疑惑
そして、古文書館。クレスは文献を調べており、その間のリアラの護衛はティルナが任されていた。
文化圏の境を越えたらしく、初めて見る情報が大量にあったそうな。
「……訊きたいことがある」
読んでいる本から顔を上げないまま、ティルナは口を開いた。
「はい、なんでしょう」
「『自由騎士団』に、何の用?」
「……何の事でしょうか」
返答の遅れがティルナの疑惑を強める。
自由騎士団の本部近辺に多くの施設が集まって急成長したのがミクスブルグだ。彼らは善と認めた者を全力で保護し、その姿勢は一国を相手取っても揺るがない。
そんな無茶が通る理由は単純、その武力である。
彼らは傭兵で言うSランク以上の実力者であり、また騎士道に忠実なため民衆の評判も良い。三大国すら一目置く存在であった。
死闘の末に本来は四人いたフォリアの大将の一人を討ち取ったのも彼らだ。
ティルナの脳裏に一人の女性――自由騎士団の副長を務める軽薄な剣士の姿が浮かぶ。
名前はエレン・ベアトリス。真面目そうな第一印象とは反対の、実に迷惑な人間だ。確かに腕は立つし頭も回るが、いまいち気に入らない。盗賊退治の囮にしたり、闇武闘会に参加させたり、何故かクレスと面識があってやたら馴れ馴れしかったり、クレスに粉をかけたり……。それに、クレスを殺しかけたこともある。
ともかく、ティルナは改めてリアラを問い詰める。
「それで、何をやったの?」
「だから、一体何を……」
これで白を切るということは、真っ当な者では有り得ない。語調が鋭くなる。
「じゃあ、追手はいるの?」
「それは、」
「厄介ごとや危険は御免。避けられないなら、せめて情報が欲しい」
「……………………」
一方的に畳み掛けると、リアラは黙りこんでしまった。嫌な予感に突き動かされ半ば自棄のように覚悟を決めて問い詰めたティルナだが、口下手が完全に裏目に出ていた。
ティルナが生まれ育った里を出たのは、そう昔のことではない。
人を問い詰めるような経験、ろくに積んではいないのだ。
どの道リアラは本当のことを言えないのだが、何か言おうとする度に出鼻を挫かれ、まともに口を挟むこともできない。
降りた沈黙が、嘲笑うように圧し掛かる。挫けそうになりながら、それでもティルナは言葉を続けた。
「一体、私たちは何からあなたを守ればいいの?」
正体不明というだけで、『敵』の危険度は跳ね上がる。どんな策を弄したところで自分はともかくクレスが遅れをとるとは思えないが、足手まといがいる以上、少しの要素が万が一の事態に繋がりかねない。
ティルナはリアラの返事を待った。
「……………………」
「……………………」
言葉に迷いながらも必死に何か言おうとして、しかし何も言えないリアラ。事前にまとめていた台詞を全て使い果たしてしまったティルナも、もう何も言うことができない。
「……ごめん」
リアラを見る内に押し寄せてきた罪悪感に、ティルナは部屋の隅に下がった。