04話 盗賊と商人と
修の視界が突然変わった。
森の中だった。
「おおっ!!」
修はもの珍しげに、キョロキョロと辺りを見回した。
見慣れぬ植物を見て、修のテンションは一気に上がった。
試しに、一つの木を見て鑑定をしてみる。
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ロカの木
建築に使う
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「お~~~」
貰った鑑定は、機能するようだった。
次に魔法を使おうと、胸を躍らせ始めた時、修の顔が突然引き締まった。
先ほどまでの好奇心に満ち溢れた少年の様な瞳ではなかった。
幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の怪物の瞳があった。
修が感覚を広げると、微かに人の罵倒と金属を打ち合う音、そして血の匂いが漂ってきた。
修は音も無く、森の中を駆けた。
修は気配を断ち、木の陰から騒動の中心を覗き見た。
見るからに野盗の男が、剣を振りかぶっていた。
「くたばれやぁ!!」
叫ぶと同時に、剣を構えた男をバッサリと切り捨てた。
「ぐぁぁっ!!」
斬られた男は肩から腹まで、血を吹き出して倒れ伏した。
あれでは間もなく息絶えるだろう。
修が見回すと、数台の馬車があった。
先頭の馬車に、身なりの良い男が座り震えていた。
それを取り囲む様に、野盗と思われる男達がぐるりと周囲を囲んでいた。
足元には、数人の死体が転がっている。
修は、まず怯える男に鑑定を使ってみた。
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LV.7
カマン
人間:♂
32
商人LV.32
奴隷商人LV.18
『商人』
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次に、野盗らしき男の中で、一番強そうな男を鑑定する。
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LV.22
ギルバ
人間:♂
39
剣士LV.33
盗賊LV.27
『賞金首』
『盗賊』
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野盗ではなく、盗賊だった。
そして賞金首だった。
倒れているのは、あのカマンの護衛だろうか。
(・・・やるか)
修は音も無く、しかし、疾風のようにギルバに駆け寄った。
「けけけ!今日は大量だ、べっ!!!」
修の拳が、口を開いていたギルバの顔面に叩き込まれた。
同時に、ギルバの頭が消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
カマンも盗賊達も、ぽかんとした顔で首を失ったギルバを見た。
ギルバの体がビクンビクンと痙攣した後、地面に倒れ伏した。
その間に、修は動いていた。
呆然とする盗賊達の顔に、腹に拳を叩き込んでいく。
「・・・・あっ?!にっ、逃ーーーべっ!!」
我を取り戻し、逃げようとした盗賊の頭も消えた。
盗賊は、物の数秒で壊滅させられた。
修は戦闘では冷徹だった。
特に、人相手では。
獣と違い、人間は悪知恵がある。
最大の力で、一気に消すことが重要なのだと学んで来た。
よって、魔法を使うことも選択肢から外して、一気に壊滅させた。
生き残っている者が居ないか、周囲に気配が無いかを確認した後、修は表情を緩めて、カマンに声をかけた。
「・・・・・大丈夫ですか?」
カマンはまだ呆然としていた。
無理も無いだろう。
護衛が殺され、自らも死を覚悟した瞬間に、突然盗賊が全滅させられたのだ。
慌てて修に頭を下げた。
「・・・・・・・・・・・あ。ああ、はい。だ、大丈夫です。その、あなたのお陰で・・・」
修がにこやかに笑った。
一瞬前に人を殺したとは思えぬ笑顔だった。
返り血すらついていない。
「それはよかった」
その顔を見て、カマンはようやく緊張の糸が切れた。
一度大きく大きく深呼吸して、再び修に頭を下げた。
「あなたのお陰で命拾いしました。私の名はカマン。商人をやっております。是非ともこのご恩はお返しさせて頂きたい」
先ほどまでとは違い、しっかりとした声音だった。
修も、カマンに頭を下げ返した。
「ご丁寧にどうも。俺は修です。・・・すいません街まで送ってください」
ついでに御願い事を言った。
「・・・・・・・・・は?」
カマンはまた呆然とした顔をした。
その後、盗賊の体から出たカードを回収したカマンと修は、カマンの馬車に揺られていた。
カマンは興奮した様子で修と話していた。
お互いのカードを見せ合ったが、盗賊を殺したことで、修のレベルは9になっていた。
うなぎのぼりである。
「シュウさんは探索者ですか!いやはや道理でお強い。賞金首を一瞬で倒すあの早業!実に素晴らしい!」
ニコニコと笑顔を浮かべて修を持ち上げる。
実際、カマンには修が何をしたかは理解していなかった。
