70話 空を駆ける
村を出て、山を登れば温泉だ。
修とポーラは期待に胸を膨らませて山登りに勤しんでいた。
修はスキップのしすぎで、何故かちょっと空に浮いている。
ポーラがちらりとそれを見たが、最早何も言わなかった。
二人が歩いていると、人の集団と出会った。
全員が大荷物を持っている。
まるで疎開をしているかのようだ。
「何でしょうね?」
ポーラが首を傾げたが、ポーラにわからない物が修に分かるはずも無い。
二人は集団に歩み寄った。
集団の先頭に居たおっさんに話しかけた。
すると、気の毒そうな顔をされてしまった。
「あんたら温泉に入りに来たのかい?そりゃあ運が悪い・・・」
おっさんたちは、温泉の経営をしている村の人間だった。
「・・・・え」
修が停止した。
おっさんは気の毒そうな顔をしたまま、山の頂上を仰ぎ見て呟いた。
「あの化け物が目を覚ましちまってな・・・。半年は疎開だ」
『半年は疎開』と言う言葉に反応した修が、悲しげな悲鳴をあげた。
「ええ?!」
折角温泉に入りに来たのに、半年もお預けとか我慢できるわけがない。
ガチ凹みしている修の代わりに、ポーラがおっさんに問いかけた。
「あの化け物とは?」
おっさんは目を丸くした。
「知らずにここまで来たのか?ドラゴンさ。マグマの中に住んでて、数年に一回起きて来ては暴れるのさ」
そんなの初めて聞いたが、ポーラは、ラマン達が言っていた言葉の意味をよく理解した。
しかし、そんな迷惑な魔物がどうして退治されていないのだろうか。
「退治はされないので?」
ポーラは素直に問いかけてみた。
半年も疎開するくらいなら、倒してしまえばいい。
麓の街には闘技場がある。
闘技場に参加するような人たちが集まるのだから、戦力は十二分にある気がするのだが。
しかしおっさんは首を振った。
「馬鹿言っちゃいけないよ。あんな化け物、誰も勝てないよ。迷宮から出て来た魔物まで食い殺すくらいなんだ」
ポーラも流石に呆気に取られた。
「・・・それはすごいですね」
野生の魔物でも確かに強い物はいると聞いているが、そこまで強いのは数えるほどしか聞いたことが無い。
そのどれもが伝説級だ。
つまりのこの山の頂上には伝説級のドラゴンが居ると言うことになる。
「だからまあ、悪いがしばらくは休業だ。半年後に来ておくれ」
おっさんはそう締めくくった。
ポーラがおっさんに頷いて、修を見た。
「・・・・はい。シュウ様、どうされまッ?!」
そこで突然、地面が揺れた。
地震だ。
「なっ、なっ!!こっ、これは?!」
ポーラは地震を体験したことが無かった。
激しく動揺したが、周りの人間がさっと地面に伏せるのを見て、慌てて地面に伏せた。
「地震だね・・・。あの化け物が起きるとすぐこうさ。おかげで、こうして避難するタイミングが分かるんだがね」
おっさんも手慣れた様子で這いつくばり、激しく動揺しているポーラに教えてやった。
地震は大変だが、これが発生すると言うことはドラゴンが目を覚ましたと言うことなのだ。
襲われる前に逃げ出すことが出来る。
「これがっ、地震・・・!!」
ポーラは初めての地震にかなり怯えていた。
そんな中、同じく這いつくばっている人たちがポーラの後ろを見て呆然としているのを見て、後ろを振り向いた。
修が普通に立っていた。
しかも、世界が揺れている中、何故か修だけが震えていなかった。
「シュ、シュウ様・・・・?」
ポーラが呆気に取られる人間を代表して問いかけた。
修のことを知っている分、ダメージが少なかったのだ。
どういうことなんですか?と言う意図が込められたポーラに問いに、修は答えなかった。
代わりに、右手を振り上げた。
そして、地面殴った。
ピッシャアァァ!!!
