問題です。
さらにさらに二週間、七月三週目。
夏休みに入ったのを期にかわからないのだけれどこの頃安藤さんが俺を無視するようになった。メールの返信も来ないし電話も着信拒否。特に何かしたわけではないのだけれど避けているのだけはよくわかる。
なにか落ち込んでいたということは聞いたのだけどそれ以上のことは何も聞いていない。どうしたんだろう? 誰かに相談するべきなんだろうか?
でもクラスメイトとは仲良くしているという話を聞いた。やっぱり俺個人が嫌われたのだろうか。甲谷さんとか橋本とかはある程度話せているみたいだし。
しかし同時にいいことも少しはあって、仲間達の間で男女の間に溝みたいなのがあったのだけれど森下が男子達と仲良くするように努力していてそれが徐々に影響してきて男嫌いだと言っていた白谷さんとかも少しは話すようになってきた。
いろいろとあるせいか最近部活の方の調子が悪い。シュートはあまり入らないしパスは受け損なう。フォーメーションもミスるし速攻も何故か一人だけ付いて行けない。
一番むかつくのはそれを阪木に指摘されて気が付いたことだ。副リーダーなのに二年チームのスタメンにも入っていないあいつになにか言われる筋合いは無い。
それになんだかんだでエースは俺だ。それでも俺が一番シュートに力があるし高身長や高い身体能力で敵を抜くこともできる。
ついに阪木に部室に呼び出された。
「お前は突っ走りすぎだ。センターは当たり前だけど一番マークを撒けている味方を狙ってパスをしようとしているのにそういう時でもお前がパスをもらって決めに行こうとするからセンターが考えずに困ったらとりあえずお前にパスする癖がついてる。味方もボールをもらいに行こうとしない。どうせお前に回るだろうと考える傾向にある。そのせいで実戦形式で突然パスが通ると咄嗟に動けなくなっているし……」
阪木がつらつらつらとわめきだす。何を言っているんだコイツは。
「だったら俺がその分敵のマークとか全部ぶち破って入れればいいだけだろ? 何も問題ない」
「問題大ありだ。お前が休んだらどうする? 怪我とかしちまったら? チームの新しいプレイスタイルを作るのにどれだけ時間がかかるんだよ! お前が使えなくても使えるプレイスタイルを作らなきゃだめだろ!! ふざけてんのか!?」
ふざけてなんかいない。いたってまじめだ。俺が言っていることは間違っていない。
「俺が怪我しないで休まないでずっと一緒にいられるように体調管理を万全にすればいいんだろ!!」
「今スランプ起こしてるお前にそんな中核を任せられると思うか!? 三年いなくなったらこの二年のチームがそのまま繰り上がってスタメンになるんだぞ!? 今度生徒会選挙にも出るらしいじゃないか!! これから余計にそういうことが増えてくるんじゃないのか!? 今はトップでもその内みんなにぬかされるんじゃないのか!!?」
ぬかされる訳が無い。ぬかされてたまるか。
「そういう偉そうなことはお前がちゃんと副リーダーとしての仕事して!! ちゃんと実力付けてから言いやがれよ!!」
そう言ったら阪木は無言でやっぱりいらだたしげに部室から出ていった。
全く、自分の仕事をしろよ。本当にさ。
そして一か月が経ち八月中旬。
安藤さんがクラスの男子と付き合いだしたという話を聞いた。それにしてもなんで俺から離れて言ったんだろうか? もしかして彼氏が異常なまでに嫉妬深くて他の男子とまともに話すことすら許して繰らなかったりするのだろうか?
そうだとしたら何かするべきなんだろうか? それからスランプに陥ったわけだし俺自身のためにもきっと何かするべきなんだと思う。
とりあえず上守にメールで相談してみようか。
『安藤さんに最近着拒したり無視されたり返信してくれなかったりした。
どうしたんだろう?
どうすればいいんだろう?』
書いてみて一瞬戸惑ったけれどとりあえず送信することにした。
返信は思ったよりも早く来て、それでいて結構長かった。
『安藤さんってあの政治家のご令嬢の腹黒くてめんどくさくて病み(闇)かけている人だろ?
