逃亡
吹き飛ばして尚も敵意を衰えさせない妖魔の群れに、ナベリウスが焦ったような声を上げる。
「うわ、まだ追ってきまふよ!? クレっさん、どうするんれすか?」
「上等だ、逃げ切る!」
応えたクレスは二度目の詠唱に移る。
「それは最も疾き者……獅子よりも熱く雄々しく、その翼こそ天裂く刃……来たれ! 飛龍ッ!」
詠唱を終えると、クレスの手から生まれた巨大な炎が飛龍の姿を成してその隣を並走し始める。
魔法とは詰まるところ意思の力。集中し、詠唱を長くしてイメージを強くすればそれだけ強大な力を行使できる。
つまり、その詠唱ならグリフォンを呼ぶ所だろうなどと突っ込むのは御法度なのだ。咄嗟に思いついた炎と勇猛を象徴する存在が飛龍だったのだから仕方ない。
「その詠唱ならグリフォンでも呼ぶところじゃないれすか?」
「………………そういう質問は、御法度だと思わないか?」
ともかく、クレスに続いて全員が飛龍の背に乗りこんだ。
実は初めての試みに気が抜けないクレスだが、そこにもう一つ問題が浮上する。
「悪い、思ったよりキツイ。すぐに振り切るのは難しそうだ。それより皆、怪我はないか?」
「一応みんな無事れす。それより問題は――」
「ああ、そうだな。……リアラ、大丈夫か?」
「はい、すいません……今は落ち着いています」
「そうじゃなくて、クレスさんとティルナさんのほうれすよ。あの妖魔に見覚えでも?」
「――ん? どうしてそう思った?」
「繕っても今更れすよ。戦闘中あそこまで取り乱されたら嫌でも気付きまふ」
平静を装ったつもりでいたが、無駄だったらしい。
「そうか、そんなに表に出てたか……」
「あ、やっぱり?」
鎌を掛けられたと気付いたが、もう遅い。観念して説明する。
「詳しくは言えねえが、アレは俺とティルナの故郷を滅ぼした妖魔と同種だ……比べ物にならない程弱いが、あの墨色のガスは忘れられるものか」
「あ~、事情は分かりまひた。……大丈夫なんれすか?」
「まあ、あれくらいならどうにでも。いざとなりゃ奥の手もあるしな」
話を打ち切るように剣霊たちの実体化を解いて腰に戻す。
少しして、ティルナの報告が入った。
「……クレス。群れが、散開した」
「本格的に追い込むつもりか。厄介だな」
妖魔にしても異常な執念深さだ。下手をすれば地の果てまでも追ってくるかもしれない。
覚悟を決めて殲滅するか、全力の一撃で怯ませて逃走するか。リアラを守りながらである以上どちらも厳しい。
決めあぐねる内に、状況はさらに悪化する。
「クレスさん! 前方に町が!」
リアラの報告。あの町の規模では、こんな得体の知れない妖魔がなだれ込んだらひとたまりも無いだろう。
その時、クレスの眼に都合よく鬱蒼と茂る森が映った。
「森に突っ込むぞ!」
クレスの掛け声と同時、飛龍が方向転換する。
普段のクレスなら、その森が発する微かな違和感に気付けたかもしれない。しかし飛龍のコントロールに魔力を振り絞っていたクレスに、その余裕は無かった。
どうにか飛龍を減速させたクレスだが、遂にその維持が出来なくなり飛龍は無数の火の粉となって霧消。一行は森に投げ出される形で突っ込んだ。




