25話 衝撃のデコピン(弱)
五層を探索して回った。
ステッキウッドと何度も接敵したが、ポーラが軽々と葬った。
花を咲かせることができたステッキウッドは、一体しか居なかった。
ポーラも無慈悲である。
すぐにボス部屋に辿り着いた。
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LV.5
ボス・ステッキウッド
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いつも通りのボスだった。
「行きます!」
ポーラがステッキウッドに向けて駆ける。
ステッキウッドも、雑魚よりは多く、太い枝を伸ばして迎撃する。
しかし、ポーラは全く苦にもせずに躱しきり、あっという間に懐に潜り込んだ。
『ポーラさん殺戮劇場』と言う単語が修の頭によぎった。
それほどまでに一方的な戦いだった。
葉を茂らせて打ち払おうとしても、根元から断ち切られている。
見る見るうちにステッキウッドが弱って行った。
やがて、がくぅ!と項垂れたステッキウッドの頭に芽が生えた。
ポーラはそこでようやく、ステッキウッドから距離を取った。
涼しい顔をしている。
芽はすぐに花となり、萎れて行った。
ピクリとポーラの形の良い眉が動いた。
その瞬間、花が破裂した。
花の中央に仕込まれていたのだろうか、種の様な物が、散弾の様に全方位に放たれた。
しかし、その最後のあがきすらも、ポーラは落ち着いて盾で身を守った。
修が、自分に飛んで来た種を全て撃ち落しながら見つめる中、ステッキウッドは木片×5になった。
「問題ないね」
修は木片を拾うポーラに歩み寄り、声をかけた。
「はい」
ポーラもまだまだやる気に満ち溢れていた。
そのまま六層へ向かった。
少し歩くと、早速気配を感じた。
「俺がやるね」
ポーラも遅れて気付き、頷いた。
「はい」
すぐに現れた物を見て、修は口を半開きにした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
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LV.6
フットバット
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コウモリだった。
それは間違いないはずである。
人の胴体はあろうコウモリだ。
翼が鋭利な刃物の様に輝いている。
そこまでは良い。
そこまでは実に魔物らしかった。
フットバットは、二本の足で歩いていた。
胴体と同じくらいの大きさのムッキムキの足で。
何と言うか競輪選手の様な足だった。
しかも毛が無く、ツルツルだった。
過去最高に気持ち悪い生物を目にしてしまった。
呆然とフットバットを見つめる修に、フットバットも気付いた。
「ハッ!」と言わんばかりの顔で修を見つめると、その逞しい足で走り寄って来た。
翼はどうしたのだろうか。
フットバットは、地を蹴り、修にソバットを仕掛けて来た。
「セェェイッ!!!」
フットバットは死んだ。
フットバットが落とすのは、コウモリの翼だった。
怪しげな黒魔術に使うようなものではなく、明らかに奇妙な形の刃物だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
修が訝しげにそれを見つめていると、ポーラが解説してくれた。
「投げナイフの様にして使うこともできるそうです」
「・・・そう」
リュックに入れても、生地が裂けることは無かった。
この世界のリュックは一体何で出来ているのだろうか。
「ファイアシュート!!」
二匹目のフットバットに火球を叩き込んだ。
レベルが上がったおかげか、今までの三倍ほどの大きさの火球が産みだされた。
フットバットは果敢にも、火球に飛び蹴りを仕掛けた。
そして燃え尽きた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
修は、もう何を言ったら良いかわからなかった。
三匹目からはポーラが相手をした。
翼は飾りの様で、執拗なまでのソバットを仕掛けて来ていた。
足を自慢したいのだろうか。
いや、バットだから・・。修は途中で思考を放棄した。
レベルのあがったポーラの相手ではなかった。
跳べば叩き落され、地面に居ても剣で斬られていた。
数回斬られただけで、フットバットはふらふらとよろめいた。
「っ!!」
フットバットが、遂に羽を広げた。
忙しく羽を動かすと、すぐに宙に浮いた。
飛べたのだ。
ならなぜ最初から飛ばないのだ、と修は心の奥底から思った。
フットバットはポーラの頭上を高速で飛び回り始めたが、ポーラは落ち着いてフットバットを見つめていた。
完全に目で追えている。
隙が見つからぬと判断したのだろうか、フットバットは羽を折りたたんで、ポーラに向けて急降下を行った。
あの羽で切り裂くつもりなのだろうか。
修はそう思った。
が、フットバットは空中で前転し、ポーラに踵落としを放った。
ポーラは実に簡単そうに、一歩横に動いた。
地面に踵をめり込ませたフットバットの脳天に、剣を叩き付けた。