聞いた話によると彼氏ができたらしいじゃないか。だったら何も不思議はないだろ。彼氏ができているのに他の男子の周りにいたりとかすると嫉妬心を煽るかもしれないし、逆に気が無い男子に勘違いさせたりとか弊害を生むかもしれない。
どうもしなくていいだろうしどうもできないだろ。
お前が仲良くしようとしたら安藤さんがせっかく遠ざけているデメリットを本人の意向を完全ガン無視して近づけることになるんだぞ? 単純に迷惑だし色々波紋起こすし副リーダーとも喧嘩して部活の方もうまくいってないんだろ? やめといたほうがいいんじゃないか? 今、安藤さんが幸せじゃないってんなら別だけど私が人間観察してる限りは幸せそうだぞ。
相手側も調べてみたけどどうやら元から安藤さんを好きで釣り合う人間になろうと努力を惜しまず……なーんて感じの好青年だしな』
まともなことを言っているようだけど人間観察やら調べてみたやら色々と怪しいんだが。
『お前何でそんなに詳しいんだよ。ストーカーみたいだぞ?』
と返すとやっぱり返信は早かった。文が少し短くなったからかとんでもない域に達していた。
『ストーカーというよりは探偵だな。安藤さんがお前を避けだした頃にある女の子に頼まれたんだよ。
「安藤さんを元気にしてあげたい。何で悩んでいるのか調べて」ってな。
まぁ調べる内に彼氏ができ、勝手に元気になったから最後に彼氏を調べて安藤さんを不幸にすることはなさそうだ。ってことで終わらせたからなんで悩んでいるのかはわからんかったが』
誰が上守に頼むんだろうかと思ったけれど変人どうしで仲良くしているとか言ってたしそういう関係かな。俺と上守が仲良くしているように安藤さんもそんな感じの付き合いがあったのかもしれない。
『へ〜。じゃあ安藤さんは大丈夫なんだな?で、誰に頼まれたの?』
と返すとさらに早く返ってきた。送信画面が切り替わって十秒だった。神速の域に入ってしまったように思える。
『大丈夫なのは保証する。誰に頼まれたのかは言えん』
と返ってきた。
『何で?』
と返す。
『守秘義務みたいな感じかな。そもそもメール注文だからフリーのメアドと携帯の番号、携帯のメアド、クラス、出席番号、表向きの趣味に特技に交遊関係ぐらいしかわからん』
と返ってきた。
『十分すぎるだろ。それも調べたのかよ』
と返すと
『当たり前だろ。悪用するやつには情報渡せん。先に依頼主を調べることにしてる。
やり取りしてるとそこから私が誰かバレかねないし。まぁ今までバレたこと無いけどな』
と返ってきた。まぁ変な相手じゃないならいいか、何も問題は無いようだし。
『そっか、ありがとう。じゃあな』
と返したらもうそれ以上は何も返ってこなかった。
さらに数週間経ち、新学期も始まった九月。
夏休み中会う機会が少なくなっていたからか白谷さんに九条さん、間宮が安藤さんみたいに仲間の輪から外れて行って疎遠になって来た。
今回は原因がちゃんとわかってる。
誰かが学校に俺が仲間の女子と不純異性交遊をしているとか実は痴漢の常習犯だとかいう噂を広げたのだ。
みんなガセだって信じてくれたけど仲間の女子の周り・・・それぞれの親友とか幼馴染みが噂が風化するまで離れていた方がいいとかなんとか。
森下も上守に勧められていたが断っていた。みんないなくなったら本当だったみたいに見られるから、だそうだ。同じように何人も残ってくれたのが素直に嬉しかった。
そういえば最近上守と森下が一緒にいるのをよく見る・・・けどまぁいいか。
ただ生徒会選挙には影響が出そうだなと思う。
坂根さんが私が会長になるから生徒会でやってくれと頼まれた。今まではいなくなった仲間の代理だったけど上守からこのままだとハンドボール部の予算がカットされるのは間違いないと聞いたし会計に立候補することにした。
仲間の頼みだしちゃんと選挙で当選しないといけない。といっても去年は信任投票だったし多分今年もそうだろうから大丈夫。
部活の方は坂木がうるさいけど他のみんなはおろそかにならなければオッケーだと言ってくれた。
坂木が一番使えないのに偉そうに。先輩達が引退して副キャプテンになったからか調子に乗っている。
全くなんで先生は副キャプテンに坂木を推したのだろう。
