86話 パーティー ~そして伝説を~
温泉が出来ると言うことを、ポーラとカファに話した。
「温泉ですか!?」
ポーラはパッと顔を輝かせていた。
温泉はとても気持ち良かったし、肌がツルツルになった。
ポーラは是非とも、その恩恵を預かりたかったのだ。
それに、修と二人っきりで裸のお付き合いもできる。
ポーラの脳内に、あっという間に桃色空間を繰り広げられた。
「早く入りたいです…」
桃色の未来を想像したポーラが、ほぅ、と吐息を吐いた。
それに対して、カファの反応は鈍かった。
「……?」
カファは良く分からないようで、微かに首を傾げていた。
最近はこういうボディーランゲージをしてくれるようになったので、コミュニケーションが取りやすくなってきた。
カファにも、温泉の素晴らしさを布教してやらねばならない。
それはそれとして、やはり朝からポーラとカファは迷宮に旅立つ。
「では行って参ります!」
今日もポーラさんはやる気満々だ。
どちらかというと、カファのしごきに精を出している気がしないでもない。
「……」
カファは無言だったが、やはりポーラとタイマンよりもずっとずっと楽だ。
最早文句も言わずに後を追った。
文句を言うのも面倒くさいのかもしれないが。
そして修はそれを見送る。
「行ってらっしゃい!」
まるで主夫の様だ。
だが主夫ではない。
二人を見送った後は、修は温泉建設予定地に向かうのだ。
温泉宿の作成が始まったのだ。
宿だけではなく、小さな店までも立てられる予定だ。
温泉街と言った雰囲気になるだろう。
カマンはかなり力があるらしいのだ。
そして修は、その手伝いをしてしていた。
とはいっても、職人の様に家を建てるとかそういうことは出来ない。
力仕事ONLYだ。
それでも、修が居れば重機が存在するに等しかった。
「そちらを掘って頂いても?」
おっさんにそう言われれば、
「はいはい」
と修が向かい、途轍もないスコップ捌きであっという間に穴をあける。
「この岩が邪魔でして……」
と言われれば、
「はーい」
ひょいっと持ち上げる。
それ以外にも、木を運んだり砂を運んだりと大忙しだ。
そして一日の仕事が終われば、おっさん達と一緒に温泉に浸かる。
温泉とは呼んでいても、今は穴を掘って熱湯と川の水を混ぜただけのものだ。
「生き返るぜぇ!」
「これが楽しみなんだよなぁ!」
「最高だ・・・」
むっさいおっさん達が一斉に湯に浸かり、至福の顔で唸る。
おかげでおっさん達の肌が、日を追うごとにすべすべになっていった。
嫁さん達はハンカチを食いしばるかもしれない。
そんな中で、修は一人別の温泉に浸かっている。
「ババンバ バン バン バン~♪」
一人で手足を伸ばして至福の顔だ。
修が一人でVIP待遇なことには、正当な理由があった。
ある日、カマンが進捗確認にやって来た。
思った以上に進んでいる風景に目を丸くしていた。
そしておっさん達が、修のおかげだと口をそろえて言うのだ。
「いやぁ、シュウさんが居るとはかどりますなぁ」
カマンも嬉しそうに修に話しかけてきた。
「ははは。俺も早く入りたいですからね。…ところで温泉が完成したらなんですが」
修は快活に笑った後、声を潜めてカマンの耳にこそこそと耳打ちした。
「ふふふ。もちろんシュウさんには相応のお礼をさせて頂きますとも」
カマンも悪い顔をして笑った。
悪代官様だ。
そんな訳で、修用にも別で温泉が作られているのだ。
宿は一つだが、その中に個別風呂があると考えてもらうと分かりやすい。
温泉は基本、男湯と女湯で分け、それとは別にVIP様にも個別で幾つか作る予定だ。
修の様に、混浴を楽しみたい紳士たちも居るのだ。
