたの能力はどの分野でも通常の人間3倍の力を誇る」

「それで……その……神様が以前おっしった3ヶ月という期限はどうにかして伸ばすことはできないんですか?」

 俺は必死の思いだった。パワーアップしたのはいいが、3ヶ月という期限はいくらなんでも短すぎる。

「ふむ、それは難しいの。じゃが……方法がないわけでもない」

「そうなんですか?」

 俺は後光が差してくる思いだった。

「教えて欲しいか?」

「ええ、是非!」

 俺は手を揉みながら神様に擦り寄った。

「う、現金なやつめ。まぁ、いい教えてやる」

 そう言うと神様はなにやらビンのような物を取り出した。

「これは高山遥の心の満足度を示すビンじゃ。幸せのビンと呼んでいるやつもおる」

「それが……俺の寿命と関係あるのですか?」

 そのビンは空っぽで、何も入っていなかった。

「ある! いいか、耳のかっぽじって、よーく聞け。お主の寿命はこのビンがすべて握っているといってもよい!」

「……はあ?」

 おっさんの話は唐突すぎてよく分からなかった。

「つまりじゃな。お主の力はこのビンからエネルギー供給されているのじゃ」

「はい……?」

 エネルギー供給? 何の話だ?

「そして、このエネルギー供給は3か月に1回起こる」

「……どういうことですか?」

 つまり……なんなんだ?

「察しが悪い奴じゃの。つまりじゃ、3か月後までにお主はこのビンを満タンにしないと寿命が尽きるのじゃ!」

「えええええええええええええええええええええ」

 俺は驚きの声を上げた。

 つまり、俺が生きるも死ぬもこのビン次第ってことだよな?

「じゃあ、その……ビンを満タンにするにはどうすればいいんですか?」

 俺は藁にもすがる思いで、神様につめよった。

「ええい、近づくな。気持ち悪い! ビンを満タンにするにはな、ただひとつ、お主が高山遥を幸せにすることじゃ!」

 遥を幸せにする? いまいち、要領を得ないが……。

「このビンは高山遥の満足度と相関関係があるのじゃ」

「……うん」

「つまり、お主が高山遥の願いを叶え、幸せな気持ちにすることで、このビンは満たされていく」

 ……! ……ということは……。

「つまり、俺はこの3か月、遥を幸せにするために動けと?」

「そうじゃ。寿命を延ばすには、高山遥を幸せにし、このビンを満タンにする。それしかない!」

「……なるほどね」

 俺は未だに頭を整理しきれなかったが、神様の言うことはだいたい理解できた。

「じゃあ、ワシはそろそろ眠くなって来たし、寝るかの……」

「おい、ちょっと待ってくれ」

俺の呼びかけ虚しく、神様は煙のように消えてしまった。


第2章 生徒会長選挙


 なんとなくヒンヤリし始めてきた10月の朝。

俺は通学路で遥と一緒になり、さっそく遥の願い事を聞いてみようと思った。

「なあ、遥。なんか、今不満に思っていることとか、こうなったらいいなって思っていることとかないか?」

 俺はそれとなく聞いてみた。遥の場合、事情を説明してしまうと俺に気を使ってしまうからな。あくまで自然に聞き出さないと……。

「え? どうしたの、突然?」

「いや、だから何か、こうなったらいいな、みたいな願いとかないのかなって?」

「うーん、今は恭一が戻ってきてくれただけで、充分嬉しいしな……」

 うー、なんていい子なんだ。……と、感動している場合じゃないな。

「いや、ちょっと、したことでもいいんだよ? ちょっとした」

 俺が催促すると、遥はうーんと言って、しばらく悩んだ後、

「強いて言うなら、彩子ちゃんのことかな?」

 と切り出した。

「高円寺がどうしたんだ?」

「彩子ちゃんね、……今度の生徒会選挙に出るらしいの」

「え? そうなのか?」

 へえ、こりゃ驚きだ。あのツンツンして、人当たりが悪そうな高円寺がね。

「うん、そうなの。でも、彩子ちゃん、あんな性格でしょ?」

「ああ」

 確かに人付き合いの悪い高円寺が生徒会長っていうのは……あれだよな……。

「だから、私も難しいっていうのはなんとなく分かるんだけど……」

「それでも、なんとか、生徒会長にさせてあげたいと?」

「うん、私も個人的に彩子ちゃんが生徒会長にさせてあげたいし、彩子ちゃんほど学校のことを考えている人もいないと思うの。だから、生徒会長に向いているとは思うんだけどね……」

「そうか……」

 だが、高円寺はあの通り、人との接し方に難有りってことなんだな……。

「でね、彩子ちゃんって本当はいい子なの。初対面の子にはあんな態度取っちゃうけど、私にはよく話しかけてくれるし、みんなに誤解されていて……」

「ふむ」

「だから、私、みんなが彩子ちゃんことちゃんと理解してくれて、それで彩子ちゃんが生徒会長になれたらいいなって思って……」

「なるほど、分かった」

 俺は一応遥の願い事を聞き出すことができた。

 

 教室に着いた俺は、さっそく、高円寺に話しかけてみることにした。

「なあ、高円寺。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

 俺はなるべく角が立たないよう言った。

 だが……

「なによ?」

 高円寺は露骨に嫌そうな顔をする。

「なあ、そんな嫌そうな顔するなよ、俺何か嫌われるような事したか?」

「いいえ。していないわ。けど、私に話しかけるのは必要最小限にしてもらえるかしら?」

 フン、とこちらをまとも見ずに、ツンツンする高円寺。

 やはり、人とのコミュニケーションに難有りって感じだな。

「ああ、じゃあ、分かった。必要最小限のことだけ言う」

「ええ、そうしてもらえると助かるわ」

「高円寺、来月の生徒会長選挙に出るつもりなんだろ?」

 俺が生徒会選挙についてに口走った瞬間――

「えっ? 本当?」

「嘘だろ? あの高円寺が?」

 クラス内でざわめきが起こった。

「ちょ、何言っているの! ふざけないで!」

 高円寺は顔を真っ赤にしながら、怒り出す。

「いや、でも生徒会長になりたいのは本当なんだろ?」

「ちょっ――いいから、黙りなさい!」

「いや、黙らない! 俺は高円寺が生徒会長選挙に出るつもりなら、応援するつもりだ」

「ふ、ふざけないで! 誰が、あんたなんかに応援してほしいもんですか!」

 高円寺は俺の顔を睨みつけ、教室を出て行ってしまった。


 昼休み。

 俺は橋本と一緒に屋上で昼飯を食べることにした。

 天気は今日も快晴で、屋上で飯を食うにはいい陽気だった。

 俺は購買で買ったコーヒー牛乳のビンを開け、橋本はパンの袋を破ると、

「なあ、高木。俺疑問に思っていたんだけど、学校で食う焼きそばパンって、なんでこんなに美味いんだろうな?」

 橋本はパンをかじりながら、聞いてきた。

「さあな、なんでだろうな」

 それは、単純に購買で売っているパンが美味いか、腹が減っているかのどっちかだが、俺は答えるのが面倒だったので適当に答えた。

 すると、橋本は

「なあ、高木、俺疑問なんだけどさ、なんで昼休みの後に古文の授業って多いんだろうな? それで寝るなっていうんだから拷問だよな?」

 まだ話を続けた。

「さあな、なんでだろうな」

たまたまだろ。まぁ、確かに昼飯後の古文は異様に眠い。

さらに、橋本は

「なあ、高木。なんでブルマって廃止になったんだろうな? これって、学校教育最大の愚行だよな?」

 まだ話をやめない。

「さあな、なんでだろうな」

 まぁ、体育は男女別なので俺はどっちでもよい。

「なあ、高木。なんで、俺って彼女いないんだろうな? いつもこんなに彼女欲しいアピールしているのに……」

 このループは終わらないらしい。俺はいい加減にこの流れを断ち切りたいと思い――

「それは、外見と内面の問題だろ。髪はボサボサ、Yシャツはしわくちゃ、清潔感の欠片もない。さらに、性格は強いものに媚びへつらい、弱い者には強く出る、そういう精神が見透かされているんじゃないか?」

「おい、そこはさあなって答える流れだろ!」

 橋本を追い込んだ。

 俺たちはしばらく馬鹿話を続けると、橋本が急に話題を変えた。

「なあ、それはそうとしてよ、朝の話本当か?」

「ああ、高円寺が生徒会長選挙に出るってやつか?」

 俺は朝のことを思い出しながら言った。

「ああ、それもそうなんだけどよ、高木が高円寺の応援をするってやつ」

「ああ、どっちもマジだ」

 ブッ、と橋本は飲んでいた牛乳を吹き出した。

「ま、マジだったのか! ということは、あれか? 高円寺の推薦人になるってことか?」

「えっ、推薦人って?」

 俺の知らないワードが出てきた。

「推薦人も知らないのか? まあ、高木は長期入院していたからな。推薦人っていうのはな、生徒会長候補者の推薦人だよ。候補者は1人以上推薦人がいないと、選挙に出馬できないんだ。そして、その推薦人っていうのは選挙で候補者を全面的にサポートするいわば、女房役みたいな者だ」

 橋本の話が俺の頭にどんどん入ってきて、俺はひらめいた。

「そうか、推薦人になればいいのか!」

 俺は立ち上がり、食べかけのサンドイッチを口に放り込んだ。


 放課後。

「高円寺、俺を高円寺の推薦人にしてくれ!」

 俺は思い立つとすぐに行動に移してしまう質だった。

「だめよ」

「なんで?」

「あなたが信用に足る人物じゃないからよ?」

「うっ……」

 ぐうの音も出ない……。

「じゃ、じゃあ、俺の他に推薦人をやってくれそうな人はいるのか?」

「……も、もちろんよ」

 なんだか、歯切れの悪い高円寺。

「誰なんだ?」

「それを知ってどうするの?」

「頼んで、変わってもらう」

「バカじゃないの?」

 高円寺は呆れた様子だった。

「というか、推薦員って1人じゃなくてもいいんだろ? もうなんでもいいから、俺を推薦人にしてくれよ」

「ダメに決まっているでしょ」

 高円寺は取り付く島もなく、足早に帰ってしまった。


 翌日の朝。

 俺は教室で高円寺を見つけると――

「なあ、高円寺」

「ダメよ!」

 速攻、拒否された。

「まだ、何も言っていないんだが?」

「言いたいことは分かっているわ。ダメよ」

 有無を言わさず、首を横に振る高円寺。

「まぁ、硬いこと言うなよ。俺は純粋な気持ちだけで高円寺を応援しようと考えているんだ。何か、目的があるとか、そういう考えは微塵もないんだ」

 俺は仏のような顔で言った。

「ますます怪しいわ。タダより高いものはないって言うし」

「じゃあ、報酬を貰おうか、高円寺が生徒会長になった暁には体で払って――」

「ダメよ、論外すぎるわ。もう、私に話しかけないで」

 高円寺は机を叩き、俺を睨みつけると、一切口を聞いてくれなくなってしまった。


 昼休み。

 俺は朝コンビニで前もって買ってあったパンを早食いすると、すぐさま高円寺の元へ駆け寄った。高円寺は一人で静かにお弁当を食べており、話しかけるには絶好の機会だ。

「なあ、高円寺、話があるんだが」

「また、貴方? いい加減、しつこいんだけど」

 高円寺は迷惑そうな顔をする。

「まぁまぁ、これで最後にするからさ」

「本当に? 是非、そうしてもらいたいわね」

 高円寺が一息つくと、俺は声を小さくした。実は、今回、俺には秘策があるのだ。

「実はさあ、俺がこうやって、高円寺にしつこく声をかけているのには理由があるんだよ」

「理由って、なによ?」

 俺は声をより一層小さくし、周りのクラスメイトに聞こえないくらいのボリュームで喋った。

「いやあ、俺みたいな転校生もどきってさあ、肩身が狭くてさあ、時にはいじられ役に撤しないといけないわけ」

「ふうん」

「それで、今回、俺が高円寺の推薦人になれるかどうかで仲間内で盛り上がっちゃってさ」

「へえ」

 高円寺は不愉快そうに頷く。

「だからさあ、俺も立場上引くに引けないわけ。だから、俺と高円寺が何か勝負して、それで、俺が負けたら手を引くっていうのはどうかな?」

 俺は無理矢理笑顔を作り、手を揉みながら言った。

「ふん、そんなくだらない勝負やるわけないでしょ?」

 やはり、な。

「でも、受けてくれないと、俺は立場上、選挙が終わるまで高円寺に声をかけ続けなくちゃいけないんだよ。それは、高円寺も迷惑だろ?」

「そうね」

「だからさ、絶対に高円寺が勝てるような勝負で俺を負けさせてくれよ。そうすれば、周りも納得するからさ」

「まぁ、一理あるわね。要は、私が何かの勝負であなたを完膚なきまでに叩きのめせばいいのよね?」

「ああ、そういうこと。理解が早くて助かるよ」

 俺が笑顔で擦り寄ると、高円寺は少し笑みを浮かべながら、

「じゃあ、今度の中間テストの順位で勝負しない? 高木も入院前はそこそこの成績だったんでしょ?」

 と自信満々に言った。

「え? そんなんでいいの?」

「ええ」

 高円寺はよほど自信があるのだろうか? 余裕綽々といった様子だ。

「よし、じゃあその勝負受けてやる! 俺が中間テストで勝ったら、俺が高円寺の推薦人になる。負けたら、諦める。それでいいな?」

「いいわ。精々、恥をかかないように勉強してくることね。それと、私が勝ったら、今後一切私に話しかけないって約束してもらえるかしら?」

 高円寺は害虫を振り払うように言った。

「ああ、いいぜ」

 こうして、俺は高円寺と中間テストで対決することになった。


 放課後。

 俺は遥と一緒に帰ることになった。

「ねえ、恭一。彩子ちゃんとテストで勝負するっていう話聞いたんだけど、本当なの?」

「ああ、そうだぞ」

 遥はなぜかすごく心配そうだ。

「恭一、彩子ちゃんって、毎回学年1位なんだよ?」

「え?」

 なんだって?

