110話 衝撃の
ペンギンの卵は美味しかった。
鳥の卵なので当然かもしれないが。
午後から、またポーラがカファを引き連れて迷宮に向かっていた。
間違いなくお肉だろう。
修も昼からは街をぶらぶらすることにした。
一人気ままにウィンドウショッピングだ。
所用があるので、後で親方の女将さんにも会いに行かなければ。
街を歩いていると、声をかけられた。
「…ちょっと」
流石に聞き覚えはあった。
「あ、ハルマさんお久しぶりです」
修が丁寧にお辞儀をした。
ハルマは何だかとても疲れている顔だった。
「ちょっと来て…」
そう一言告げて、ふらふらと歩き始めた。
初めに出会った頃の覇気がない。
修は大人しく着いて行った。
ハルマは喫茶店っぽいお店に入った。
その店の一番奥に席を取り、適当に飲み物を注文する。
「……」
その間、会話は無かった。
ハルマが何かを悩んでいるようなので、修は静かに飲み物を飲んで待った。
修がおかわりを一度したくらいに、ハルマが口を開いた。
「……ジェイアスは、使っていたわ…」
悲壮な声だった。
何を、と言うのは聞かなくても分かる。
衝撃のシルクパンツだ。
「…そうですか」
修は沈痛な顔で俯いた。
「…ドリューを締め上げたわ」
ドリューと言えば、ミスリルソードを買ってきた人のはずだ。
ハルマは続ける。
「ドリューも、知らなかったわ…。アレにそんな使い方があるなんて、って顔してた…」
ハルマは消え入りそうな声で呟いた。
喫茶店の端っこだけ、途轍もなく重い雰囲気が漂っている。
「売った商人とかでしょうか?」
修が気づかわしげに問いかけた。
「……探したけど、居なかったわ」
ビンゴだ。
「カマンさんのお店で揃えたって話を信じた私たちが馬鹿だったのよ!」
ハルマは両手で顔を覆って、悲痛な声を漏らした。
そのパンツ、出所は多分自分ですとは、とても言えない。
「ジェイアスさんには…」
「言えないわよ!!ずっとアレを握りしめていましたって、言わせるつもり!?」
ハルマがガタン!と立ち上がって裏返った声で叫んだ。
「…すいません」
修が苦渋に満ちた顔で謝ると、ハルマもストンと椅子に座った。
「……いえ、怒鳴って悪かったわ…」
ハルマは頭を抱えて、美しい髪を乱した。
「他の方には?」
「言ったわ…。みんなで、悩んでるの」
解決策が見いだせず、困っているのだ。
修にも、とても解決策が見いだせない。
「ハルマ…」
そこに突然男の声が響いた。
「ッ?!ジェイアス!」
ハルマが再び立ち上がった。
修も少しびっくりしてしまった。
考えすぎていて、気付かなかった。
ジェイアスは固い顔でハルマを見ていた。
「アレを、握りしめていたって、どういうことなんだい…?」
聞かれてしまっていた。
「……!?」
ハルマが困惑に顔を歪めた。
「教えてくれ、ハルマ!」
ジェイアスはハルマに詰め寄るが、ハルマは苦渋の顔で目を逸らす。
「ジェイアスさん、俺から説明します。今、武器は?」
そこで、修が口を挟んだ。
何時まで経っても解決はしないのだ。
ならばせめて早い段階で介錯すべきだろう。
ジェイアスは何か覚悟を秘めた瞳で修を見つめ返した。
「…ああ、家にあるよ」
「では家まで行きましょう」
ジェイアスの家に向かう道中、誰もが無言だった。
そしてジェイアスの家に上げてもらい、ミスリルソードを見せられた。
「さあ教えてくれ…!」
ジェイアスは緊張に汗を流しながらも、気丈に言い放った。
「落ち着いて、落ち着いて見ていて下さい」
修はミスリルソードを手に持ち、柄に巻いてある布をはらりとほどいた。
「…こっ、これはッ?!」
ジェイアスの目が見開かれた。
修は柄に履かせるようにしてあるシルクの布きれを、柄からするりと脱がした。
そして、ジェイアスに良く見える様にした。
女性用のパンツを。
「……『衝撃のシルクパンツ』です」
修が沈痛な声で呟いた。
余命を告げる医者の心境だ。
「ッ!!」
ジェイアスはぐらりと傾いた。
そのまま崩れ落ちそうになったが、その背を、修と同じく悲壮な顔をしたハルマが支えた。
「ジェ、ジェイアス…」
気づかわしげに声をかける。
「…少し、……少し、一人にしてくれないか」
ジェイアスは震える声で呟いた。
彼の頭の中で、この武器をプレゼントされた時の感動が。
剣を振った時の驚きが。
仲間達との思い出が駆け巡っていた。
「「……」」
修とハルマは、最早何も言えずに、ジェイアスの家を出た。
「…すいません」
修が、哀愁を漂わせるハルマの背に頭を下げた。
「…良いのよ。いつかは、いつかは言わなければだめだったことなの…。本当は、私たちが言うべきだったのにね」
ハルマは振り向いた。
儚い笑みを浮かべていた。
初対面時とは予想もつかぬ雰囲気を漂わせていた。
ハルマは修に頭を下げると、ふらりと人ごみの中に消えて行った。
修はその後、当初の予定通りに親方の女将さんのところに行った。
そしてその後、カマンの屋敷を訪れ、メイドさんズに会う。
最後に、カマン本人に何事かをお願いして、帰宅した。
夜は焼肉パーティーだった。
修の要望通り、野菜が沢山あったので嬉しかった。
そして夜。
「シュ、シュウ様!今日はどなたと会われたのですか!?」
ポーラさんが蒼白になった。
ハルマとは結構長い間一緒に居たので、匂いがうつってしまっていたのだ。
修は、沈痛な顔を浮かべた。
「ジェイアスさんのPTメンバーのハルマさんにね。ジェイアスさんが、『衝撃のシルクパンツ』を、使ってたんだ…」
「……………そうですか」
ポーラの蒼白な顔が、一片に気の毒そうになった。
ご愁傷様です、と書いてあった。
ちなみにその後、ポーラはきゃんきゃん鳴かされた。
鳴いている割に嬉しそうだ。
 