コウモリの翼になった。
「六層も、問題ないですね」
ポーラが嬉しそうに笑っていた。
「・・・うん。そうだね」
修も釈然としない思いを抱えたまま頷いた。
そこからも特に困ることなく、淡々と探索を続けた。
明日には、また扉を見つけることが出来るだろう。
リュックが満載になったところで切り上げた。
迷宮を出たところに、探索者が数人いた。
若い男から中年まで、四人ほどのPTだ。
彼らは、二ヤニヤと笑いながら修とポーラに歩み寄って来た。
ポーラは見るからに警戒し、耳を立てた。
修はちらりと彼らを見つめて鑑定をした。
全員探索者ではあったが、盗賊っぽい顔をしている。
レベルは10後半から20まで。
修が外国に飛ばされた時に、よく絡んできた人達と同じ顔をしている。
「おう、兄ちゃん。珍しいもん装備してるじゃねぇか」
リーダーと思われる、一番年配の男が修に向かって笑みを浮かべていた。
どこか威圧的な笑みだった。
しかし、修は全く動じずにうっすらと微笑んだ。
既に心は対人モードに移っていた。
「そうですね」
全く動じずに冷たい返事を返した修に、男達は一瞬止まった。
外見はなよなよしている修は、威圧すれば怯むとでも思ったのだろう。
この男達は、元々PT人数の少ない、年若い探索者を狙って盗賊まがいの事をしていたのだ。
しかし、称号が盗賊になっていない。
裏技があるのだ。
一瞬怯んだ男達は、しかし数の優位を信じていた。
「俺達が有効活用してやろうか?なんなら後ろの嬢ちゃんも一緒に」
『ぎゃはははは』と後ろの男達が下品な笑いをあげた。
「いえ、遠慮しておきます」
修は男達から目を逸らさず、あっさりと断った。
男の眉が不快げに歪んだ。
しかし、全く怯むことが無い修の様子に一度舌打ちをすると、次は修の影に隠れて立つ、与しやすそうなポーラに威圧した。
「ああ?・・・嬢ちゃんも俺達の方がいいだろう?こんな女男よりもよっぽど楽しませてやるぜ?」
ポーラは生ごみを見るような目で男を見た。
鼻まで押さえて不快げに眉を寄せて、顔を背けた。
「臭いです。近寄らないでください。失せて下さい」
シッシッ、と手で虫を追い払うような動きまでして見せていた。
男の額に、ピシリと青筋が浮かび上がった。
「んだとぉ!?折角平和的に『話し合い』をしてやろうとしてやったってぇのに!!調子に乗ってんじゃねぇぞクソ女ぁ!!ぼろ屑になるまで使ってやらぁ!!」
そして、ポーラに掴みかかろうとした。
「・・・・・・・あ?」
男の顎に、修がデコピンをした。
男はそのまま、糸が切れた人形の様にカクンと地面に倒れ込んだ。
「は?」「え?」「!?」
他の三人からは、修が何をしたか見えなかった。
例え見える位置にいたとしても、修の動きを追うことは出来なかっただろうが。
慌てた様子で、一人の男が修に掴みかかろうとしてきた。
「てっ。手前なにしやがっー」
その男も顎にデコピンを喰らい、言葉の途中で意識を失った。
「見て分からないかな?これだけど」
折り重なって倒れる男に向けて、修は冷めた瞳で告げた。
虚空にデコピンを数発放ったが、その指の軌跡を追うことは誰もできなかった。
冷めた瞳をしていた修は、ふと何かに気付いた風に顔を持ち上げ、ポーラを見つめた。
「こういう場合ってこっちは責められないよね?」
ポーラは満面の笑みを浮かべた。
「はい。ご主人様は領主様とも面識がございます。まず間違いなく、こいつらを捕縛して終わりでしょう」
残った二人の男は『領主様』と聞いて蒼白になった。
小狡いこと、あくどい事ばかりをしてきたこのPTは、当然の如く、先日の危険な迷宮遠征には行かなかった。
それ故に知らなかった。
ドラゴンを倒したのが、目の前の男であることも。
修とポーラの装備が、そのドラゴンの素材を使ったものだと言うことも。
たとえ修の顔を知らなくても、風貌を知らなくても。
このタイミングで豪華な装備を身に着けていると考えれば、気付ける可能性もあったと言うのに。
若い男女が見たことも無い装備を身に着けて迷宮に潜ったのを見た時から、カモとしか思えなかったのだ。
「よかったー」
修はほっと安心して、残った二人を見た。
「ちょっ、まっー」
何事か言おうとした男の前に、修が突然現れた。
顎にデコピンを行うと、その男もくたりと倒れ込んだ。
仲間を見捨てて、一人背を向けて逃げ出していた男の眼前にも、突如修が現れる。
「ひっ?!ゆるしっー」
デコピンが叩き込まれた。
これで丸一日目を覚まさない。
修とポーラは、実に落ち着いて清算がてらギルドに報告に行った。
ポーラの言った通り、修は責められることは無かった。
むしろ、このPTに痛い目にあわされた若い探索者たちが次から次に男達の悪行を暴露したことで、金品全て没収の上、奴隷にされてワイバーンの住むらしい鉱山に送り込まれることになった。
ワイバーンがすぐもぐもぐしてしまうので、年中人不足なのだそうだ。
後にギルドのお偉いさんに呼び出され、直接礼を言われた。
その時に聞いたが、脅迫して、無理矢理にでも譲渡の形を取れば、盗賊にはならないそうだ。
お偉いさんも言いにくそうにしていたので、勿論秘密にすることを約束した。
神さん仕事しろ、と修は思った。