「ねえ、だから、恭一。恥かかないうちに、あんな勝負無かったことにした方がいいんじゃないの?」

 遥はより一層心配そうな顔で俺に話しかけてくる。

「……い、いや、大丈夫。入院中めちゃくちゃ勉強していたからな……」

 もちろん嘘だ。

「本当? でも、テスト範囲は授業でやった所だし……」

「そ、そうなんだ……。そうか、そうだったな。そう、確かに、これは不利な勝負かも知れない。だが、男には引けない時っていうのがあるんだよ」

 俺はドンと胸を張って言った。

「ばか……」

「え? なんか、言ったか?」

「なにも言ってないよ! ばか……」

「今、ばかって言っただろ?」

「言ってないよーだ」

 そうこう話しているうちに、遥の家の近くに着いてしまった。

 すると、遥が鞄を漁り始め、

「じゃあ、おバカな恭一にこれ貸してあげる。どうせ、まだあんまり勉強していないんでしょ?」

 遥がノートを貸してくれた。

「ありがとう……。悪いな……」

 俺は遥の優しさに感激しながら、ノートをカバンにしまった。


 翌日。

 中間テストまで残り4日となっていた。

 俺は何が何でも高円寺に勝ちたかったので、休み時間だろうと勉強をしていた。

「高木、勉強やっているな~」

 後ろから橋本が声をかけてくる。

「ああ」

「あれか、高円寺と対決ってやつはマジなのか?」

「ああ、もちろん。勝つつもりでいるからな」

「いや~、お前のその根性だけは素直に尊敬するわ~」

 橋本は茶化したように言ってくる。

「お前、俺が勝つなんて微塵も思ってないだろ? 後悔することになるぞ?」

「は? いやいや、高木が高円寺に勝つなんてありえないって、今の高木なら、俺にも勝負にならないよ」

 橋本はタカをくくっているようだ。

「じゃあ、橋本。お前も俺と勝負するか? 金をかけて」

「ああ、もちろんだ! 1年の時はあれだったが、入院していた高木など目ではない! その勝負乗った!」

「じゃあ、負けたほうが勝った方に1000円な?」

「いいぜ」

 俺はここでも勝負することになった。

 

 3日後。

 テスト当日になった。

「高木、昨日、勉強したか?」

 橋本がテスト前恒例の会話を始めた。

「ああ、もちろんバッチリだ!」

 俺が親指を立てて言うと、

「こういう時は、嘘でも、俺昨日勉強してね~、マジやべ~わて言うもんだろ! もし、万が一、勉強した宣言して悪い点数とったら、恥ずかしいじゃねえか?」

 橋本は真に迫った表情だった。

「今回の俺は、そんな保険をかける必要もなさそうだからな。それに、失敗したときのことを考えて行動する人間ってカッコ悪くないか?」

 俺はドンと自信を持って言っていうと、

「ん~、そうだな、言われてみれば……そんな気もしてきた……」

 橋本は俺の言い分に納得しだした。

「ああ、多少自信がなくても、どっしり構えていた方がいいよな? だって、最近のサッカー選手とかだって、ビックマウスが多いだろ? そういう選手って、有言実行でカッコよくないか?」

「ああ……、そうだな、そうだよな! そっちの方がモテるよな?」

 橋本はなぜか感銘を受けたような表情で同意を求めてきた。

「ああ、ビックマウスは(有言実行できれば)モテモテだ」

「よし! 決めた! 俺はビックマウスになるぞ!」

すると、橋本は「俺、今回自信あるわ~。昨日、超勉強したし~、孔子超えたわ~」などと吹聴しながら教室を回り始めた。

しかし、クラスメイト達は「あいつ、ついに気でも狂ったか?」「近づかないでおこうぜ……」などとヒソヒソ声で言って、橋本と距離を取り始めていた。

 

「は~い、それでは皆さん。筆記用具以外はカバンにしまってください!」

 テストが始まった。

 担任の高島先生がテスト上の注意を読み上げながら、俺達を見渡す。

「それでは、今からプリントを配ります。足りない人は手を挙げてください」

 前の席の人が俺にプリントを手渡し、俺のところにもテスト用紙が配られた。

「それでは、始めてください!」

 試験が始まり、俺たちは一斉に紙を表にする。

 さあ、勉強の成果は出るか? 俺は一心不乱に解答用紙を埋めだした。


 放課後。

 テストが終わり、俺は帰ろうとすると、今度は珍しく高円寺の方から話しかけてきた。

「高木、テストの方はどうだったの?」

 学年1位の余裕からか、高円寺は自信たっぷりといった様子だ。

「まぁまぁ、かな」

 正直、俺はかつてない手応えを感じていた。テスト中は手が止まることは無かったし、すべての科目で30分以上余らせてテストを終了させたからだ。

「ふん。自信あるのね。ところで、数学の最後の問題の答えはいくつになった?」

 高円寺がやたら話しかけてくる。

「確かX=6だったかな?」

「そう! あんたも、同じだったのね! ……じゃなくて、ふん、奇遇ね。貴方と同じなんて、吐き気がするわ」

 高円寺はなぜか言い直した。

「じゃあ、英語の最後の和訳は? いっ、一応、確認って意味で聞いといてあげるわ?」

 高円寺はフンと鼻を鳴らし、腕を組みながら聞いてくる。

「ああ、そこは、私はキャリア官僚だったが、天下りに失敗し、不遇な人生を送っているだったかな?」

「う……そうだったのね……じゃなくて、私もそんな感じだったわ!」

「そうなのか?」

 やたら強がっているように見せる高円寺。さっきから、忙しいやつだ。

「ふん、今回はいい勝負が出来そうだわ! 楽しみね!」

 そう言うと、高円寺は通学用のリュックを背負い、スタスタと教室から出て行ってしまった。


 放課後。

 テストが終わり、俺は遥と一緒に帰ることにした。

「ねえ、恭一」

「なんだ?」

「テスト……どうだったの……?」

 やはり、その話題か。

「ああ、結構出来たぞ。きっと、遥のノートのおかげだな」

「そ、そう。なら、いいんだけど……」

 遥は少しモジモジとした。

「じゃあ、ノート貸してくれたお礼にクレープでも奢ってやるよ」

「え? 本当?」

 目を輝かせる遥。

「ああ、じゃあ、あのチョコバナナクレープでいいか?」

「うん」

 その日の放課後はテスト終わりらしく、だらだら遥と過ごした。


 3日後。

 今日はテストの順位が発表される日だ。

 実は、もうすでに授業でテスト返却が済まされているので、皆なんとなく自分の順位が分かっているのだ。

 すると、ここにもう現実を直視した人間がいて――

「なあ、高木、やっぱり掛金100円にしようぜ?」

 橋本が妥協案を提示してきた。

「いや、それはダメだ。勝負は勝負だからな」

「そんな~。今週の昼は水とハッピーターンだけになっちまうよ~」

 高木はうなだれると、財布と何度も睨めっこを始めた。

 俺と橋本がそんなくだらない会話をしていると――

「おい、順位発表の紙が貼り始められたらしいぞ!」

 教室の中で誰かがそう叫び、教室は一斉にざわめき始めた。

「また、高円寺が1位か?」

「今回は100位以内にはいっているかなあ?」

「最下位、最下位だけは、勘弁だぜ~」

 いろいろな憶測が巻き起こり、俺は順位を確認するべく廊下へ走った。


 廊下ではちょうど順位の発表が行われたらしく、学年の全生徒500人の順位が発表されていた。

「俺は何位だ?」

 俺は順位を確認するために、掲示板をキョロキョロと見渡した。

 まずは、100番台だ。俺が入院する前はこのあたりをウロウロしていたからな。

俺は一通り、100番台の順位を確認することにした。

「……ん~、100番台に俺の名前はないな……」

 俺はホッと胸をなでおろし、ほかの順位を探すことにした。

 30番台には……俺の名前はない。

 20番台にも……俺の名前はない。

 10番台……にも俺の名前はない。

 俺は最後に一番左端のトップ10位の欄を見た。

高円寺と勝負する手前、ここに名前が無いと話にならない。願わくば、一番左に俺の名前があるといいのだが……。

 俺は右側から順に自分の順位を確認することにした。

 10位 ……

 ……

 7位 高山遥

 ……

 2位 高円寺彩子

 ……

 1位 高木恭一


 よしゃあああああああああああああああああああああああああああ。

 1位だ! 俺は見事中間テストで1位を取得した。

俺の合計得点は495点、高円寺の合計得点は493点。わずか、2点差ではあったが、俺は高円寺に勝ったのであった。

 そして、隣には、俯き今にも泣き出しそうな高円寺の姿があった。

「約束は、約束よね……」

 高円寺はそうつぶやくと、静かに教室の中へ戻っていった。


 教室に戻った俺は橋本に話しかけられた。

「いや~、まさか高木が1位を取るなんてな? 入院中に猛勉強していたのか?」

「まぁ、そんなもんだ」

 俺は特別な能力を手に入れたとも言えず、そう答えた。

「ところで、橋本は何位だったんだ?」

 まぁ、あまり良さそうな感じはしないのだが……。

「……えーと、497位」

「え?」

 橋本は会話の最後の方をかなり早口で言ったので、聞き取れなかった。

「だから、497位……」

「そ、そうか……。が、頑張ったな……」

 俺は橋本の度胸だけは認めることにした。

「じゃあ、約束は約束だから……」

 俺は橋本の財布から約束の1000円を強奪した。


 放課後。

 高円寺が俺に話があるということで、俺は空き教室へ行った。

空き教室に着くと、高円寺は3階の窓から校庭を見下ろしており、何んだか思いつめた表情だった。

「なんだ、話って?」

「分かっているでしょ? 推薦人の話よ」

「ああ、その話か」

 俺は一旦息をつく。

「分かった! 勝負は勝負だもんね。あんたが私の推薦人になりたいなら、なればいいじゃない? 私は今から登録用紙もらってくるから」

 高円寺はぶっきらぼうに言う。

「ああ、そうだな。でも、今更かもしれないけど高円寺がどうしても嫌だっていうなら、俺はやっぱり、強制できない」

「は? なに、いまさら? というか、あんた、誰かにやらされているんじゃないの?」

 高円寺はあからさまに不機嫌になる。

「ああ、その、俺がいじられキャラで無理に高円寺の推薦人をやらされているっていう話は実は作り話なんだ。全部、俺のでっち上げ。悪かったな、嘘ついて」

「え?」

 高円寺はびっくりした表情になる。

「じゃあ、なんで?」

「ああ。本当はな、俺は遥の願いを叶えたかったからなんだ。遥が高円寺を生徒会長にしたいっていうから、それで俺が勝手に高円寺を応援したいって思って……。悪かったな、勝手に俺のわがままに巻き込んじゃって。でもな、本当にそれ以外の目的はないんだ」

 俺は真実を話した。

「そう、なんだ……遥ちゃんがね……」

 俺たちの間に少し沈黙が流れる。

「でもさ、俺はやっぱり、高円寺がこの学校の生徒会長をやってくれたら嬉しいよ。だって、高円寺、人付き合いはあんまり上手くないけど、一生懸命クラス委員の仕事もしているし、勉強についていけなさそうな子に勉強を教えたり、かなりいい奴じゃん。だから、俺、どんな形であっても高円寺のこと応援するわ……」

「そう……」

 高円寺はバツが悪そうに下を向く。

「じゃあ、悪かったな、しつこく声かけちゃって。なんだかんだあったけど、俺、高円寺のこと嫌いじゃないぜ」

 そう言って、俺が立ち去ろうとすると――

「待って!」

 高円寺が俺を呼び止めた。

「なんだ? やっぱり、怒りが収まらないか?」

 俺はビンタの一発くらいなら貰う覚悟だった。

「やっぱり、あんたに推薦人やってもらうことにする!」

「え?」

 それは、予想外の答えだった。

「やっぱり、あんたは適任だわ。あんたになら、いろいろ遠慮なく雑務を押し付けられるし、転校生みたいなものだから敵も少ない。私は、あんたを推薦人にするわ!」

 高円寺はビシッと俺の方を指差して言った。

 俺は感極まり、泣きそうになったが

「そうか……なら、よろしくな!」

 俺は無理矢理明るい表情を作り、手を差し伸べた。

「ええ、期待しているわ。せいぜい、私を生徒会長にするために頑張りなさい」

 こうして、俺は高円寺の推薦人となった。


 翌日。

 俺と高円寺は生徒会選挙に出馬するための手続きに生徒会室へ来ていた。

「えっと、書類などに不備はなさそうね」

「はい」

 書類の手続きをしてくれるのは生徒会書記の望月さん。穏やかな姉さんといった感じの人だった。

「で、推薦人はこちらの高木恭一君かしら?」

「はい、高円寺の推薦人の高木です」

 望月さんは俺をまじまじと見たあと

「うーん、特に問題はなさそうね。これで登録しておくから」

「はい、お願いします」

 あっさりと、生徒会長候補のところにハンコを押してくれた。

「じゃあ、これが生徒会長選挙にあたっての資料だから、よく読んでおいてね。その中に、選挙で禁止されていることや、活動できる場所、日程、時間とかも書いてあるからきちんと目を通すのよ?」

「「はい」」

 俺たちは資料を受け取り生徒会室から出た。生徒会室はなんだか他の教室と比べて豪華な造りで、もし生徒会役員になれば、あそこを自由に使えるのかと、少し羨ましく思ってしまうほどだった。


 俺たちは廊下を歩いていると、急に高円寺が話を始めた。

「ねえ、高木」

「なんだ?」

「紹介したい人がいるんだけど、ちょっといい?」

 高円寺はなにやら訝しげに言う。

「えっ、紹介って……?」

 俺はゴクリと唾を飲んだ。

まさか……その……俺にも春が来たということなのだろうか? この屈折16年、高木恭一、この日を喉から手が出るほど待ち望んでいた。さあ、今まさにここから、俺の青春の物語の始まりだ。

「おう、いいぞ! どんと来い!」

俺は渾身のキメ顔を作った。

そして、高円寺は――

「ちょっと、あんた、なんか勘違いしていない?」

「え?」

「私が紹介するのは、あんたが推薦人やるとか言わなきゃ、その子にやってもらおうと思っていた子なの」

「ふ……なんだ……そうか、いや、もちろん、分かっていたぞ。ははは」

 き、期待しちまったじゃねーか。

「唯、ちょっと来てくれる?」

 高円寺が手招きをして誰かを呼ぶと

「はいはいー」

 元気な声の女の子がやって来た。

「うんと、この子は、高城唯。私の古くからの付き合いで、なんだかんだ一番なじみが深い子なの」

「へー、そうなのか」

 俺の目の前に高城唯という子が立つ。高城唯は背が少し低く、黒髪のツインテールという装いで、とても可愛らしかった。そして、笑顔がキュートで活発そうな印象で……ん? というか、どこかで見たことあるような――

「「ああああーーー」」

 俺たちはお互いに指を指してしまった。

「もしかして、あのレストランの店員さん?」「もしかして、あの時のお客さん?」

 俺たちは同時に言ってしまった。やはり、あの時の店員さんだ。

「もしかして、顔なじみ? なら、話が早いわね」

「まぁ、一度会ったくらいなんだけどな」

「ふーん」

 高円寺は俺たちに一瞥くれ、

「じゃあ、お互い、顔なじみかもしれないけど、自己紹介しましょ――」

「ちょっと、待って!」

 どこからか、聞きなじみのある声が聞こえた。

 俺はその方向を向くと――

「遥!」

 遥が珍しく、大きな声で俺たちを遮った。

「あら、遥?」

「遥ちゃん」

 遥は走ってきたのだろうか? 少し息を上げながら、やって来くる。

「ごめん! 私も一緒に生徒会室へ行きたかったんだけど、ちょっと委員会の用事があって……」

 俺たち4人が集まると、高円寺は改めて

「じゃあ、この4人で生徒会長選挙に出ましょう!」

「「「うん」」」

 俺たちはこの4人で生徒会長選挙を戦うことを誓った。


 翌日の放課後。

 俺たちは親睦を深めるのと、今後の活動についての話し合いをするために、空き教室の準備室に集まっていた。

「えっと、じゃあ昨日しそこなっちゃった、自己紹介から始めようかしら?」

 このメンバーの中で全員と繋がりのある高円寺が会話の口火を切った。

「ああ、そうだな。じゃあ、俺から。今回、高円寺彩子の推薦人にならせていただきました高木恭一です。遥とは幼馴染で、結構仲がいいです。俺は絶対に高円寺を生徒会長にしたいと考えていて、そのためなら手段を選ばないつもりです。どうぞ、よろしくお願いします」

 俺は言い切った。少し、過激だっただろうか?

「まぁ、いいわ。せいぜい頑張ってね。じゃあ、次、唯よろしく」

「はい、えーっと、彩子の幼馴染の高城唯です。遥ちゃんとは同じ美化委員で、お世話になっています。えーっと、彩子のことならなんでも知っていて、例えば、小学校の頃、彩子は木登りが好きだったんだけど、神社にある高い木に登っていたら――」

「はいはいはい、終了! そこで、終了よ! この続きを言ったら、怒るわよ? じゃあ、次、遥ちゃんお願いね」

 唯は何か不都合なことを言おうとしていたのだろうか? 高円寺は慌てて唯の自己紹介を終わらせてしまった。

「はい、高山遥です。私は、その……彩子ちゃんを生徒会長にしたいです……」

 短い自己紹介の後、遥は黙ってしまった。遥は俺の前だと、普通にしゃべるのだが、人前などでは引っ込み思案で、なかなか自分の意見を出せないタイプだ。

「じゃあ、私の番ね。私は高円寺彩子。この度、生徒会長選挙に立候補させていただきました。友達もあんまり多い方じゃないし、私のことあんまりよく思っていない人もいるかもしれないから、今回の選挙はあんまり自信がないのだけど……。でも、やっぱり、私は学校を良くしたいって思って、それで今回、立候補させていただきました。よろしくね」

 パチパチパチ。俺は思わず拍手してしまった。

 高円寺の自己紹介は思わず、引き込まれるものがあった。こいつ、もしかして、人前で演説する才能とかもあるのかな? そう感じてしまうほどだった。


 ひと段落し、俺たちは今後の方針について話し合うことにした。

「じゃあ、今回の選挙だけど、まず、誰が選挙の中心になる? もちろん、私を除いてよ?」

 高円寺が話を始める。

「う~ん、私はバイトと委員会があるからな~」

 唯は無理そうだ。

「じゃあ、遥は?」

「私は……自信があんまり……」

「そうよね……」

 これは誰もが認めることころだ。

「じゃあ、高木ね」

 高円寺はしれっと言う。

「おい! そうするつもりだったけど、一応俺の事情を聞いてくれよ!」

「嫌よ。時間の無駄じゃない」

「おい、そういう問題じゃなくてな?」

 こういうのには、段取りというものがあるだろ! ?

