17話 まるでバターの様でした(by神様)
ポーラの提案通り先に進むことにした。
危なくなれば加勢することを伝え、ポーラとボス部屋に向かった。
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LV.4
ボス・トリプルシザー
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いつも通り巨大になっている。
「行きます!」
ポーラがトリプルシザーに向かって駆けた。
しかし、大きいだけとはいえ、トリプルシザーの足は多い。
それに巨大になっているくせして、速度は全く衰えていなかった。
ポーラは中々懐に潜り込むことは出来なかった。
数回の挑戦で諦めたらしく、素直に襲い掛かってくる足を攻撃していた。
しかし、足は中々ダメージが通らないらしい。
数十発斬りつけても、トリプルシザーはぴんぴんしていた。
ポーラが全身から汗を流し始めて暫く経ち、ようやくトリプルシザーは逆立ちした。
「はぁ・・・はぁ・・・」
その頃には、ポーラは汗びっしょりになって荒い息を吐いていた。
動きにも段々衰えが見え始めている。
トリプルシザーの足がポーラの体をかすめはじめる。
まだ軽い切り傷程度しか怪我は負ってはいないが、疲労しているところの出血だ。
どんどん体力が失われていくだろう。
「・・・・・・」
修がいつでも飛び出せる様に油断なく見つめていた。
長い戦いが続く中で、ついにトリプルシザーがぐらついた。
「ふっ!!」
ポーラは意を決して、一気に懐に踏み込んだ。
盾で体当たりするようにトリプルシザーにぶちかましを行う。
トリプルシザーは、腹を上に向けて転がった。
ポーラはそのまま、トリプルシザーの腹の上を回転して、ハサミが無い下側に転がり込んだ。
「っ!!」
あとはめった刺しだった。
タフな分、美女が鬼気迫る表情で剣を突き立てまくると言う恐ろしい光景が長い間繰り広げられた。
「・・・・・・・終わりました」
遂にトリプルシザーはカニミソになった。
ぜぇぜぇと汗をびっしょりとかきながら、ポーラは億劫そうにふらりと立ち上がった。
「うん。お疲れ様。今日は帰ろうか」
治療しながら、ポーラの疲労具合を見て修が言ったが、ポーラは首を振った。
「・・・・いえ。五層の、確認だけ、しておきましょう」
ところどころ途切れながらの言葉に修は悩んだ。
「う~ん、わかった」
危険そうであれば、引きずってでも帰ろう、と決めて頷いた。
五層は、四層とは違って湿地の様ではなかった。
代わりに、土がかなり柔らかい。
足取りが重いポーラを気遣いながら修が歩いていると、眼前に木があった。
修と同じくらいの木だった。
不思議なことに、葉は一枚も生えていない。
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LV.5
ステッキウッド
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修が鑑定して見ると、魔物だった。
修がポーラをちらりと見ると、ポーラは頷いた。
とりあえずまず、修は魔法を放つことにした。
「ファイアーシュート!」
トリプルシザーとは違って、良く燃えそうだったので、とりあえず火の魔法をぶっ放す。
火球が着弾すると、ステッキウッドは生き物の様にうごうごと蠢いた。
が、泡を吐くでもなく、そのまま燃え尽きた。
「一撃なのね」
修が目を丸くして呟いた。
「木、ですから」
ポーラが気だるそうな呼吸のまま返事を返してきた。
「まあ、確かにね」
修は頷き、ステッキウッドが生えていた所に歩み寄った。
木片が落ちていた。
そのまま床板として使えそうなほどに大きい。
「木片なんだね」
修はコンコンと気を叩きながら呟いた。
かなりの強度がありそうだった。
「はい。魔法使いの方はまず、この木片から切り出した、ステッキやロッドを、使うそうです」
ポーラが修の呟きに答えた。
少しずつだが、呼吸が落ち着いて来ていた。
「そうなの?!」
魔法使いに憧れる馬鹿は、目を丸くしてポーラを見た。
ポーラが軽く頷いた。
「・・・はい。ですが、ご主人様は、魔法が使えておりますので、不要かと思いますが」
修は絶句した。
「魔法ってそういうのが無いと使えないの?!」
愕然とした顔の修に、ポーラは多少申し訳なさそうに頷いた。
「私はそう聞いておりますが・・・・」
「そうなんだ・・・ちなみに普通の木では駄目なの?」
修はじーっと木片を見つめる。
ステッキやらロッドを素手で掘り出しかねない勢いの視線だった。
「魔物産ですから」
「なるほど」
修は、実に大事そうにリュックに木片を突っ込んだ。
半分ほど飛び出ていたが。
ポーラもだんだん調子が良くなってきたようなので、もう一体相手をすることにした。
「セイッ!」
バッカーン!!と、何かが割れる音共に、ステッキウッドは木片になった。
拳を振り抜いた姿勢のまま、修が首を傾げた。
「あれ?中身スカスカなんだね」
「・・・そうなのですか?」
ポーラは、もう修が素手で魔物を粉砕したことに驚いた様子も見せずに首を傾げた。
慣れとは恐ろしい物で、どちらかというと、自分が汗臭いのではないかと言うことに気を回していた。
ポーラは修に向かって歩み寄るが、いつもの定位置より、一歩遠かった。
「うん。殴った感覚的にね」