マネージャー以外の二年以上の部員みんなが反対したのにどこにそんな価値があるのか俺にはわからない。
坂根さんが選挙に本腰を入れ出して勉強の方もあまりうまくいかなくなって来た。でも生徒会選挙がうまくいったら今食い違ってきているものも全部うまくいくような気がする。
あの二週間後に選挙が終わり、それからさらに二週間が経った十月初め。
結論から言うと選挙は落ちた。会長、副会長、会計、書記、会長は一名、残りは各二名ずつのところを各三名集まって俺は特に何もなく普通に落ちた。
行事が盛り上がらない、行事が少ないと言われていたからそれについて提案をしてみた。内容は悪くなかったはずだ。他の誰にでもできそうなことを言っているよりはまだましだと思う。
噛んだりもしなかったし詰まることも無かったし制服もきっちり着こなしていた筈だ。
多分ガセだと知っていても火の無いところに煙は立たないとかそういう感じで実際したかどうかはともかく駄目な人なのだと広まっていったのだろう。
坂根さんは大丈夫だったのに。わざわざ山下さんと蘭藤さんに応援演説してもらったのにこんな結果になるだなんて思っていなかった。
その時落選したのが悪かったのか、山下さんと蘭藤さんが離れていくようになった。
まぁ主な原因は受験のためだと思う。最近成績落ちてきたとか言ってたし仕方がない気がする。坂根さんが選挙で忙しくなって、今は新生都会としての活動で忙しくなって仲間の中から消えていって疎遠になってしまった。それは同時に勉強を教えてくれる人がいなくなったわけで部活もうまくいっていないのに勉強まで怪しくなってくると少し不安になる。
それに仲間の男子も女子に比例するようにいなくなってきた。女子はもう甲谷さん、奈良崎さん、橋本さん、森下ぐらいしかいない。男子も減って、一時は男女合わせて一クラス分より少し少ないぐらいいたのに上守が普通に近づいてこれるぐらいに減ってしまった。
阪木は前よりもよくなった。相変わらずうまさで言えば部内最底辺だけど何故かみんなをある程度纏められるようになった。俺が生徒会選挙の準備でいない時間が長かったからその間に今までを反省したのだろうか?
「おい、中傅!! ちゃんとフォーメーション守ってやってくれよ!!」
と、思ったが違ったらしい。
「うるさい! 俺は点取れるんだしいいだろ!! 何もできない愚図が何言ってんだよ!!」
「落ち着け中傅! 今回は坂木が正しい!」
「ふざけんな! お前らが点とれないから俺が取るしかないんだろうが!!」
「お前なぁッ!!」
――ドウッ
腹に鈍い痛みが走って俺を止めようとしたやつが二、三人に抑えられる。拳を振り上げたら俺も別の奴等に抑えられた。
「中傅! 落ち着け!! 俺が悪かった、全員でフォーメーション見直そう!!」
俺を抑えている中に坂木がいるのに気づいた。
「そうだよ! お前が悪いんだよ!! なんでお前が副キャプテンやってんだよ!! 才能ないのに努力をしてるわけでもない奴がさ!!!」
今まで溜まってきたストレスが一気に噴き出す。でも相手は坂木だ。特に罪悪感も無い。
「なんでやめないんだよ!!!」
一瞬その場が静まり返り、沸騰したように坂木を除くほとんどのやつが俺に殴りかかってきた。
俺は悪くないから殴りかかってきた奴等を蹴ったら殴り合いになった。
多数対一は流石に無理があってただのリンチになりかけた時、坂木が叫んだ。
「わかったよ! 俺部活やめるよ!!」
当たり前だと思った。
「ただ再来週からの大会、初戦だけでも勝てよ? 去年の新人戦でボロ勝ちしたとこだからな。負けんなよ。」
なんで坂木が涙を流しているのかわからなかった。何を勘違いしているんだと思った。キャプテンの俺が荒れたからみんな止めて、俺が侮辱したから殴られて、どんなやつであれ味方にやめろと言ったから、次は自分かもしれないと思って庇ってるのに。
偽善的に坂木を引き留める仲間を横目に勝手に帰った。家に帰ると森下から十三通着信があった。五分刻みで送られてきていた。少し怖いなと思っていると十四通目のメールが着信した。
『上守から聞いたよ!!
部活で殴り合いの喧嘩になったんだって?大丈夫?怪我とかしてない?