「じゃあ、高木で反対の人いる?」

「私は恭一くんで賛成だよ。だって、推薦人だもん」

「私も恭一で賛成かな。なんだかんだ、責任かもあるし」

「じゃあ、高木で決定ね」

「……まぁ、いいけどさ」

 どうやら、反対しても無駄のようだ。俺は諦めて高円寺を生徒会長にする責任者となった。


 翌日。

 俺たちは空き教室で、生徒会選挙の作戦会議を行うことにした。

「じゃあ、さっそくだけど、生徒会選挙に向けて、会議を行いたいと思う」

「ええ、いいわよ」

 俺は昨日、徹夜で読んだ『鳩でも分かる選挙入門』という本の内容を思い出し、話を始めた。

「さっそくなんだが、選挙に勝つために一番必要なものはなんだと思う?」

「うーん、当選したらどんなことをするかという選挙公約かしら?」

「候補人の人柄とかかな?」

「いやいや、お金だよ。お・か・ね」

 高円寺・遥・唯、それぞれが、自分の意見を言う。

「まぁ、もちろんそれも大事だと思うけどね。選挙で勝つために一番大切なのは知名度らしいんだ。投票する時、誰だか知らない人よりも、1回でも名前を聞いた人にいれるだろ? だから、まず名前を知ってもらうことが大切なんだ」

 3人は「なるほど」と言った様子で納得する。

「ええ、それもそうね。でもこの時期、私たちは何をするべきなのかしら? ビラ配りや演説などは投票の一週間前にならないと、出来ないことになっているけど……」

 確かに、生徒会室で渡された選挙規定書にはそう書いてある。

「ああ、それは分かっている。けど、だからって、選挙活動解禁の日まで何もしないっていうのも得策じゃないだろ? だから、この選挙活動が禁止されている期間は、生徒会長候補・高円寺彩子としてではなく、一般生徒・高円寺彩子として学校で知名度が上がるような活動するべきだと思うんだ」

「なるほど、一理あるわね……」

 高円寺は納得した様子で頷いた。

「はい、はい、はい。それじゃあ、どうやって彩子ちゃんを有名にするの?」

 唯が俺たちの間に割って入り、質問する。

「俺に考えが1つあるんだけど……、俺がそれを言っちゃうと、みんな自分の考えを言わなくなっちゃうだろ? だから、俺はここではあえて言わない。せっかく、みんないるんだ、みんなでアイディアを出し合おう」

 俺はなるべく議論が活発になるように、あえてヒントを出さず会議を進めることにした。

……決して、俺に何も考えがないから、こういう言い方をしているわけじゃないぞ。決して。

「はい」

「じゃあ、高円寺」

「私たちで密かに学校の掃除をするのはどう? 気づいた人がこっそり知り合いに伝えて、その人もまた違う人に伝えるみたいな感じで、いい感じに広まっていくといいと思うんだけど……」

 高円寺は自信がないのだろうか? 発言の後半、消え入るような声になっていた。

「う~ん、それは難しいかもな。まず、高円寺を知らない人が高円寺の姿を見ても、名前が伝わらないわけだし……。それに、罰として清掃させられているって、思われるかもしれない」

「そっか……」

 高円寺はシュンとしてしまった。まぁ、自分の意見が通らないっていうのは悲しいもんだよな。

「はい!」

「じゃあ、唯」

 元気に手を上げる唯。自信満々って様子だ。

「やっぱり、有名人といえばスキャンダルだよね! 彩子ちゃん、私と一緒にフライデーされよう!」

 …………。唯を除く3人はポカンとなった。

「それは、具体的にどういうことなんだ?」

「察しが悪いなあ、恭一君。つまり、学校中に彩子の浮いた噂をばらまけばいいんだよ。例えば、超お金持ちの彼氏がいるとか、遠距離恋愛しているとか……、でも、やっぱり、女の子同士っていうのも悪くないかな? キャァーーーー」

 唯はなぜか熱い眼差しを高円寺に向け始めた。

「ちょっと! 唯! それは私が許しません。第一、噂に尾ひれがついたりして、悪い方の噂になったら、どうするの! ?」

 この手の噂はすごい勢いで広まるからな。ある意味、一番効果的なのかもしれないが、リスクが大きすぎるのは言うまでもない。俺はこの意見を却下することにした。

「はい」

 遥が手を挙げる。

「じゃあ、遥」

「やっぱり、何かを不特定多数の人に伝えたいって考えるなら、インターネットが一番手軽かな? 彩子ちゃんがブログか何かに面白そうなことを書き込んで、みんなが興味を示してくれれば、それが自然に広がると思うし」

「なるほど」

まぁ、これが一番現実的だよな。

「私もそれが一番いいと思う。そういうのって、上手くやれば友達同士で拡散してくれるって聞くし」

「そうだねえ、彩子のフライデーも捨てがたいけど、それが一番無難かも」

高円寺・唯ともに賛成のようだ。

「じゃあ、ネットで高円寺の知名度を高めるって流れでいいな?」

「「「うん」」」

意見は満場一致した。

となれば、やることは一つだ。

「じゃあ、できるだけ早く高円寺のホームページを開設しないとな。この中で、ウェブサイトを作った経験のある人は?」

 俺は辺りを見渡す。

 …………いない! ?

「じゃあ、少しでもプログラムを組んだ経験がある人?」

……。

…………。

 誰も目を合わせようとしない。

 これは、まさか全員ずぶのパソコン素人ということなのだろうか?

「じゃあ、少しはパソコン出来るよって人?」

 ここまでハードルを下げれば一人くらい手をあげるだろう。

 ……。

 …………。

 しばらくの沈黙の後、なぜか3人の目線が俺の方へ向いた。

俺の気のせいだろうか? 3人の目がウルウルと何かを懇願する目になっている気がするのだが……。

……。

…………。

「分ったよ、俺が作ればいいんだろ?」

 俺は無言の圧力に負けた。

まぁ、なんとなくこうなるような気はしていたけどね……。


翌日の放課後。

「じゃあ、俺はホームページを作るよ」

「うん。ごめんね、恭一」

遥は申し訳なさそうに言う。

「いや、いいんだ。その代わり、遥たちには別の仕事をやってもらうつもりだから」

「別の仕事?」

3人が反応する。

「このデジカメで高円寺の写真を撮ってきてくれないか? このオフィシャルサイトとか、これから作るポスターの作成の時にも使いたいんだ」

 俺は唯にカメラを手渡した。

「分かった! このカメラに彩子のかわいい姿を収めればいいんだね?」

「ああ、そういうことだ」

高円寺はなぜか顔を赤くし、鏡で身だしなみをチェックし始めた。お年頃だなあ。

「それと、撮影の際に注意することとかある?」

「う~ん、そうだなあ。プロのカメラマンじゃないから、多分ほとんどが失敗作になると思う。だから、なるべくたくさん写真を撮ってきてくれ。その中から、一番いいやつを選びたいから」

「分かった!」

 唯は元気よく返事をすると、準備室から飛び出していった。


 その後、俺はオフィシャルサイト作成のためにプログラムをいじってみた。

「う~ん、こういうのは初めてなんだよな」

 俺も3人同様、ずぶの素人だった。

「まぁ、とにかく勉強するしかないか」

 俺はとりあえず、昨日本屋で購入した『猫でも分かるプログラム』という教本を開いた。俺は教本の見よう見まねでプログラムを組んでみたが、まだまだ分からないことばかりだった。

 

 翌日の放課後。

「ほら、見て、見て。彩子の写真100枚以上撮ったんだよ!」

 唯はニコニコした表情で俺にデジカメを見せつけてきた。

 デジカメのメモリーにはこれでもかというくらい高円寺の写真が保存されていて、唯たちが仕事をしたという痕跡は見られた。

だが――

「この芝居がかった写真はなんなんだ?」

写真にはどうみても不自然な物が多かった。高円寺が屋上で両手を広げ、風を一身に浴びている姿(なぜかその後ろから唯が抱きついていた)。高円寺が橋の上で悲壮な表情を浮かべている姿(シャッタースピードを変えたのだろうか? なぜか、写真はグニャグニャと少し歪んでいた)。高円寺が山の上で必死に星条旗を立てようとする姿(高円寺はなぜか軍服のような物を着ていた)など、どこか見覚えのある写真ばかりだった。

「それは、えーっと、唯がどうしてもっていうから……」

 うつむく高円寺。顔が真っ赤だ。

「これじゃ、まずかった?」

「まぁ、いろいろな写真があったほうが良いのは事実だよ。ただ、この写真を使うのはちょっと難しいな……。 出来れば、もっと自然体の写真がいいんだけどさ」

 俺はデジカメを唯に返した。

「分かった。じゃあ、今日も撮影してくるね。行こう! 彩子、遥ちゃん」

 唯はそう言うと、半ば強引に高円寺の手を取って、部屋を飛び出した。


 3人が写真撮影に向かい、俺は再びオフィシャルサイトの作成に取り掛かった。

「う~ん、昨日の続きからやろうかな」

 俺は昨日と同様に本の見よう見まねでプログラムを組み立てていくことにした。

「えーっと、この記号が色を表して、こっちがフォントか」

 俺はなんとなくプログラミングを理解していき、基本的な内容が徐々に身についている感覚があった。

「うーん、エラーか。ならこれならどうだ?」

 俺は何度もトライアンドエラーを繰り返し、どのようにしたら正しいプログラムを組めるのか試行錯誤を重ねた。

「なら、これならどうだ? よし、うまくいったぞ!」 

 俺はやっているうちに、なんとなくコツを掴んでいった。

これも、俺の能力を上がった影響だろうか? 俺は一度コツを掴むと、瞬く間にプログラミングが理解できるようになった。

「う~んと、これをこっちに持って行って……」

一度、コツを掴んだ俺は止まらなかった。頭の中でどんどんプログラミングの発想が湧き上がり、どんどんホームページの骨格が出来上がっていった。

「出来た!」

 なんと、俺は1時間ほどでウェブサイトを作り上げてしまった。

しかし、そのウェブサイトは一応サイトとしての体裁は保っているものの、なんだか味気ない物であった。

「もう一回作り直すかか?」

 俺はさらなる改良を加えるべくサイト作りを継続することにした。


翌日の放課後。

「やっぽー、恭一君。昨日言われたとおり、彩子の写真撮ってきたよー」

 写真担当の唯たちが準備室にやって来た。

「そうか、じゃあ、見せてくれないか?」

「はい」

唯は俺にデジカメを渡し、俺は写真をチェックした。

「どう?」

唯はニコニコ顔で俺に聞いてくる。

俺はデジカメのメモリーをチェックし、昨日唯たちが撮影したと思われる写真を眺めると――

「いいんじゃないか?」

「本当?」

デジカメには、高円寺が窓を眺めている所や廊下を歩く姿が保存されていて、いい感じの写真がいくつもあった。

 そして、俺がその写真をチェックしていると――

「でも、本当の彩子の自然な姿はこっち」

唯は俺からデジカメを奪い取り、なにやら操作をし始めた。

「はい」

 俺は唯に手渡されたデジカメに目をやった。

「……!」

 そこには、高円寺が化粧を直している所や転んでパンツが見えてしまっている所、小さな虫に驚いて涙目になっている姿があった。

「……。そうか、これが高円寺の自然体か……」

「そうだよ。撮るのに苦労したんだからー」

唯が底抜けの笑顔で答える。

「ふーん、高円寺って、本当はこうなんだ。なんか、まぬけで面白いな。はは――」

「誰がまぬけですって?」

 いつの間にか俺の背後には高円寺が立っていた。

「いや、これはっ、こういう高円寺も素敵だなーとそう言いたいわけで……」


五分後。

俺と唯の頭上にはなぜかたんこぶが出来ていた。

「それじゃあ、高木君、唯さん。今日の作業よろしくね」

 高円寺は不敵な笑みを浮かべて、帰ろうとしていた。

「おい、ちょっと待て――」

「待って、彩子ちゃん――」

「よ・ろ・し・く・ね」

 高円寺はドアをピシャリとしめて帰ってしまった。


高円寺が帰ってしまい、部屋には俺と唯の二人だけになってしまった。

「じゃあ、恭一君。今日は何をする?」

「う~ん、モデルが帰ってしまった以上、写真を撮るのは不可能だし、今日はポスター作りをやってみようか?」

「うん」

 唯は元気な声で返事をする。

「じゃあ、そこにあるノートパソコン立ち上げてみてくれ」

「これ?」

 唯は俺が自宅から持ってきたノートパソコンを指差す。

「ああ、それ。そのパソコンにはイラストレーターっていうソフトが入っているから、そのソフトを起動させてみてくれ」

「うん、分かった」

 唯は俺の指示通りソフトを起動させる。

「わっ、なんかペイントみたいだね」

 確かにイラストレーターはペイントに少し似ている。

「ああ、そんな印象を受けるかもな。そのソフトはフリーペーパーやポスターを作るのに適していて、使いこなせればかなりの完成度のものを作れるぞ」

 俺はサンプルポスターを見せながら言った。

「ふ~ん、そんなのも作れるんだ。なんだか使いづらそうだけど、やってみるね」

「ああ、頑張ってくれ。分からないところがあったら、いつでも聞いてくれ」

 俺は唯にポスター作りを任せ、自分の仕事であるウェブサイトの作成・改良に尽力することにした。


 俺はポスター作りに集中している唯を横目に、オフィシャルサイトの作成に取り掛かかることにした。実を言うと、俺は家に帰ってからちょくちょく作業していたので、ウェブサイトの8割以上を完成させていたのだ。

 ブログを投稿するページ。当選公約を書くページ。本人のプロフィール欄などは用意したし、サイトを動画サイトやSNSと直結できるようにもした。恐らく、現時点で国会議員並の完成度を誇ったウェブサイトなのだが……。

「なんか、足りないんだよなー」

 ホームページの骨組みはほぼ出来上がっているものの、閲覧者の心を惹くキャッチーさが足りない気がした。

「レイアウトのデザインが悪いのかな?」

 俺はなんとなくインパクトに欠けるレイアウトが原因ではないかと考えた。


「う~ん、あんまりゴチャゴチャしたサイトレイアウトよりもシンプルなレイアウトの方が受けるのかな?」

 俺は芸術的と言われているウェブサイトを参考に、レイアウトを改良することにした。

「じゃあ、ここはこのサイトのレイアウトを参考にさせてもらって、こっちはあのサイトのやつを参考にしよう」

 俺はハイセンスと言われているサイトのレイアウトをパクる……ではなくて、参考にさせてもらい、ウェブサイトのレイアウトを設計した。

「う~ん、全体的に白を基調として……、画像にカーソルを合わせると大きくなるようにしよう」

 俺はトレンドを抑えつつ、自分の直感を信じてページレイアウトを作り上げた。

「出来た!」

 俺の目の前には、なんとなくハイセンスで芸術的そうなウェブサイトが出来上がった。

「まぁ、こんなもんだろ」

 俺は自分自身を納得させた。まぁ、この手の絵とかデザインって、こだわり始めるとキリがないからな……。

「じゃあ、唯も今日はあがっていいぞー」

 俺は今日の活動を終わらせることにした。

「はーい。今、終わらせるね」

 唯はノートパソコンのシャットアウトボタンを押した。

「唯、今日の進み具合はどうだった? 随分、集中していたみたいだけど」

「うん。ポスター作りって結構面白いね。私、ハマっちゃったかも」

 唯は満足げだった。


 翌日。

「あら、ホームページ出来たの?」

「ああ。こんな感じだ、見てくれ」

 俺は昨日完成させたホームページを高円寺に披露した。

「……すごい。……く、悔しいけど、よく頑張ったわよ。その頑張りは認めてあげるわ」

高円寺は悔しがりながらもウェブサイトを褒めた。

「恭一、本当に凄いね。プロみたい……」

それ引き続き、遥も俺の作ったウェブサイトを見て、感心していた。

「まっ、まあ、俺が本気を出せばこんなものよ。ところで、今日はこのサイトに載せる自己紹介文とか、当選公約とか、2人で考えてくれないか?」

 俺は2人にボールペンと原稿用紙を手渡す。

「分かったわ。それが今日の作業ね?」

「ああ、頼んだぞ」

 頼まれた高円寺は席に座り、さっそく文章を考え始めていた。


俺はオフィシャルサイトを完成させ、手持ち無沙汰になったので、どのようにしたらアクセス数が伸びるかを考えることにした。

「いくら、サイトの完成度が高くても、いちの高校生のウェブサイトを好き好んで閲覧する人間はいないからな……」

 俺はどのようにしたら、ウェブサイトに興味を持ってもらい、また高円寺彩子という人間に興味をもってもらえるのか考えてみることにした。

「う~ん、やはり難しいな……」

 このサイトを閲覧するくらいの生徒なら、おそらく高円寺の名前くらいは知っているだろう。だから、このサイトは高円寺の知名度を上げるというより、高円寺という人間の魅力を知ってもらうことが目的だ。どういうウェブサイトなら、高円寺の魅力が伝わるのだろうか? 俺は腕組みをして考えた。


