09話 ボスとポピー
一日を消費した翌日、修は迷宮に潜っていた。
ブルーラビットを狩り続けていくと、大きな扉があった。
「ここにボスがいます」
不思議そうな顔をしたシュウに、ポーラが先手を打って答えた。
「そうなんだ」
ポーラが周囲の様子を警戒しながら修に確認する。
「行きますか?」
修は腕を組んで少し悩んだ。
「う~ん。大丈夫かな?」
ポーラはあっさりと頷いた。
「ご主人様ならば問題ありません」
修は、そっか、と呟いた後、ポーラを見た。
「ポーラは?」
ポーラは少し驚いた。
奴隷の命など心配する者は少ないのだ。
しかし、主の奇行にも慣れ始めていたので、すぐに己を取り戻し、少し悩んだ。
「一層のボスですから、大きくなったブルーラビットです。攻撃を喰らわないので、恐らく大丈夫かと」
一対一で戦う分に置いては、自分一人でも問題ないと判断した。
修も頷いた。
「そっか。じゃあ行こうか」
「はい」
扉を開くと、奥にブルーラビットが居た。
今までのと比べて、三倍程度はあるサイズ、だったが。
「でかっ!!」
修は思わず叫んだ。
最早不気味だった。
大きなブルーラビットは、他のと同じくドカドカとこちらに向けて駆け出してきた。
「はい。・・・来ます」
修は鑑定を使った。
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LV.1
ボス・ブルーラビット
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とてもそのままだった。
「よし、頑張れポーラ!」
危なくなれば助勢はするが、とりあえずはポーラを鍛えたかった。
「はい!!」
ポーラも頷き、ボス・ブルーラビットに向かって駆け出した。
なるほど大きさが変わっただけで、行動パターンは全く同じだった。
ポーラはひらひらと身をかわし、剣を突き立てていく。
さすがに普通のブルーラビットよりも頑丈らしく、中々倒れない。
そんな中、ボス・ブルーラビットの飛び後ろ回し蹴りを回避し、斬りかかろうとしたポーラの腕に、ウサミミが掠めた。
「っ!!」
ポーラは一瞬だけ顔を歪めた。
しかし、剣を取り落とすことは無く、落ち着いて一度距離を取った。
そこからは、より慎重にポーラは戦った。
「・・・・やりました!」
遂に力尽き、ウサギの皮5個になったボス・ブルーラビットを見て、ポーラは嬉しげに叫んだ。
「お疲れ様。腕をみせて」
修はポーラに歩みより、頭を撫でた。
ポーラは幸せそうに目を細めて、尻尾をパタパタと振った。
激しい夜以降、ポーラは撫でられるのが好きになっていた。
そうしながら、腕を伸ばした。
「あ、はい」
ウサミミが掠めた部分が赤く腫れていた。
ヒビも入っていないだろうが、かなり痛かっただろう。
ウサミミなのに、固かったのだろう。
修は回復魔法を使おうとした。
頭の中に『ヒーリング』と浮かんだ。
「ヒーリング」
修が呟くと、ポーラの患部が淡く輝いた。
「え?」
あっという間に腫れが消え、元の白い肌になった。
ポーラはびっくりした顔で修を見つめた。
「か、回復魔法まで使えるのですか?!」
「うん」
修は自慢げに笑った。
初めてだが、上手くいって良かった。
ポーラは頬を染めて修を見つめた。
「ご主人様は本当にすごいお方なのですね・・・」
修はそのキラキラと輝く視線を受けて、恥ずかしそうに目を逸らした。
「そうでもないと思うけど」
ぼそ、と呟くと、ポーラが首を横に振った。
「いえ。私もご主人様の奴隷として恥ずかしくない奴隷になってみせます」
何やら瞳の奥に炎を燃やしていた。
恥ずかしくない奴隷って何だろう、と修は思ったが、水を差すのはやめておいた。
「そ、そう?頑張ってね」
適当に相槌を打つと、ポーラはしっかりと頭を下げた。
「はい!」
瞳の炎が、更に燃え上がっていた。
二人で二階層まで行ってみた。
見た目は一層と変わらなかった。
「これが二層かー。あんまり変わらないんだね」
修が正直に感想を漏らすと、ポーラも頷いた。
「はい。ですが、魔物は強くなっています」
ふんふんと鼻を鳴らして、油断なく周囲を探っている。
周囲を見回していた修が顔をあげた。
「ふーん。・・・あ」
すぐに、猪が現れた。
猪だ。
確かに顔は猪だったが。
全体的に丸かった。
風船で出来ているのでは?と思うほど丸かった。
