16話 大味だが美味しかった
四層に来た。
壁は変わらないが、地面がぬかるんでおり、そこかしこに水たまりがあった。
少し歩くと、何かの気配があった。
「来るね」
修が呟くと、ポーラの鼻がすんすんと動いた。
「・・・はい」
ポーラも腰から剣を引き抜いた。
現れたのは蟹だった。
人の腰ほどまである大きさの蟹だった。
体の三分の一ほどあるハサミを二本搭載していた。
それよりも気になるのが、目の間にあった。
ハサミだ。
随分小さいが、人の指ぐらいなら両断できそうなハサミがあった。
何故か修は、宇宙世紀的な機動兵器を思い出した。
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LV.4
トリプルシザー
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鑑定すると、なるほどと言う名前だった。
確かに、ハサミは三つある。
さてどんな奇怪な動きをするのかと思っていたが、
トリプルシザーは普通に足をシャカシャカ動かして、横向きに走って来た。
普通の蟹の動きに、修は少しがっかりした。
「トリプルシザー・・・」
がっかりした感情を隠さずに修が呟いた。
「はい」
ポーラは油断なく頷いた。
ちらりと修を見つめて来るポーラに修が頷いた。
「まずは俺がやるよ」
「はい」
ポーラは頷き、一歩下がった。
「ファイアーシュート!」
修の手から火球が飛んだ。
すっ飛んで行く火球がトリプルシザーに着弾する直前。
ぶくぶくとトリプルシザーが泡を噴いた。
「おおっ?!泡!」
火球が、泡にぶつかった。
いつも通りに火だるまにならなかった。
火球はしゅうしゅうと音を立てて見る見るうちに小さくなっていった。
「炎の魔法は効果が薄いようですね」
ポーラは眉を顰めてそれを見ていた。
ポーラの鋭敏な鼻は、生臭さを感じ取っていた。
「サンダーシュート!!」
次いで、修の手から雷の球が飛んだ。
トリプルシザーはまた泡を吹いてそれを受け止めたが、ビグン!と全身を跳ねさせた。
全身が真っ赤に染まり、泥臭くも香ばしい香りが漂った。
こてん、とトリプルシザーは倒れた。
すぐにその体が消えると、小さな蟹の胴体が落ちていた。
鑑定したら、『カニミソ』とあった。
「カニ・・・ミソ・・・・?」
修が訝しげに呟くと、ポーラは嬉しそうに頷いた。
「はい。食材です。美味しいですし、高く売れます」
中を開くと、カニミソがたっぷり詰まっているそうだ。
「そう・・・・次もやるよ」
修はどこか釈然としない顔のままで呟いた。
「はい」
シャカシャカシャカシャカ。
「セイッ!」
堅い甲羅も何のその。
トリプルシザーはカニミソになった。
「流石です」
ポーラは随分と毒されてしまったようで、最早驚くことも無く頷いた。
「うん。次はポーラやってみようか」
修はカニミソをリュックに放り込みながら言った。
リュックが臭くならないだろうか、といらぬ心配をしながら。
「はい」
ポーラはやる気満々な様子で頷いた。
後で知ったが、リュックは臭くならなかったし、水が滴ることも無かった。
『カニミソ』。実に不思議なアイテムである。
新たなトリプルシザーと接敵した。
「行きます!」
ポーラがダマスカスソードを手に、シャカシャカと歩み寄るトリプルシザーを迎え撃った。
今までと違い、濡れた足場に多少苦労しながらも、ポーラはひらひらと攻撃を回避していた。
トリプルシザーの攻撃は、執拗なまでの足狙いだった。
両手と頭にあるハサミはほとんど動いていない。
沢山ある足を使って、ポーラに足払いを仕掛けていく。
「・・・・・・」
修は非常に残念な物を見る眼でトリプルシザーを見つめた。