流石に、工事には参加していないポーラとカファを温泉に入れるのは他の作業をしているおっさん達にも気が引けるので、まだしばらくはお預けだ。
今では温泉の恩恵にあずかりたくて、女性までもお手伝いをし始めてきている。
言うまでも無く、仕事終わりのお湯に期待している。
彼女たちも初めはおっかなびっくりだったが、おっさん達だけが美肌になって行くことには耐え切れなかったのだ。
そして今ではすっかりはまっている。
そんな女たちが街で自慢するものだから、温泉宿の完成が今か今かと待ち望まれている。
既に集客性を確保できたカマンは、笑いが止まらない。
修が立派な肉体労働者として時を過ごす間に、日が過ぎた。
ファウスから、マテナの誕生日パーティーのお誘いがあった。
何故か、修一人だけの誘いで、ポーラの分が無かった。
出発前にポーラが笑顔で、しかしマジの目で、
「必ず本日中に帰宅してください」
と言ってきたので、修は確約した。
久々にポーラの背に、般若の影を見たのだ。
パーティーでは何か偉そうな人たちがいっぱいいたので、修は完璧に気配を消して食事を貪り続けた。
本気で気配を消し過ぎて、会場では誰にも認識されなかった。
貴族たちは、実は修にお近づきになりたかったのだが、誰一人修を発見することは出来なかった。
ファウスとマテナも同様である。
来なかったのかと勘繰ったが、門番を務めた騎士団員は、修が行きと帰りに挨拶してきたことを覚えていた。
行きは腹を空かせていて、帰りは腹を膨らませて満足気だったので間違いない。
おかげで、ファウスたち貴族はどこにいたのだろう、と首を傾げていた。
その日以降語り継がれることとなった、『竜殺しの神秘』と呼ばれた話の真相である。
そして修は、更なる伝説を残した。
伝説とはいっても、こちらは人の影から影に噂される方の話だった。
気配を殺しきった修は、目の前に居ても認識されないのだ。
貴族っぽいおっさんの目の前の皿から料理を取った時には、おっさんは蒼白な顔になってキョロキョロと辺りを見回していた。
おっさんには、突然料理が浮いたように見えたのだ。
そしておっさんが見回す頃には、料理は修の胃の中に納まっていた。
おっさんは目を回して倒れてしまった。
しかし、やはりその頃には修は別のテーブルの料理を漁っていた。
そうして、被害者を発生させ続けた。
その日以降語り継がれることとなった、『飢えた亡霊』の真相である。
そして修は満腹になって帰って来た。
マテナにお話をすることはすっかり忘れていた。
途中で思い出したが、また会った時でいいや~、と気楽に自己完結した。
帰宅後、ポーラがいつも以上にべったり寄って来て、しきりに修の全身の匂いを嗅いでいた。
そしてホッと一安心していた。
一体何だったのだろうか。
そして同時に、修の肌のすべすべ具合を見て愕然としていた。
翌日、ポーラはこっそりスキンケア用品をたらふく買い込んだ。
ポーラさんもすべすべでもちもちですけどね。
ただ、その日の夜、修の肌を見つめるポーラさんの目がとても怖かったことだけは追記しておこうと思う。
迷宮に潜り続けると『はぐれ』が出るので、定期的に迷宮探索を休む。
その休日に、ポーラもお手伝いに来ることになった。
乙女としてのプライドが、大音量で警報を鳴らしたのだ。
おっさん達も、美人の登場に内心大喜びである。
ポーラも精力的に働き続け、最後のお風呂タイムでは、当然の如く修に着いて行き、おっさん達に血涙を流させた。
温泉の中では、ポーラは当然の如く修に縋り付いて来たが、こっそりとお湯を肌に擦りつけたりしていた。
ちなみにカファは一日部屋の中で、陽の当たるポジションに突っ立ち続けていた。
彼(?)はそれでも幸せであった。