酷いよね、殴るなんて。しかもみんなで寄ってたかってなんて卑怯にも程があるよね。脳天ぐちゃぐちゃにかき混ぜてやりたいよ。中傅はハンドボール部のみんなのために……』
という感じで軽く二、三百文字超えるぐらいの心配の言葉が書かれていた。前に来ていた十三通も言葉こそ違えどだいたい同じような感じだった。
やっぱりなんか怖いな。と思ったがそれ以上にうれしかった。自分は正しいんだ、このままで大丈夫なんだと思った。しかし上守はその場にいたのに何もせずにただ見ていたのだろうか。本当に趣味が悪い。
その後、森下とやり取りしていたら甲谷さんじゃないもう一人の二年マネージャー……確か木村からメールが届いた。
『キャプテンの気持ちもわかりますが阪木さんの注意も悪意があったわけでは無くて阪木さんなりにハンドボール部を良くしようと考えてのことだった筈です。
どうかキャプテンから阪木さんがやめるのをとめてください。突然副キャプテンが変わったらみんな動揺します。そしたら勝てるものも勝てなくなってしまうように思えます。
意地張って初戦すら突破できないのは私は嫌です』
という頓珍漢な文面。何を考えているのかさっぱりわからない。俺が点を取ればいい、フォーメーションを決めたせいで俺が動けなかったら結局得点力が落ちる。絶対に止めないという意思を伝えてそれから届いたメールは無視した。
次の日。朝練の場に阪木はもちろん木村もいなかった。周りの視線はあまりにも敵意に満ちていて仲間だと思っていたマネージャーの甲谷さんや橋谷も目を合わそうとすらしてくれない。朝練を何とか切り抜けクラスに行くと仲の良し悪し関わらずに避けられた。
休み時間になると森下だけは来たけれど他の仲間は男女問わず誰も来なかった。森下から聞いた話だともうすでにほぼ学校全体に昨日ハンドボール部であったことが広まっているらしい。どうやら上守が頼まれてやったらしいが誰に頼まれたかは頑なに教えてくれないらしい。
きっと部活で初戦を勝てば全部元通りになる。部活を仲間達も戻ってきて成績もまた上位に返り咲ける。
一週間経った。試合まで後たったの一週間。
でも今部活は混乱の極みにある。阪木がいなくなり阪木がやっていた仕事が全部俺の担当になってしまったのだ。練習メニューの管理決定、部費の管理、練習試合の申し込みから生徒会会計との部費削減についての交渉とかハンドボール部の保護者会との対話とかこれ顧問の仕事じゃないのか?と思うようなことまでいろいろやらされた。
全く持ってふざけてる。こんなのキャプテンの仕事じゃない。キャプテンの仕事はみんなをまとめることでこんなことじゃない。
マネージャーの方も山下さんが先輩達と一緒にいなくなっていたこと、その山下さんが木村に重点的に仕事を任せていたこと、そして今回その木村が退部したことによって残された二人の負担が大幅に増えた。本当にふざけるなと言いたい。
二人の負担が増えた結果バックアップがおろそかになりだし、なれない練習メニュー作りもあって練習の質も落ちた。去年の新人戦の時を考えればこの質の落ちた練習でもおそらく現状維持はできるだろうからきっと勝てるだろう。
でも今よりも駄目になったり、現状維持だったりしていたら勝ったとしても阪木に対して何も言えない。そしたら俺があの愚図よりも劣っていたということになる。それはとてもじゃないが我慢できない。誰かに副キャプテンをしてもらおうとも思ったけど阪木との件があったからか誰も引き受けてくれなかった。それどころか聞いた人皆一様に阪木を呼び戻せばいいだろうとか言ってきやがった。
呼び戻したら調子に乗って余計にめんどくさいことになるのは目に見えている。絶対そんなことはしないし戻らせてくれと言われても絶対断る。それにやめさせたというよりも自分でやめたという方が合ってる。
まぁそんな感じの部活だが他も色々ともう崩れきった。
クラス……というか学校生活全体であの一件以降嫌がらせを受けるようになった。あまり派手ではないけれど俺の机の中にお菓子の食べかすが入っていたり、わざと目の前で悪口を言われたりした。
仲間はもう森下しかいなくなっていて他のみんなはメールしても必要最低限の文章が返ってくるのはまだいい方でほとんど返信すらない。上守も一応味方ではあるがほとんどメールでしかやり取りしないし積極的に助けてくれない。
そんな状況だから当然普段の家庭勉強にも身が入るわけないし授業中も集中できない。時間が足りなくて睡眠不足になり、そのせいで宿題をやっている時や授業中に寝てしまったりしてそのせいでさらにまた何かが起きる。悪いことが悪いことを呼びそれがさらに悪いことを呼ぶ。転落人生ってこんな感じを言うのだろうか。