しばらく経って。

「高木! 文章書き終えたよ」

「ああ、見せてくれ」

高円寺たちは紹介文等を書き終えたようで、俺に原稿用紙を見せてきた。

「どう?」

「いいんじゃないか?」

 文章は理路整然とまとまっていて、分かりやすい文章だった。

「じゃあ……」

「ああ、このままウェブサイトに載っけようと思う」

 俺は2人が作った文章をウェブサイトに掲載し、ホームページを公開することにした。

「じゃあ、ネットにアップするからな?」

「ええ」

俺はオフィシャルサイトをネット上に公開した。だが、俺はまだ何か足りない気がしていた……。



「高円寺彩子に清き一票を!」

 大川高校では、生徒会長選挙活動が解禁され、あいさつ運動という名の選挙活動が行われていた。もちろん、俺たちも早朝から校門の前に立ち、登校してくる生徒にビラの配布や声掛けを行っているのだが……。

「ん~、やっぱりみんな素っ気ない態度だね~」

 やはり、タスキをかけた選挙人という格好は、威圧感を与えるのだろうか? みんな、俺たちの前を早歩きで過ぎ去ってしまう。

「おはようございます。今日も頑張ってください!」

 高円寺はそれでもめげずに挨拶し、なんとか顔を覚えてもらおうとした。

 しかし……。

 スタスタスタ。

 誰も立ち止まってくれない。

やはり、最初からそう上手くはいかないか……。


「おはよう、今日もいい朝だね」

「頑張ってください、絶対に先輩に投票しますから」

「相川くんこそ、この学校のリーダーにふさわしいよね」

「ハハハ、ありがとう」

俺たちの隣でやたら容姿の整った男子生徒が選挙活動を行っていた。その男子生徒もタスキをかけており、やはり高円寺と同じ生徒会長を志す者なのだろう。

その美形の男子生徒の周りには、俺たちとは対照的に人がたくさんいて、賑やかに選挙活動を行っていた。それの差は、まるで行列の絶えない有名ラーメン屋と定年を過ぎたおっさんが趣味でやっている店のように、歴然としたものだった。


「なあ、あの男子学生って有名人なのか?」

俺は隣に聞こえないよう、そっと高円寺に聞いてみた。

「相川君ね? ええ、有名よ。なんでもこの学園の抱かれたい男ナンバー1で、友達も男女問わずたくさんいるみたい」

「そうなのか、だからあんなに人だかりができているのか……」

 どうやら、相川とかいう男子学生はこの学園きっての人気者らしい。それが証拠に、俺たちが配るビラはほとんど素通りされるが、あっちのビラは通行人のほぼ全員が手に取っていた。

「う~ん、圧倒的な人気の差だな」

「……わ、悪かったわね。私が人気者じゃなくて」

結局、その日、こちらのビラは30枚ほどしか配れず、圧倒的な人気の差を見せつけられる形となった。


その日の放課後。

俺たち4人は集まり、いつもの準備室にいた。

「今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。どうやったら、高円寺が人望のある人間になれるかを話し合おうと思って」

「え? 人望?」

 どういうこと? というふうに、3人は首をかしげる。

「今日のあいさつ運動で高円寺と相川とかいう奴と結構な差があっただろ? みんな、相川のビラは受け取っているのに、こちらのビラは受け取ってくれない。あっちの演説は聞いていいくのに、こっちははみんな素通り。これは、ひとえに人望の差じゃないか?」

 俺は3人に投げかけた。

「それで、彩子ちゃんを人望のある人間にしようというってこと?」

「ああ。そうだ」

 遥は俺の言わんとしたことを理解してくれたようだ。

「それってさあ、要はたくさんの人が彩子の演説を聞いたり、ビラを受け取ってくれるようにすればいいんだよね?」

「ああ、その方法をみんなで考えたい」

 まぁ、俺の言いたいことはそういうことだ。

「う~んと、やっぱり、話を真剣に聞いてもらうには当選公約を言い続けるしかないんじゃないかな?」

 実に高円寺らしい、模範的な回答が提案された。

「いや~、それじゃ無理と思うよ。普通、一般の生徒は選挙公約なんて興味ないもん。今日、それを嫌ってほど実感したし……」

唯はズバッと切り捨てた。

「私はちょっと奇を衒ったことを言うのがいいと思うな」

「例えば、どういうこと?」

高円寺が問いかける。

「例えば、生徒会長報酬の2割カットとか学費を引き下げるだとか……」

「ちょっと、生徒会長に報酬はないし、学費を引き下げる権限なんてないわよ! 嘘で当選取り消しになったら、どうするの?」

確かに嘘はいけない。

「じゃあ、そうだなー、やっぱり、女の武器を使おうよ。こうスカートをぎりぎりまで短くしてさ……」

 唯が高円寺のスカートに手を伸ばし、まくり始めた。

「ちょっと、何やっているの! ? 唯……」

 高円寺は顔を赤くする。なんだかんだ、かわいい。

「よし、出来た!」

唯が何やら高円寺のスカートをいじると、そこにはスカートを限界まで短くし、少し風が吹くだけでパンツが見えてしまいそうなワカメちゃん状態の高円寺がいた。

「これじゃ、不良じゃない! 生徒会長選挙の前に資格を取り上げられるわ!」

 高円寺は真っ赤になりながら、まくしたてる。

「いや、発想を変えよう。高円寺が生徒会長になったら、ひざ下30cmを義務化して、ミニスカを合法化しよう」

「そうそう、それで、女子は体育でのブルマ着用を義務付けてさ」

 すると、唯はどこからともなくカメラを取り出してきて、

「閃いた! これだ! 彩子のポスターはこれで決まりだね!」

 パシャパシャ写真を撮りだした。

「よし、風は俺に任せろ! 俺が下から風を起こしてやる……」

「ん~、いいね。その恥ずかしがりながら、スカートを押さえる姿。おじさん、俄然やる気出てきたよ~」


3分後。

どういうわけか、俺の頬には赤い紅葉模様がついていた。

「それじゃあ、話を戻すわよ。どうやって、立ち止まって話を聞いてもらえるようにするか、だったわよね?」

 高円寺はコホンと一息ついて、話を仕切りなおした。

「えーっと、立ち止まって聞いてもらうためには、やっぱり、相川君みたいに知り合いを増やすっていうのが一番じゃないかな?」

遥が発言した。これは、その通りなのだが、それが難しい。

「それはそうだけど、人見知りの彩子には難しいよ。それに、この時期に急に話しかけたら選挙目的だって思われかねないし……」

「そうだよね……」

 遥はがっくり肩を落とす。

 知り合いが演説をしていたら、その演説を聞いてみようとする。それはその通りなのだが、それを実行するまでが難しい……。

だが、ちょっと待てよ……知り合いを増やす方法……といえば……。

「いや、その方法でいけるかもしれない!」

 俺の頭に閃光が走った。

「えっ、ちょっと無理よ。私、そんなに友達多くないし……」

「いや、友達じゃなくて知り合いを増やせばいいんだろ?」

「え? でも、そんなことできるの?」

 ビックリ仰天という様子の高円寺。

「ああ、簡単だ。知り合い程度なら、すぐに出来る方法があるぞ」

 俺はいつか読んだ本の内容を思い出しながら説明することにした。

「知り合いを作る方法だがな、それについては、やはりその道のプロのやり方を真似するのが一番だと思うんだ」

「え? 知り合い作りのプロなんているの?」

 純粋に質問をぶつける高円寺。まぁ、無理もない。

「ああ、知り合いが多いことで有名なのは、政界の重鎮・田中角栄だ。田中角栄は人身掌握に長けていて、とにかく人当たりが良かったそうなんだ。田中角栄が人心掌握術として心がけていたことはただ一つ、相手のことを知ることらしい。田中角栄は初対面の人と話をする時に、その人の名前・家族構成は当然のこと、その人物の母親の名前まで覚えて行ったそうなんだ。それで、会話した相手は、自分のことをそこまで知ってもらえていることに感動し、会話後はすっかり角栄のファンになるらしい。そのやり方で、田中角栄は人脈を広げていって、あそこまでの大政治家に上り詰めたって話もあるんだぞ」

「ふーん。田中角栄って名前は聞いたことあるけど、そうやってのし上がった人なんだね。で、その話と私が知り合いを増やすのにどう関係があるの?」

高円寺は首をかしげる。

「つまりだ。知り合いを増やしたいなら、まず相手のことを知ることが重要なんだ。初対面の生徒であっても、こっちが相手のことを知っているのと知らないとじゃ全然違うわけよ。例えば、知らない人に「そこの貴方」っていわれるのと、名前で呼ばれるのじゃ親近感が違うだろ?」

「うーん、なるほどね。相手の名前を覚えればいいわけね……」

高円寺は一応納得したようだ。

「ああそうだ。じゃあ、善は急げだな。さっそく今日からやってみるか!」

「え? ちょっと、待って。どうやって、覚えるの? 全校生徒の顔と名前を知る方法なんてあるの?」

「ある。ちょっと、待ってろ」

「わ、分かったわ……」

 高円寺はなんだか納得のいかない表情だったが、しぶしぶ俺の言うことに従った。


しばらく経った。

俺はパソコンと20分位格闘し、あるものを手に入れた。

「じゃあ、これが全校生徒の顔写真と名前が載っている名簿。明日までに全部覚えてこいよ?」

 俺は高円寺に名簿を手渡した。

「え! ? ちょっと、待って。いろいろツッコミたい所あるけど、なんで、あんたがその名簿持っているの?」

「ああ、それはな。さっき、職員室のパソコンをハッキングして、手に入れたんだよ」

「は?」

「いや、だから、教師用のパソコンに侵入して――」

「いや、それは分かったから!」

 その後、高円寺は俺にいろいろ無意味な質問を繰り返してきたが、まぁ、それは取るに足らないこと。俺は軽く流して、今日の会議を終わらせることにした。


 翌日の朝。

「おはよう、田中君」

「お、おはようございます。って……えっ……どうして……」

 名前を呼ばれた生徒は少し驚いた様子で校舎へ登校した。

「どうやら、成功みたいだね~。全校生徒の顔と名前を覚える方法」

「ああ、立ち止まる人も増えたし、なにより無視する人がほとんどいない」

 俺の考えた作戦は大いに的中し、ビラは昨日の3倍のスピードで捌けていった。

「まっ、まあ、悔しいけど……このやり方は確かに効果的だわ……」

「自分の名前を呼ばれると、無視するのに罪悪感も覚えるし。恭一、さすがだね」

「まっ、まあな……」

「もしかして、恭一、褒められて照れている?」

「照れてねーよ!」

そして、なんやかんやあったが、今朝の選挙活動は割と上手くいく形で幕を閉じた。



 ある日の放課後。

「ダメだ、ダメだ!」

「どうしたの? そんな大きな声出して! ?」

 遥は頭を抱える俺を心配する。

「いや、この前作った高円寺オフィシャルあるだろ? あれの閲覧者数が伸びないんだよ」

「そうなんだ?」

「じゃあ、今日はホームページのアクセス数を伸ばす方法を話し合いましょうよ」

「賛成~」

今日の議題はいかにしてホームページのアクセス数を伸ばすかということになった。


「じゃあ、なにかアイディアがある人は?」

 俺はみんなの知恵を借りることにした。

「はい」

「じゃあ、高円寺」

「やっぱり、ホームページを閲覧する人にとって有益な情報が載っているといいわよね?」

「そうだな」

「だから、みんなにって必要な天気とか電車の情報とか載せてみるのはどう?」

高円寺はポンと手を叩きながら言った。

「う~ん、確かに閲覧者にとって必要な情報を載せるというのはいいと思う。だが、電車や天気の情報を確認するために、わざわざ高円寺のサイトまで来るか?」

「う~ん、そうよね……」

高円寺はシュンとなった。自分でもこのやり方は無理があると思っていたようだ。

「じゃあさ、試験の予想問題とか、傾向とか載せれば? 恭一君と彩子がいればかなりの精度の物ができると思うよ」

 唯がアイディアを出す。確かにこの手の情報はこの学園の生徒にとって非常に魅力的なものだ。

「でも、ちょっと待って。昔先輩がテストの過去問をネットに載せて問題になったって聞いたことがあるよ。それは、少し危険なんじゃないかな?」

 遥が待ったをかける。

「ん~、確かにこれは少しリスキーな方法かも知れないなあ。もう少し考えてみようか?」

 俺たちの最終的な目標は生徒会長選挙で勝つことだ。ここでは、リスキーなことはしない方がいいだろ。俺はこの意見を不採用にした。

「はい」

「じゃあ、遥」

「うんとね、私やっぱり閲覧してくれる人にとって有益なことを載せることは大切だと思うの。だから、みんなが何に興味があるかって分かればいいんだけど……」

「う~ん、そうだよなあ。この学園の生徒って、一体何に興味あるんだろうな?」

 俺が腕組みをして考えると、

「やっぱり、月並みだけど、女の子は男の子に興味があるし、男の子は女の子に興味があるよね?」

 唯は目を輝かせながら言った。

「やっぱり、そうなるよなあ……」

「そうそう。だから、この学園1のイケメンは誰だ? みたいなコンテストをウェブ上でやってもいいし、この学園1の美女は誰だ? みたいなコンテストも面白いよね!」

「ミスコンみたいな感じかあ。悪くないと思うけどな。どうだ? 高円寺は?」

「えっ! 私は……あんまりそういうの好きじゃないかな……。だって、私のホームページでやる以上、私も参加しなきゃいけなくなるわけだし……人に順位付けされるのはちょっと……」

