~腐れ縁の始まり~
小さいながらも活気のある町、フォルトナの門前通りで時計台の鐘が十二時を告げた。
ちょうどそのタイミングで、門から一人の男が入ってきた。黒毛混じりの金髪を伸ばし放題にした彼、身に纏った鮮やかな赫のマントが人目を引いている。そのインパクトに隠れがちになるが、自身も精悍な顔立ちと鍛え上げられた逞しい体つきをしている。
しかし見るものが見れば、二十歳ほどの外見にそぐわず辺りを油断なく窺う琥珀色の双眸に気付いただろう。腰に帯びた二振りの刀から、一見すると二刀使いに見える。
不意に、くぅっという音が鳴った。
「早いとこ適当な店に入るか。な、ティルナ?」
軽い笑みを浮かべて振り返った男のマントの影に隠れて、仄かに顔を赤くした小柄な姿があった。
ティルナと呼ばれたその少女は、十代後半ほどに見える。飾り気の無い蒼いドレスのような服に身を包んだその姿が、どこか浮世離れした雰囲気を醸している。腰まで伸ばした銀髪とあいまって、男とは対照的に涼やかな印象の少女だった。腰には片手剣を一振り帯びている。
「……クレスが、行きたいなら」
「そうだな。じゃあ、ここにするか」
少女が頷いたのを見ると、男――クレスは、手近な酒場のドアを開けた。すぐに店主の威勢の良い声が出迎える。
「へい、いらっしゃい! 注文はあるかい?」
「じゃあ、ここのお勧めを二つ」
カウンターで小太りの店主に注文を済ませると、クレスは本題に移る。
「ところでマスター、『至高の七剣』みたいなお宝の話を知らないか?」
「おや、兄ちゃんトレジャーハンターか?」
「まぁ、そんなもんだ」
話はすぐに通じた。国や地域によってこの手の伝承の知名度にはムラがあるものだが、『創世級』に分類される秘宝はその限りではない。「至高の七剣」はその筆頭で、世界を構成する火水気土陽陰命の七要素を司っているとも、世界を創造・維持しているとさえ謳われている。
それらの内訳は『魔焔剣』『龍殺剣』『滅呪剣』、『破山剣』『煌剣』『終剣』『命剣』となっている。どれも神話級の兵器であり、七属性の頂点に君臨する最強の存在である。
これら以外の創世級秘宝には、世界の黎明に跋扈していた千神万魔をまとめて縛り上げ封印した「烙印の鎖」や、枝分かれした全ての歴史を統合すると語られる「盟約の合流点」が名を連ねているが、その数は両手の指が余るほどしか知られていない。
だから一酒場の店主に聞いたところで、簡単に情報が得られるものはないのだが……これはその業界に身を置く者たちの使う定型分のようなものだ。
「たいした話は知らんが……そんなのは古文書館でもあたった方が良いんじゃねぇか?」
「そうだけど、何の手がかりも無しに片っ端からってのは面倒だしな」
「そうさなぁ……兄ちゃんは『零典ゼロ』って知ってるか?」
「いや、初耳だな。何なんだ、それは?」
身を乗り出して尋ねるクレス。
「効果は単純なもんだ。なんでも、あらゆる現象を打ち消しちまうんだとさ。ここらじゃ割と有名だぜ?」
「ふーん……その調子で他にも頼む」
話すことしばし、やがて料理が出てきた。
「……何だ、これ」
そう言ったクレスの目の前には、鉄板に乗ったステーキがあった。
ただ……跳ねている。獲れたての鮮魚のように、ぴちぴちと。
「ウチの名物、生ステーキ。ま、普通のステーキに魔法かけてるだけなんだがな」
「どうやって食うんだよ?」
「ん? 普通に箸で捕まえて、そのまま齧るんだ」
クレスが言われたとおりにステーキを齧ると、激しく抵抗していたそれは断末魔のように一度大きく痙攣してから静かになる。
そこに残ったのは、正真正銘ただのステーキだった。
「……物凄く食いづらいんだが」
「名物なんてそんなもんだ」
「…………」
隣ではティルナが、ステーキをナイフとフォークで切り分けて食べていた。ステーキは既にピクリとも動かない。
他の客を見ても、跳ねるステーキを箸でまともに相手にしている者は少ない。どうも一杯食わされたようだ。
そんな時、また酒場のドアが開く音がした。
それだけなら特に気にすることも無かったのだが、そこに典型的なゴロツキの怒鳴り声が続いた。
これはヒロインとの縁、ではないです……メインヒロイン(2)が出てくるのは次の話。。