でも初戦を勝てばきっと全部元に戻る筈だと思うと我慢できた。そのためにできることはやっぱりやらないと駄目だ。そういえば上守が少し前に頼まれて安藤さんを調べたとか言ってたっけ。相手チームのことも調べてくれるだろうか?とりあえずメールを送ってみたらやっぱり即効で返信が来た。
『無理、時間が足りない。
対策するなら最低一週間は必要だろ?でも私が調べるのにはどう見積もっても一週間、有用なレベルでって考えたら二週間かかるから間に合わない。
調べて欲しいと言うなら調べんことも無いがそこまで効果を上げるかわからんし無償じゃないぞ?』
当たり前と言えば当たり前かもしれない。そんな一日二日でっていうのは無理があるのは流石にわかってる。
『でもあるのと無いのとじゃ大きな違いだし、相手の弱点とかに絞れば直前でもたぶん大丈夫。
友達割引とかって効かないのか?』
と送った。
『じゃあ弱点部分だけでいいな?それなら六日でいける。
友達割引はない。期間はデータ整理含めて六日で、交通費往復七百三十円×五日で三千六百五十円に機材費、買収費、人件費、利益その他もろもろ含めて七千円な』
と返ってきた。高い買い物のような気がするがここでそれをしなかったらずっとこのまま、いや、それ以上に悪い事態になるのかもしれない。
『……わかった。でももし何の役にも立たない情報寄こしたら金は払わないからな。
ちなみに安藤さんを調べたやつの時はいくらだったんだ?』
と送ってみた。
『データ整理含めて期間は三週間で、交通費ゼロ。盗み聞きとか簡単にできるから買収の必要なし。機材費はお前よりもかかる。人件費も時間が長い分余計にかかるな、その他もろもろも同じくだから・・・確か一万五千三百円。数十円ずれてるかもしれないがだいたいそんなところだ』
そんなにかけてまでやった奴は本当に一体誰なんだろう?というか一体どうやって上守のメアドを知ったのか?
それを聞いてみたら生徒の間に情報屋として自分でフリーメールのアドレスを流したらしい。一年に数回しか利用してもらっていないらしいが。
一週間後、試合は負けた。
上守から貰った弱点情報は本当だったし有用だったけどそれでも負けた。
思っていたよりも相手チームが強かったのもあったし俺が中心だとわかると徹底的にマークしてきて、審判に聞こえないようにぼそっと侮辱してきた。それが安い挑発だってわかっていたのについ殴ってしまい追放されベンチにもいられなくなった。
俺のミスだ。でも阪木と木村が他の奴に引き継がなかったことや俺の周りの状況が色々といかれていったせいでもある、俺だけのせいじゃ無い。
それにそれでも俺が出ていった時十五点以上差があってそのままだったら勝てる筈だった。勝てる筈だったのにみんなが突然動きを止めた。キーパーは動かないし他の奴らは自然を装って敵にパスし出した。
挙げ句の果てに敵が変に思って攻めるのを躊躇い出すと自分達で自分達のゴールにボールを放り込み始めた。明からさまで陰湿な、俺に対しての反発だった。試合が終わってのミーティングの時選手はもちろんマネージャーに至るまで来ず、顧問の先生しかいなかった。
……ふざけんなよ。なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。俺はちゃんとやることはやった筈だ。データを得て、練習メニューも大幅に修正した。阪木がやっていたことを阪木以上にこなした上で自分のやるべきこともやっていた。感謝や賞賛される覚えはあってもこんな風に反発されて貶められる覚えなんてない。
もうこんなチームやめてやる。俺がいなくなって俺がいなくちゃ成り立たない事実とか俺の価値に気づけばいいんだ。その時になって俺に対して戻って来てくれと頼んできたって絶対に戻ってやらない全力で。拒否して愚かさを笑ってやる。部届を顧問の先生に叩きつけて部室を出るとちょうど上守からメールがあった。
『試合負けちまったな。
それなりに私の用意したデータは効果発揮していたしまさか負けるとは思っていなかった。
でも割り引く気は無いからな。七千円ちゃんと耳をそろえて来週までに払えよ』
余計にイラついてきた。七千円は払う気だがこういう言い方をされると気が進まなくなる。払わないことも考えるけど上守の性格を考えると陰湿にいじめに加担し出したりとか間違いなく報復行動に出る。払うしか選択肢が無い。こんなことになるなら調べてもらうんじゃなかった。
そう思ってるとまた一通メールが来た。また上守か?それとも木村か阪木あたりが嫌味でも送ってきたのだろうかと思ったら森下からのメールだった。