 そうだよなー。

「そもそも、こういう催し物は学校の許可がいるよね? だから、きっと難しいよ」

「う~ん、遥ちゃんも消極的だね~」

 唯は少し頬を膨らませる。

「そうだ! 一番いい方法を見つけたぞ! じゃあ、この3人で人気投票を――――」

「「「それはダメ!」」」

 う~ん、悩ましいねえ。


数分後。

「俺、気づいたんだけどさあ」

「なに?」

「結局、みんなが興味のあることをすればいいんだろ?」

「そうよ。それが分からないからこうやって知恵を出し合っているんじゃない?」

 高円寺は何を今さら言っているのといった表情だ。

「それを調べる手っ取り早い方法をみつけたんだが……」

 それはなんで今まで気付かなかったのだろうというものだった。

「なによ?」

「この学園の生徒のSNSを見ればいいんじゃね? で、たくさんフォローされているアカウントを調べてさ」

「――――ッ!」

3人は雷に打たれたような表情になる。

「確かにインターネットの広告とかも、自分がよく見るサイトに関連したやつが出るって聞くし……なんですぐに気付かなかったのかしら……」

「そうだよねー、なんで気づかなかったんだろ? 流行を知る一番手っ取り早い手段なのにね……」

「まぁさ。とにかく、調べてみようぜ!」

 俺たちはこの学園の生徒のカウントを徹底的に調べることにした。


「ふ~、なんとか調べ終わったね!」

 俺たちはSNSのアカウントをしらみつぶしに調べていき、今どんなことがこの学園で流行っているのかを集計し終えた。

「1位はアイドルグループAK48のアカウントで、2位は少し意外だったけど、お笑い芸人のイジリー島田さんだったね」

 ふ~、やはりアイドル人気は根強いか。AK48圧巻の1位、大きく話される形になったが、ネット上での発言が面白いと話題のイジリー島田が2位という結果になった。

「じゃあさ、こういう結果が出たんだからさ、さっそくAKグループに電話して、誰か応援に来て貰おうよ」

「ちょっと、唯。そんなの無理よ。常識的に考えて……」

「いや、やってみなくちゃ分からないじゃん」

 唯はやる気満々だ。

「あの、その前にちょっといいかな?」

遥が中に入る。

「なに?」

「選挙の応援に学校外部の人が来るのって、確か禁止されていたんじゃ……」

 確かにそうだったな。

「じゃあ、対談って形で動画をウェブにアップしようよ。ね、それなら問題ないだろうし、アクセス数伸びて一石二鳥だね!」

「そ、そうね……」

 結局、話の流れは有名人と高円寺の対談をする。そして、その様子を動画サイトにアップするということでまとまった。


「じゃあ、さっそくAK48に電話してみるぞ?」

 俺はポケットから携帯電話を取り出す。

「頑張って、恭一君。あなたにかかっているの」

 唯はよほど芸能人に会いたいのか、俺の手を握ってきた。

「じゃあ、電話するぞ」

 俺はダイヤルをプッシュした。芸能事務所に電話するなど初めてなので少し緊張する。

 TRRRRRRRR

「はい、こちらAK48事務所です」

「あの、すみません。――――という事情がありまして、責任者の方に変わっていただけませんでしょうか?」

「分かりました。少々お待ちください」

 電話に呼び出しの音楽が流れ、俺は少し待たされる。

「――はい、AK48の責任者、冬本康です」

 なにやら偉そうな人が出てきた。

「すみません、高木恭一と申します。あの――――という事情で、そちらのグループの方、1名に都合を合わせていただいたいのですが……」

「分かりました。大丈夫ですよ」

 俺はホッと胸をなで下ろす。良かった。案外、すんなり行くものなんだな。

「それでは、ええと日時と時間の方を設定させていただきたいのですが……」

「はい」

「場所は町川市新田区の大川学園というところでして」

「はい」

「日時は明日の10月15日でよろしいでしょうか?」

「はい」

「……それでは、話の大枠は決定ということで」

「――おいおい、ちょっと待ってくれ。それより大事なことがあるだろ」

 いきなり相手側の声色が変わった。

「はい? と申しますと?」

「金だよ、金。ギャラはどれくらい払ってくれるの?」

「その……すみません高校生なので、手間賃と昼食代、あとちょっとしたタクシー代くらいしかお支払いできないのですが……」

「は?」

「ですから……お金は1~2万円ほどしかお支払いできないのですが……」

 俺は学生の厳しい懐事を話す。

「は? バカにしているの? なんで、そんなボランティアみたいなことしなきゃいけないんだよ。こっちは、ビジネスでやっているんだよ。ビ・ジ・ネ・ス! 分かる? 最低50万、それくらい用意できなきゃ、一番の下の研究生すら貸せないよ」

 相手はこちらに資金力がないと見ると、一気にまくしたてた。

「そうですか……ですが、そこをなんとか……」

だが、ここで怒りを現わにしても仕方ない……。

 俺は怒りを抑え、下手に出たが、

ブッチッ! ピーピー。

電話は一方的に切られ、交渉は決裂した。


「じゃ、じゃあ気を取り直して、2番目のイジリーさんに頼んでみようよ!」

 遥は殺伐とした雰囲気を変えるためか、少し明るく言った。

「そうだな……。でも、メールでいいか? なんか、これ以上、俺のメンタルは持ちそうにない……」

 前の電話があったせいか、誰も反対しなかった。

 俺はイジリー島田の事務所へ宛てたメールをみんなに見せ、

「こんな感じで大丈夫だよな?」

「うん。いいと思うよ」

 皆から太鼓判をもらい、メールを完成させた。

「よし、送信っと」

 あとは結果を待つだけだな。

 俺たちはこの後、特にやることが無かったので帰ることにした。


翌日の朝。

「みんな、聞いてくれ! イジリーさん来てくれるそうだぞ!」

 俺は開口一番に、昨日の依頼結果を言った。

「えっ! すごいじゃん! これで彩子も当選確実?」

「本当に来てくれるんだ!」

「有名人と対談できるなんて、すごいよね」

 3人ともまさかの依頼OKに驚く。

「ああ。本当だぞ。今日はその宣伝も兼ねて選挙活動をしようか?」

「「「うん」」」

 俺たちはその日、いつも以上に精を出して選挙活動に勤しんだ。

 

 放課後。

「へへ~、私、クラスの友達に彩子とイジリーが対談するって言いまくっちゃったんだ~」

 唯はよほど楽しみなのだろう、クラス中に宣伝しているようだ。

「でも、私は心配。芸能人と対談なんてできるのかしら……」

「彩子なら大丈夫だって!」

 唯がバチンと高円寺の背中を叩く。

「そうだ、あとみんなに言っておきたいことがあるんだがいいか?」

 3人はなに? という表情になる。

「明日のイジリーとの対談だけど、ニコニコ生放送で配信することにした。生でやったほうがいろいろ盛り上がるだろうしいいだろ?」

 俺はこういう形が一番宣伝になると思ったのだ。

「いいね! 面白そう! ナイスアイディアだよ、恭一君」

「えっ! ? 生放送! ますます、緊張するじゃない!」

 俺の提案に2人は対照的な表情を浮かべる。

「じゃあ、開始は明日の夕方5時からやろう。機材とかは俺が用意しとくから安心してくれ!」

「いつも悪いね、恭一君。じゃあ、私たちはいっぱい宣伝しとくからね!」

「仕方ないわね。決まっちゃったものは、どうしようもないし」

「いろいろ大変そうだけど、みんなで頑張ろうね」

 三者三様の反応たが、俺たちは対談に向けて準備を進めることにした。


翌日の朝。

俺は準備室で撮影の準備をしていた。

「えーっと、機材はこんなもんで大丈夫か?」

 俺は、自宅からビデオカメラを持ってきて、それを学校で使えるように調整した。

「えーっと、椅子はこの角度の方がいいかな?」

 俺はカメラワークを確認し、どのようにしたらより高円寺の魅力を引き出せるか徹底的に計算した。

「今日のシナリオも確認しておくか……」

 俺は対談が盛り上がるようにシナリオを作っていた。本当にぶっつけ本番にしてしまうと、高円寺があたふたするだけで終わってしまうかもしれない。だから、俺は動画が盛り上がるようにいろいろな企画を用意したのだ。

「よし、これで完璧だな」

 俺は準備完了を確認すると、俺は唯と遥にメールを送ることにした。あえて高円寺に本番の詳しい内容を知らせないのは、無駄に高円寺を緊張させたくなかったし、高円寺の生のリアクションを映した方がいいと判断したからだ。


 そして、本番一時間前。

「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! ?」

 俺はうすに入った餅を叩きながら絶叫した。

「どうしたの、そんな大声出して?」

「イジリー島田が……倒れたらしい……」

 俺はイジリーの事務所から来たメールを3人に見せた。

「「「えっ! ?」」」

 場の空気が一気に凍りつく。

「どうしよう? もうみんなに言っちゃったよ……」

「ああ、まずい、本当にまずい……」

 俺は窮地に追い込まれた気分だった。約束を守らなかったというのは候補者にとっては大きなマイナスだ。どんなにちゃんとした理由があっても、そのマイナスイメージは拭いきれるものではない。

「恭一、もうみんなに謝るしかないんじゃ……」

「いや、ちょっと待ってくれ! 1時間以内に何かアイディアを出すから! !」

 俺は生放送にしてしまった自分自身を責めた。


 そして、一時間が経ち、本番が始まった。

 遥はカメラ担当。唯は司会兼サイトをチェックする担当。高円寺は番組のホストという立ち位置だけが決定し、ぶっつけ本番で生放送に挑むことにした。

 とりあえず、高円寺にはなんとしてもイジリー島田を呼ぶからとだけ伝えて、なんとか言いくるめた。まぁ、説明している最中、なんだか不審な目で見られたのは気のせいだろう。

「さて、5時になりました。今日はイジリー島田さんと私・高円寺彩子との対談ということになっているのですが……イジリーさん、まだ来ていないようですね?」

 生放送開始の時間になり、高円寺は場をつなぐための台詞を言う。

「ああ、マジでヤバい………仕方ない……、あの手段を使うか……」

 八方塞がりとなった俺は決意を固め、カンペを出した。

「えーっと、たった今、スペシャルゲストのイジリーさんが到着したようです。では、どうぞっ!」

プシーッ!

登場口付近から、白いガスのような物が噴出される。

「はい、どうも~、イジリー島田です~」

扉からイジリー島田が登場し、盛大な拍手(演出)で迎えられる。

 そして――

「う~ん、この体操着、彩子ちゃんの物かな?」

 イジリーは定番ネタであるあれを始めた。

「ちょっと……」

「うーん、美味しそうだな。ペロペロペロペロペロペロ」

「キャアアアアアアアアアアアアアアア」

 イジリー島田は舌を高速で動かしながら、高円寺の体操着をペロペロし始めた。

「ちょ、ちょっと……やめてください…………って! ?」

 高円寺は何かに気づく。

「ええええええええええええええええええええええ」

 そう、登場したのはイジリー島田ではなく、イジリー扮する俺なのだ。

「ちょっと、あんたなにやって……」

「いいから、黙っていろ。もうこうするしか、方法はないんだ」

 俺は小声で言うと、高円寺は事情を察したのだろう、無言で小さく頷いた。

「ん~、これはさっき更衣室で拾ったリップなんだけど……」

「えっ、ちょっとまさかあんた……」

「パクッ」

 俺はリップにかぶりついた。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「美味しいでチュなあ」

『序盤の入りOK! 視聴者数伸びているよ!』

 唯から現状報告のカンペが出る。よし、この方向性は間違ってないようだ!

 俺はこのままイジリーのフリをして突き進むことを決めた。

 そして、

「えーっと、これなんだかわかる?」

 俺は攻撃の手を休めない。

「えっ、ちょっと、それ……私の小学生時代のリコーダーじゃない!」

「ふーん、ペロリンちょ!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

スタジオ中に高円寺の悲鳴がこだまする。

「小学生の高円寺ちゃんもおいちいでちゅなあ」

「もうやめてええええええええええええええええええええええええええええ」

『いいよ! その調子!』

 俺が気持ち悪い言動をすればするほど、視聴者数は伸びるらしい。


「次の企画は、チキチキ・キス我慢レース!」

 司会の唯が出てきて、次の企画を発表した。

「えー、この企画は、高円寺さんがどこまで顔をイジリーさんに近づけることができるのか、視聴者の方に予想してもらうコーナーです。ピタリ賞を当てた方にはなんと、賞金3万円がプレゼントされます! みなさん、奮って予想してくださいね!」

 司会の唯が企画説明を済ますと、次々に視聴者から予想メールが届いた。

「おっと、東京都のタダシさんは7cmですね……。神奈川県のナオキさんは、5cmという予想です……」

 唯がメールを読み上げる。

 こんなにメール来るということは、視聴者も食いついているということだろう。俺は一層気合が入った。

「それじゃあ、お二方、この椅子に座ってください! この椅子は1秒1cmずつ前進して、徐々にお互いの顔が近づくという仕掛けになっています。高円寺さんはもうこれ以上、顔を近づけられないと思ったら、横にある赤いギブアップボタンを押してくださいね」

 俺と高円寺は用意された椅子に座り、お互い見つめ合う形になった。俺が高円寺の方に目をやると、顔は真っ青になっており、ガタガタ震えていた。

「おい、高円寺! 残り10cmくらいになったら、ギブアップしろよ?」

 俺は視聴者に聞こえないよう小声で言った。

「わ、分かっているわ。でも、あんまり早い距離でギブアップすると、忍耐力がないって思われないかしら……」

「まっ、まあ上手くやれよ」

 どうやら高円寺は生徒会長になるためには忍耐力が必要だと思っているらしく、ギリギリまでギブアップしないようだ。そんなに無理しなくていいのに……。

「それではスタートです!」

 唯が大きな声でスタートを告げ、スタートボタンを押した。

 ガタン……ガタン……。

「おっ、おう……」

 椅子はゆっくり動き出し、俺と高円寺は徐々に近づく。

「あああああ、高円寺ちゃんとちゅーしたいなーーーーー」

 俺はキャラを守るため高速で舌を動かし、高円寺の顔面に迫っていった。

「…………ヒッィ!」

 高円寺は追い詰められた小動物のような表情だ。

 だが、まだまだ距離はある。俺は挑発を続けることにした。

「高円寺ちゃんの唇はどんな味がするのかなー、ハアハア」

 もう我ながらうんざりするような台詞だったが、俺は動画を盛り上げるために割り切った。

 ガタン……ガタン……。

「残り10cmです」

 俺と高円寺の顔がいおいお近くに来て、息がかかりそうな位置まで来る。

「はあははははははは。ふんふん。クンカクンカ」

「ああ……いやっ……」

 高円寺の顔がゆがむ。いよいよ危険域に入ってきたし、そろそろギブアップする頃合じゃないだろうか?

「残り5cmです」

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 俺は圧倒的な表情を作り高円寺に迫る。

 …………高円寺、頑張るな。なら、俺もキャラに徹しないと。

「残り3cmです」

「ひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「…………」

やばい……やばいぞ……、本当にボタンを押さないと唇がぶつかってしまう。俺はアイコンタクトを送ったが、どういうわけか高円寺から反応は無い。

「残り1cmです」

「むううううううううううふううううううううううううううううううう」

「…………」

 やばいやばいやばい。なんで、高円寺はボタン押さないんだ?

 唇が当たるぞ? 本当に当たるぞ?

「…………」

 ―――――――――ッ!

 ――――俺は気づいた。高円寺は我慢してギブアップしないのではなく、気を失っていてギブアップできないのだ。

「残りゼロ――」

 チュッ。

 俺と高円寺の唇がぶつかってしまった。

その瞬間、高円寺が気を取り戻し――――

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 今日一番の悲鳴がこだました。

 俺は番組を緊急中止させたが、もう後の祭りだったみただ。


 翌日。

 昨日の動画の反響がすごかったらしく、朝の選挙活動にはとてつもない人だかりが出来ていた。

「高円寺さん。あれ、やらせじゃないよね?」

「高円寺さん。イジリーさんの唇どんな味がした?」

 ほとんどの生徒が冷やかしで来ているのだろうが、高円寺の知名度は抜群に上がったようだ。

「もう、あれは…………不幸な事故よ…………」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。でもキスは本当だったんだ!」

 湧き上がる野次馬とバツが悪そうにする高円寺。

 俺がそんな様子を生暖かい目で見守っていると――

「でもさ、でもさ、これで今度の中間選挙はばっちりだね?」

 唯が俺に囁く。

「ああ」

 今回の件、俺は心のどこかで、高円寺の知名度は上がるし、バレずに動画配信できたし、いろいろとおいしかったんじゃなかったのかと思ってしまった。


 放課後。 

「もう、最悪!」

 高円寺の機嫌は未だに直っていなかった。

「だから、悪かったて」

「そんなんで私の心の傷が癒えるわけないでしょ! ファ、ファーストキスだったのに……」

「あ? 最後の方、なんて言ったんだ?」

「何でもないわよ!」

 相当、怒っていらっしゃるようだ。

「そうだ! 今日は少し活動をお休みして、どっか、遊びに行かない? 彩子がこんなんじゃ、活動どころじゃないし……」

「そうだよね。また、みんなの団結力を高めるためにはいいんじゃないかな? ね、恭一、彩子ちゃん?」

「まあ、いいんじゃないか?」

「し、仕方ないわね……」

 ということで、俺たちは今日の放課後は活動を休止し、遊びに行くことになった。


「遅いなあー」

「遅いわね」

 俺と高円寺は校門前で待たされていた。

「いや、もうあれから15分は経っているぞ。いくらなんでも遅すぎないか?」

「そうよね。2人に連絡してみようかしら?」

俺たちが携帯電話を出し、連絡を試みると―――

TRRRR

「おっ、メールがきたぞ」

 俺はメールを確認する。

『FROM 唯 今日、私と遥ちゃんは急用で行けなくなったから、二人で遊んできてね! PS 恭一君は、彩子の好感度を上げるチャンスだよ(ハート)』

う……。ハメやがったな……。

「なあ、高円寺――」

「唯のやつ……絶対にワザとでしょ……」

 俺が振り向くと、そこにはプルプル震えている高円寺の姿があった。

「な、なあ。こうなっちゃったけど……どうする……?」

「あ、あんたと二人きりで遊ぶなんて、無理! 私、帰る!」

 高円寺はスタスタと自分の家の方向へ歩き始めてしまった。

「な、なあ……」

「……………………」

 高円寺は声をかけても反応する様子はない。

 あーどうしようか? このまま解散した方がいいのだろうか?

