32話 トラップ
11層は今までと雰囲気が違った。
道がとても広く、しかし薄暗くなっている。
壁もまるでホラースポットの様に薄汚れ、ヒビが無数に走っている。
神様の趣味であろうことは、修には良く分かっている。
ポーラが注意深く足元を見つめながら囁いて来た。
「シュウ様。ここからはトラップがあります。お気を付けください」
修はポーラの視線を追って地面を見た。
薄暗い中で、汚れた地面は中々に見にくい。
「トラップ?どんなの?」
修の問いかけに、ポーラはすらすらと答える。
「転移トラップです。魔物に勝利しなければ出れない空間に追いやられるそうです。足元をよく見れば魔法陣が隠されているそうですが、見破るのは難しいそうです」
ポーラが難しい顔で地面を見つめている。
修も地面を見回して見たが、魔法陣っぽいのは見当たらない。
この中に隠されているとなると、見つけ出すのは至難だろう。
「ふーん」
修は爪先で、地面を突きながら呟いた。
「後は宝箱ですね。偽物があります。中には魔物が入っているそうですので、迂闊にあけると危ないそうです」
そっちは実にわかりやすい。
宝箱を開ける前にチョップを叩き込んで見ようかと修は考えた。
「なるほど。分かったよ。・・・転移トラップで飛ばされるのは踏んだ人だけかな?」
それと気になることもついでに問いかけた。
修が一人で飛ばされる分には全く問題ないが、ポーラが一人で飛ばされると危ないかもしれない。
「いえ、PT全員です。しかし、敵が複数現れるので非常に危険なのだそうです」
ポーラの答えに、修は安堵の息を吐いた。
その気になればポーラが動くまでも無く虐殺できるのだ。
「了解。一応注意してみようか」
修は気楽に呟き、一歩を踏み出した。
「はい」
ポーラも、出来るだけ修の踏んだ部分を歩いてついて来た。
少し歩くと、魔物の気配があった。
「さてさて、どんなのかな」
視界が悪いので見えないが、修は期待半分でそろそろと魔物を見つめた。
そして固まった。
修の後ろからぴょこんとポーラも顔を出して、同じく固まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・またこんなのか」
修が呻くように呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・はい」
ポーラも沈痛な面持ちで頷いた。
そこに居たのは、壁だった。
何故か10センチほど空中に浮いている壁なのだが、問題はそこではなかった。
壁には、胸と腹があった。
鍛え抜かれた胸筋と腹筋が。
グリーンバニーと良い勝負をできそうな程に鍛え抜かれている。
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LV.11
マッスルウォール
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見るだけで、みちみちと筋肉が鳴っっている幻聴が聞こえてきそうだ。
修とポーラの呟きを聞きつけたのだろうか、マッスルウォールが修たちに向けてすいすいと移動して来た。
「ファイアーシュート!」
修は火球を叩き込んだ。
着弾の瞬間、マッスルウォールの筋肉が締まった。
着弾、爆炎が広がる。
その炎が消えた頃、煙の中からマッスルウォールはぬぅっ、と現れた。
どこか自慢げに、胸筋をピクピクと動かしている。
「・・・・すげぇうぜぇ」
修は思わず呟いた。
「・・・・・・・」
ポーラも同等の様で、不快げに目を逸らした。
そんな間にも、マッスルウォールは地面を滑る様にして修に突撃してくる。
また筋肉が締まると、そのままの勢いで修に体当たりを仕掛けて来る。
「セイッ!」
物理的に腹筋が割れた。
修の拳がマッスルウォールの筋肉を貫き、反対側まで飛び出た。
思わず、修まで串刺し刑をしてしまった。
「お見事です」
ぴくぴくと痙攣するマッスルウォールから目を逸らし、ポーラは呟いた。
マッスルウォールが消え、修の足元に肉が落ちた。
『マッスルミート』
修とポーラは無言でそれを見つめた。
「・・・・・・・・・・・・・これは?」
