05話 奴隷は驚いた
街に着いた。
修が思ったよりも、かなり発展した街だった。
そこかしこに露店や店があり、見慣れぬ商品が置かれている。
修はもの珍しげにキョロキョロと辺りを見回しながら、カマンの馬車に揺られた。
辿り着いたのは一際大きな建物だった。
そこの脇に馬車を止め、カマンが建物に入って行く。
感心した顔で建物を見ている修に、ポーラがこっそり耳打ちした。
「ここはギルドです。賞金首の換金をされるのでしょう」
修はなるほど、と頷いてカマンの後に続いた。
中では、受付らしき女性にカマンが盗賊達のカードを渡した。
そのカードを見て、受付は目を丸くした。
「これは・・・」
一言呟くと、「少々お待ちください」と言って慌てて席を立って行った。
待つ間に、修が辺りの人を伺う。
かなり鍛えている人が多かった。
周りの男達は、ポーラをじろじろと見つめていた。
特に、大きく盛り上がった胸を。
ポーラがすました顔で、そっと修の影に隠れた。
バタバタと受付が戻って来た。
手には大きな袋があり、ジャラジャラと音が鳴っている。
受付はそれをカマンに渡した。
「こちらです。お受け取り下さい。・・・探索者が何度も返り討ちに合ったかなりの手練れですが、あなたが?」
そして、疑わしそうな顔でカマンを見つめる。
カマンは苦笑して体をずらし、修を見た。
「いえいえ、こちらの方です」
受付はぽかんと呆気にとられた顔をした。
修が外見でいえば、男性の平均身長くらいだ。
しかし、線が細いし顔の造りも細い。
女装すれば、女と間違えられても不思議ではない顔をしているのだ。
その体に詰め込まれまくった筋肉は、とんでもないことになってはいるが。
受付がそんな馬鹿な、と一瞬顔に映したが、すぐに表情を引き締めて頭を下げた。
「・・・・・・・・そうですか。ありがとうございました」
修は苦笑した。
「いえいえ」
ジロジロと見つめて来る受付から逃れてまた馬車に戻ると、カマンが修に袋を手渡した。
見た目通り、ずっしりとした重みがあった。
「シュウさん、こちらを。正当な報酬ですので」
盗賊の賞金だ。
中を見ると、かなりの量が入っていた。
と言っても、修にはこの世界の通貨については無知だ。
それがどれほどの金額かは予測が出来なかった。
大人しく頭を下げるだけにした。
「有難く頂きます」
カマンは微笑むと、馬を動かし始めた。
「では私の屋敷にご案内いたします」
カマンの屋敷は大きかった。
「・・・・大きいですね」
修が思わず呟いた。
しかし実際には商品がほとんどで、生活スペースはほとんどない。
それでも、普通の人の数倍はあるが。
「ははは。頑張っておりますから」
自分で店を構え、ここまで大きくした自負もある。
カマンは誇らしげに胸を張った。
屋敷の中は清潔に保たれていた。
途中で数人のメイドとすれ違ったが、誰も彼もが廊下の脇に控え、目礼していた。
修は、多数ある部屋の中の、来客用の部屋の中に通された。
中は中々の広さで、ベッドもトイレもついて居る。
宿屋でいえば上級のレベルだ。
そこを惜しげなく貸し出した。
「さて、この部屋をご自由にお使いください。何かあれば使用人に声をかけてください。食事も声をかけて頂ければ、いつでも準備できますので」
この世界の常識を知らない修も、ここが上等な部屋だと言うことは理解できた。
有難く頭を下げた。
「・・・・ありがとうございます」
カマンはそんな修の様子に満足そうだった。
「当然のことですとも。さて、ポーラ」
カマンが声をかけると、ポーラが進み出た。
「はい」
修と向かい合う様にして立ち止まると、首を傾げる修をよそに、カマンが何事かをぶつぶつと呟いた。
ポーラと修が、何かで繋がった。
その感覚を突然理解した。
修が目を見張った。
ポーラの首から、アクセサリーの様な首輪が無くなっていた。
カマンは満足そうに笑った。
「これでポーラはシュウさんの奴隷です。どうぞお好きにご使用ください」
修が目を丸くした。
