叛旗の翻る時
襲撃してきた双頭竜、敵と化した十字騎士団からひとまず逃れたクレスは薬草を取りに宿屋へ引き返していた。
「チッ――邪魔です!」
襲い掛かってきた天狼を、舌打ちと共に斬り捨てる。
誰が放ったのやら、狩猟祭を名目に集めていた魔物も放たれているらしい。
その懐で水晶が振動。音と光が漏れないようにするヴェールをかけ、会話の内容を秘匿して水晶を取るクレス。少し防御に支障を来たすが、仕方ないと割り切る。
「――何の用です? 今は本気で忙しいので、手短に願います」
「今そちらで双頭竜と十字騎士団が暴れているだろう? 集めた傭兵たちを獲物にした狩猟だ。本来は明日決行の手はずだったが、愚か者が先走った。じき怨霊も主要メンバーは全員合流するが、君は余計な波風を立てないように同行者と避難してくれ」
「なぜ前の報告の際に教えてくれなかったんです!?」
噛み付くようなクレスの問いに、クレインは申し訳無さそうに告げる。
「面目ない。実を言うと私もつい先程知らされたところだ。黒陽と影の奴が裏で話を進めていたらしい」
「事情は分かりました。貴女も出撃るんですか?」
「……ああ」
「お気をつけて。それでは切ります」
通話を切り、ヴェールを解くクレス。視覚・聴覚を阻害する状態で弾丸を避けるために精度を上げていた索敵の結界を緩める。
それから少し進み、目的地に辿りついたクレスは立ち尽くした。
宿は炎上し、もう中には入れそうもない。クレスの部屋があった場所は半ば燃え落ちそうになっている。
足から力が抜けて座り込みそうになったクレスを思い止まらせたのは、接近する強者の気配だった。
「おや、君は――?」
思わず剣に手をかけて振り返るクレス。
そこにはここに居るはずのない少女――ではなく、エレン・ベアトリスが立っていた。その姿には戦闘の痕跡がこびり付いている。
「エレンさんでしたか。早く十字騎士団に合流しましょう!」
「ああ、残念な知らせだが――彼らは敵だ。何せ、総団長が双頭竜と一緒になって襲い掛かってきた」
そう言ってエレンは肩を抑える。傷は塞がっていたが、斬られた跡があった。
その様子を見てクレスも警戒を解く。
「知ってます……貴女は信用できるようですね」
「ああ、もちろん。ところでマリスは?」
「山際の教会で待機して――」
(しまった、じきに怨霊の襲撃が……!)
索敵の範囲をマリスの教会付近に絞り、どうにか周辺の様子を窺う。山を駆け下りてくる複数の反応が捉えられた。
「ちょうどその方角に敵の増援が! 合流してきます!」
そう言って駆け出すクレスに、エレンもついてきた。
余力は残しているようで、空から急降下してきた小鳥の魔物を余裕を持って斬り捨てる。
「貴女まで来なくても……! ここから先は危険です!」
「だとしたら尚更! 騎士として、そんな所に君一人行かせるわけにはいかないな!」
振り払おうにも、無理な強化の連続に全身が悲鳴を上げている。
「騎士もどき風情が……っ! 出しゃばらないでください!」
彼女にとっては最大級の侮辱になるだろう言葉をぶつける。
エレンは一瞬息を詰めたが、自分こそその言葉に傷ついたように辛そうなクレスの表情を見て怒鳴り返す。
「そんな表情で何を言っても、説得力が無いぞ! 決めた、絶対について行く!」
「この、分からず屋……!」
怒鳴りあううちに、教会が見えてきた。大穴が開いた入り口で交戦する人影が目に入る。
体勢を崩すマリスにもう一方の影が大鎌を振り下ろそうとするのを見て、クレスは咄嗟に剣に纏わせた炎を放つ。
「『烈炎』ッ!」
人影は攻撃の気配を感じ取って飛び退る。その隙にクレスはマリスの隣に並んだ。
改めて近くで見た姿に、クレスは相手の正体を確信する。
「……クレス!?」
「その名で呼ばないで下さいと、何度言わせるつもりですか。申し訳ありませんが彼女は私の護衛対象です、手を引いてください」
「…………」
「ホルス……?」
黙りこむマリスと言葉を無くすエレンに構わず、クレインは問いかける。
「ん……いつの間にか同行者が増えているクレス君、その娘たちは信用できるのかい?」
「ええ。まさか彼女らまで仲間に引き込もうなどと言いませんよね?」
「さすが、よく気付いたな。だがそれ以外に方法が無いのも分かっているだろう?」
大仰に両手を広げるクレインに、クレスは表情を険しくする。
「乗せられませんよ。そんな事しなくても、ここで見逃して別れれば済む話です」
「ところが、そうはいかないんだな」
「……どういうことです?」
嘆息するクレインに、クレスも怪訝そうに問う。
「そこのエレン君はともかく、だ。マリス君を野放しにはできない理由があるんだ」
少し間を置いたクレインだが、すぐにはっきりと言葉を続けた。
「彼女は君と同じ異能持ちなんだよ――それも、暗殺組織の天敵と言ってもいいほどのね。裏でつけられている通り名は『眼光』。射撃においても凄まじい効果を発揮する超視力で、嘘を見破る能力も兼ねている。だが、真の脅威はそれじゃない。魔力の濃淡を見分ける能力さ。おまけに常時発動型ときている」
