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その拳にご注意を  作者: ろうろう
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01話 馬鹿と涙目の神様

基本、こういう雰囲気です

山の中に、一人の青年が居た。

まだ若い青年だった。

男にも女にも見えるその体の上には、中性的な顔が乗っていた。

名前は神崎修かんざきしゅう

18歳の男だった。


修は一人、山の中で構えていた。

半身に構え、右の拳を腰だめに構えている。

その構えは、見る人が見れば即座に逃げ出すほどに鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。

修は虚空を睨み据え、静かに息を整えていた。


(行ける・・・今日こそ行ける)


修は馬鹿だった。

それには理由があった。

彼は幼い頃より、頭のおかしい祖父に鍛えられていた。

祖父は何だかよく分からない小難しい流派を修めていたらしい。

その祖父に、物心つく前から修行と言う名の壮絶な経験を味わされていた。


何やら『女性の柔らかさを手に入れる』とか言われていた記憶もある。

骨格を破壊された。

『気』を感じろ!などと言われて、暗闇の中で真剣で斬られたこともある。

『銃と戦う訓練をする』と言われ、とある国のマフィアの取引中の場所に放り込まれたこともある。

目を覚ましたら、見知らぬ孤島に居たこともある。

耳元に『生きて帰って来い』と書いた紙が一枚だけ置いてあった。

ちなみにそこは、世界の裏側だった。

『どんな生き物にも負けるな』と言われたこともある。

着の身着のままに北極に放り込まれ、ホッキョクグマと死闘を演じたこともある。

目を覚ますとボロボロのいかだの上に居て、モーターボートに乗った祖父が何かの血を海に撒き散らし、『生きて帰って来い!』と言って去って行ったこともある。

すぐにサメに囲まれた。

滝壺に落とされたこともあるし、砂漠の真ん中に放り出されたこともある。

上空から突き落とされたこともあるし、山火事の中に落とされたこともある。

折れていない骨など無い。

潰れていない肉など無い。


冗談の様な自分の人生を思い返し、修は頬に伝う涙に気付いた。


その生活が異常だと気付いたのは、最近だった。

生まれて初めて普通の友人が出来、話をしたらドン引きされた。

そこで初めて、異常な生活を知った。

怒り狂って祖父の元に行くと、『飯はまだかのぅ?』としか言わなくなっていた。

ボケていた。


命がけの生活から解放された修に残ったのは、この身に宿る力だけだった。

体を動かすこと自体は嫌いではなかったため、軽い訓練だけは毎日していた。

その『軽い』訓練でも、友人は目を回していたが。


そして最近知ったことがある。

漫画やアニメ、ゲームと言った娯楽だ。

それら媒体の中で、修と同じ様な生活をしている人たちが新たな力に目覚めるのだ。

修は自分でもできる、と信じた。

馬鹿というより、純粋だった。


そして今。

全身に気が満ちる。

最高のタイミングを体から聞き出す。

今!!


「セイッ!!!」


拳を突き出した。

当然だが、何も出なかった。

代わりに、周りの木が一斉にへし折れた。

拳の直線上に地面が削れた。

どこかで、ボゴンッ!!と音が響いたが。


「くっ・・・・!!」


修は駄目だったか!と一人歯を食いしばった。

何が駄目だったのだろうか?

角度か?タイミングか?気が足りなかったか?

等と一人で考えてた。

そして、眼前の違和感に気付いた。


「・・・・・ん?」


大気に割れ目が出来ていた。


「おおっ!!」


出来ていたのか!と一人で喜んだ。


「・・・・・おおぉぉぉぉぉ?!」


そして、その割れ目に吸い込まれて消えた。




---------------




次元の狭間で、神と呼ばれる存在が退屈そうに寝そべり、眼下を見ていた。

神が作り出した、自らの世界だった。

世界が安定して、実に面白くない。

何か面白い存在でも来ないかな、と考えた矢先に、それの予感があった。


「!!」


神の眼前の空間が裂けた。

そして、そこからペッ!と吐き出されるように青年が飛び出した。

修だ。

投げ出された修は見事に空中で回転すると、足から着地した。

訝しげに周りを見渡し、一瞬の早業で立ち上がっていた神を視界に捕えた。

修は首を傾げて尋ねた。


「・・・・・ここはどこでしょうか?」


神は自分の中のスイッチを切りかえた。

ゴッドスマイルを浮かべて、慈悲深く語り掛けた。


「良く来ました人の子よ。ここは世界の狭間。私は神。あなたをここに召喚しました。あなたには私の世界へ行ってもらいます」


「・・・・・くっそぉ!!」


修はすぐに地団太を踏んだ。

自分の拳が生みだした力ではないのだと思い込んだのだ。


実際には違う。

修の全身全霊を込めた拳が次元を切り裂いたのだ。

神は、ただ単に現れた修に、それっぽく言っただけなのだ。


神は、突然地団太を踏んだ修に、内心驚愕しながらも微笑みを絶やさなかった。

修が我を取り戻したころに、再び口を開く。


「・・・・・・・・・・・・・・気は済みましたか?」


修も、突然暴れてみっともないと思った。

大人しく頷いた。


「・・・・・・・・・・・はい」


神は一度仕切り直す為に、再び神々しいゴッドスマイルを浮かべて、大事なところを口に出した。


「おほん。私は神。あなたには私の世界へ行ってもらいます」


「え?嫌です」


修はあっさりと言った。

互いの時が停止した。

ゴッドスマイルに僅かな亀裂が走り、神は首を傾げた。


「・・・・・・何故でしょうか?」


修には気がかりがあったのだ。

友人に勧められるがままに借りた、アニメのDVDがあるのだ。

実に楽しかった。

続きを借りねばならない。


「帰して下さい。DVD見たいんで」


神はゴッドスマイルを崩し、重々しく首を左右に振った。


「・・・・それは出来ません」


次元を切り裂くなんてことは出来ない。

次元の狭間に落ちて来た存在を自分の世界に送り込むことくらいしかできないのだ。

修は目を見開き、慌てて詰め寄った。


「何でですか?!」


神は重々しい顔のまま、必死で脳を働かせた。

そしてそれっぽいことを紡ぎ出すことに成功した。


「え~。その、うん。あなたは選ばれたのです。この世界を救うために!」


神は勢いで乗り切れると思った。

しかし、返って来たのは修の冷めた視線だった。


「ええ・・・・?胡散臭い」


神の目が驚愕に見開かれた。

面倒くさいから、もうとっとと説明して放り出そうと考えた。


「ッ?!・・・あなたが何と言おうとも、これは決定事項なのです!ですから、」


神の言葉の途中で、修が拳を突き出した。


「セイッ!」


神の神々しい頬に直撃した。

神は痛みに涙目になり、腫れた頬を押さえて驚愕の顔を浮かべた。


「痛いっ!!・・・・え?あれ?・・・・うっそぉ?何で殴れるの?」


思わず地が出た。

すると、修も敬語を崩して怪訝な顔で神を見た。


「いや、ふつう殴れるよ」


しかし、神は納得できない。


「いやいやいや!!ふつう殴れないよ?!私神様っ!!精神生命体!!物理効かない!!OK?!」


そう、物理攻撃など神には効かないのだ。

どんなことをされようが傷一つつくはずがない。


「セイッ!」


反対の頬に、修の拳がめり込んだ。


「痛いっ!!」


神は悲鳴をあげて飛び上がった。


「殴れたけど」


両頬を押さえて涙目の神は、拳を振り上げる修に頭を下げた。


「・・・・・・・・・・・・そうですね。・・・・・・・・・あの、正直に言うんで、その手降ろしてくださいませんか?」

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