ポーラに鑑定を使ってみた。
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LV.2
ポーラ
獣人;♀
17
剣士LV.2
『奴隷』
主
カンザキ シュウ
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何か増えとる。
修はこっそり、自分に鑑定も使ってみた。
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LV.9
カンザキ シュウ
人間;♂
18
拳士LV.■■
経験値獲得アップLV.2
攻撃魔法LV.2
回復魔法LV.2
鑑定
状態異常無効
称号変更
『探索者』
『拳を極めし者』
『神を殴りし者』
奴隷
ポーラ
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やっぱ増えとる。
「お試し・・・」
試用期間はどこいったの?と言葉にせずにカマンを見たが、カマンは快活に笑うだけだった。
「ははは。不要であればまた戻せますのでご安心ください。ポーラ、しっかり仕えるのだぞ」
ポーラがキラリと瞳を輝かせ頭を下げた。
「はい。誠心誠意仕えさせて頂きます」
ぼいん、と胸が跳ねたが、修にとってはそれどころではなかった。
何だかハメられた気がする。
溜め息を漏らして、呟いた。
「・・・・よろしく」
「はい!」
ポーラは嬉しそうに返事をした。
扉を開けて、メイドさん達がガチャガチャと何かを運んで来た。
武器や防具だった。
華麗にマットをひいて、その上に丁寧に並べていく。
その手際に、カマンが満足そうに頷く。
「そうですな。後は盗賊達の使っていた物の中で、好きな物をご利用ください。では私はいったん失礼します」
そう言って、さっさと出て行ってしまった。
彼も忙しいのだろう。
メイドさんズにじっと見つめられる修は、居心地が悪そうに呟いた。
「・・・俺は・・・これで。・・・ポーラは?」
皮の靴と皮の鎧と皮の帽子。
軽い防具を一式貰うことにした。
ポーラはメイドさんズの視線を気にせず、並べられた装備に近づいて行った。
「では、軽い物を一式」
キリリと眉を吊り上げた真面目な顔で装備を見繕っていく。
片手の鉄剣と、鉄の丸い盾、皮の靴と皮の鎧と皮の帽子。
一式を回収する。
剣と盾は元々小柄だったが、皮系の物は明らかにポーラのサイズよりも大きかった。
「・・・・大きくない?」
修が思わず聞くと、片付けをし始めたメイドさんズが一瞬ピタリと止まった。
それも一瞬で、すぐに手際よく片付けを続ける。
ポーラも不思議そうに首を傾げた。
「は?・・・・・・あの、普通の服とは違いますから」
修も首を傾げた。
「ん?」
首を傾げた二人の視線が空中で絡み合った。
ポーラ恐る恐ると言った風に、不思議そうにつぶやく。
「その、体に合わせて大きさは変わりますので」
「そうなんだ・・・」
修は感心した風に呟いた。
そんな修を、ポーラは不思議な物を見る眼で見つめて来る。
「・・・・・はい」
修はそっと視線を逸らして、誤魔化した。
「・・・とりあえず迷宮に行ってみよう。今日は様子を見るだけで。場所は分かる?」
ポーラが頷いた。
「はい。ご案内いたします」
迷宮は街を出てすぐにあった。
「こちらです」
そこには、ぽっかりと大穴を開けた洞窟があった。
不思議なことに、奥が見えない。
「大きいね」
修が不思議そうに奥を覗き見ようとして呟く。
ポーラは少し不安になった。
「はい。ご主人様であれば大丈夫だとは思いますが、中の魔物は強いです」
強いのは良く知っているが、全然緊張感が無い主に釘を刺すつもりで言った。
すると、修は今までの雰囲気から一転、眉を引き締めた。
「そっか。油断せずに行こう」
そう言って、歩き始めた。
その様子に安心したポーラも、キリッと表情を引き締めて後に続いた。
「はい!足を引っ張らない様に頑張ります」
