26話 食べてなくてよかった
六層で戦っていたが、フットバットの翼は飾りだった。
レベルの上がったポーラの相手にもならず、さくさくと倒されていた。
とはいっても昨日に探索はほぼ済ませている。
すぐにボスを発見することが出来た。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
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LV.6
ボス・フットバット
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大きい。
大きいだけではない。
何故かオプションですね毛が追加されていた。
とてつもない不潔感が追加されていた。
流石のポーラも嫌そうにフットバットの足を見つめていた。
「・・・俺が行くよ」
何だかとてもポーラを近づけたくなかったので、修が相手をすることにした。
見た目はアレでも、一応ボスなので、修もある程度警戒して近づいた。
すると案の定、ソバットを仕掛けて来た。
「セイッ!」
カウンターをフットバットの顔面に叩き込んだ。
フットバットはコウモリの翼×5になった。
「・・・・・・」
修は汚い物を摘まむ様にして、翼を回収した。
「・・・お疲れ様でした」
ポーラも汚い物を見る眼でコウモリの翼を見ていた。
二人の中で、コウモリの翼の価値が暴落した瞬間である。
扉を潜りながら、修はポーラに問いかけた。
「七層は何が出るのかな?」
ボス・フットバットで受けた衝撃を少しでも癒せる魔物であることを、微かながらに期待していた。
「グリーンバニーだそうです」
ポーラの答えに、修は僅かな希望を大きくした。
「へぇ」
しかし、ブルーラビットが居てグリーンバニーって。
なんで統一していないんだろう。
そんなことを考え始めた時に、ポーラが追加情報を呟いた。
「何でもとても腕力が強いらしいです」
「・・・・腕力?ウサギだよね?」
一瞬停止した修は、思わずポーラを振り返った。
「はい。そう聞いていますが」
ポーラも自信なさげだった。
聞いただけの情報なので、実物は見たことが無いのだ。
修は凄く嫌な予感がしてきた。
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LV.7
グリーンバニー
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想像してほしい。
身長が1M程度の小柄ながら、全身緑の体表に覆われたボディービルダーの男に、まるでV字水着を着ているかの様に柔らかそうな緑の毛が生えているのを。
そして首は無く、代わりにちょこんと小さなウサギの頭が乗っているのを。
どう見てもただの変態だった。
真顔で見つめる修とポーラの前で、グリーンバニーは二人に気付くことなく、一人でひたすらポージングを行っていた。
見事な上腕二頭筋と胸筋だった。
背筋もすさまじい。
緑色に輝く全身に、汗が油の様に光り輝いていた。
「・・・殺すか」
修がぽつりと呟いた。
慈悲の欠片も無かった。
「・・・・・・・・・・・・・」
ポーラも何も言わなかった。
ポージングを決めつづけていたグリーンバニーが、修たちに気付いた。
鍛え抜かれた肉体とのギャップがありすぎる、円らな瞳を修に向けると、スプリンターの様な見事なフォームで駆けて来た。
「ファイアシュート!」
修が火球をぶっ放した。
グリーンバニーは逞しすぎる二本の腕で、小さな頭をカバーして火球に突っ込んだ。
着弾し、爆発した。
燃え盛る炎の中、グリーンバニーが飛び出してきた。
全身を焦がしながらも、抜けて来たのだ。
そして緑色の毛が燃え尽きていた。
しかもいかなる理由か、股間部だけ毛が残り、焼け焦げてちぢれていた。
ただの変態から猛烈な変態へと変化したグリーンバニーに、修が恐れ戦いた。
ポーラは耐え切れず目を背けた。
その隙に、グリーンバニーは接近する。
ある程度近づいたところで、右腕を伸ばした。
めきめきと力瘤が浮き上がる。
そのまま走り抜け、ラリアットを仕掛けようとしてきたのだろう。
「シッ!!」
修は触りたくなかった。
その為、虚空に、高さ的にはグリーンバニーの首の位置に、回し蹴りを叩き込んだ。
修の足の軌跡をたどる様に、風の刃が放たれた。
グリーンバニーの首から上がすっ飛んだ。
恐ろしい勢いで放たれた風の刃は、そのまま迷宮の壁すらも切り裂いた。
迷宮が、まるで生物の様に苦しげに蠢き、壁を閉じた。
ムキムキの肉体が地に倒れ伏した後、アイテムへと変わった。
『ウサギの肉』
無言でそれを見つめる修に、ポーラが自信なさげに呟いた。
「・・・・・・・・・・食材です。・・・・・・・美味しい、らしいです・・・」
決して。
決して食すまいと、二人は固く誓った。
こんな話があるそうだ。
『ウサギの肉』が好物のとある貴族が居た。
『ウサギの肉』は大変美味だが、迷宮でしか手に入らない。
何故か市場に出回る数も少ない。
ある日、貴族は決意した。
自ら迷宮に潜り、『ウサギの肉』を取れるようになるのだ、と。
その貴族は努力した。
努力し、努力し、遂に『ウサギの肉』を手に入れた。
しかし、彼が『ウサギの肉』を食べることは二度となかったそうだ。
『ウサギの肉』を取れる探索者も、何故か口にしない。
何故かと聞いても、嫌そうに眉を寄せて口を紡ぐそうだ。
確かにあんな変態から取れる肉など食べたくないし、変態が落とす肉だとばれれば売れなくなってしまう。
恐らく、そういうことだろう。
七層は全て修が戦うことにした。
精神衛生的な意味で、ポーラに戦わせるのは酷だろう。
そしてファイアシュートも決して使わなかった。
アクアシュートでも一層気持ち悪くなったし、サンダーシュートでも毛がアフロになった。
アースシュートも大した効果は出なかった。
修は無慈悲な風の刃を放ち続けた。
七層の探索は、かつてない速度で進んだ。
二人は可能な限りグリーンバニーを避けて進んだ。
そして、
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LV.7
ボス・グリーンバニー
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「・・・・もう嫌だ」
修は心が折れかけた。
ボス・グリーンバニーはいつも通り巨大だった。
3Mはあるだろう。
しかし問題はそこではない。
毛が、乳首と局部を軽く覆っているだけだった。
ポーラも蒼白な顔でボス・グリーンバニーから目を逸らした。
ボス・グリーンバニーは、二人に気付いた。
何故かわざわざ膝をつき、クラウチングスタートで駆けて来た。
「ゼリャァァァ!!」
修は虚空を蹴った。
その瞬間、ボス・グリーンバニーの体が挽肉になった。
更には迷宮の壁に無数の傷痕が刻み込まれた。
迷宮は、必死に壁を癒していた。
修とポーラは、ボスが落とした『ウサギの肉』を無視して次の階層に向かった。
八層に辿り着いた後、修が疲れた顔で呟いた。
「帰ろうポーラ・・・」
「はい・・・」
ポーラも反対せずに頷いた。
ウサギの肉の清算を行ったが、受付は知っているのだろう。
笑顔のままで決して肉には触ろうとはしなかった。
そしてウサギの肉を買いに来たのであろう、一部の貴族たちが喜んでいた。
修たちは何も言わず、ギルドを後にした。
その日の夜は、ポーラでたっぷり癒された。
ポーラも忌まわしい記憶を無くすためか、いつも以上に激しかった。




