60話 馬鹿ではないだろうか
減速じゃー!!
セイントは、何か伝説の探索者の一人らしい。
それを打ち倒した修に、人が群がった。
何だかあわあわしているうちに、時間が過ぎていた。
そしてそれだけ時間をかけたおかげで、セイントは目を覚ました様だ。
修はお見舞いを口実に、人の群れから離脱してセイントに会いに行った。
額が痛々しく腫れている。
誰か治療してやれよ。
「・・・不覚であった。世界は広いな」
そんなことを、渋い声で言っていた。
頭にたんこぶが出来ていますよ。
誰かこの額を治してあげてくれ。
しかし、誰も治そうとしない
「ちょっと失礼」
修は仕方なく直してあげた。
「ぬ・・・?おお?!」
セイントもびっくりだ。
「お主は、治療魔法まで出来るのだな・・・」
おっさんの眼が尊敬に輝いた。
が、おっさんのそんな瞳はあまり募集していない。
「・・・お大事に」
修は早々に離脱した。
広場に戻ると、人がカマンに群がっていた。
初めにつながりを持ったカマンが、マネージャー面をしていたのだ。
実に商魂たくましい。
「これくらいで如何でしょうか・・・?」
カマンが、おっさんに賄賂っぽいのを渡されている。
紹介料だろうが。
修は政治的な権力は持っていないので、別に違法でも何でもないが、なんだか悪代官風な雰囲気を感じる。
「うむむ。仕方有りませんな。あなたの名前をお伝えしておきましょう。お名前は?」
その量に満足したのだろうか、カマンがとっても偉そうに名前を聞き出していた。
「あ、ありがとうございます!私は・・・」
しかし、名乗るおっさんも嬉しそうだった。
そんな大人の会話も、修には聞こえていなかった。
一番の問題は、ファウスだった。
これも修には聞こえていないが、ファウスはマテナに話しかけていた。
「どうだね。シュウ殿は素晴らしいだろう?」
純粋な11歳の少女は、伝説の探索者をあっさりと倒した修の戦い(?)に、とても興奮していた。
「は、はい!凄いです!」
ファウスは満足そうに笑った。
「うむうむ。彼の様になりたければ頑張らねばな?」
「はい!」
ファウスがマテナに洗脳工作を行っていた。
マテナも、キラキラした目をしている。
実に恐ろしい大人達である。
そんな騒ぎの中、修はスニーキング能力を発揮してこそこそと自宅に帰った。
彼等が修が居なくなったことに気付くのは、ずっと先の出来事である。
翌日に、21層に入った。
朝から何だか色々な人に絡まれて、迷宮に入る前から気疲れしていたが。
しかし修は体を動かせば元気になるのだ。
肉体派である。
少し歩くと、魔物を発見した。
「お?」
修はまじまじと魔物を見つめた。
猫だった。
小さい、普通のサイズの猫だ。
何故か正座して、瞑想していた。
小さな体で服を着ている。
服の下から、鎖帷子まで覗いている。
腰には可愛らしく刀まで挿している。
おもちゃのような刀だったが。
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LV.21
シノビキャット
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すぅ、とシノビキャットの両眼が開いた。
とても落ち着いた瞳が修を見据える。
「・・・・・・・」
修が見つめる中、シノビキャットは正座のまま修に向き直り、すっと頭を下げた。
「あ、これはご丁寧にどうも」
修も思わず頭を下げ返してしまうほど、見事な礼だった。
深々と礼をしたシノビキャットは立ち上がり、腰の刀をすらりと抜いた。
瞳が、「いざ尋常に勝負!」と言っているように見える。
忍者なのに、とても礼儀正しい。
シノビキャットは滑る様な足取りで、シュタタタと修に駆けよって来た。
そして、ぴょいんと飛び、逆手に持った刀を修めがけて振って来た。
「セイッ!」
刀ごと、シノビキャットはへし折れた。