小さな手足をチョコチョコとせわしなく動かし歩いている。
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LV.2
ポピー
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鑑定結果は、とても不思議な名前だった。
「ポピー・・・?」
修が思わず呟くと、ポーラは油断なく剣を構えた。
「はい。ブルーラビットよりも速いです。お気を付けください」
ポピーがこちらに気付いた。
そして、一目散にこちらに駆け出そうとした時に。
「ファイアーシュート!」
火球がぶつかった。
火だるまになり、こてんと横になった。
めらめらと燃えて、すぐに消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ポーラがとても表現が難しい顔で、口をもにょもにょ動かしていた。
「まだ一撃だね」
修が何でもないことの様に言うと、ポーラは辛うじて頷いた。
「・・・・・はい」
ポピーが居た場所には、見るからに『猪の皮』が落ちていた。
「猪の皮、ね」
修が拾い上げて鑑定しても、その通りの結果だった。
「はい」
ポーラも当然、と言った顔で頷いた。
猪の皮をリュックに詰めながら修がポーラに話しかける。
「次はポーラやってみようか」
キラッ!とポーラの瞳が輝いた。
「はい!」
そこから少し歩くと
「来たね」
修が言うと、一瞬遅れてポーラも気付いた。
「はい。行きます」
剣を抜き放ち、駆けだした。
すると、姿を現したポピーもこちらに気付いた。
小さな手足でどうして、と思えるほどの速度で突進してきた。
なるほど確かにブルーラビットよりも速い。
初撃は、ブルーラビットの頭突きと全く同じだった。
何故飛べた、と聞きたくなるような小さな足で地面から跳ね、牙をポーラに突き刺そうとしてきた。
直撃すれば、内臓破裂間違いなし。
更に背中まで牙が貫通するだろう勢いだ。
ポーラはひらりと身をかわして、通り過ぎ駆けるポピーの胴体に剣を突き立てた。
ビクッ!とポピーが震えた。
ブルーラビットの焼き直しだろうか、と修が考え始めた時、ポピーは新たな行動をみせた。
見事に着地し、その勢いのまま数歩先に進んだ後、勢いを全く緩めず、片足で華麗なターンを決め、僅かな助走の後、飛んだ。
人の頭よりも高く。
「おお?!」
修は目を見開いた。
更にポピーは空中で一回転すると、背中からポーラに向かって墜落した。
ひらり、とポーラが身をかわして、剣を掬い上げる。
またビクッ!と震えたポピーが地面に墜落する。
墜落と同時に大きくバウンドして、足から着地した。
「すげー・・・・」
修は思わず拍手しかけた。
どういう動きをすればあれが可能なのか予想もできなかった。
と、ポピーがポーラに背を向け、どたどたと反対に駆け出した。
「逃げた?」
修が首を傾げる。
「いえ」
ポーラがポピーを睨み付けたまま短く否定した。
すると、かなりの距離を一瞬で稼いだポピーが、その勢いのまま、また片足で華麗なターンを決めた。
そして、またどたどたとポーラに向けて駆けて来る。
まだかなりの距離がある状態で、ポピーが飛んだ。
今度は人の胴体くらいの高度だった。
しかし、ひねりを加えて飛んでいた。
空中で、ぐるぐると回転しながらポーラに向けてすっとんでいった。
「何とっ?!」
修は驚愕した。
迷宮は芸人の宝庫なのだろか。
しかし、直撃すればミンチだろう。
ポーラはそれも、余裕を持ってひらりと回避した。
同時に剣を突き出すが、回転に負けて弾かれた。
「っ」
ポーラが悔しげに眉を寄せた。
回転してすっとぶポピーは、そのまま足から着地して、またまた片足ターンを決めて再突進してくる。
「行けそう?」
修がポーラに問いかけた。
ポーラはすばやく返事をして、ひらりとポピーの攻撃を回避した。
「はい。速いですが、単調です」
ポーラは回転突撃に対しても、数回でコツを掴んだのだろう、弾かれることは無くなった。
そうなると後は一方的だった。
「やりました」
猪の皮になったポピーを見て、ポーラが嬉しそうに笑った。
「うん、行けそうだね」
修もその様子に満足そうに頷いた。
「はい。しばらくは一匹しかこないので、ご主人様さえいらっしゃれば不測の事態もありません」
「よし、それじゃあもっと戦おう」
「はい」
ポーラは力強く頷いた。