40話 考えなしの復讐
忌々しき七層は足を踏み入れないことにした。
よって、六層で戦い続けることになる。
八層では、シャラにとっては危険すぎると判断されたのだ。
修の素敵スキルは、PTリーダーでないと発動しないらしく、シャラのレベルは中々上がらなかった。
それでも、日々ポーラとの連携が上達している。
ポーラに合わせてもらうだけでなく、段々とシャラも考えて動くようになっていた。
安心して見れるようになると、サムハンと修は適度に気を緩めて雑談までするようになった。
「そうなんですか」
修が相槌を打った。
何でも、サムハンはシャラ以外にもPTメンバーが居るらしい。
今は所用で抜けているが、もう少しで帰って来る予定らしい。
修とポーラも、ファウスの街に家を持っている。
PTを解散するにはちょうど良いタイミングかもしれない。
「君たちとはもっと組んで居たかったがね・・・」
サムハンは、寂しそうに微笑んだ。
たった一週間程度の付き合いだったが、心の奥底からそう思ってくれているらしい。
本当に本当のハンサムだ。
「そうですね。こっちに来ることがあれば、ぜひ訪ねてください。街の案内くらいは出来ますよ」
修もサムハンのことは気に入った。
ポーラもサムハンにはかなりの高評価を与えている様だ。
ちなみに案内するのはきっとポーラだ。
修はまだファウスの街に詳しくない。
「ああ。その時はよろしく頼むよ」
サムハンは楽しそうに微笑んだ。
しばし迷宮を歩くうちに、修たちは違和感を感じ始めた。
「・・・おかしいな」
遂にサムハンが呟いた。
「ですね」
修も同意した。
「・・・・・・」
ポーラまでもが頷いた。
「え?」
シャラだけは良く分かっていないようだった。
サムハンが今まで見たことが無いくらいに顔を引き締めていた。
そんな顔もハンサムだ。
「他の探索者が居ない。・・・・急いで戻ろう」
そう言って、迷宮の入り口に向けて早足で歩き出す。
修とポーラは反論せずに着いて行くが、シャラは良く分かっていないようで、慌てて後を追ってきた。
「は、はぁ・・・」
サムハンが、周囲に注意を払いながら呟いた。
「『はぐれ』が居るかもしれない」
シャラは目を丸くした後、顔を青褪めさせた。
「っ?!は、はい!」
シャラもようやくサムハンが慌てた理由を理解した。
しかし、ポーラが呟いた。
「・・・・来ました」
後ろから、何かが現れた。
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LV.21
サムライベアー
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着流しを着た熊だった。
頭にちょんまげがある。
腰に、体格の割に細い剣を携えている。
間違いなく『はぐれ』だ。
「ひっ・・!」
シャラが蒼白な顔で後ずさった。
サムハンは厳しい顔でシャラを庇い、サムライベアーから目を逸らさずに修とポーラに聞いて来た。
「・・・シュウ君、ポーラ君、君たちは勝てそうかな?」
一縷の希望を乗せた、しかし実際にはあまり期待を込められていない声だった。
サムハンは、いざと言う時は、最年長の自分が時間を稼ごうとすら考えていた。
まさにハンサム。
しかし、
「はい。俺がいくよ」
修があっさりと前に進み出た。
「・・・はい。御武運を」
ポーラも一瞬心配そうな顔をしたが、素直に頭を下げた。
サムハンは一瞬呆然とした。
「え?・・・シュウ君!」
慌てて後を追おうとした。
「大丈夫です」
が、ポーラに止められた。
まさか一人で向かうとは思ってもみなかったのだ。
修が戦うところを見ていないので、仕方がないことだが。
サムライベアーはすらりと腰の剣を抜いて構えた。
どうやって剣を持っているのだろうか。
やけに堂に入ったその構えを見て、修は眉を寄せた。
「・・・フェンシング?」
サムライベアーは侍ではなかった。
着流しだけが侍部分だった。
