ティルナの実力
(何でまたコイツらと出くわすんだよ!)
小声で愚痴る赤いツンツン髪に、出っ歯の小男が水晶をいじりながら答える。
(でもオヤブン、チャンスですぜ! あの男は町の反対側で呑気にショッピングなんかしてるそうでやんす!)
(なっ、何だと!? 確かにそれは――チャンスッ!)
少しイラッときた。
この会話、五感の鋭いティルナには全て筒抜けである。
酒場でのクレスとの戦いもはっきりと見ていたので、存在に気付いた瞬間から警戒値はMAX。
(一対一なら余裕だけど、小物の癖に粒揃いの子分たちまで同時に相手取ると命懸け。適当に済ませるなら一人さっさと人質に――いや、見せしめにして向こうから退かせるのが無難か。一対一でも相手がギムだと分が悪い、魔法も使う必要があるけどどうする? とりあえず速攻で片付ければ妙なちょっかいかけられることもないだろうし、先手を取って一気に決めるか――)
若干緊張しつつも、既に戦闘のシミュレーションを完了しているティルナ。
そうとも知らずリアラの正面にムーンウォークで引き返してきた男――ギムが怒声を上げた。
「おぅ嬢ちゃん、ここで会ったが百年目――ぬおっ!?」
口上の途中で容赦なく蹴りを放つティルナ。死角からの攻撃を寸前で受け止めたギムに、身体を回転させて舞うように二発目の蹴りを叩き込む。
これも凌いだことで勝利を確信した顔になるギムだが、そこまではティルナの想定内。身体を支えるため地面に置いた手をトリガーに、魔方陣が浮かび上がる。
次の瞬間ギムの足元の地面――ちょうど仁王立ちに開いた脚の中央、その真下――から氷柱が突き上がった。
ズドン!
「ッ ッ ッ ッ ッ !?」
重低音と共に眼を見開き、ゆっくりと崩れ落ちるギム。
一発目の蹴りに紛れて仕込んでおいた氷魔法だ。氷柱の先端は尖っていなかったために流血の惨劇は免れたが、それでもその衝撃はいかばかりか。
……潰れたかもしれない。
声も出せずにうずくまり、小刻みに震えるその背中がダメージの大きさを物語る。
「オヤブ――ンッ! てめぇ、覚えてろよ!?」
「月夜ばかりと思うなよ!?」
「寿命が一割縮んでしまえーっ!」
「オヤブンのことかーーーっ!」
「えっ……? と、とにかくそういうことだかんな!?」
「俺たちの闘いは、まだまだこれからだぜ!」
(中略)
「いつか十倍で返すかんな!?」
「乙! オラ子分! ――またな!」
「お、お前ら如き、オヤブンが本気出す必要も無かっただけなんだからな!」
「フッ……カマボコが板に付いてきたな」
「でやんすー!」
物陰からわらわらと、それはもう大量の子分と思しき男たちが現れ、倒れたギムを担ぎ上げる。
何も言わずにはいられないらしく、全員が捨て台詞を残してギムを運んでいった。その間ずっと続いていた、涙混じりに洟をすする音が哀れを誘う。
三人目が叫んでいたあたりでティルナは地面に置いていた荷物を回収し、買い物に戻っている。
油断していたわけではなく、子分たちが一斉に襲い掛かってきた場合に備えて地面に仕込んでいた魔方陣を解除。密かに安堵の息を洩らす。