と言う実に不思議な音が響き、修の拳が地面深くにめり込んだ。
同時に、地震が止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何があったのだろうか。
何だか、修が地震を止めたようにしか見えない。
呆然とした人たちの視線を受け止めた修は、不思議な言葉を呟いた。
「わかるかいポーラ・・・。力みなくして解放のカタルシスはありえないんだよ?」
全く意味が分からなかった。
修自身も意味が分からなかったが、何故か言わなければならない使命感に駆られたのだ。
しかも修は、相対的に見るとシャ○リーを使う方に体格は似ている。
背中に鬼などいないので、当然哭かせることなどできない。
「は?・・・はぁ・・・」
ポーラも「意味が分からないです」と言う顔をした。
とりあえず頷いたが、良く分からないからどっちでもいいや、と言った感じだろう。
修も分からないのだから、もうどうしようもない。
ボゴンッと地面から拳を抜いた修が、快活に笑って言った。
「よし、じゃあちょっと殺ってくるよ!!」
笑顔でとても物騒なことを言った。
一瞬の間があり、修がドラゴンを倒しに行くと理解したおっさんが慌てて叫んだ。
「お待ちなさいお若い人!!あなたはあの化け物を知らないのです!!良いですか、よく聞きなさい!」
今にも駆け出そうとしている修を必死に押し留める。
一瞬前に地震を止めたことは忘れたようだ。
人間は理解できないことがあると忘却すると言うが、本当らしい。
そんなおっさんにとっては、あのドラゴンと戦うと言うことは、自殺しに行くと等しいことだった。
「はぁ」
駆け出しかけた体勢の修がピタリと止まった。
おっさんは、人にホラー話を聞かせるときの様な恐ろしげな顔をした。
「あれは普段からマグマの中に潜んでいます。それが出来る程の鱗を持っているのです!」
とても凄い。
ポーラは驚愕していたが、修はピンと来ない感じだった。
「それはすごい」
実におざなりに返事を返した。
「しかも!しかもですよ?鱗自体が高熱を放っている。いえ、高熱どころではない!奴が地面に立つだけで、そこからマグマになるのです!近づくことすらできないのです!」
実際に、幾度も討伐隊は組まれた。
しかし、接近することすら叶わず、逆に撃退されたのだ。
寝ている間を狙おうにも、マグマの中で寝ているのだ。
手の出しようが無い。
「マグマなら浸かったことがありますが大丈夫でした」
修はあっさりと言った。
昔ジジイに火口に突き落とされたことがある。
流石に、マジで死ぬ、と思ったが、何とかなった。
「はいぃぃぃぃ?!いやむりでしょむりですむりですって」
おっさんは凄い速度で首を振った。
当然だろう。
「いやいや、何とかなるものですよ?確かに熱かったけども」
修は感慨深げに呟いた。
マグマの中はとっても熱かったのだ。
「熱いとかそういう問題じゃないでしょう!!!!」
おっさんの声が裏返った。
超正論だ。
「そうですね。服が無くなって大変でした・・・」
修がずれた返答を返した。
服が燃え尽きて、脱出後に困ったのだ。
何故かあそこでも再会した「HAHAHA!!」と笑う金髪のおっさんが居なければ、警察に連行されてしまうことになったかもしれない。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」
そういう問題じゃねぇよ。
おっさんは残像が生まれそうな勢いで首を振った。
「まあ、マグマは大丈夫です。他に何かありますかね?」
修はあっさりと言った。
おっさんは山の頂上で鮫を見つけました、と言うような顔で修を見ながら、必死で頭を動かした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奴の吐くブレスです。一息吐くだけでも、まるで隕石が落ちた時の様な衝撃波広がるのです!!先ほどの地震!あれも奴がブレスを吐いたからなのですよ!!」
そう、ドラゴンのブレスのせいで、山にはいくつもクレーターが出来上がっている。
地震が起きるのも、あのドラゴンがブレスを吐くからなのだ。
「ああ、隕石なら受け止めれます。大丈夫です」
修が街を歩いている時に、何故かでっかいのが降って来た。
「世界の終わりーだ!!」とか叫んでるおっさんの目の前で、隕石を受け止めたことがある。
あれも街中でなければ、砕いて終わりだったのだが。
着地場所に困ったので、ちょっと空中を走って海に落としておいた。
「はああああああああああああああ?!」
おっさんの顎が外れそうだ。
むしろ外れていないのが不思議だ。
「それくらいですか?じゃあちょっと行って来るので、待っててください」
おっさんが固まってしまった。
これ以上、おっさんからドラゴンの情報は得られそうにないので、修が今度こそ駆け出そうとした。
「シュウ様、私も・・・」
ポーラが決意をにじませた顔で言ってきたが、修は首を振った。
「いや、ポーラは駄目だよ。死んじゃう」
ちょっと意識を伸ばしてドラゴンの気配を補足してみたが、流石にポーラでは無理だろうと判断した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かりました」
ポーラは悔しげに俯いた。
修はポーラをよしよしすると、一目散に駆けて行った。
ちょっと空中を走っている。
修はあっという間に視界から消えた。
そこでようやくおっさんが再起動した。
「いやちょっ!!止めましょうよ!?無理ですって無理無理!!」
既に居なくなった修の代わりに、ポーラに詰め寄る。
「・・・?シュウ様なら勝てますよ?」
ポーラは、おっさんに向けて首を傾げた。
修の勝利を信じ切った瞳が、キラキラと輝いている。
「えええええええええええええええ?!」
おっさんが絶叫した。
待望の温泉は遠い