そのまま、鋭い踏み込みと同時に雷光の様な鋭い突きを放ってきた。
サムハンも、シャラも、その太刀筋を見切ることは出来なかった。
修はそれをあっさりと避けた。
「セイッ!」
そして顔面に拳を叩き込んだ。
剛毛に覆われ、肉厚なはずのサムライベアーの頭が消えた。
後には、『熊の手』が残された。
これは食べれそうだ。
修が回収して、暢気な顔で三人の元に帰ってきた。
「お見事です。流石はシュウ様です」
ポーラは誇らしげに修を迎えた。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
サムハンとシャラはあんぐりと口を開けて、呆然と修を見ていた。
そんな顔でも、ハンサムは絵になった。
シャラについては断固としてコメントを控える。
「ポーラでも行けたよ」
修はサムライベアーの実力をそう判断した。
少なくとも、レベル21ならばポーラ一人でも行けることを理解できた。
「そうでしょうか?不思議な動きをしていましたね」
ポーラもサムライベアーの太刀筋は見えていた。
しかし、見たことも無い動きだったので、少し不安げな様子だった。
剣を抜いて、サムライベアーの真似をして剣を突き出す。
「・・・こう?」
修も拳でサムライベアーの真似をした。
「こんな感じだね」
二人は少しの間、復習をした。
「じゃあ帰りましょうか」
それが一段落した頃、修はサムハンとシャラに向かって言った。
二人は未だに停止していた。
「・・・あ、ああ。ありがとうシュウ君。君のおかげで助かったよ」
我に返ったサムハンは、、慌てて頭をあげて来た。
「あ、ありがとうございます!」
シャラも我に返って慌てて追従した。
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ。こっちもPTのやり方を学べてますし」
修は照れ臭そうに笑った。
「・・・そう言ってもらえると助かるよ」
サムハンは、未だ信じられぬといった顔をしたまま頭を下げて来た。
大人の対応である。
迷宮から帰った後は、ポーラをシャラの練習相手に訓練をし始めた。
サムハンもそれに参加した。
一方、修はポーラを置いて一人街を歩いていた。
慣れぬはずの街を、迷いなく。
修はするすると街を進んでいく。
路地裏を通り、人気が無い道を迷いなく。
そして、唐突に人影に声をかけた。
「こんにちわ」
人影は、ビクリと体を震わせた。
「っ?!なっ!!」
慌てて振り向いた。
その人物は、いつかの修に絡んで来た4人の探索者の一人だった。
どうやってか、一人逃げ出した筈の男だ。
「気のせいかと思ってたんだけどねぇ。君はあの時の人かぁ」
修はそいつを見て、得心がいった顔で頷いた。
最近、誰かに見られている感覚があった。
手を出してくる様子は見せなかったので警戒するだけで見過ごしていたが。
「い、生きて、やがったのか・・・」
男は後ずさりながら呟いた。
この男はどうやってか逃げ出した後、この街に逃れた。
身分を隠して迷宮に潜り、資金を稼いでいた。
そしてそんな中、修を見つけたのだ。
この男は、素晴らしい執念で修をつけ狙った。
同じ階層で戦っていることを確認した後、破れかぶれに『はぐれ』を呼び出す為に迷宮に留まり続けた。
そして執念は身を結び、『はぐれ』が現れた。
そこからも運よく『はぐれ』からも逃げおおせたのだ。
が、『はぐれ』如きで修が倒せる訳がない。
この男は、ドラゴンを倒したのは修だと言うことを知らなかった。
愚かにも、情報収集すらしていなかったのだ。
「うん。じゃあね」
修は、殺意を持った人間には手加減はしない。
一瞬で男に肉薄すると、その体に拳を叩き込んだ。
男は肉片ひとつ残さず、消滅した。
修は男を一人殺した後でも、全く表情を変えなかった。
「・・・今日の晩御飯何だろ」
頭をかきながらそんなことを呟いていた。
ちなみに帰り道、修は迷った。
必死にポーラの気配を探すことで辛うじて人のお世話になることは免れた。




