28話 ポーラは泣いた
修とポーラは夕食を食べていた。
ポーラも、もう随分と慣れたようで、修が勧めなくても一緒に食事をしてくれるようになった。
二人分にしては明らかに多大な量を、修とポーラは容易く食べつくした。
修は元々大飯喰らいだったし、ポーラも体が資本だと分かっている。
程よい満腹感に包まれながら、二人穏やかな顔でお茶を啜っていた。
そんな中、修はふと思いついた。
「ねえポーラ、答えにくかったらいいんだけど」
「はい・・・?」
耳をへにゃりと垂れさせて弛緩していたポーラは慌てて表情を引き締めた。
「奴隷になったら、一生奴隷なの?」
ポーラが苦しげな顔をしてぽつりと呟いた。
「・・・・ほとんどの者は、そうです」
修は、多少申し訳なく思いながらも、更に生まれた疑問について突っ込んだ。
「ほとんど?」
全員が全員、奴隷のままではないのか。
ポーラは一度頷くと、指を二本立てた。
「解放されるには、二つ条件があります」
修は頷き、無言で先を促した。
「一つは、主の許可が必要なこと」
「うん」
それは何となく、想像できた。
奴隷は主の所有物と言う扱いなのだから。
「もう一つは、お金です」
「あー」
修は納得した。
「解放されるには、自分で自分を買わねばなりません。しかし、奴隷にお金を渡す主も、そうは居ませんから・・・」
金を出して買った奴隷に、更に同じだけ金を出して手放す主も、そうは居まい。
よっぽどの金持ちで、酔狂な人間でなければ考えもしないだろう。
「ポーラは幾らなの?」
修が続けて問いかけた。
「私は・・・。珍しいので、朱金貨6枚だそうです。でも解放は一律朱金貨2枚だそうです」
ポーラは、自分の髪と尻尾を撫でながら自嘲気味に呟いた。
生まれた村の中で、自分だけ色違いだった。
必死で村に溶け込もうと頑張ったが、結局は排斥され、売られたのだ。
珍しいと言う理由で高値がついたことも不幸だった。
「へぇ・・・」
修は呟き、突然椅子から立ち上がり、部屋から出て行った。
修の突然の行動に固まったポーラが、慌てて食器を片付けて後を追おうとしたところで、修は帰って来た。
「はい」
修は何の気なしに、ポーラに朱金貨2枚を手渡した。
「・・・・・・・え」
突然のことに、思わず受け取ったポーラは、まじまじと手の中にある硬貨を見つめた。
「ポーラにはいつもお世話になってるからね。これで・・・っ?!」
しばし呆然と硬貨を見つめていたポーラの瞳から、突然ぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
突然泣きはじめたポーラに、修が驚愕した。
ポーラは、蚊の鳴く様な声で呟いた。
「・・・す、捨てないでください」
「え、え?」
修は意味が分からなかった。
普通喜ぶ物じゃないの?と思ったが、予想に反して、ポーラは悲痛な顔で涙を流している。
「が、頑張りますから。もっともっと強くなりますから。お願いします。捨てないでください」
お願いします、お願いします、と呪文のように呟き続けるポーラに、修は大いに慌てた。
「ちょっ、ちょっと!?」
ポーラの肩を掴むと、修の服を力無く摘まんで来た。
「・・・嫌です。離れたく、ありません。・・・一緒が良いです」
どうやら離れるのが嫌らしい。
修はそう理解して、慌てて捲し立てた。
「あー!あ、ああ。そういうのはね、ポーラが決めればいいんだよ!居たかったら居てくれればいいし、嫌だったら出て行けばいいし。・・・その時は言って欲しいけど」
人に優しくされる。
生まれた時からそういった経験が無かったポーラにとっては、修の側は夢の様な環境だった。
ポーラは、奴隷でも何でも良かった。
ただ側に居たい。
奴隷でなくなったら、また一人になってしまうのだと考えたのだ。
「・・・御側にいても、宜しいでしょうか?」