あまりの入れ込みように、修が微かに苦笑した。
「ま、ほどほどにね」
「はい!」
返事はとても元気が良い物だった。
いざ突入しよう、と言う時に、ポーラが遠慮がちに口を開いた。
「・・・あの、私をPTに入れてください」
修は首を傾げた。
PT?等と考えていると、ポーラと何かが繋がった感覚があった。
「うん?・・・・・・・・・・・・・どう?」
良く分からないうちにできたのだろうか。
修が首を傾げると、ポーラは頷いた。
「はい。入りました。行きましょうご主人様」
洞窟に入ると、一瞬で視界が開けた。
修が振り向くと、外の様子は見える。
そういうものか、と修は納得して、辺りを見回した。
「中も結構広いんだな」
独り言として呟いたが、返事があった。
「はい」
修は初めての迷宮に、ポーラはどこか頼りないご主人様を守るため、集中して歩いていた。
修が唐突に、横穴に顔を向けた。
遅れて、ポーラの鼻が鳴った。
「む」「来ます」
同時に口に放った。
横穴から飛び出したのは、ウサギだった。
ウリボウ程の大きさの、ウサギだった。
しかも全身青かった。
可愛いと言うよりも、どこか病気か心配したくなるようなウサギだった。
修はウサギに鑑定を使った。
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LV.1
ブルーラビット
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そういう生き物らしい、と修は納得した。
ブルーラビットはウサギの割に、どたどたとあわただしく足を動かして突進して来た。
中々の速度だ。
ポーラ剣を構えて、飛び出そうとした。
「行きます!」
「ちょっと待って」
踏み出す直前に、修がポーラを止めた。
「は?は、はい・・・?」
がくっ、とずっこけかけたポーラが、不思議そうに修を見た。
修は魔法を使いたかった。
盗賊では使えなかったが、実験はしてみたい。
見たところ雑魚だから問題ない、と判断した。
神は何と言っていたか。
そうそう、『魔法は使おうと思ったら頭の中に魔法名が出る』だ。
修の頭に、ファイアーシュートと言う単語が出て来た。
「ファイアーシュート!」
修が叫ぶと、手のひらから頭と同じくらいの大きさの火球が発生した。
「・・・・・・・・・・・え?」
ポーラが呆気にとられた顔をした。
火球はそのままぶっ飛び、ブルーラビットにぶつかった瞬間、ブルーラビットを火だるまにした。
「おおっ!ほんとに出たっ!!すげええええええええ!!!!」
自分の手を見て狂喜乱舞している修とは対象に、ポーラは火だるまのブルーラビットと修を、交互に見つめる。
「え・・・・あの?ま、魔法、ですか?」
恐る恐る、と言った風に、修に問いかけて来た。
修は嬉しそうに頷いた。
「そうなんだ。使えるんだよ実は」
ポーラが口を半開きのまま、修を見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかしテンションが上がっている修は、唐突に火が消えたブルーラビットの居た場所に駆け出した。
そこには、白い毛玉が落ちていた。
「おお?!何だこれ!?」
拾い上げてまじまじと見つめる修に、呆然としたままポーラが呟く。
「・・・・・・・・・ウサギの皮です。迷宮内では、魔物が死ねばアイテムに変わります。あの、ご存じないのでしょうか?」
修はあっさり頷いた。
「うん。全然知らない」
ポーラはまた押し黙って修をじっと見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんなポーラに、修は恥ずかしそうに笑って言った。
「知らないことだらけだから、教えてね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
ポーラは何とか頷いた。
後で聞いたが、魔法を使えて接近戦もできるような者は、エルフくらいしかいないそうだ。