後には、小さな樽が残された。
『またたび酒』とある。
「体に良いらしいですよ」
ポーラ先生が教えてくれた。
ポーラはお酒を飲んだことが無いそうなので、今晩は酒盛りだ。
ちなみに修はザルだ。
ちょっとどこぞの国の海賊を壊滅させたら、いっぱい振る舞われたことがある。
そして全員酔い潰した。
翌日、港は吐瀉物天国になっていた。
二匹目のシノビキャットと遭遇した。
やはり正座して瞑想している。
「では私が」
ポーラが進み出た。
シノビキャットは、また落ち着いて目を開き、ポーラに向き直った。
そして礼儀正しくお辞儀をした。
その頭に、ドラゴンの剣が叩き込まれた。
「ポーラさんっ?!」
余りに無慈悲な攻撃に修が裏返った悲鳴を上げた。
「は?・・・隙だらけですので・・・」
罪悪感の欠片も感じられないセリフが返ってきた。
修は恐れ戦いた。
しかし、開幕からどえらい一撃を貰ってなお、シノビキャットは普通に立ち上がった。
ナイスガッツだ!と思わず修は応援してしまった。
実はシノビキャットはとても強い。
最初の先制攻撃に、どれだけダメージを与えることが出来るかが大事なのだ。
その為、修が間違えていて、ポーラは間違っていないのである。
無慈悲ではあるが。
シノビキャットはとても敏捷だった。
壁も天井すらも自由自在に駆け、縦横無尽に飛び回る。
そして思いもよらぬところから攻撃を仕掛けてくるのだ。
壁を背にしても、何故か背後から斬りかかって来るクレイジーっぷりだ。
「ふっ!!」
しかしポーラも負けてはいない。
中央にどっしりと構え、どこから攻撃が来ても、片手で受け止め、もう片手で弾き返す。
小回りの利点を十二分に理解した動きをするシノビキャットを下手に追うことはせず、攻撃が来た時だけ反撃している。
狂戦士ポーラがこんなクレバーな戦い方が出来るなんて!
シノビキャットは攻撃の合間に、時々イガグリを蒔いたりしている。
マキビシのつもりだろうか。
可愛い。
しかし、ポーラは動かないのだから意味が無い。
と言うか動いても、ドラゴンの素材で出来ている具足に傷一つ付けられないだろうが。
敏捷に動き回るシノビキャットの動きが、ポーラの攻撃を受けて段々鈍って来ていた。
そして、シノビキャットは懐に手を入れた。
またマキビシだろうか。
修とポーラはそう思った。
しかし、取り出したのは黒い球だった。
「・・・?」
訝しむポーラの眼前に、シノビキャットは球を叩き付けた。
その瞬間、白い煙とツンとした匂いが広がった。
「っ!!!」
予想外の攻撃に、ポーラは顔を焦りに歪めて全力で後ろに跳んだ。
「うぉぉ?!」
修も、シノビキャットのクオリティの高さに驚愕した。
神を殴るのを一回減らしてやろうかとも考えた程だ。
ポーラは一度着地した後も立ち止まらず、煙に背を向けて走った。
多少煙に当たっただけだと言うのに、眼からは涙が溢れている。
鼻もおかしくなったかのように効かなくなっていた。
まさかこんな手段を取って来るとは・・・!
ポーラは十分に距離を取った後、ずざぁ!と砂埃を立てながら振り返った。
涙が滲む目で、必死にシノビキャットを探す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
シノビキャットは何時まで経っても攻撃してこなかった。
煙が晴れた頃、煙があった場所に何かが倒れていた。
シノビキャットだった。
シノビキャットは、けふんけふんと激しく咽ていた。
煙が直撃したのだ。
馬鹿ではないだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ポーラが近づいても、シノビキャットはひたすら咽て気付いた様子も見せない。
ポーラは介錯してやった。
「・・・・・・・・・」
そしてまたたび酒をリュックに詰め込み、修を見た。
修は、神に五発目を入れるべきか悩んでいた。