『大丈夫?上守からスコアとか全部聞いたよ。
チームメイトにわざと負けられたんでしょ?流石に酷過ぎるよね。絶対裏で示し合わせて何かやってたに違いないよ。死ねばいいのにね、いっそ自分自身で殺したいぐらい。
だから落ち込んだりすることは無いよ。でもどうしてもって時には私に言ってね。代わりに殺してくるから』
落ち込んでいたわけではないけどこうやって率直に心配してもらったりすると少し気が楽になる。それにしても上守は一体どこにいたんだろうか?一切気が付かなかった。
一か月後、十一月の半ば。
部活を辞め空いた時間は勉強に費やした……分もあったけれど大部分はマンガを読んでたりとかただごろごろしていたりとかボーっとしていたりとか無意味なことに使ってしまった。
ハンドボール部から俺がいなくなった後、阪木は部員達に頼まれて部活に戻りまた副キャプテンの役職に就いた。キャプテンは適当な奴が付いたらしい。俺がいなくなって被っただろう損失はわからなくとも流石に阪木にキャプテンをやるだけの度量が無いことぐらいはわかったらしい。ついでに木村もマネージャーに復帰した。
昨日練習をしているのをちらりと見たら明らかに攻撃力が足りないなと思った。フォーメーション通りでやってたけど個人の力強さが無い。でも俺がいた時よりもいい状態らしかったのが悔しかった。半年前と同じかそれ以上にみんな生き生きしていて楽しそうで練習に身が入っていた。
試合で敵選手を殴ったことで一週間の停学も食らった。停学中上守が一回、森下が毎日訪ねてくれたがその時は結局会わなくてまともに話したのは停学開けてからだった。一週間の停学は思ったよりも痛手だった。影響が出たのは勉強だけでは無くて始まりかけていたいじめに関してもだった。
まず下駄箱の上履きを取ると中に画鋲、廊下を歩けばくすくす笑われ、教室に入ると机の上には花瓶に入った花。机の中にはゴミ。授業中には消しゴムのカスが投げつけられた。休み時間には周りが俺の悪口で一杯になって昼休みに目を離すと弁当が床に落ちていた。
かつての仲間達に助けて欲しいとメールを送っても森下以外はもう返ってすらこなかった。
こんないじめは漫画かドラマの中でしか無いことだと思っていた。現実にあったのだとしても少なくとも自分には関係ない、ましてや自分がターゲットにされることなんてありえないと思っていた。
ただ少しだけいいこともあった。さっき、森下以外といったけど、安藤さんからは返ってきた。一番最初に俺から離れていった安藤がメールを返してくれた。
『表だって味方はできないけど応援してるから』
中身はとても少なかったけど嬉しかった。森下は大いに応援してくれるけど虐めてるやつ特定して刺すとかオーバーすぎて演技の様に思えるし上守はそれなりに対価があれば協力するとのことだったから論外。矢面に立つつもりはなさそうだけど応援はしてくれる臆病な普通の対応が嬉しかった。
そういうことがあったからか勉強に関しては下げ幅が少し持ち直した。
それから一か月と少し経って、十二月二四日。人々が幸せになれる筈のキリスト教の聖夜。
そんな日だというのに休日なわけではなく平日で、いじめは現在進行形で悪化していた。椅子の上に画鋲とか机に落書き、ロッカーの中が荒らされていたりいろいろとあった。最近は森下にも飛び火しだして、次は上守もターゲットになるんじゃないのかという気がしてきた。まぁ上守の場合色々やってそうだから自業自得にも思えるが。
でも勉強は俺の主観だけどとりあえず中の中ぐらいになった。最初と比べれば確かに下がってはいるけど少しづつ立ち直ってきたとみていいんじゃないだろうか。ハンドボール部の方は時間が経つにつれどうでもよくなってきた。俺が思っているよりも阪木はできる奴だったのかもしれない。それでも俺より出来るということは無いと思うから馬鹿な選択だとは思うけれどもそんな選択をしたのだからいずれ後悔するだろう。そう思ったら・・・やっぱりどうでもいいかなと。
それに勉強やいじめに対しての対処とか色々なことをやらなければいけない。まぁ具体的に何かやるわけではないけど。とにかく、何故かはよくわからないが終業式の後安藤に体育館裏に来るようにとメールで言われた。メールが届いたのは一昨日のことだ。
森下に聞くのはなんだかあれなので昨日上守に聞いてみたら面白半分だとしか考えられない、
『あっはっは、もしかして告白なんじゃないのか?』
というメールが来た。
『いやいや、安藤さん彼氏ができたんだろ?そんなことあるわけないだろ』
と送ると
『最近はあまり頻繁にはあって無いみたいだぜ?
