88話 物理法則が乱れる
温泉が出来た後、修は引っ張りだこだった。
主に土木作業員のおっさん達に。
重機の如く働きまわるのだから当然のことかもしれない。
岩石から手刀で岩を切り出したりしているのだからとんでもない。
そしてそんな作業をし続ける修は、日に日に小麦色に焼けていく。
迷宮とは違って炎天下なのだから仕方ない。
修は労働に汗を流し、最後に温泉に入る。
そんな素晴らしい生活を謳歌していた。
迷宮はどうしたのだろうか。
一方その頃、ポーラとカファの訓練は順調に進んでいた。
ポーラが順調に進めた、というのが正しいだろうが。
そして忌々しき19層に到達した。
今後の事を考えると、ちゃんと戦っておいた方が良いと考えたのだ。
ちゃんと排泄は済ませてあるので、大丈夫だ。
が、そのおかげで、全く変態ワームとは遭遇しなかった。
そして代わりとばかりに、道中で宝箱を発見した。
「……」
ポーラは実に疑わしそうな顔で宝箱を見ていた。
前回が前回であるので仕方がないことだろう。
「……」
一方のカファも、レアっぽい宝箱を見て全く反応を示さない。
「…開けますよ。構えておきなさい」
ポーラは勇敢にも、宝箱を開ける決意をした。
もしかすると、良い装備が手にはいるかもしれないのだ。
罠でも、メテオドラゴンの剣ならば燃やし尽くせるだろう。
カファが面倒くさそうに構え、ポーラもいつでも飛び下がれるように注意しながら、宝箱を開けた。
パンツが入っていた。
真っ赤なパンツだ。
これを履くと、お尻が丸出しになるだろう
どう見ても勝負パンツだ。
これを履いて迷宮に来ていた人は何を考えていたのだろうか。
鑑定が使えないポーラには分からなかったが、そのパンツは『爆炎の勝負パンツ』だった。
何が爆炎するのかは秘密です。
ポーラは、爆炎の勝負パンツをぐしゃりと握りしめた。
カファが一歩、ポーラから離れた。
よっぽど燃やしてやろうかと考えたが葛藤の末にリュックに詰めこんだ。
『衝撃のシルクパンツ』は高く売れたのだ。
これも早々に売っぱらおうと考えたのだ。
素晴らしい忍耐力である。
ポーラが殺意の波動に目覚めかけたので、カファはいつもよりも一歩分ポーラから離れて歩いていた。
そしてそのまま変態に遭遇することなく、あっさりと、ボス部屋まで到着した。
「……居ませんね」
溜まった鬱憤を叩き付ける気満々だったポーラが、ギラついた眼で周囲をねめつけていた。
「……はい」
カファは懸命にも頷いた。
下手な反応を返すとこちらにも飛び火しそうだと考えたのだ。
ポーラとカファは待ってみた。
しかしいつまでたっても変態ワームが出現しない。
じりじりとポーラから発せられる雰囲気に、カファはじりじりと離れて行った。
「ちっ!」
何時まで経っても出現しない変態に、ポーラが遂に舌打ちまでしてしまった。
カファはビクリと体を震わせた。
「……」
ポーラはビンを取り出した。
こんなこともあろうかと犬の小便を回収しておいたのだ。
そして部屋の隅で屈み、ポタポタと犬の小便を垂らした。
「……」
ポーラは半眼で、瓶を投げ捨て、メテオドラゴンの剣を抜いた。
そして両手でしっかりと持ち、大きく振りかぶって、犬の小便を垂らした地面を見続ける。
暫くすると、もこもこと地面が膨らんだ。
地面を割って、ボス・ハイドワームが出て来た。
しかし、音も気配も全くなかった。
何と言う隠密性。
変態は気付かれているとも気付かず、更には犬の小便とも知らずに、地面に体を擦りつけはじめた。
暫く夢中で擦りつけていたが、すぐに不穏な雰囲気に気付き、ピタリと止まった。
「……」
ポーラと、目があった。
鬼の様な形相のポーラは全力で叫び、力一杯剣を叩き付けた。
「くたばれえええええええええ!!」
変態は即死した。
死体もめらめらと燃え盛り、パンツ×5をばらまいた。
「……」
それを見て、ポーラの頬がまたひくりと動いた。
ポーラは何も言わず、パンツを燃やし尽くした。
そんな愉快なことがあったが、ポーラ達は探索を進めた。
そして20層。
ボスのジューリョーだ。
「カファ、あなたがやるのです」
「……はぁ」
カファは本物の溜め息で答えた。
そして手招きをするジューリョーに誘われるように、円の中に入った。
『はっけよーい』
ジューリョ-が構えると、やっぱり神様の声が響いた。
『のこった!』
ジューリョーが大砲の様に突進してきたが、カファはどっしりと構えて受け止めた。
カファは、何と突進を受け止めきった。
何と言う怪力。
「むむ…」
流石にポーラも目を剥いて唸った。
レベル差があっても、力だけならカファの方が上だろう。
それ以外では負ける気はないが。
突進を受け止められたジューリョーは、今度は張り手を繰り出した。
その速度の素早いこと。
まるで無数の手が発生しているかのようだ。
しかしカファは盾を構えたまま、前に進み始めた。
張り手が盾に激突していたが、ベビビビビビビビビビビ!!と不思議な音が鳴るだけで、カファは構いもしない。
少しずつ、じっくりと進み、ジューリョーを円の端に追い詰めていく。
このまま押し出しで終わるのかと思いきや。
「?!」
ジューリョーが、突如上空に跳ねた。
ペットボトルロケットの様に、突然。
流石にポーラもギョっとしていた。
跳んだジューリョーは、そのままなぜか空中で鋭角に跳ね、反対側の円の端に着地した。
「……」
カファはもう見るからに面倒臭いと言う顔で振り返った。
一度追い詰められたジューリョーは、頭からカファに突撃して来た。
先ほど離脱した、あの跳躍力での突進だ。
カファが怪力とはいっても、あれを受け止めるのは厳しいのではないだろうか。
ポーラがそう思った瞬間、カファは動いた。
実に普通に、ひょい、と横に歩いた。
避けられたジューリョーは、一直線に円の外に飛び出した。
壁に激突する直前に、なぜか空中で急ブレーキをする。
ジューリョーはしばしその場に浮いていたが、「地面に足がついていないからノーカン!!ノーカン!!」と言った顔を浮かべ、浮遊したまま円の中に戻って来た。
そしてそのまま、着地した。
反則ではないだろうか。
「「……」」
二つ分の視線がジューリョーを苛んだ。
何故最初から浮いていないのか。
そしてジューリョーは一体何者なのだろうか。
修が居たらそんなことを考えただろうが、ポーラもカファも何も言わなかった。
カファが、「セーフだよね!?セーフと言ってくれ!?」と言う顔をして、円の端に立ち竦んでいるジューリューをあっさりと蹴り出した。
ジューリョーは負い目があるのだろうか。
浮かずに、そのまま地面に倒れた。
「……」
そして二つ分の視線を受け、凹んだ雰囲気で扉を指差した。
扉が開いた。
ポーラがちらりとジューリョーを見ると、膝を抱えて座り込んでいた。