暗殺組織は刺青によって己が所属を明らかにする。刺青に魔力を使うことで、任務時の隠密性の保持と身内の確実な識別を可能にしているのだ。
魔力探査の魔法なら、特殊な処理をする事で掻い潜る術がある。それを考えると、確かに暗殺者を暴き出すマリスの能力は脅威といえた。
「な、何でそれを――」
戸惑うマリスに、クレインは微笑を向ける。
「特殊な能力というのは、折に触れて分析されて出回るものなのさ」
その隣で、マリス以上に動揺していたクレスが口を開いた。
「では、マリスさん。貴女は、最初から私の所属を――?」
「……うん。でもキミの目的も、守ってくれるって言葉も本当だったから、信じられた。今もその判断を後悔してはいないよ」
「……っ!」
言葉に詰まるクレスに代わり、クレインが口を開いた。
「それは、君も私と共に来てくれると受け取って良いのかな?」
マリスが答えようとした瞬間、その頭上に黒い隕石が飛来した。
マリスの風弾とエレンの斬撃が隕石を粉砕し、飛び散るどす黒い魔力をクレスの炎とクレインの霊魂が消滅させる。
生命魔法を利用したこの呪詛は、生物に触れるとその部分から急速に腐敗を広げる効果を持つ爆弾のようなものだ。
「エルセン!?」
「何の真似だ、黒陽!」
クレインが睨みつけた方向から、黒ローブの男が姿を現した。
「そいつは今ここで死なねばならない。これは決定事項だ」
「いつから怨霊は貴方の組織になったんです? 怨霊の盟主はクレイン・アデンタです」
エルセンは初めて気付いたという風にクレスを一瞥すると、見下すように唇を歪めた。
「無知な野犬は黙っていろ……と言いたいところだが、お前にも分かるように説明してやろう。そいつは――我が不肖の妹は……おっと」
マリスが放った矢を、身を傾けて回避。
「病魔め、こんな所で出会うなんて……村の皆に、その命で償え!」
再び矢を番えるマリスには、エルセンしか見えていないようだ。
「まあ、大体は分かった」
苦々しげなエレンの言葉をかき消すように、エルセンは言い切った。
「ソイツは生き残りだ。俺がこの魔法を完成させるための生贄にした村の、なぁ!」
尚も矢を番えようとするマリスを、クレインの霊魂が取り押さえる。
「見れば分かるだろ? ソイツは生きている限り俺の――怨霊の敵になる。引き入れるだのと甘いことを言ってくれるな、盟主サマよぉ!」
裏返った声で叫ぶエルセンに対し咄嗟に返す言葉が出ないクレインに、クレスは声をかける。
「…………クレインさん」
「何だね、クレス君?」
声色に宿る不穏な響きに、クレインは眉を顰める。
「確か貴女の最終目的は謂われなく故郷を滅ぼした四神白虎への復讐、でしたよね?」
「ああ、いかにも。だが何故今それを?」
「その目的は私が――クレス・ガルセインが命に代えても果たします。ですから――」
最後の力を振り絞った生命魔法で限界まで溜めた力を一気に解放、クレスはクレインの背後に一瞬で回りこむと首筋に手刀を叩き込んだ。
霊魂の加護がクレインの意識にまで作用するため、これだけではクレインは倒れない。体勢を崩したところに駄目押しで体内の魔力を攪乱、ようやくその意識を刈り取る。
「本日で以て、怨霊は消滅します――中枢部の全滅によって」
それを聞いたエルセンは、右手で自らの顔面を鷲掴みにして哄笑を上げた。
「クハハハハッ! お前如きが死神を潰すって!? 死に損ないが、気でも触れたか!」
構わず眼を閉じたクレスは、意識を集中して以前数度の暴走の感覚を辿る。
エルセンが静かになる頃、漸く自らを縛る鎖の幻像に至った。
「マリスさん、エレンさん。クレインさんを連れて下がっていてください」
マリスにクレインの身体を預けると、エルセンに向かって歩み寄るクレス。
「もぅいいや、お前ら全員ここで死ねよ」
エルセンが放った呪詛を前に、手足と心臓の鎖を解く。
揺らぐように現れた真珠色の焔が、どす黒い散弾を全て飲み込んだ。
「――あと、もう一つ。私が理性を無くしているようでしたら、全力で避難してください。私は数日で戻りますが、無理に止めようとすれば大怪我では済みませんから」
「待った、君は一体何を――」
「っ、嘘――――!」
淡々としたクレスの言葉に、何かを問い返そうとしたエレンと、血相を変えるマリス。その双方を吹き散らして、エルセンが怒声を張り上げた。
「それがお前の正体か、化け物めッ! いいだろう、ここできっちり殺してや――」
一切の予備動作なく伸びた焔手がエルセンを握り潰した。上半身の中ほどまで蒸発した残骸を一顧だにすることなく、クレスは索敵の反応を頼りに駆け出す。
まるで循環する血液が沸騰しているかのような感覚。飛びそうな意識を精神力で押さえつけ、騎士、賊、暗殺者、魔物――視界に入れた端から屠っていく。
こんなタイミングでなんですが、次回はいったん現在に話が戻ります。。