しかし、盗賊を殺したのは修であることは間違いないだろうことは理解していた。
修は恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「と言っても駆け出しですけどね。本格的に潜るのはこれからです」
カマンは驚愕した。
迷宮の深くに潜る様な探索者だと思い込んでいたのだ。
「なんとっ?!いやしかし、シュウさんならばすぐに名をあげるでしょう!失礼ながら出身はどちらで?」
カマンが雇っていた護衛の中には、探索者も居た。
彼らが束になっても敵わなかった盗賊を単身撃破したのだ。
空気を呼んで、カマンが話題を変える。
答えようが無い質問だった。
シュウは適当に嘘をでっち上げた。
「ははは・・・。恥ずかしながら名前も無い田舎の出身でして。迷宮以前に常識に疎いんですよね。それに実は無一文でして」
カマンが更に驚愕する。
「?!そ、それはそれは・・・。いえ、なるほどわかりました。命を救ってくれたご恩、お返し致しましょう」
しかしすぐに表情を繕って、しっかりと修の目を見て言い放った。
「すいません。でもそんな大層なことはされなくても大丈夫ですよ?」
困ったように修は笑う。
多少の支援は欲しいが、あまり大げさにされると謙遜してしまう。
しかしカマンは重々しく首を振った。
「いえ!私は商人です!いわばシュウさんには私の命を買って頂いたような物です!相応のことをせねばなりません!!」
鼻息も荒く、カマンは言い切った。
商人の鑑である。
修は有難く好意を受けることにした。
「・・・・御立派ですね。有難く頂きます」
深々と頭を下げる修に、カマンは照れ臭そうに笑った。
「いえいえ!代わりに、入用があればうちの商会をお尋ねください。何でも揃えておりますので」
修はまた頭を下げた。
「その時は、お世話になります」
するとカマンは悪戯っぽく笑い、修の耳元で囁いた。
「それにですね、少し打算もあります。シュウさんの様な有望な方と繋がりが持てるのです。いわば先物取引の一つですな」
カマンが気を使ってくれたことが良く分かった。
修は苦笑した。
「ははは・・・・。頑張ります」
カマンが鷹揚に頷いた。
「是非とも頑張って頂きたいですな!まあシュウさんなら頑張らなくてもすぐでしょうが・・・」
最後に、ぼそりと呟いた。
修は苦笑を深めて頭を掻いた。
「あはは・・・・」
カマンは一度呼吸を整え、荷台に向かって叫んだ。
「それで、ですね。まず余り常識に詳しくはないということで、奴隷をお渡ししましょう。ポーラ!」
「はい」
すると、鈴のなる様な声で返事があった。
荷台から一人の女が現れた。
アクセサリーの様な首輪をつけた少女だった。
背は平均程度だろう。
銀色の髪を肩口で切りそろえ、瞳も銀色に輝いている。
その容姿も非常に整っており、10人中10人が美人と言うだろう容姿をしていた。
質素な麻の服に身を包んでいたが、細い手足にもかかわらず、胸が大きく膨らんでいた。
そして、髪から犬の様な耳が。
足元にもふさふさの尻尾があった。
狼の亜人だった。
ポーラと呼ばれた亜人の少女がカマンの後ろに立った。
カマンが少女についての説明を始める。
「この娘は獣人族の娘です。白狼族と言う種族で、本来は白いはずなのですが、なぜかこの娘はこの通りでして。非常に珍しいのですが、奴隷としては問題ありません。この娘をシュウさんにお渡ししましょう」
修は、ポーラに鑑定を使ってみた。
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LV.2
ポーラ
獣人:♀
17
剣士LV.2
『奴隷』
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剣術が使えるのが意外ではあったが、しかし見るからに細い少女だ。
自分のことは棚に上げ、修は悩んだ。
「う~ん・・・」
その悩みを瞬時に理解したカマンが続けて口を開く。
「獣人族ですので、迷宮を潜る際にも戦力になりますよ。今はまだ弱いですが、鍛えればすぐでしょう。ポーラ、大丈夫だろう?」
ポーラもしっかりと頷いた。
「はい。故郷で魔物と戦ったこともありますので多少は剣も使えます。それにシュウ様には助けて頂きました。あのままでは、私も殺されていたか、どこか酷いところに売られていたと思います」
期待を込めた瞳で修を見つめていた。
美少女にそんな目で見つめられて、嫌になる男は居ない。
心が揺れ始めた修に対して、カマンが更に続ける。
「盗賊が持っていた装備もお付けしますよ!まあしばらくは私の屋敷から迷宮に潜って下さい。その時に使えるようであればお譲りしますので」
最後に試用期間までも設けてくる。
こうなると、この場での逃げ口は無い。
修は頷いた。
「・・・・うん。それでお願いします」
カマンも嬉しそうに頷いた。
「はい。ポーラ、しっかり仕えるのだぞ」
ポーラは、きらりと瞳を輝かせて深く頭を下げた。
「はい。誠心誠意仕えさせて頂きます」
熱のこもった声色だった。