105話 地獄
呆然と見上げて来るガーラーに、修は冷たく笑った。
ガーラーは拷問などの訓練を受けているが、背筋が寒くなった。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!!」
修は、絶妙な力加減でガーラーをくすぐり回した。
微動だに出来ないガーラーを。
例えくすぐりに強い人でも、笑撃の渦に叩き落す恐るべき絶技だ。
「~~~~~~~~ッ!!」
ガーラーは悶え苦しんだ。
何度死を覚悟したかもわからぬほどに。
修がくすぐりを止めると、ガーラーはピクピク痙攣するだけになっていた。
「ひゃ、ひゃへ、へ…」
呂律すらまわっていない。
「よし、聞いたことに答えるなら良し。答えないならまたくすぐる。分かったね?」
修は指をワキワキと動かしながら言ってやった。
「わ、わひゃっは!!わはったはら!!」
ガーラーの瞳は恐怖が宿っていた。
修は、ガーラーの呼吸が落ち着くのを待った。
「ずっと見てたよね、何で?」
「い、いらいを、うけへいたんだ!」
まだちょっと呂律が怪しかった。
まあ聞けぬほどではない。
「どんな?」
「あ、あんたを調べるのと、こ、殺せそうなら、殺せと…」
後半は言いづらそうにしていた。
とても今更な感じだが。
「うん。誰に?」
「…」
修の問いかけに、ガーラーは口を噤んだ。
修ははぁ、とため息を吐いた後、わき腹を突っついた。
「ひっ!!でぃ、ディーボっていう人だ!!」
ガーラーの心は既に折れていた。
あっさりと叫んだが、修には聞き覚えのない名前だった。
「誰?」
「ぜ、ゼガンの街の、商人だ…」
ゼガンの街。
たしか、隣街のこれまた隣街だ。
温泉の村の方向とは反対側だったはず。
「商人が何で?」
商人がなんで修に暗殺者を送り込む必要があるのだろうか。
「領主のゼガンとつながりがあるんだ!あ、あんたが、邪魔らしいんだ!」
「はー」
なんかそういうことらしい。
まだピンとこない。
「あ、あんたは、ドラゴンも、黄金騎士も倒した…。温泉まで、掘った。ファウスの街の力が、強くなりすぎると、危惧されたんだ…」
「なるほどねぇ」
そういわれると心当たりがありすぎる。
修、ちょっと反省。
「だから、暗殺ギルドに、依頼が来た…」
「了解了解」
暗殺ギルド何て言うのもあるのか。
全てゲロしたガーラーは、か細い声で命乞いして来た。
「…た、頼む…。殺さないでくれ…」
修はとても不思議な生き物を見る目でガーラーを見た。
「俺を殺そうとしたのに?」
ガーラーの命を、何とも思っていない目があった。
「あ、ああ…」
ガーラーは呻いた。
この家業を続ける限り、死は覚悟していた。
しかし、修のこの目。
通りすがりに蟻が居たから踏みつぶそうか思案しているような目だ。
生き物としての恐怖がガーラーを襲った。
修が少しだけ首を捻った。
「まあでも、素直に教えてくれたら今回だけは許してあげるよ」
「ほ、本当に…!?」
ガーラーの目に、僅かな希望の光が沸いた。
「次に君の気配を感じたら殺すけどね。君の気配は覚えたから。まあ、変なこと考えたら消し飛ばすかなー」
修が実にあっさり言ったが、それが事実であることはガーラーにも分かった。
「…わ、分かった。分かったから…!」
ガーラーは必死に頷いた。
「オッケー。じゃあ、行ってよし!」
修がガーラーの上から退くと、途端に体が自由になった。
それでも、修に襲い掛かると言う選択肢は無かった。
ガーラーは必死に修から逃げ離れて行った。
ちなみにこのガーラー。
修の言いつけ通り、遠く遠くの街へと向かった。
そしてこの日の出来事以降、笑顔が固定されたことで苦悩していたが、とある商人に拾われ、『ラフ○ーカー』として重宝された。
二度と出てこないので、どうでも良い話だが。
「さて…」
修は離れて行くガーラーの気配を完全に捕えていた。
あの目をした人間は、もう牙を剥いてこないことは理解している。
修はファウスの街に戻った。
向かったのはまず、カマンの屋敷。
カマンの寝室に平気な顔で侵入した。
カマンは幸せそうな顔で寝ていた。
お腹が出ているので、修は布団をかけておいてあげた。
そこまでしてから、
「カマンさんカマンさん」
修がカマンの耳元で囁いた。
「…………ぉ?ぬぉっ!?シュ、シュ」
目を覚ましたカマンが目を剥いて叫びかけた。
「しーっ」
修が指を立てたことで、慌てて口を噤んだ。
「ど、どうされたのですか?」
修の普段とは違う真面目な顔を見て、カマンは声を潜めて問いかけた。
ギャップがありすぎる。
「ゼガンの街のディーボさんって知っています?」
修は単刀直入に問い返した。
「は?はぁ…まぁ」
カマンは戸惑いを大きく含んだ顔をして頷いた。
カマンも知っているとなると、やはり結構大きな顔をしている商人なのだろうか。
「その人に暗殺者を送られまして」
修はさらりと言った。
「ッ?!」
カマンは驚愕し、立ち上がりかけた。
それを修が手で諌める。
「カマンさんの周りにも居たので、そっちは消しときました」
更に爆弾発言。
ガーラーを襲う前に、街に居た暗殺者は全員消しておいたのだ。
彼だけは恐らく伝令役で、彼ひとりだけ街を出たのだ。
それを狙った修に襲われた訳だが。
「あ、ありがとうございます…」
カマンは、「ふぅ~っ」と安堵の息を吐いた。
「それでですね。ディーボさんとゼガンさん、やっちゃっていいですかね?」
修は気軽に物騒なことを聞く。
本当は何も聞かずにやっちまおうかと思ったが、他人に迷惑はかけたくない。
カマンの返答次第で、不幸な事故か他殺かが変わる程度だが。
「む……。ディーボは、褒められた商人ではありませんな…。領主のゼガン様も正直、あまりいい噂を聞きませんが…」
カマンは難しい顔で唸った。
あんまりいい人達ではないようだ。
「はー。じゃ、やっていいんですかね?」
他殺になりそうだ。
「…私の口からは何とも…。ですが、領主をその、…されるなら、顔は隠した方が良いでしょうな…」
カマンは懸命にも言葉を濁した。
「そうですか。ありがとうございます。あ、それとポーラとカファを預かってもらえませんか?他の暗殺者とか来ても、対策になると思いますし」
修は頷き立ち上がった。
「…分かりました。こちらからもお願いします」
「はい。ではまた今度!」
修はそう言った瞬間、カマンの視界から消えた。
NINJA!!
その日の夜、ポーラとカファがカマンの屋敷を訪れた。
まさか続くとは。
ぬかった