Hunt&Cook
翌朝フォルトナを発ったクレスたちは、北西に向けてパル平原を進んでいた。
魔物の群れは点在しているものの、この辺りにはBランク以上の魔物は確認されたことがない安全地帯だ。一定の距離を保ちつつ、自然体で通り抜けていく。
「じゃあ、この辺りにキャンプを張るか」
ちょうど西の空が夕焼け色に変わり始めた頃、クレスは少し魔力を練ってから「『索敵』」と呟く。
瞬間、クレスを中心に微かな風が発生し、広がっていった。南に手ごろな魔物の存在を感知する。
「夕飯の調達に行ってくる。今日は鹿肉だな」
「……気をつけて」
ティルナが頷いたのを確認して、群れの方向に走り出す。
数分もしない内に大鹿の群れが見えてきた。長大な角も合わせて体長は二メートル余りと、魔物としてはやや大きめ。数日分の食糧には十分だろう。
その中で特に大きい一体に目星をつけると、気配を殺しながら群れの反対側に回り込む。
呼吸を整えたクレスは腰から双剣を抜き放ち、距離を一気に詰める。
「――『即』」
クレスの剣技の中でも屈指の速度、そしてそれ以上に高い隠密性を誇る一閃。
獲物が反応するより早くその首を落とし、他の鹿たちが騒ぎ出す前に呪文を唱える。
「『赤爪』!」
クレスの肩口から巨大な炎の腕が発生、獲物を鷲掴みにする。熱は抑えてあるので、収穫が丸焦げになる心配はない。
クレスは赤爪を発動した余波の爆炎に紛れて駆け出す。
キャンプに戻ると、ティルナたちが焚き火を囲んで待っていた。
魔法で水を精製し、乾燥野菜を戻す。それを待つ間に獲ってきた鹿を適当に刻み、使わない分は火で燻して燻製にする。
魔力を込めすぎて燻製どころか消し炭を作ってしまったのも、今となっては思い出の一つだ。ひとりでに蘇る記憶を思考の片隅に感じながら鹿肉を炒めていく。
途中で戻し終わった野菜も加え、自前の調味料で味を付けたら簡単な炒め物の完成だ。
各々の器に移し、隣には炊いておいた米も盛って焚き火の側に持っていく。
意外に手際よいクレスの料理過程を、リアラが驚いたように眺めている。
「「「いただきます」」」
食べ始めて、しかし肉にはなかなか箸が伸びないリアラ。
「元は家畜だって魔物を品種改良したヤツだし、不味くはないぞ? まぁ食ってみろよ」
「す、すいません」
言った後も少し迷っていた様子のリアラだったが、やがて意を決したように鹿肉を口に運び……拍子抜けしたような表情になった。
「な? 普通だろ?」
リアラは少し頬を染めて頷くと、後は普通に食べ始めた。
食事の片付けが終わる頃には、もう月が辺りを照らしていた。
「マサムネ、ムラマサ」
腰の二刀を抜いて呼びかけると炎が発生し、その中に二つの影が現れる。
やがて炎が収まると、そこにはどこかクレスと似た雰囲気の少年と壮年の男が立っていた。鋼色の長髪が夜風に揺れている。
「じゃあ、後は自由行動で。テントからあまり離れるなよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「? どうした?」
「いや、『どうした?』じゃなくて! あの二人は一体何なんですか!?」
「小さい方がマサムネ、でかい方がムラマサだ」
「そういうことじゃなくて! 剣から出た炎の中から、人が出てきたのはどういうことなんですか!?」
あっけらかんと答えるクレスに、リアラは地団駄を踏みそうな勢いで捲し立てる。
次回はクレスの魔法講座♪