 だが――

 来週には中間選挙もあるし、なにより高円寺がこのままのモチベーションでいるのは何事にもマイナスだ。だから、ここは俺が歩み寄るべきだろう。

「なあ、高円寺」

「なに?」

「本当に少しでいいんだ。このあと、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」

「……え?」

「だからさ、このあとちょっとだけ寄り道しようぜ? 絶対に高円寺の悪いようにはならないから」

「本当?」

「ああ、信用してくれ」

「じゃあ、つまらなかったら即帰るわよ?」

「ああ、それで構わない」

 こうして、俺たちは2人で出かけることになった。


「ねえ、ここって……」

「ああ、ゲーセンだ」

 俺たちはゲームセンターに来ていた。

「ゲームセンターって、不良の溜まり場だと思っていたけど……、そうでもないのね?」

「当たり前だろ……」

 ゲームセンターには子供やお年寄りもいた。っていうか、ゲーセンが不良の溜まり場って何年前のイメージだよ!

「で、ここってどうやって遊ぶの? 始めてきたから分からないのだけど……」

 まさかとは思ったが、そうなのか! ? 

「まぁ、そんなに難しく考えることはないぞ。そこのクイズのやつはボタンを押すだけだし、銃のやつは出てくる敵を撃つだけだし、まぁやってみるのが一番早いんじゃないか?」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、何かやってみようかしら?」

 高円寺はいろいろなゲームを品定めするように見渡した。

 すると――

「ねえ、高木! これなに?」

高円寺があるゲームに興味を示した。

「ああ、それはな。プライズゲームだ。見ての通り、あの天井上にあるクレーンで景品をゲットするゲームなんだ」

「へえー、そうなんだ。見て! あのぬいぐるみ可愛いー……じゃなくて、こういう景品も取れるのね……コホンコホン……」

 高円寺は咳払いをして、なにやら誤魔化した。

「じゃあ、あの景品に全然興味はないんだけど、物は試しに少しやってみるわね?」

「ああ、頑張ってな」

 高円寺はプライズゲームの筐体にコインを投入し、ゲームを始めた。

「えーっと、ここのレバーでクレーンの位置を決めるのよね?」

 高円寺は見よう見まねでクレーンを操作する。

「うーんと、もう少し右かな? えーっと、行き過ぎちゃったかな……? でも、こんなものかな……?」

 高円寺はをたどたどしく操作し、クレーンの位置を決めた。

そして――

「ああ、落ちちゃった!」

 ぬいぐるみがクレーンからこぼれ落ちた。

「くやし~、もう一回!」

 その後、高円寺は何度かゲームに挑戦するが、なかなか景品を取れずにいた。

「うーん、もう少しで取れそうなのに、なかなか落ちてくれない……」

 高円寺はがっくりと肩を落とす。

 そこへ――

「ふっふっふ。高円寺くん、ゲームセンターの思惑にはまっているねえ?」

 俺は少し勿体ぶって言った。

「え、どういうことよ?」

「そのやり方じゃあ、何回やってもお目当ての商品は手に入らないということさ」

「じゃあ、どうしろって言うのよ?」

 高円寺は説明しろと訴える。

「君はぬいぐるみのどこら辺を狙って、クレーンの位置を決めているのかね?」

「そんなのもちろん、ぬいぐるみの真上に決まっているじゃない!」

 高円寺はさも当然のように言う。

「甘い、甘すぎる。甘酒よりも甘い!」

「何言っているのよ! ? だって、ターゲットの真上を狙わないと、景品が掴めないじゃない! ?」

「ちっちっちっ。それがトーシローの考えなんだよ」

 高円寺は少し不機嫌な顔になる。

「高円寺くん、この筐体のクレーンを見なさい。何か思ったことはないかね?」

 高円寺はしばらく考えて、

「……うーんと、クレーンが……小さい……?」

 と恐る恐る言う。

「そう! その通りなんだよ! この筐体は景品に対してクレーンが小さいんだよ! だから、そのクレーンではぬいぐるみを掴んで、ゲットすることは不可能なんだよ!」

「えっえええええええええええ!」

 ビックリ仰天といった様子の高円寺。ここまでリアクションしてくれると、こちらとしても張り合いがある。

「いいかい? この手の小型クレーンは、賞品を掴むんじゃなくて、景品のタグに引っ掛けるのが定石なんだよ!」

「そっ、そうなの! ?」

 このことをプライズゲーム愛好家の間ではゲームセンターからのメッセージと呼んでいる。

「ああ、いいから見てなさい」

 俺はコインを投入し、クレーンを動かした。

「クレーンをこのくらい移動させて……」

プライズゲームで大事なのは、クレーンを景品の真上に持ってくるのではなく、アームの開らき具合を計算しながらクレーンの位置を決めることだ。

「よし、こんな感じかな?」

 俺はクレーンの位置を決め、決定ボタンを押した。アームは俺が予想した具合に開き、下へ移動する。

「えっ、ちょっと、隅っこ過ぎない?」

 高円寺は狙いが外れていると思っているのだろう。

「いいから、見ておけ」

 クレーンは徐々に降りて行きアームを閉じる。すると、クレーンのアームが景品のタグに引っかかり、見事ぬいぐるみを引き上げた。

「えっ、すごい。あの小さなタグを狙ったの?」

 アームは小さなタグを引っ張り上げる。そして――

 ストン。

 見事、ぬいぐるみが受け取り口から落ちてきた。

「どうだ?」

 俺はドヤ顔を高円寺に見せつける。

「く、悔しいけど……凄かったわ……あんな手があるなんて……」

 ワナワナ震える高円寺。そこまで、悔しがらなくてもいいと思うが……。

「まぁ、俺は天才だからなあ。こんなの楽勝さ」

 俺は大人の余裕を見せつけた後、高円寺にぬいぐるみを手渡した。

「えっ、いいの?」

「ああ。俺がそんな可愛いの持っていたら恥ずかしいだろ?」

「じゃ、じゃあ、しょうがないわね。貰ってやるわよ……」

高円寺はバツが悪そうにしながらも顔を赤らめた。全く素直じゃないな。


その後、俺たちはしばらくゲーセンで遊び、帰ることにした。

「結構、遅くなっちまったな?」

「ええ、そうね。でも今日は楽しかったわ」

 高円寺は心なしか笑っていた。

「……今日は付き合ってくれて、ありがとうな?」

 俺が改めて礼を言うと、

「……なによ、急に? あなたらしくない」

 高円寺はサラッと言った。

「いやさ、高円寺が不機嫌だったのは俺の責任だし、これから中間選挙とか、いろいろあるしさ……」

「……そうね。これからもっと、頑張らないとね?」

「ああ」

 俺は一応、高円寺の機嫌を直せたのかな? と思い、帰路に着いた。



 翌週。

「今日は中間選挙の発表日よね?」

 俺たちの選挙活動もいよいよ後半戦に入った。

「ああ、そうだ。昼休みに中間選挙の結果が出る。この中間選挙の結果がそのまま本選挙の結果につながることも多いから、この結果は無視できないな」

 準備室に緊張が走る。

「そうだねー、去年も一昨年も中間選挙でトップだった人がそのまま生徒会長になっているし、やっぱりここが一番の山場だよね?」

「ああ、そう言って差し支えないだろう」

 俺たちは今までネットを駆使したり、全校生徒の名前を覚えるなど様々な努力を重ねてきた。その努力が結果に結びつくといいのだが……。

「彩子ちゃんなら、大丈夫だよ」

「あんなに頑張ったもんね。大丈夫だよ! 絶対に1位だよ」

「あーもー、吐きそう……」

 俺たちがあーだこーだ言っている内に時間は過ぎていった。


「それでは、今から中間選挙の結果発表を行います」

 現生徒会長の山吹が体育館で中間選挙の話を始めた。

「今年の生徒会長立候補者は15人。例年よりも多い結果となりました。今年も熾烈な選挙活動が行われていますが、さっそく順位の発表に移りましょう」

 山吹は演説を終えると、制服のポケットから一枚の紙を出した。おそらく、ここに選挙結果が書いてあるのだろう。

「えー、それでは、発表します」

 ……ゴクリ。

 一瞬のうちに体育館の空気が変わる。

「上位から発表したいと思います」

 さぁ、どうなるんだ?

「……1着・メイデンライアン 2着・ハリボテサラブレッド……ではなく……」

 ん?

 生徒会長は「失礼しました」といい、訂正した。

今のはなんだったのだろうか?

「えーでは、改めまして、順位を発表します」

 少し間の抜けた感じになったが、生徒会長は再び真剣な表情になった。

 再び体育館が張り詰めた空気に支配される。

 当然だ、皆真剣に選挙活動を行ってきたのだから。

「それでは、3位から発表します!」

 生徒会長はコホンと一息つき、

「――第3位 館林喜美夫」

 順位を読み上げた。

 アアアアアアアアアアアアアアアアア。

どこからかどよめきと歓声が沸き起る。

よし。とりあえず、高円寺が1位という可能性はまだ残っている。

俺は拳を固く握り締める。

「えーでは、1位と2位、同時に発表します」

 生徒会長は坦々とスピーチを続ける。

 高円寺は1位か? 2位か? 俺の心はそのことだけに支配された。

 頼む! 高円寺を1位にしてくれ!

「――第1位 相川正 第2位 高円寺彩子」

 キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 どこからか、黄色い歓声が巻き起こる おそらく、相川の支持者からだろう。

 俺は頭の中が真っ白になり、体育館を後にした。


「惜しかったね、彩子ちゃん」

「ええ……」

 今日の準備室はなんというか、お通夜ムードだった。

「ほら、恭一も元気出して!」

 遥は人が落ち込んでいたら励まさずにはいられない性格なのだろう。場の雰囲気を盛り上げようとしている。

「そうだよ! まだ、中間選挙の結果が発表されただけじゃん。本番、までにまだ何か出来ることだってあるはずだよ!」

 唯に叱咤された。

「ああ、そうだな……唯の言うとおりだ……」

このまま落ち込んでいても仕方ない、次の作戦を立てよう。俺は気持ちを切り替えることにした。


 しばらく経って。

「じゃあ、気持ちを切り替えて。どうやったら先の本選挙でトップ当選できるかだが……」

「うわっ、切り替え早!」

 周りが少し驚いたが気にしない。

「何か考えがある人はいるか?」

 俺は周りを見渡した。

「うーん、やっぱり、地道にやっていくしかないんじゃにかしら?」

 高円寺が高円寺らしい答えを言うと、

「ちょっと待った!」

 唯が口を挟む。

「今回の票の流れを見てさ、1位の相川くんは680票、2位の彩子は580票、という票差が出ているんだけど、これを見て何か思わない?」

「えーっと、全校生徒が1500人だから、、2人で1260票。ほとんどの票はこのどちらかに流れているわけよね?」

「そう!」

「つまり、唯は何が言いたいんだ?」

「もうここまで来たら、相川に流れた票をぶん取るしかないんじゃないかな? だって残り13人で240票でしょ? ってことは一人あたり19票だから、ほとんどその候補者の関係者だろうし」

「なるほど」

 唯の発言は最もだった。

「つまり、俺たちが勝つには、何らかの方法で相川に流れていった票を奪わなきゃいわけだな?」

「そうそう」

 俺たちは相川から票を奪う方針に切り替えた。


「じゃあ、何かアイディアのある人はいるか?」

「はい」

「じゃあ、遥」

「やっぱり、相川くんの支持層って女の子が多いと思うから、そういった女の子に魅力的な公約を掲げるとか?」

「うーん、そうだな……悪くはないと思うんだが、それだけだと弱いというか……」

遥の提案は悪くなかったが、他の人の考えも聞いてみよう。

「はい」

「じゃあ、唯」

「やっぱり、自分の評価を上げるよりも他人の評価を下げる方が楽じゃん? だから、相川君の隠された本性を暴くっていうのはどう?」

「つまり、相川にとって不都合なことを宣伝すると?」

「そう!」

 唯が言いたいのは、いわゆるネガティブキャンペーンというやつだろう。ライバル候補者の悪いところを宣伝して、相手の票を減らす戦法だ。

「唯、それはダメだよ。相手の足を引っ張るみたいで……良くないよ……」

「だって……これくらいやらないと逆転できないよ?」

 唯の言うことは最もだ。

「なら、私、もう一回対談するから」

「それは、ダメだ」

「ぶー」

「まぁ、相手の粗探しとまではいかなくても、周りの評判を聞くくらいなら大丈夫じゃないか? 俺はとにかく相川はどんな人間なのか知りたいし、明日、聞き込みでもしないか?」

「そうね、それくらいならね」

 これで、今日の話し合いは終了した。


翌日の放課後。

「じゃあ、昨日言ったとおり、相川についての情報交換をはじめよう」

 俺たちは相川についての情報交換を始めることにした。

「じゃあ、みんな相川について調べたことを教えてくれ」

 すると、唯が「はい」と手を挙げたので、俺は指名した。

「うーんとねえ、私がクラスのみんなから聞いた情報だけど」

「うん」

「相川君って、すっごい優しいんだって。男女年上年下関係なしにすっごい評判いいよ」

「なるほど、ありがとう」

 やはり、モテる奴は自分に自信があるからだろうか? 誰にでも優しく出来るらしい。

「じゃあ、私が調べたことを話すわね?」

「ああ、頼む。高円寺」

「なんでも、相川くんの両親は市会議員をやっていて、近所の評判は最高。このまま行けば、相川くんもその地盤を引き継いで将来は市長になるかもって噂もあるんだって」

「そうか……」

 相川って、すごい奴だったんだな。

「じゃあ、私も調べたこと言うね」

「頼む、遥」

「えーっと、部活はサッカー部で、エースストライカーなんだって、県の代表選手にも選ばれているみたいで、いろいろな大学が注目している逸材みたい」

「ふむ……」

 こういう奴って、実在するんだね。

俺は相川のマイナスポイントを見つけられなかった。

「じゃあさ、それが本当かどうか、相川くんの素行調査といこうよ?」

 唯は身辺調査を提案した。

「えー、それはやりすぎだよー」

「私も人を出し抜くようなことには反対だよー」

 さすがに、素行調査はやりすぎと、2人は反対する。

「じゃあさ、私一人で行くから! 三人はいつも通り選挙の準備ということで」

「えっ、唯一人で?」

「うん!」

 唯は必ず成果を上げてくるからと言うと、誇らしげにカメラを掲げた。


 翌日。

「で、成果はあったの?」

 高円寺が唯に詰め寄る。

 すると――

「う、うん……。もちろん……」

 唯はなにやら歯切れが悪い様子。

「じゃあ、その証拠を見せてもらおうかしら?」

 高円寺は手を差し出した。

「ま、まず、この写真から……」

 唯は証拠が収められていると思われるカメラをいじりだす。

「ほら、相川君が何か拾っているでしょ? これズームで見てみると、エッチな本ぽくない? きっと、これ18歳未満が見ちゃダメなやつだよ! これはスクープだね!」

 なにやら必死に説明していた。

「確かに何か拾っているようね……」

 確かに画面には相川が雑誌のような物を拾っている姿が写っていた。

 だが――

「ちょっと、待って! こっちをズームして」

「えっ、それはまずい……じゃなくて……。いいじゃんそんなこと、ささ、選挙活動しようよ!」

 唯はなにやら慌てる。

「って、これゴミ拾いの活動じゃない!」

 よく見てみると、相川が河川敷でゴミ拾いをしている所だった。

「唯~、どういうこと~?」

「まっ、まぁ、誰にでも間違いはあるよね。ははははは……」

 その後、俺は唯の写真を何枚か見たが、相川がお年寄りに席を譲ったり、近所の清掃をしている写真ばかりだった。


 放課後。

 俺は唯にどうしても一人で来てほしいと言われ、空き教室に来ていた。

「恭一君、今日君に来てもらったのは他でもない……」

「ああ」

「あやつの善人面の裏にある極悪非道な本性を暴いてやるためだよ!」

 唯はメラメラと燃えていた。

「てか……まだ、諦めていなかったのか……」

「もちろんだよ! てか、今回は恭一くんにも手伝ってもらうからね」

「えっ……俺も……」

 と言いかけると、

「ねえ、お願い、私を助けると思って……」

 唯は腕を絡めてきて上目遣いでお願いしてきた。

「……まっ、まあいいけどさ」

「さすが、恭一君!」

 唯が俺に抱きつく。うーん、温かい……。

「だけど、どうやって、その証拠を掴むんだ?」

 俺が本題に戻ると、

「ふっふん。よくぞ聞いてくれた、恭一君。私には秘策があるのだよ!」

 唯はなにやら怪しげなメモを取り出した。

「名づけて、ハニートラップ作戦! 内容は作戦名のとおり、女の魅力を使って相川を誘い出し、相川が淫らな行為に及んでいるところを激写するのよ」

 唯は自信たっぷりに言った。

「……うん。なんとなく分かったが、具体的にはどうするんだ?」

「まず、私が相川を保健室に呼び出す。ちょっと……熱があるみたいお兄ちゃん……保健室に連れて行って……(上目遣い)みたいな感じでやれば、相川はホイホイついてくるわ。それで、私がベッドに入って相川を誘うの。その気になった相川はその本性をむき出しにするから、そこを恭一くんがこのカメラで激写するの!」