先一昨日には駅と学校の間にあるヨー〇ドーのフードコートで激しく喧嘩していたという情報が私の耳には入って来ているぞ。
まぁ実際はどうか知らんが面白いことにはなりそうだな』
やっぱり面白半分なんだろうなのすぐ後にやっぱり何の参考にもならなかったと思った。
で、今日。実際に体育館裏に行ってみたわけなのだが誰もいなかった。
待つことカップ〇ードル十個分、又はど〇兵衛 きつねうどん六個分。やっと安藤が現れた。
「どうしたんだ?こんなところに呼び出して」
安藤はこちらにニコリと笑いかけると軽く走り寄ってきてふと抱き着いてきた。
「……え?」
そんな間抜けな台詞が口から出ると同時に抱き着いてきた安藤さんが俺の襟を持って安藤さん自身の方へと引き倒した。
つまりそれは傍から見ればちょうど俺が押し倒したように見えるようになってしまった。その事実に思い当る前にふと体育館の閉じているように見えた裏口から連続したシャッター音がした。
「……え?」
またそんな間抜けな台詞が口をつくと下にいた安藤さんが俺を押しのけて立ち上がり裏口の方へと歩いて行った。
裏口のところを見るとカメラのファインダーが覗いていて、安藤さんが近づくと扉が開き、見知らぬ男子生徒がそこにいた。
「セクハラ写真Getってところだな! ハハハッ!!」
下卑た笑いが響いて初めて全部理解した。安藤さんにはめられたのだ。おそらく一か月前、メールを俺に返したその時からすでに仕込んでいた筈だ。安藤さんも笑っているのがその紛れもない証拠。
ふざけんなと叫びたいが次停学食らったら退学、少なくとも留年は確実だ。絶対食らうわけにはいかない。だからここで怒り出すわけにはいかない。ましてや殴り込みをかけるわけにはいかない。
「安藤さん……俺をはめたんだな」
とりあえず聞かないというわけにはいかない。きっちり理由を問いただしたい。
「まぁね、ちょっと面白そうだったからある人の提案に乗ってみたんだよ」
安藤さんは全然一切全く欠片も悪びれてはいなかった。
「いじめられてる中傅君に少し優しくして、唯一の味方みたいな感じになった後でわざと押し倒されたような体勢を作ってその状態の写真をとって私も表だっていじめに参加する。それで絶望して自殺でもしてくれればいいなと思ってね」
しかもどうやらそれが悪いことであることや一生を左右しかねない事であることもちゃんと理解しているらしい。
「まぁとりあえずこればらまいて。前に誰かさんが流してくれた噂を利用すればきっとみんなもっとひどいいじめをしだすよね」
安藤はいかれてしまっている。そういう風にしか思えなかった。
「さてさて、それはどーでしょーねー!?」
上から降ってきたわざとらしい声に俺も安藤もガメラのやつも呆気にとられた。
「なかなかどうして予想以上に面白かった!! ありがとう中傅!! ありがとう安藤さん!! ありがとう新美くん!!」
その声が上守だと気づいたのは名前を呼ばれた時だ。
「でも非常に残念だった。詰めが甘い。ネタばらしが早い。実行のタイミングももう少し見計らえた」
しかし上を見ても上守はいなくて立ち木の絵だの隙間に小さいスピーカーがあるだけだった。
「特に詰め。先に森下を排除しないと意味がないから、マイナス三十点。その他諸々雑、マイナス二十五点。でも一ヶ月かけた執念は評価してあげましょう。プラス三点。基本は減点法で考えて……計四十八点!おめでとう、赤点は回避しt」
――ガシャンッ
カメラのやつが投げた石が当たりスピーカーが壊れて音を立てる。
「ざまぁみやがれ!!」
何の意味もない投擲にカメラのやつは喜びを表す。
「……あーあ。スピーカー壊すとか酷すぎる。マイナス二十五点、計二十三点・・・赤点転落。」