ポーラは涙で濡れた顔で、自信なさげに修を見つめた。
修は苦笑して、ポーラの髪をぐしゃぐしゃ掻き回した。
「ポーラが居てくれると俺も嬉しいよ。だからほら、泣き止んで。ね」
「・・・はい。ありがとうございます」
グズグズと鼻を鳴らすポーラは、暫く泣き止まなかった。
不安がるポーラに、修は言おうとしていたことを説明した。
要約すると、「給料出すから家で働いて」と言うことだ。
ポーラは頷いた。
翌日、ポーラの手を引いてカマンに会いに行った。
幸いカマンは店に居たので、早速金を払い、ポーラの奴隷解放をしてもらうように頼んだ。
「ほほぉ。ポーラを」
カマンは感嘆した。
ちらりとポーラの顔を見ると、俯いていて良く見えないが、目が腫れている。
泣いていたのだろうか、と推測した。
「はい。お願いします」
修が頭を下げると、ポーラも遅れて頭を下げた。
「・・・お願いします。」
「ええ分かりました。むむ・・・はっ!!・・・これでポーラは解放されましたな」
カマンが青筋を立てて唸った。
それだけで、ポーラと修の間にあった何かが無くなった感覚があった。
繋がりが無くなった。
二人揃ってカードを確認する。
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LV.33
カンザキ シュウ
人間:♂
18
拳士LV.■■
経験値獲得アップLV.6
攻撃魔法LV.22
回復魔法LV.22
鑑定
状態異常無効
称号変更
『探索者』
『拳を極めし者』
『神を殴りし者』
『ご主人様』
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LV.31
ポーラ
獣人:♀
17
剣士LV.32
『探索者』
『○○○』
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これでポーラはは名実共に、奴隷ではなくなった。
「ありがとうございました、カマンさん」
修がカマンに。
「ありがとうございます。カマン様。ご主人様」
ポーラがカマンと修に頭を下げた。
カマンは軽く手を振って笑った。
「いやなに、これも仕事のうちですよ。ポーラや、もうシュウさんは御主人様ではないよ」
そして、悪戯っぽくポーラに笑いかけた。
ポーラは身動ぎして困り始めた。
「は、はい・・・。あの、なんとお呼びすれば・・・?」
修をちらちらと見つめてぼそぼそと問いかける。
「普通にシュウでいいんじゃないかな」
修は、ポーラのその様子に苦笑しながら呟いた。
「シュ、シュウ・・・さま・・・」
ポーラは頬を染めて呟いた。
「ははは。様はいらないよ」
修は笑い飛ばした。
が、ポーラは頬を更に染めると、また俯いた。
「いえ、そのご恩もありますし・・・。すぐには、その・・・・」
カマンが微笑ましい物を見る眼でそれらを見ていた。
「ふふ。ポーラも環境が変わって戸惑っているのでしょう。それに今のポーラは自由です。彼女が決めることでしょう」
如何にも年長者らしい意見で仲裁に入ってくれた。
「・・まあ、確かに」
修は頷いた。
「・・・・・・・・」
ポーラも恥ずかしげに身を震わせていた。
奴隷ではなくなっても、ポーラは以前と変わらず、甲斐甲斐しく働いてくれた。
以前よりも多少距離は感じるようになったが、恥ずかしそうにしているので嫌われている訳ではない。
と信じたい。
その日の夜。
修の部屋にポーラが現れた。
「あの、シュウ、様・・・」
「ん?」
修は意外そうにポーラを見つめた。
一言でいえば、エロイ恰好をしていた。
「お情け、を・・・頂けると・・・」
奴隷ではないのだから、そういうことは無いのだと思っていた所の不意打ちだった。
「・・・頂きます」
有難く頂いた。
ご主人様呼ばわりも良かったが、シュウ様呼ばわりも結構良いものだった。