112話 後ろ姿は
深く笑うハルマに、修は「一体どうやって」と言う視線を向けた。
「考えれば簡単なことだったのよ」
ハルマは歌う様に呟いた。
「……」
修は沈黙を持って、答えを待った。
「…無くせば戦力が減る。でもつけていればジェイアス一人が苦しみ続ける」
修が軽く首肯した。
この葛藤が、ジェイアスを苦しめたはずだ。
「なら、簡単よ。無くさず、苦しみを分かち合えばいい」
ハルマがとんでもないことを言った。
修は衝撃を受けて目を剥いた。
「ま、まさか!?」
信じられぬ、と言った顔で、ハルマの腰にある杖を見た。
握るところに布が巻かれている。
やけにこんもりしているような気がする。
修は杖を鑑定した。
そしてそこにはやはり。
『シルクパンツ』
「ええ、そうよ。これにもアレがついている」
ハルマは清々しい顔で腰の杖を叩いた。
「そ、そんな!!」
女性がなんちゅーことを。
いや、男性がやってもどえらいことである。
バレたらどんな目で見られることか。
「私だけじゃないわ。PT全員よ」
ハルマは更にとんでもないことをぶっちゃけた。
「----ッ!!」
修がぐらりと傾いた。
赤信号、みんなで渡れば怖くない。
そう言って、そのまま全員纏めてトラックに薙ぎ倒されたようなイメージだ。
「ふふ。これもあなたのおかげよ」
ハルマが瞳に感謝を宿らせて修を見た。
絶対に違うわ。
声を大にしてそう言いたかったが、これ以上こじらせたくはない。
変態PTの爆誕である。
早くお家に帰りたい。
ポーラの匂いとおっぱいで癒されたい。
「……そうですか」
修は心持ち、じりじりとハルマから距離を取った。
ハルマは清々しい顔で空を見上げた。
「一人じゃないって考えると心強い物よ。あなたもする?予備ならここに…」
名案を思い付いた、と言う顔をして、腰に手を回した。
そこにある袋の中にあるのか、それとも履いているのか。
それを判断できる段階に来る前に、修は慌てて叫んだ。
「いえ!要らないです!ちょっと用事を思い出したので失礼します!!」
そしてハルマに背を向け、駆けだした。
「そう?欲しくなったらいつでも言いなさい。あなたになら、いつでもあげるわよ」
その背に、ハルマが優しい声をかける。
んなもんいらねぇよ!!
同好の士だと思われたくはない。
「失礼します!」
修は一目散に逃げ出した。
途中でジェイアスを見つけたが、ハルマ同様に清々しい顔をしていた。
修はジェイアスに見つからぬよう、こっそりと彼から離れた。
そして親方達の仕事を手伝った。
嫌なことを忘れるには、体を動かすに限るのである。
ちなみにその夜のポーラさんは、穴空きだった。
シルクではなくて一安心だ。
ちょっと頑張ったら、ポーラさんに引っ掻かれた。
まだまだ教え込むことは多そうだ。
33層に向かった。
とても薄暗い。
魔物の気配を感知したが、すぐにおかしなことに気付いた。
「……?」
泣き声だ。
女性のすすり泣く声がする。
見ると、そこに居たのはやはり魔物ではあった。
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LV.33
バンシー
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顔は両手で覆っているので分からないが、長い黒髪で緑色の服に灰色のマントを着た女性だ。
凄い美人っぽい雰囲気を漂わせながらひたすら泣いている。
「むむ…」
魔物とはいえ、こう泣いている女性をぶっ飛ばすのはいかがなものか。
流石のポーラさんも少しやりずらそうな顔をしている。
ポーラさんは魔物にも慈悲の心は持っていたのか!
通り過ぎようと思い、足音を殺してすごすごと壁の端を歩いた。
が、バンシーがこちらに気付いた。
泣き声が止んだかと思うと、ゆっくりと顔をあげてこちらを見て来た。
燃えるような赤色の瞳だ。
濃いマスカラを付けたくっきりとした瞳に、突き出た顎と、やけに目立つエラがある。
反り残しの目立つ口周りは、青い。
止めに胸元が開いており、パッドが丸見えのブラジャーが覗いていた。
男だった。
むしろオカマだった。
バンシーは女性の様に見える後ろ姿に、おっさんの顔を持つ怪物だった。
たおやかに見える繊手から、シャキーンと爪が延び、こちらに駆けて来た。
「セイッ!!」
オカマは潰えた。
落としたのは『男性用Tバック』だった。
履いているのか。
履いているのだろう。
今にも零れ落ちそうな挑発的なデザインだ。
ポーラが心配そうに修を見て来たので、履く気はないことはちゃんと伝えておいた。
ただのオカマと見れば、ポーラさんも容赦しなかった。
どうもこのオカマは、最初に目についた人間をひたすら襲うようだ。
ある時は修だったので、拳で爆散させた。
ある時はポーラであったので、ポーラが真正面から打ち勝っていた。
そうと気付いてからはずっとカファだったが、カファは平気な顔で受け続けた。
その間にポーラさんが後ろから楽々と切り裂く。
実に楽な道中だ。
オカマは顔の割にやけに高音な叫びを上げながら狂ったようにひっかき攻撃をしてくる。
「……」
それを、ガゴギゴガギンと不協和音を鳴らしながらカファが受け止めていた。
バンシーは受け止められていようが、お構いなしだ。
その一心不乱っぷりは凄まじい。
何だか全力疾走の感染者が走ってきたり、舌が延びたり、飛びかかって来たり、胆汁をぶっかけてくる何かが出てこないか不安になるほどだ。
後ろからポーラ斬りかかろうが、一切構う様子は無い。
おかげですぐに息絶える。
火炎瓶を投げて逃げ出したくなる。
ドロップがかさばらないこともあり、探索は長い間続けることが出来た。
ボスまで辿り着いたのだが。
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LV.33
ボス・バンシー
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立ったまま泣いて、ふらふらしていた。
パッドが増し増しになっているが、その下に生い茂る胸毛が凄いとこになっている。
しかもミニスカートのヘソ出しルックだ。
すね毛とギャランドゥが良く見える。
街であったら誰も彼もがスルーするレベルだ。
人によっては即・通報レベルだろう。
ちなみに、このオカマの胸を吸った人間は望みを叶えられると語られているそうだ。
絶対に吸いたくない。
「波ぁーッ!!」
修の両の掌から不可視の何かが飛び出し、一瞬で真・オカマを消し飛ばした。
それだけでは留まらず、迷宮の壁を貫いた。
そしてどこか遠くの地下から、空に向かって何かが飛び出した。
しかしそれは、誰の目にも止まることは無い。
とある野菜人が居る世界とは違い、気は見えないのだ。
Left○Deadを知っている人は少ないかもしれない…