 唯はかなり恥ずかしいことを自信ありげに語った。

「分かった。だが、保健の先生はどうするんだ?」

「それは大丈夫。先生、その時間帯はハッスルミュージアムに行っているみたい。昨日、チケットあげたら喜んで行ってくるって言っていたし」

「それって、職務怠慢なんじゃ……?」

 いろいろ心にひっかかる部分はあったが、とりあえず、俺たちはその作戦で行くことにした。


 放課後。

 俺は相川の淫らな写真を撮るために保健室の掃除用具入れの中に入っていた。掃除用具入れの中は、なんとなく雑菌臭く、あまり居心地のいい空間ではなかった。

 俺がしばらく掃除用具入れで待機していると、

「ねえ、お兄ちゃん……私、熱があるの……保健室に連れて行って……」

 保健室の外から唯らしき声が聞こえた。

「え……? 僕は一人っ子だけど……」

「もう、そんなことどうでもいいの……唯、頼りになりそうな人はみんなお兄ちゃんって呼んでいるの……」

「分かった。じゃあ、保健室行こうか」

 どうやら、うまくいったようだ。2人の足音が近づいてくる。

 ガラッ。

「保健の先生、いないのか?」

「そうみたい……」

 唯は予定通りのセリフを言う。

「じゃあ、この近所に医者の知り合いがいるんだ。今から電話するから、待っていろ!」

 相川が携帯電話をいじりだした。

「だめ! ちょっと待って! ……じゃなくて……違うの……。この熱はお兄ちゃんに看病して欲しいの…………」

 唯はベッドに入り上目遣いで親指をくわえるポーズをしはじめた。

「えっ、ちょっと、なにやっているんだい! ? と、とにかくっ、病気は専門家がみないとダメだ」

そう言うと、相川は再び携帯電話をいじりだす。

「いやあ! ちょっとまって! 相川くんが医者を呼ぼうとすると、……ハァハァ……どんどん熱が高まって……ハァハァ……症状が重篤になる病みたい……」

 唯は息遣いを荒くし、あからさまに苦しそうな表情をする。

「それは大変だ! 僕に出来ることがあったらなんでも言ってくれ!」

 相川はなぜかあからさまな嘘に騙された。

「じゃあね。その…………つきっきりで私を見て…………」

 唯はなりふり構ってられないといった様子で上着を脱ぎ始める。

「って! なんで服を脱ぐんだい?」

「体が熱くて熱くてたまらないの……」

 唯は上着を脱ぎ終えると、相川の手を握り始めた。

「ちょっ……何やっているんだい……! そうだ、熱を測ろう! 今、体温計持ってくるから!」

 相川は慌てた様子で唯から身体を離し、体温計を探し始めた。

「おっ、こんなところに体温計あったぞ!」

 相川は体温計を見つけると、唯の方へ戻り、体温計を手渡す。

「はい、これで熱を計って。熱がないなら、僕はもう戻るから……」

 すると、唯は――

「違う。この体温計じゃ測れない!」

 と訳のわからないことを言い始めた。

「え? 体温計にこだわりでもあるの? でも、保健室にはこのタイプしか……」

「私、この体温計がいい……」

 唯は何やら顔を赤らめ、相川の股間部分に手をやった。

「……え?」

 場の空気が一変する。

――ここで、相川が欲情するようならば、相川には悪いが、俺はここで出ていかなければならない。俺は心を決めた。

「ねえ、早く……。女に恥かかせないで……」

 唯は上目遣いで相川に迫る。

 そして――

「…………。ごめん。それはできない」

 相川は唯の申し出を断った。

「ねえ、どうして?」

 やめろ、唯。俺は食い下がる唯を見ていられなくなった。

 こんなにいい奴をこれ以上嵌めるような真似は出来ない。流石の俺も罪悪感に押しつぶされそうになった。

「僕には心に決めた人がいるんだ。僕の大事な人……大事な彼氏を裏切れない……」

 やはり、相川は真の人格者だったんだ。人間の鏡のようなやつで、こんな時も理性を失わないなんて……って、え? 今、何だって?

「僕には心に決めた大事な彼氏がいるんだ。そして、僕のエクスカリバーは彼専用なんだ。だから、ごめんよ……子猫ちゃん……」

「…………え?」

 唯は青ざめた表情になり、

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 凄い勢いで保健室を飛び出してしまった。


翌日。

 高円寺に昨日の経緯を話すと、

「あんたたち、馬鹿でしょ?」

 冷たい返事が返ってきた。

「これ以上やると、こっちの評判が落ちるかも知れないから、もうこの方法はやめましょう」

 ということで、俺たちのネガティブキャンペーンは失敗で幕を閉じた。

「じゃあさあ、どうする? このあと?」

「やっぱり、普通に活動するしかないのよ」

 俺たちは振り出しに戻り、今までの方法でいくしかないと話が纏まりかけた。

「でも、このままの流れで行くと9割形、相川君が勝っちゃうんじゃないかな?」

 遥が口を挟んだ。まぁ、それはみんな分かっていることなんだけど、危ない橋を渡るのは気が引けるというか……。

「じゃあさ。もう情に訴えていく方法で行こうよ。選挙の時でもよくあるじゃん。選挙終盤になると、私を男にしてください! みたいなやつ。それで、同情してもらうっていうのは?」

 唯が言ったやり方は、実は結構使われる手法だ。心理学的にも人は最後の最後になると、自分の損得よりも感情で決めてしまうところがあるらしい。

「そうね。これからは、少し感情を表に出して、選挙活動してみようかしら……」

 ということで、この情に訴えていく作戦で話がまとまった。まぁ、このやり方が、あの100票差をひっくり返すだけの効果が無いことは、みんななんとなく分かっているんだろうけどさ。


 3日経って、選挙当日の朝。

「ごめん、高円寺」

 俺は開口一番にこう言った。

「なによ、突然?」

「いや、分かっていると思うけど、俺は高円寺を勝たせてやることが出来きそうにない」

 俺は昨夜票の流れを予想したが、どう楽観視しても相川の勝利になると出てしまったのだ。

「なによ、あなたらしくない。それにまだ、負けると決まったわけじゃないのよ」

「そうだな……。そうだけど……」

 俺がしょぼくれた顔をしていると、

「そうだけど、じゃないでしょ? そうなのよ!」

 高円寺はバシッと俺の背中を叩いた。

「~~~~~~~っ。いてえな! なにするんだ!」

「これで、少しは気合が入ったでしょ! ?」

 高円寺は声を張り上げた。

「ああ、そうだな。悪いな、辛気臭い顔しちゃって」

「分かればいいのよ」

 まぁ、ここまで来ちゃったら、とにかく全力で活動するしかないか。


 朝の選挙活動。

「高円寺彩子に清き一票を!」

「彩子ちゃんをお願いします!」

「私のことは嫌いになっても、彩子のことは嫌いにならないでくださいっ!」

 俺たちはとにかく声を出して選挙活動を行った。

 今までの成果か、高円寺の周りにはたくさんの人だかりができていた。しかし、相川の方にはさらに多くの人だかりが…………できていなかった。

 どういうことだ?

 俺は若干気になったが、持ち場を離れることができなかったので、そのまま選挙活動を続けた。


 昼休みになった。

 今日のこの時間に、候補者は全校生徒の前で最後の演説を行う。その後、すぐに投票が行われるので、この演説の意味位は非常に大きいのだが……、選挙管理委員がかなりバタついている。……気のせいだろうか?

 少し時間が経ち、「生徒会長候補者とその推薦人は体育館の裏に来てください」とのアナウンスがあったので、俺たちは言われた通り移動する。

 俺たちは体育館裏に移動しがてら。

「ふう、いよいよね?」

「そうだな、いよいよだな。だけど、俺たちの演説順番ってどのあたりだったっけ?」

 俺は朝からバタバタしていたので確認し忘れていた。

「私たちは中間選挙で2位だから、最後から2番目の演説よ」

「って、ことはまだかなり時間があるか?」

「そういうことになるわね」

俺たちはいましばらく緊張の時間を強いられるらしい。

 

順番待ちをしていると、俺はこの朝からの異変に気づいた。

 それは――

生徒会長筆頭候補である相川の姿が見えないのだ。

「なあ、高円寺。相川はどこに行ったんだ?」

「分からないわ。だから、選挙管理委員会もかなり焦っているみたい」

「そうか、だからか……」

 朝からのざわめきの正体が判明した。


「――以上で、私の演説を終わりにします」

3人目の候補者の演説が終わっても相川の姿は見えなかった。あいつは、本当にどこに行ってしまったのだろうか? 

俺は近くにいた選挙管理委員に話を聞いてみることにした。

「すみません、相川君なんですが、どこへ行ったかしりませんか?」

 俺はなるべく自然に聞く。

「それがね、私もたった今聞いたんだけど、親戚の子が熱を出しちゃったみたいで、その子を連れて病院に行っているみたい。それで、なかなか帰って来られないらしくて……」

「そうですか、ありがとうございます」

 相川は看病のため病院へ行って、それで今ここにいないのか。

――これは、俺たちにとって僥倖以外の何者でもない。このまま、相川が選挙会長演説に出なければ、俺たちの勝利がほぼ確定するからな。

 だが――――

「なあ、高円寺。相川の件どう思う?」

 俺は高円寺に話てしまった。

 人一倍正義感の強い高円寺の答えは分かりきっているのに――

「それはフェアじゃないわね。このまま不戦勝しても心からは喜べないわね」

 ――――やはりな。

 実に高円寺らしい答えが返ってきた。

「じゃあ、あとは頼む。推薦人の代理は遥に頼んでおくから!」

「え? ちょっと、何処へ行くの?」

 俺は体育館を飛び出した。

 そして、俺はこの街に一つしかない病院へ向かった。


「ハァハァ……」

 俺は学校から全速力で自転車を漕ぎ、病院の受付までたどり着いた。

「すみません、相川正っていう高校生来ていませんでしたか?」

 俺は受付の人に相川の居場所を聞き出す。

「ああ、あの高校生の子なら、301号室よ? お友達?」

「そんな感じです。ありがとうございました」

 俺は病室を聞くと、全速力で階段を駆け上がり――

 バンッ。勢いよく病室の扉を開けた。

「おい、相川。生徒会長選挙はどうした? このままだと失格になるぞ!」

 俺は病室にいる相川を発見し、勢いよく言った。

「……君は高円寺さんの推薦人の高木君だね?」

「ああ、そうだ。早くしないと間に合わなくなるぞ!」

「そうだったのか……。ありがろう。でも、もういいんだよ……、生徒会長選挙は。おそらく、今から行っても演説に間に合わないだろうし、こういう天命だったと受け止めているんだよ」

 相川は何もかも諦めた表情だった。

「嘘つくんじゃねえ! お前、すごい必死に頑張っていたじゃねえか! とりあえず、最後の最後まで頑張ってみろよ! 他の候補者だって、相川が棄権した状態で勝っても嬉しくないだろ!」

 俺は病室ではあったが、少し声を荒らげてしまった。

「そりゃ、僕だって、行きたかったさ……でも……」

 相川が下を向くと――

「行ってきなよ。僕は大丈夫だから……」

 相川の隣に座る小さな男の子が笑いながら言った。

「隆史……」

「僕のせいでお兄ちゃんのやりたい事ができなくなっちゃうのが一番悲しいんだ。だから、行ってきてお願いだから……」

 相川はしばらくその子の顔を見つめて――

「分かった」

 相川は引き締まった表情になった。覚悟を決めたのだろう。

「じゃあ、行くぞ!」

「ああ」

 俺は相川を連れて、病院を出た。


 俺たちは外に出た。

「よし、今から学校に向かうぞ!」

 俺は相川の手を引きながら言う。

「でも、このままだと時間的には間に合わないぞ。 タクシーを使っても厳しいな」

 相川は時計を確認する。確かに時間的余裕は全くない。

「よし、これに乗ってくれ!」

 俺はバイクを指差した。実はこの病院、俺が入院していた所なので多少顔が利くのだ。

「だが……運転できるのか……?」

「大丈夫だ。免許はある。とにかく乗るぞ!」

「……ああ、分かった!」

 俺たちはバイクに乗り込み、走り出した。


ブロロロロロロロロ。

俺はエンジンをフルスロットにして、国道を駆け抜けていた。

「ちょっと、こんなにスピードを出して大丈夫なのかい?」

 バイクのスピードメーターは100キロをゆうに超えていた。どう考えても制限速度を超えているだろう。

「ああ、大丈夫だ。ここは警察のネズミ捕りもないし、スピードをチェックするカメラもないからな」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

 まぁ、相川の言いたいことは分かる。安全性とか、そういうことを言いたいのだろう。だが、今はそんなことを言っている場合ではない。とにかく間に合うことを一番に考えよう。

 しばらく走って、時計を見ると、時間がかなり差し迫っていることが分かった。

「くそ……、このままだとギリギリアウトだな……」

 俺はこのままバイクを飛ばしても、間に合う見込みが薄いと感じ、イチかバチかの賭けに出ることにした。

「こっちの道の方がショートカットか」

 キキー。

 俺はハンドルを大きく切った。そこは道路ではなかったが、学校への最短ルートだ。俺は思い切って突入することにした。

「おい、ここは民家の庭じゃないか? 入って、大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ。ここが空き家だってことは調べてあるからな」

 俺は多少無理しつつも、スピード重視で行くことにした。


 キキー。

 学校に着いた。

「すごいな、一回も止まらなかったぞ」

「ああ、すべて信号なども計算してある。とにかく行くぞ!」

 俺たちは全速力で体育館まで走った。

「――以上で、私の話を終わりにします」

 パチパチパチ。

 今、ちょうど高円寺の演説が終わったところだった。

「よし、ギリギリセーフだ、行ってこい!」

「ありがとう、恩に着る」

 相川はそのまま壇上に上がった。

 そして、マイクを握り、

「皆さん、遅れてしまって申し訳ありません。この度、生徒会長選挙に立候補させていただいた相川正です」

 少し息を切らせながらだったが、しっかりと演説を始めた。

「私はこの学校をいい方向へ向かわせたい、そんな思いでこの生徒会長選挙に挑みました。私自身にこの学園に強い思い入れがあり、入学して以来、毎日どのようにしたら学園が良くなるのかと考えていました」

 相川は演説を続けた。メモを見ながら言うのではなく、まっすぐ全校生徒の方を向いて演説を続ける。これは、普段からこう思っているからこそ、出来ることだろう。

「私はこの学園がよくなるためには、私が生徒会長になり、この学園を引っ張っていかなければならない、そう思っていました。しかし、今日、その考えは変わりました――」

 考えがえが変わった? どういうことだろうか?

「私は私以外にもこの学校を引っ張っていける、そんな人物を見つけてしまったのです」

 周りの生徒たちが「誰だ?」とざわつき出す。

「それは、高円寺さんの推薦人・高木恭一君です。私がこの場に立って演説しているのも彼のおかげといっていいでしょう。私は彼に惚れてしまったのかもしれない。その男らしさ、その行動力、正義感。どれをとっても彼は一級品です。そして、その彼に推薦されている高円寺さんもまた同じように素晴らしい人間なのでしょう」 

 相川は俺にウインクしてきた。選挙演説でほかの人間を持ち上げるとは、なんて奴なんだ!

