65話 一摘みのシリアス
間もなく、次の街が見えそうな程になった時。
ほにゃほにゃしていた修が、その顔のまま突然口を開いた。
「ポーラ」
修のほにゃほにゃした顔を見てテンションをあげていたポーラが、突然の呼びかけにビクリと震えた。
「は、はい?」
見過ぎだと怒られてしまうのだろうか。
そんなお門違いの勘違いではらはらしているポーラに、修が冷たく言った。
「今から来るのは全部敵。油断も同情もしないようにね」
顔はほにゃんとしているのに、声は冷たかった。
「・・・は、はい」
ポーラ、慌てて気持ちを戦闘モードに切り替えて、剣を抜いた。
鼻を鳴らしたが、おかしな匂いを感じない。
風下に居るのだろうか。
しかし、意識を凝らすと、森の中にピリピリとした気配を感じる。
ポーラは、修の言葉を心の中で反芻して構えた。
ポーラが構えてから、30秒ほど時間がたった頃。
やはり、風下から女が走って来た。
切羽詰まった顔の女だった。
乱暴されたかのようにボロボロになった服を着て、涙で顔を濡らした若い女だった。
おぼつかない足取りで、辛うじて走っている。
女が修たちを視界に捕えて、安堵の表情を浮かべた。
「ああ、た、たすけー」
修が女に蹴りを放った。
女は消し飛んだ。
へし折られた短剣の柄が、女が居た場所に落ちた。
ポーラが息を飲んだ。
同時に、森が震えた。
まるで何かが動揺しているかのようだった。
次に、修が森の中を見た。
「ふっ!!」
そして森の中に向けて、拳を振り抜いた。
ボン!と何かが弾ける音が響く。
一瞬、森から音が消えた。
その静寂の後、ざわざわとあわただしい気配が森の中から発生した。
気配は、散り散りになって離れて行く。
「俺は追うよ。ポーラは待機で不意打ちに注意。俺の声がしても姿が見えるまで本物だと思わないように」
修はポーラに言うと、一人で森の中に消えた。
「は、はい!」
ポーラは慌てて返事をして、油断なく周囲に気を配った。
風上に鼻を鳴らし、風下は目で注意する。
そうしているうちに、森の中から続けて悲鳴が聞こえて来た。
「あ、あああああ!!」「ば、化けもー」「たすけー」
様々な場所から聞こえて来る。
ポーラの正面から聞こえて来たかと思えば、数秒後に反対側からも聞こえて来た。
修がとんでもない速度で動き回っているのだろう。
悲鳴が消えて、数秒経った。
「ふぅ」
修が平気な顔で、ポーラの前に帰って来た。
「・・・お疲れ様です。・・・全て?」
ポーラは気を緩めぬままに問いかけた。
今緩めたら、デコピンを喰らいそうだと思ったのだ。
「うん」
修が頷いた。
「そうですか」
そこでようやく、ポーラは安堵の息を吐いて緊張を解いた。
剣を鞘に納めるポーラに、修が暢気に言った。
「これは俺の経験からなんだけどね。一番怖いのは人間なんだ。言葉が通じるから、嘘を言うし悪意もある。殺意のある人間には、決して油断してはいけない。俺は全力で殺すんだ」
口調は暢気だったが、内容はとんでもない物だった。
声にも、実感が籠っている。
一体シュウは過去に何があったのだろうか。
「・・・・・・・」
ポーラは黙って聞いた。
「まあ、俺の意見だからね。あんまり参考にしないでね」
ポーラの真面目な様子に、修は苦笑して肩を竦めた。
「・・・いえ。肝に銘じておきます」
ポーラは修に深く頭を下げた。
実に珍しい、修の真面目な話だった。
この二人とは思えない、とても真面目な雰囲気を醸し出していた。
本当に、とても信じられぬ。
そんな時、茂みから新たに人が出て来た。
初めに言っておくが、無害の人だ。
幸運にも、先に盗賊に気付いてこっそりと隠れていた人である。
しかし、盗賊のだまし討ちにあい、とてもシリアスな会話をした後のポーラには、敵にしか思えなかった。
風下から現れたのも運が悪い。
「はっ?!」
ポーラが咄嗟に放った蹴りが、男の顎を狩った。
「うごっ?!」
一瞬で意識を刈り取られ、白目を剥いた男が人形の様にカクーンと倒れ伏す。
倒れた男を、ポーラが剣を抜いて止めを刺そうとする。
「ストーップ!!ポーラストーーップ!!」
修が慌てて羽交い絞めにした。
男は気持ちよく、遠い世界に意識を飛ばしていた。
修が、男に敵意が無いことを告げると、ポーラは気の毒に見えるくらい凹んだ。
慰めてやりたいが、まずはポーラが蹴り倒した男を介抱する方が先だろう。
幸いにも、脳震盪だけだった。
修は念のため治療魔法をかけた後、活を入れた。
「はっ?!ここは!?・・・確か盗賊を見つけて、隠れてから・・・うぅぅ・・頭が・・・!!」
男はキョロキョロと辺りを見回した後、頭を押さえて呻いた。
「大丈夫ですか?もう盗賊はいませんよ」
修はそんな男に、ポーラが蹴り倒したことは話さずに親切っぽく微笑んだ。
「・・・お、おお。あなた達が助けてくれたのですか・・・?有難う。私の命の恩人です」
男はいい感じで記憶を失っているようだ。
ポーラに蹴られたのを覚えていない。
一瞬のことだったのが幸いだったのだろう。
「・・・え、ええ」
修は隠ぺいすることを心に決めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ポーラも黙って目を逸らしていた。
外道共である。
男は立ち上がり、微笑んだ。
「あなた達は旅人ですか?あの街に向かう?丁度良い。ぜひとも家に立ち寄ってください!」
修とポーラの良心が痛んだ。
墓の底まで持っていこう。
しかし、この男。
どこかで見たことある気がする。
「私の名前はラマンです。宜しければお二人の名前を教えて頂いても?」
あれ。
名前もそれっぽい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・シュウです。こちらはポーラ」
修が自己紹介をした。
「おお、シュウさんにポーラさんですか。こう見えて、私は商人でしてな。命の恩は・・・ん?シュウ・・・?」
もう確定かもしれない。
「あの」
何やら悩み始めたラマンに、修が話しかけた。
「はい?」
ラマンが目を丸くして修を見て来た。
修とポーラは一度、視線を合わせた。
同じことを考えていることを確信し、修が口を開いた。
「・・・・ご親戚に、カマンさんと言う方はいらっしゃいますか?」
ラマン。
どう見ても、やせて若くしたカマンであった。
ラマンの目が見開かれた。