修がぽつりと問いかける。
「食べると、筋肉が付きやすくなるそうです」
ポーラはそれから視線を逸らして呟いた。
一部の男性には、とても人気の食材らしい。
「・・・そう」
修はそれをリュックの中に詰め込んだ。
次のマッスルウォールは、ポーラが相手をした。
ポーラは、マッスルウォールの体当たり利用し、そのまま剣を突き込んだ。
「はっ!!」
剣先がマッスルウォールの腹筋にめり込む。
それはまるで、ゴムの様な手ごたえをポーラに送り込んだ。
貫かれることなく、マッスルウォールは弾き飛ばされた。
「うっ・・・」
その感触にポーラが嫌そうに眉を顰めた。
流石に一撃では仕留められないようだ。
しかし、一撃で随分とダメージを与えたようで、マッスルウォールはどこかアンバランスに揺れていた。
マッスルウォールは次いで、回転し始めた。
その回転はみるみるうちに速くなり、まるで車輪の様だった。
マッスルウォールはその回転を維持したまま、ポーラに体当たりを仕掛けて来た。
素で喰らえば地面に叩き付けられ、挽肉されるかもしれない。
それほどの勢いのある攻撃だった。
修は見た。
レベルが上り、回転すら目で追えるようになったポーラも、見てしまった。
マッスルウォールに、尻があった。
途轍もなく締まった、尻が。
下手に突き込むと、恐ろしいことになる。
瞬時にそう判断したポーラは、繰り出そうとしてた突きを急遽停止させた。
そしてマッスルウォールの突撃を回避しざまに、胴体部分に横から剣を叩き付けた。
「ふっ!」
狙い通り、マッスルウォールの腹筋に激突した。
ポーラが、手に伝う感触に眉を歪めた。
同時に、マッスルウォールは真っ二つに割れ、地面に倒れた。
新たに出現した『マッスルミート』を見つめながら、ポーラが悔いる様に呟いた。
「・・・とても嫌な感触でした」
ポーラがぼそりと呟いた。
そんな情報は知りたくなかった。
「・・・そう」
修は苦渋の顔でマッスルミートを拾い、リュックに詰め込んだ。
マッスルウォールの相手は、交互に行うことにした。
嫌なことは交互に。
嫌な連帯感を元に決めた、暗黙のルールだった。
実際苦戦することは無く、順調に探索が進めることが出来た。
そんな中で。
「あ」
修がぽつりと呟いた。
ポーラが修の視線を追って、それに気づいて呟いた。
「・・宝箱、ですね」
二人で宝箱の前に立ち、まじまじと見つめる。
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宝箱
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鑑定しても分からない。
「罠かな?」
宝箱自体一度しか見たことは無いので、罠か本物かの区別はつけることが出来なかった。
「・・・・わかりませんね」
ポーラも難しそうに見つめている。
修は意を決して、宝箱の前に跪いた。
罠なら、殺せばいいと考えただけだが。
一瞬チョップも考えたが、もし本物の宝箱なら中身ごと破壊仕掛けない。
というかする。
「開けてみるよ。ポーラは少し離れてて」
「はい。お気をつけて・・・」
ポーラが数歩下がるのを確認した後、修は宝箱に手をかけた。
「・・・・」
宝箱開ける。
その瞬間、中から真っ白な手が飛び出て来た。
まるで幽鬼のように青白い、細い手だった。
その手が修を掴み、中に引きずり込もうとした。
が、修はあっさり手を掴み返して、引っ張り上げた。
中から、その手に見合ったひょろひょろの何かが出て来た。
何か半透明だった。
修は鑑定してみた。
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LV.11
トラップゴースト
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修とトラップゴーストの目が合った。
トラップゴーストは最初は驚愕に、次いで、哀れっぽい目を向けて来た。
「セイッ!」
その顔に、グーパンが突き刺さった。
トラップゴーストは死んだ。
後には、小さな箱が残った。




