90話 大人の階段
可及的速やかにボスを始末し、この階層を離脱しなければならない。
修とカファの心は今、一つになったのだ。
ポーラは『ハイレグ』を燃やしてはいるが、八つ当たりはされていない。
しかし、いつどうなるかは分からない。
修とカファはビクビクしながら先に進んだ。
そして、ボスを発見した。
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LV.23
ボス・ヴイドラゴン
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変態だ。
変態である。
(よし!!)
しかし、修は心の中でガッツポーズを取った。
変態だろうがどうでも良い。
サーチアンドデストロイである。
例えそれが、やけにセクスィーな肢体となったヴイドラゴンでも。
何故か股間の膨らみを無くし、尻と胸が膨らんでいる。
手足も白く細く、腰にくびれまで生まれている。
体だけは女性的だ。
そして身に着けているのは、愛変わらずのVライン。
色は水色だ。
「……あれ?」
修が何かに気付きかけた。
アレを見ているとムズムズする。
そう、つい先日どこかで見た様な…。
修の頭の中で、昨夜見たポーラの姿と、目の前のヴイドラゴンが近づいて行く。
水着の色と、ヴイドラゴンがボン!キュ!ボン!なのが不味かった。
それを、ポーラは超直感的な何かで理解した。
(不味い!!)
「シュウ様!!見てはなりません!!」
ポーラは修に飛びついた。
慌てたポーラは指を二本、ぶすりと修の目玉に突き刺した。
「ぎょええええええええっ?!」
修は素晴らしい反射神経を発揮して、瞼でポーラの目潰しを防いだ。
とんでもない瞼だ。
しかしそれでも、ポーラの指が修の目を奪おうとガッツンガッツンと突き込んで来る。
実に恐ろしい。
「き、危険です!!あれは危険です!!シュウ様は見てはなりません!!」
ポーラは必死に叫びながら、執拗に修の瞳を潰そうとして来る。
完全に錯乱している。
「分かった!!見ない!!見ないから!!」
修は悲鳴をあげた。
敵ならまだしも、味方に眼を潰されるのは勘弁してほしい。
修は部屋の隅っこで丸くなり、両手で顔を覆うことで難を逃れた。
そしてそんな大騒ぎをしていて、気付かれない訳がない。
ボス・ヴイドラゴンは、やけに尻をぷりんぷりんと振りながら接近して来た。
修とポーラが見ていれば、気分を害していたであろう間違いなしの歩き方だ。
しかし、見ていたのはカファだけだ。
ポーラの側よりも、ボス・ヴイドラゴンの側の方が安全だと冷静に判断したカファは、自ら駆け寄った。
そしてポーラの間合いから遠く離れ、しかも真面目に戦っている。
これならば文句のつけようも無い、完全な逃避だ。
そしてカファが攻撃を防ぎ続けていると、何度も何度も修がこちらを見ていないことを確認しながら、ポーラが現れた。
「迅速に抹殺しますよ……」
ポーラがぼそりとカファの耳元で呟いた。
「はい」
カファは実に素早い返事を返した。
そしてカファがボス・ヴイドラゴンの正面に立ち、ポーラが後ろに回る。
ヴイドラゴンが振り向こうとすればポーラは離れ、カファが盾で体当たりを仕掛け、注意をひきつける。
そしてまたポーラが後ろから攻撃を開始する。
リンチの正しい姿である。
修は結局、ボス・ヴイドラゴンの最後の姿を見ることは無かった。
ちなみにドロップは、全て色違いの水着だった。
カラフル!