しかし足払い自体は中々に鋭い。
ポーラは足に注意を払いながら剣を叩き込んでいく。
本来はとても堅いのだが、ポーラの持っている剣が剣である。
あっさりと装甲を貫いてダメージを与えていく。
このままではやられる、とでも思ったのだろうか、トリプルシザーがポーラと向かい合った。
口から、泡を飛ばした。
「!」
ポーラは慌てず騒がず、盾で泡を受けた。
次いで、ポーラの形の良い眉がピクンと反応すると、大きく後ろに飛んだ。
一瞬前までポーラの白い足があったところを、鎌の様にトリプルシザーの足が刈り取った。
泡を目くらましに使ったのだろう。
しかしやはり足狙いだ。
「ハサミの意味が・・・」
修は呟いた。
「ふっ!」
再び近づいたポーラが連続で剣を突き立てる。
トリプルシザーがぶるりと震えた。
そろそろ瀕死だろう。
唐突に、トリプルシザーがびょいんと跳ねた。
少しポーラから距離を取り、その大きなハサミで、おもむろに倒立した。
「えっ?!」
修は目を剥いた。
更にトリプルシザーは、倒立のままポーラに向かって突進した。
沢山の足を使って、ポーラに襲い掛かる。
その様はまるで
「カ、カポエイラ?!」
修は思わず叫んだ。
「っ!」
ポーラはその連撃を受け、流し、さばいた。
そして、掻い潜った先にあるトリプルシザーの腹を蹴り飛ばした。
トリプルシザーが腹を上に向けてひっくり返った。
シャカシャカと虚しく空中を蹴るトリプルシザーにポーラが剣を突き刺しまくった。
そこに一切の慈悲は無かった。
トリプルシザーに血があれば、スプラッターである。
トリプルシザーは、すぐにカニミソになった。
「倒せました。固いですね」
やりきった笑顔で汗をぬぐうポーラを、修は恐ろしげに見つめていた。
「・・・・そうだね。あのハサミは防御にしか使わないの?」
リュックにカニミソを詰め込んでいるポーラに問いかけてみた。
「いえ、止め用には使うようですが」
ポーラは首を傾げて呟いた。
「そう・・・・」
恐らくきっと、足払いに成功した後に使うのだと無理矢理信じた。
あまり苦戦はしなかったが、やはり固いのだろう。
ポーラはいつもよりも時間がかかっている。
それに、他の探索者がかなりいた。
「カニミソを狙っているのでしょう」
とポーラは言っていた。
実際に美味しいようで、ギルドで売るほかにも、少しばかり食事に使いたいとポーラが申し出て来たので頷いた。
昼前には、リュックは一杯になった。
リュックが生臭くないことに安心しながら、修は清算に向かった。
「清算をお願いします」
「はい。カニミソですね。少々お待ちください」
受付のお姉さんがいつもより愛想が良かった。
顔を覚えられたのでしょう、とはポーラの言だ。
『はぐれ』を倒したことで顔を覚えられたらしい。
「はい、こちらです。お疲れ様でした」
銀貨一枚だった。
なるほど高額だ。
「ありがとうございます」
修はホクホク顔でギルドを後にした。
カニミソは、この世界で初めて故郷で味わった味と似た味が楽しめた。
修のベッドの中で、最早違和感なくポーラが寝転んでいた。
甘える様に修の腕を抱え込んでいる。
腕に当たる感触に、さて今晩はどうしてくれようかと修が考えていると、ポーラが語り掛けて来た。
「ご主人様」
そろそろと伸ばしかけていた手をさりげなく引っ込めて修は首を傾げた。
「うん?」
「四層は他の方が多いようですので、次の階層には早めに向かいませんか?」
ポーラの声が首筋をくすぐった。
これはけしからん、等と考えながら修はポーラに声をかける。
「ポーラは大丈夫?」
「問題ありません」
ポーラはしっかりと頷いた。
さらさらの髪が胸を撫でた。
ポーラを抱き寄せながら、修は思った。
ポーラは戦闘狂なのだろうか。