修が木片を拾いながら頷いた。
「そうですか。ステッキウッドもかなり固いはずですが・・・」
ポーラは修が背を向けていることを目にすると、自分の服の臭いをすんすんと嗅いでいた。
清算に行くと、受付は目を丸くしていた。
「木片、ですか」
「はい」
受付は、ちらりと修の顔を見た。
控えめに質問して来た。
「あの、昨日四層に登られたのでは?」
「はい」
修は笑顔で頷いた。
清算に出した木片は一個で、もう一個は大事そうに抱えている。
「・・・・・もう五層に?」
「そうですね」
玩具を手に入れるのが待ち遠しい子供の様な顔で、修はニコニコと笑っている。
受付はポーラを見た。
ポーラは自分の服の臭いを嗅いで眉を顰め、そっと修から距離を取っていた。
受付の視線に気づいた様子も無い。
ハイペースで階層を進めるのは危険が高い。
しかし、修は『はぐれ』を倒している。
一応注意するように伝えるべきか悩んだが、結局止めた。
「・・・・・そうですか。こちらをお受け取り下さい」
「ありがとうございます!」
金の詰まった袋を渡すと、修はスキップしながらギルドから出て行った。
ポーラは着かず離れず、絶妙な距離を保って修の後ろを歩いて行った。
慌てて体を拭きに行ったポーラは、修が手刀で杖を作り出す衝撃的なシーンを見ることは無かった。
辺りに散らばる木くずと、修が笑顔で杖を持っているのを見て、全てを察したが。
ちなみに、修の作った杖は、なぜかやすりで擦ったかのように実になめらかだった。
翌日はとある事情の為迷宮は潜らなかった。
更に翌日、二人揃って五層に向かった。
「じゃあポーラも行ってみようか」
「はい!」
今日もポーラはやる気満々だった。
ステッキウッドは、あまり動かないようだった。
と言うか不動だった。
魔法使い的には、ただの的ではないのか、とすら修は思った。
そう思っていたが、ポーラがステッキウッドに駆け寄っていると、突然ステッキウッドの枝が伸びた。
「っ?!」
とんでもない勢いだった。
ポーラは目を丸くして、辛うじて盾で防いだ。
「へぇ」
修も意外そうに呟いた。
しかし、中身無いのに何故伸びるのだろうか、等と考えてもいた。
駆け寄るポーラに、ステッキウッドは次から次に腕を伸ばす。
それらをポーラは躱す。
一度見た攻撃は物ともせず、盾で受け、剣で流し、華麗に回避しては懐に潜り込んだ。
「ふっ!」
気合と共に、ポーラが連続で剣を叩き込んだ。
ぶるぶるとステッキウッドが苦しげに蠢いた。
どうやら、胴体から枝は伸ばせないようだった。
突き出た枝をポーラに向けて伸ばしてくるが、見てから回避余裕である。
しかし、枝を切り裂いてもほとんどダメージは無い様子だった。
次から次にと伸ばしてくる。
「はっ!」
ポーラさん絶好調。
そんな雰囲気を漂わせながら、ステッキウッドを斬りまくる。
「効いてるなぁ」
ステッキウッドは弱々しく体をくねらせた。
実に器用な木だった。
ステッキウッドはむずがるように、枝を伸ばして回転した。
まさしく人間の腰の様に、固いはずの木がくねり、ポーラを横から殴ろうとする。
ポーラは落ち着いて屈んだ。
その瞬間、突然枝に無数の小枝が生えた。
と思った瞬間、葉っぱがぼんっ!と生い茂った。
「おっ!?」
修は感嘆した。
が、すぐに思い直して気づかわしげにポーラを見た。
ポーラも仰天していた。
今までのクセなのか、盾で頭を庇っていたのが幸いした。
咄嗟に身を縮めて、盾で生い茂ったステッキウッドの攻撃を受け止める。
「っ?!」
しかし、ステッキウッドの力は予想以上に強かったのだろう。
ポーラの軽い体は、勢いに押されて呆気なく宙を舞った。
思わず修が受け止めようと思って駆け出しかけたが、ポーラは空中でくるりと一回転し、足から着地した。
打撃力はあまりなかったようだ。
恐らく、距離を離させるのが目的だったのだろう。
「大丈夫?」
修がポーラに問いかけると、ポーラは半眼で頷いた。
「・・・もう喰らいません」
調子に乗りすぎていた自分を叱咤し、ギラリと輝く眼光で油断なくステッキウッドを睨み付けた。
「・・・頑張ってね」
美人のマジな顔は怖かった。
修はちょっと引き気味に呟くと、ポーラはこくりと頷いて再びステッキウッドに駆け出した。
「しっ!!」
伸びて来る枝を掻い潜り、生い茂った枝は斬り捨てていく。
後は一方的だった。
ガンガンと剣を叩き込まれ、苦しげに蠢くステッキウッドの頭頂部に、突然芽が生えた。
「?!」
ポーラは攻撃の手を止め、油断なく間合いを取った。
ステッキウッドの頭から生えた芽は、すぐに葉を作り、蕾を作り、花を咲かせた。
控えめな黄色の花だった。
「・・・・・・・・・・・・・・」
油断なくステッキウッドを見つめるポーラの視線の中で、花は萎れ、枯れ落ちた。
同時に、がくぅ!とステッキウッドが項垂れた。
そこまで出来て、何故歩けないのかと不思議になる。
まるで燃え尽きたようだった。
そのまま、ステッキウッドは木片になった。
「・・・・え?今の何?」
修は不思議そうに木片を見て呟いた。
「ステッキウッドは花を咲かすのが悲願なのだそうです。しかし、咲かせば最後、息絶えるそうです。なので、追い詰められた最後の最後に悲願を果たしたのでしょう」
ポーラが木片を拾いながら返答した。
ポーラの口調には『見事な最後でした』と言いたげな雰囲気があったが、修の顔には、『意味が分からない』と書いてあった。