「だから、私は自分自身ではなく、彼の応援する高円寺彩子さんに投票しようと思います。私をいままで応援してくださった皆さん、本当にごめんなさい」

 そう言うと相川はマイクを置き、壇上を降りた。

 相川が壇上を降りると、パチパチパチと拍手が起き、生徒会長選挙演説は幕を閉じた。


放課後。

「生徒会長選挙、お疲れ様~」

 俺はクラスメイトの何人かに声をかけられた。相川の話は本当なのか? とか、急にいなくなるから心配したとか、高円寺が生徒会長になったら部費を上げてくれとか、いろいろ聞かれたが、まぁ悪い気はしなかった。

 クラスの男子とも高円寺の話をして、「実はいいやつだったんだな」と分かってくれたみたいなので、俺はこの生徒会長選挙を頑張って、本当に良かったと思った。

 その後、俺はいつもの準備室へ行くことにした。特にすることは無いのだが、この準備室とも今日でお別れだ。最後に俺はひと目見ようと、足を運ぶと――

「おつかれ!」

 そこには遥・高円寺・唯の姿があった。

「いや~、私たちもこの準備室が恋しくなってね。これから、お疲れ様会やる予定なんだ!」

「恭一も参加してくれるよね、ね?」

「参加しなさい! 命令よ」

 と、みんなが言ってきた。

「おう、もちろんだ!」

 俺は元気よく言った。

 その後、俺たちは持ち寄ったお菓子を食べながら、下校時間ギリギリまで騒いだ。


 翌日の朝。

「おい、大丈夫か?」

高円寺が青ざめた表情で震えていた。

選挙の結果発表は、今日の昼休みに行われるのだが、…………この調子で昼まで持つのだろうか? 

「大丈夫なわけないでしょ? だって、皆があんなに頑張ってくれたのに、もしダメだったたら……考えるだけでも恐ろしいわ……」

 高円寺は唇を青くし、今にもプレッシャーに押しつぶされそうだった。

「その時は、その時だろ。それに、高円寺を生徒会長にするって言いだしたのは俺だぞ。もし、ダメだったら、その時は俺の責任だ」

「高木、ありがとう……」

 高円寺は涙目になりながら弱々しく言った。……くそ、なんだか可愛いな。


 昼休み。

 生徒会室前には大きな人だかりが出来ていた。みんな、今か今かと、生徒会長選挙の結果を心待ちにしているのだ。

「今度の生徒会長は誰だと思う?」

「高円寺さんか……いや、ああは言っても相川に入れる奴も多いだろうし……ダークホースの黒馬かもしれないし……」

 生徒会室前で、様々な憶測が飛び交う。

 俺の手のひらにも大量の汗が噴き出し、高円寺に至っては緊張しすぎて今にも泣き出しそうだ。

 そんな緊張感が高まる中、生徒会役員が出てきた。

「はーい、どいてください」

 生徒会役員は掲示板に紙を貼りだした。おそらく、ここに結果が書いてあるのだろう。

 生徒会役員の持つ紙が徐々に壁に貼られていき、徐々に紙に書かれている文字が見えるようになってくる。

 さあ、高円寺は当選か? 落選か?

 その場にいる人全員の視線が一点に集中する。

 ――――生徒会長・高円寺彩子

 赤い薔薇の下に高円寺彩子という名前が書かれていた。

「やったあああああああああああ! やったよ、高木!」

 高円寺がピョンピョン飛び跳ね、俺に抱きついてきた。

「お、おう……」

 高円寺は今まで見たことないような満面の笑みを見せた。

 本当に良かったな……高円寺……。

 

 放課後。

 俺はある人物に出会った、それは――

「あら、偶然ですね。高木君」

「相川……」

 相川正だった。

「うーんと、とりあえず、生徒会長選挙おめでとう」

「いや、おめでとうもなにも……」

 実質、高円寺を生徒会長にしたのは彼の演説だからな。

「実はね、あの演説の続きじゃないんだけど……、僕は君のことがずっと前から気になっていたんだよね」

 相川は俺のことをじっと見つめる。

「それは……どういうことだ……?」

 まさか……

「せ、性的な意味じゃないわよ」

「分かっているよ!」

 やはり相川はゲイだった。

「で、なんだ? 俺に話したいことがあるから、わざわざ来たんだろ?」

「さすがね。……そうよ。あなたに話したいことがあるからここまで来たのよ」

 相川は神妙な顔つきになる。

「なんだ? 遠慮せず言ったら、どうなんだ?」

「……じゃあ、言うわ」

「ああ」

 一瞬間が空いて

「……あなた、その体あともって2ヶ月くらいかしら?」

「……!」

 俺は驚きのあまり、腰が抜けそうになる。

「いいのよ、驚かなくて。私も似たようなことをしているから……」

「なん、だと……」

 俺以外も神様に能力をもらっている奴がいるのか! ?

「実はね、私の体はもうあと3日ももたないわ……。神様がくれたこの力、素晴らしかった。でも、達成する目標値もすごく高かった……」

「おい、それどういうことだ?」

「まぁ、僕から言えることは、あなたは自分の覇道を貫きなさいということかしら。あなたなら達成できるかも知れない。あのビンを一杯にするという偉業を……」

 そう言い残し、相川は去っていった。

その後、相川は消息不明になるのであった。


 俺はその後、急いであの神社へ行った。遥の幸せのビンが満タンになったかを確かめるために。

「おい、神様、いるんだろ? 出てきてくれよ」

 俺は必死に叫んだ。

「ああ? 高木の坊主か? なんじゃ? そんな大きな声出して」

 神様は相変わらず、気だるそうに登場する。

「なあ、俺は遥の願いを叶えたぞ。これで、寿命は伸びるんだよな?」

「ああ、そのことか? そうじゃの……」

 神様はめんどくさそうに答える。

「結論から言うとまだじゃ。高山遥の願いは1つ達成されたかもしれないが、これだけじゃ、不十分じゃ。これからも、遥の願いをどんどん叶えてやってやれよ」

 神はビンがまだ満たされていないと答えた。

「だけど、待ってくれ。俺はこの1ヶ月本気で――」

「じゃあ、ワシは眠いから寝るぞ。当分、起こすなよ」

「お、おい……」

 神は話半ばに消えてしまった。


 帰り道。

「ちくしょう!」

 俺は道端の石を蹴飛ばした。

 この1ヶ月、俺なりにかなり頑張って遥の願いを叶えたつもりだった。けれど、これじゃあ不十分らしい。やはり、もっと大きなことを成さなくてはならないのだろうか?

 俺は自分の中で考えを巡らせる。 

 ……だが、どんなに大きなことを成したとして、それで遥が喜ばなければ、なんの意味もないよな……。果たして、残り2ヶ月あまり、どのように過ごすべきなのか……。

俺は悶々とした気持ちで帰路に着いた。


 翌日。

 俺は学校へ向かった。

 俺は選挙活動やらなんやらで朝早く登校する癖が抜けず、授業開始の1時間前に学校に着いてしまった。

「さすがに、まだ誰もいないか……」

 教室を見渡しても誰も来ていない。

 ……どうするか?

 俺はこの空いた時間をどう潰すか考えた。

 ――あっ、そいういえば!

「確か、今日からあの場所は俺たちが使っていいんだよな?」

 俺は暇を持て余していたので、前々から気になっていた生徒会室へ向かうことにした。

 

 ガラッ。俺は生徒会室の扉を開けた。

「すっきりしているんだな」

 生徒会室は引越し後のようなガランとした佇まいだった。もちろん、机や書類などの最低限の物はあるのだが、生活感がまるでない。

「パソコンでも持ってくるか」

 俺は高円寺がここに来ていきなり活動できるように、いろいろ準備することにした。

学校から生徒会で使うパソコンを申請したり、ソフトをインストールしたり、まあそれなりにやることがあり、この作業は俺にとっていい暇つぶしになった。


 俺が生徒会室に来てから30分くらい経った頃だっただろうか、学校にはポツポツと生徒が集まり始めていた。この生徒会室は学校の3階にあり、登校する生徒の様子がよく見える。

「今日から俺たちがこの学園の代表になるのか……」

 登校してくる生徒を見下ろしていると、俺は少し感傷的になった。

 すると――

 バサッ。後ろから急に抱きつかれた。

「だ、誰だ?」

 俺はビックリして、声が上ずってしまった。

「私だよ、恭一!」

 そこには遥の姿があった。

「ビックリさせるなよ……」

「ビックリさせたかったんだもん……」

 いたずらに笑みを浮かべる遥。やばい、かわいい……。

「な、なんの用なんだ?」

「彩子ちゃんを生徒会長にしてくれた、お礼を言いたくて……」

 遥は上目遣いで目をウルウルさせる。

「べ、別に改まって、そんな……」

 すると、遥は腰の後ろに手を回し、抱きつこうとした。

「恭一……」

 潤んだ目で迫って来る遥。

 俺がそんな遥に抗えないでいると――

 ガラッ。生徒会室の扉が開く音がした。

「こ、高円寺!」「彩子ちゃん!」

 俺たちはハモった。

「ちょっと! なにやっているの! ?」

 キッ、と目を鋭くし、高円寺が迫ってきた。

「いや、これは違うんだ。高円寺」

「そう、彩子ちゃん、これは欧米型の挨拶というか……」

「高木、何が違うの? 遥ちゃん、ここは日本よ? どんな理由があろうと、私は不純異性交遊を認めません!」

 高円寺ははっきり、きっぱり、俺たちを糾弾した。


 昼休み。

 俺たちは生徒会室で引き継ぎ書類の整理をしていた。

「じゃあ、これが今日の分の仕事なんだけど……」

 高円寺は大量の書類を抱え、仕事の割りを考えていた。

「えーっと、これは唯の分」

 高円寺は5枚くらいの書類を唯に渡す。これが今日の唯の仕事ということだろう。まぁ、これくらいならすぐに終わりそうだ。

「えーっと、これは遥の分」

 遥に10枚くらいの書類が渡される。

なんか、唯の分より若干多い気がするが、……気のせいか? 俺は特に気にしなかった。

「えーっと、これが高木の分ね」

 ドサッ。俺に100枚ほどの書類が渡された。

……ん? 

「おい!  ちょっと、待て。俺だけ、量が多すぎないか! ?」

 俺は抗議の声を上げる。

「え? そうかしら? みんな平等に配分したつもりなのだけれど?」

 悪びれる様子のない高円寺。……もしかして、朝のことをまだ怒っているのだろうか?

「おい、どこが平等なんだ? 明らかに書類の枚数が違うじゃないか?」

 それでも俺は抵抗すると、

「……分かったわ。高木くんの分も減らしてあげる。だけど、その代わり、減らした倍の数だけ反省文を増やすからよろしくね?」

 フフフ、と冷たく笑う高円寺。 

 やっぱり、怒ってらっしゃるのね……。

「……分かった。やればいいんですね、やれば……」

 俺は不本意だったが、この理不尽を受け入れることにした。


 放課後。

 俺はまだ書類と格闘していた。

 仕事が終わった唯と遥は「ごめんね」と言い残し、早々に帰ってしまい、生徒会室には俺と高円寺の二人きりになっていた。

「おし、残り20枚……」

 俺は黙々と作業に没頭し、書類の山を減らしていた。こういう作業は、始めるまでが辛けど、一旦始めると没頭するっていうか、案外やめ時が分からなくなるもんだよな。

「おし、これも出来た……」

俺はこのまま仕事を片付けてしまおうとした時――

「ねえ、高木」

 高円寺に話しかけられた。

「なんだ、高円寺?」

「今朝、ここのパソコンを設置してくれたのって、あんた?」

 高円寺が聞いてくる。

「ああ、そうだけど……」

「………………」

 そう言うと、高円寺はバツの悪そうな顔をし、再び黙ってしまった。


 あれから10分くらい経った頃だろうか? 

俺は渡された書類すべてに署名捺印し、今日の仕事を終えた。

「高円寺? 書類、全部終わらせたんだけど、まだ何かやることあるか?」

 俺はまだ机で作業している高円寺に話しかけた。

 すると、高円寺は俺の方に近づき、突然俺の腰の後ろに手を回した。

「おい、高円寺? 何やって……」

「彩子!」

「え?」

「彩子って呼んで」

 そう言うと、高円寺は俺をギュッと抱きしめた。

「ああ……いいけど、なんでだ……?」

「だって、遥ちゃんと唯は下の名前で呼んでいるのに……。ズルいじゃない……」

「ズルいとか……そういう問題じゃない気がするが……」

 すると、高円寺はさらにギュッと強く俺を抱きしめ――

「じゃあ、呼んでくれないの? ……ずっと、高円寺のままなの?」

 高円寺は涙目のまま、俺に懇願してきた。

「ああ。じゃあ、お前のこと、今から彩子って呼ぶよ。それで、いいだろ? な、彩子?」

「……うん!」

 そう言うと、彩子はコクりと頷き、笑顔になった。


 帰り道。

 俺は彩子と帰っていた。

「なあ、彩子?」

「なあに?」

 上機嫌の彩子。そんなに嬉しいのだろうか?

「明日の全校集会で生徒会長の挨拶あるだろ? あれの準備は大丈夫か?」

「ええ。大丈夫よ。言う内容もバッチリ暗記してあるし」

 彩子は自信満々といった様子だ。

「そうか、それは頼もしいな」

「ところで、高木……」

「なんだ?」

 今度は、蚊の鳴くような声で話しかけてきた。

「あの、今さっき、彩子って呼んで言ったけど……」

「うん」

「やっぱり、それは二人だけの時にしよう……」

 彩子はモジモジしながら言った。

「なんでだ?」

「だって、私、生徒会長でしょ? 一人の男の子だけに、そんな肩入れしているって知られたら、気まずいっていうか……」

 彩子はバツが悪そうに言う。

「まぁ、俺はどっちでも構わないんだが……」

「ごめんね、こんなにめんどくさい女で……」

 彩子はそう言うと、家に着いたらしく、「じゃあね」と言い残し、小走りで家に帰っていった。


 翌日。

 この日の朝は朝礼から始まった。朝礼では主に新生徒会長の所信演説がメインであり、新生徒会長になった彩子は体育館のステージ上で演説を行っていた。

「えー、私、高円寺彩子はこの歴史と伝統ある大川学園の生徒会長に任命されたことを誇りに思い、日々その責任の大きさを実感しつつ、全力で職務に邁進していきたいと思います」

 パチパチパチ。

 彩子ははっきり、しっかり、演説を行い、その演説はまさに生徒会長に相応しいものだった。

「ここで、急にですが、この生徒会の副会長を発表したいと思います」

 ――え? なんだって? 俺が呆気に取られていると―― 

「――新生徒副会長は2年1組・高木恭一君です。昨日、生徒会のメンバーの過半数以上の賛成を得られたので決定しました」

 なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 聞いてないぞ! ?

 俺は彩子の方に目を向ける。すると、彩子はウインクをして、こちらに合図をしてきた。

 ちょっと、待って。俺は何も聞かされていないぞ!


 昼休み。

「おい、高円寺。なんで、俺が生徒副会長になっているんだ! ?」

 俺は彩子に詰め寄った。

「だって、唯と遥と話し合って、決まっちゃったんだもん。しょうがないんだもん」

 彩子は悪びれる素振りすら見せなかった。

「そうだよ、恭一。恭一しかいないよ。だって、恭一だもん」

「それは、どういう理屈……」

 遥も訳のわからないことを言う。

「それで、私が会計で遥ちゃんが書記ってことで、決まったみたい」

 決まったみたい、じゃないよ!

「いや、だからって……そんな急に……」

「だって、生徒会長選挙の結果発表の後、誰かさんがいなくなっちゃったでしょ? そこで決めちゃったのよ」

 確かに俺はあの時、相川の発言が気になって一目散に神社に行ってしまったのだ。

 だから、俺に非があるといえば、非があるのだが……。

「いや、だからって……」

「もう決まっちゃったことなのよ、諦めなさい」

 どうあっても、俺の意見は通りそうもないらしい。

「はいはい。よろしくお願いしますよ。生徒会長」

「うん、わかればいいのよ!」

 今日も彩子は元気いっぱいだ。


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