そしてすべて灰になった。
三人で24層へ向かい、帰還した。
ポーラさんの精神状態を、一刻も早く納めなければならない。
修はムツゴ○ウさんが憑依したかのごとく、「よーしよしよしよし」と撫でまわした。
そのおかげで、ポーラの精神は持ち直した。
ようやく一安心である。
ポーラも正気に返ると、どえらいことをしたをしたことを思い出した。
仕切りに謝って来るポーラに安心しながら許した。
ポーラが腕によりをかけて料理をしてくれるそうなので、夕食までの間、修は外をぶらついた。
家にいると、あの匂いに誘われてしまうのだ。
すると久々の人に出会った。
「やあ、シュウ君」
ジェイアスだ。
PTを引き連れてぞろぞろと歩いて来た。
「あ、お久しぶりです」
修は行儀良く頭を下げた。
年長者には礼を尽くせと、人生の師・ツチノコさんにも教えられたのだ。
ちなみに血の通ったジジイは教えてくれなかった。
「うん。久しぶりだね。色々噂は聞いているよ。君は本当に強いんだね」
ジェイアスは実に気安げに話しかけて来た。
大人だ。
どこかサムハンと被る気がする。
しかし他のPTメンバーの修を見る目は様々だ。
特に、以前睨んでいた魔法使いの女は悔しそうだ。
負けん気が強いのだろう。
修はその視線を華麗にスルーして、ジェイアスの腰にある剣を見て言った。
魔法使いの女よりも、修の方がよっぽど大人である。
「あ、武器新調したんですか?」
するとジェイアスは嬉しそうに笑った。
ミスリルの剣が腰に吊ってあるのだ。
「ああ。みんながプレゼントしてくれたんだ。良い仲間達を持ったよ。その分、頑張らないとね」
笑いながらも、気合を込めてやる気を溢れさせている。
修にも気持ちはわかる。
「ですねぇ」
修もうんうんと頷いた。
「うん。ところで時間はあるかな?もしよければ、また手合せをお願いしたいんだけど」
ジェイアスはやる気を称えたまま修に聞いて来た。
顔には微かに自身が溢れている。
後ろのPTメンバーたちも同様だ。
よっぽど頑張っていたのだろう。
「大丈夫ですよ」
修も丁度暇だったので、快く快諾した。
「そうか!じゃあ是非ともお願いするよ」
「はい」
修はジェイアスに誘われるままに着いて行った。
修とジェイアスは向かい合っていた。
ジェイアスは抜刀していた。
修が「どうぞどうぞ」と進めると、ジェイアスは剣を抜いたのだ。
「行くよ、シュウ君!」
ジェイアスが構え、叫んだ。
「はい、いつでも」
修はいつも通り、構えもせずにぶらりと両手を提げていた。
魔法使いの女は不快そうに修を見ていた。
舐めていると考えているのだろうが、実力的にはこんなものだ。
「はぁ!!」
ジェイアスは虚空を切り裂いた。
その瞬間、斬線が修に向かって飛んで来た。
「おお!?」
修が驚きながら、デコピンで迎撃した。
ポーラのメテオドラゴンの剣の、炎が無い番だ。
威力も数段落ちるが、普通に考えれば非常に有用だろう。
「……飛んできましたね」
修が感心したように呟いた。
「……あっさり防がれたけどね」
ジェイアスは頬が引き攣っていた。
ジェイアスのPTメンバーも硬直している。
修はジェイアスの剣を鑑定してみた。
ただのミスリルの剣だと思っていて、鑑定しなかったのだが。
『ミスリルソード』
『衝撃のシルクパンツ』
「?!」
修が衝撃に震えた。
何故二つ出たし。
もう一度鑑定した。
『ミスリルソード』
『衝撃のシルクパンツ』
変わらなかった。
修は目を凝らしてミスリルソードを見た。
シルクパンツなど無かった。
いや、よく見れば。
柄だ。
柄が普通より膨らんでいる気がする。
包帯の様な布で滑り止めにしているが、その下にはまさか…。
「まだまだいくよ!」
修が愕然として震えていると、ジェイアスが叫んで駆けて来た。
「…え?あ、はい……」
修は心ここにあらずと言った風体で呟いた。
そんな状態でも、ジェイアスの攻撃は全て叩き落した。
止めにデコピンを叩き込んでやると、ジェイアスはもんどりうってぶっ倒れた。
そこから色々あり、ジェイアスのPTが一人ずつ参戦していった。
そして最後には、フルメンバーで修に向かってきた。
全てデコピンで撃ち落とした。
数分後には死屍累々だ。
特に、全ての魔法をデコピンで消し飛ばされた魔法使いはorzしている。
「嘘よそんな訳ない何かの間違いよこれは」とか呟いていた。
知らんがな。
全員がグロッキーになっていたので、ある程度回復するまでは修は付き添った。
「……強いな。いや、強いのは知っていたけど、ここまでとは……」
ジェイアスがショックを受けた顔で呟いていた。
ある程度は食い下がれると考えていたが、そんなことなかった。
「…はぁ。あの、その剣なんですけど」
修はそれよりなにより、剣の事が気になった。
いや、剣ではなくパンツのことだ。
「…ん?ああ、衝撃波だよ。こんな良い装備を貰えたんだ。頑張ってみたんだけどね…」
しかしジェイアスは何も知らないようだ。
修が目を凝らして見ると、布の間からシルクの何かが覗いていた。
ビンゴだ。
しかし、知らなければ気付かないのかもしれない。
「あの…」
教えてあげるべきか否か。
「ん?なんだい?」
しかし知ったらどうなるのだろうか。
人の好さそうなジェイアスは、羞恥と苦悩に挟まれて使い続けるかもしれない。
逆に手放しても、PTとの仲が険悪になるかもしれない。
修は苦悩した。
ここ一年で一番悩んだ。
その結果。
「……なんでも、ないです」
知らなかったことにした。
一体PTメンバーのだれがこんな恐ろしいことをしたのかは気にはなったが、それも気にしないことにする。
触らぬ神に祟りなしだ。
「また手合せをしてくれ」
と言って来るジェイアスに頷き、修は帰った。
また一つ大人になってしまったのだ。
また頭のおかしいことをしてしまった…