体育館の影から本物の上守が現れる。その手にはカメラとマイク、リモコンらしいものを持っていた。
「また壊されちゃかなわないから説明してあげよう。君達を撮っていたカメラはこれじゃないし集音してたのはこのマイクじゃない、これらは実況動画制作ようだからこれらを壊しても意味ないぜ」
上守がリモコンを見せつけるように振っている。ものすごい悪人っぽいように思ったのだがとりあえずこれは助かったとみていいんだよな。
「隠しカメラとマイクからのデータは私の持っているタブレット端末経由ですでに家のパソコンに送ってあるから隠しカメラやマイクを壊しても何の意味も無い」
「お前……ふざけんなよっ!!」
カメラの奴が上守に殴り掛かる。その時ふと茂みの中にカメラのレンズらしきものを見つけた。ここで上守を殴る映像まで撮られたらカメラの奴は本当に終る。停学は間違いないだろうし俺の二の舞になること間違いない。
そう思ったら自然と上守を突き飛ばして代わりに殴られていた。腹を殴られた時よりは痛くない。
「やめとけ! お前自分の立場悪くするだけだぞ! そしてこいつはそれを誘ってるんだよ!!」
「……くそったれ」
カメラのやつも納得してくれたらしく拳を下げた。ふと安藤さんを見ると目には涙を浮かべ荒い息をしていた。
「大丈夫ですよ、安藤さん。あなたが中傅いじめをやめてくれればこのことは誰にも言いません。もちろんあなたの彼氏さんにも」
安藤さんは顔をブンブン振った。何が違うのかが分からないが何かあるらしい。
「・・・ついでに彼女の方にも手を打っておきますよ」
上守がそう付け加えると安藤さんはコクリと頷いて座り込んだ。彼女というのが誰なのか知らないがどうやら提案されたというよりは脅迫されたらしいニュアンスが見える。
「さて、じゃあとりあえず新美くんはスピーカー代を払ってもらおうかな。安藤さんと中傅は帰っていいよ。ってか帰ってくれるとありがたいかな」
そのまま帰ることにした。なんと言うか……超展開すぎた。よくわからないまま騙されよくわからないまま助かった。
わかることは上守が味方してくれたことと、安藤さんに裏切られたこと。いや、騙されていたことの方が正しいかもしれない。
ただ俺の中では裏切られたという感じが大きい。五月ぐらいまでは仲良くしていた仲間だった。まだ半年ぐらいしか経っていないのにその立場は大きく変わってしまった。
頭がガンガン痛くなってきてわけがわからなかくなってくる。電車に揺られながら考えていると携帯のランプが点いた、マナーモードだから音は出てないバイブも切ってある。
見ると森下からのメールだった。
『今から会って話したいことがあるんだけど……だめ?』
と書いてあった。思い出すまでも無くさっきの安藤さんとのやり取りが目に浮かぶ。
またさっきと同じようなやり取りが繰り返されるかもしれない。森下が裏切らない保証なんてものはどこにも売っていないしそんなすぐに手に入れられものじゃない。でもなんでもない事での呼び出しかもしれない。安藤さんよりも付き合いは長いからしそうにないと思えるし断るのはあまりいとは思えないから
『わかった。どこで落ち合う?今学校から帰る途中なんだけど』
というメールを送った。そしてその後でふと怖くなってきた。森下があんなことする気はしないけどしそうな気もする。もしそうだったら一体どうすればいいのか、わからない。だから保険をかけようと思って上守にメールした。それは意見を求めるメールで助けを求めるメールだったのに数分後に帰って来た上守からのメールは予想と全然違ったものだった。
『お前は幼馴染も信じられなくなったのか?まぁ一応幼馴染の滝谷さんも離れて行ったわけだけどそれでも私と森下ぐらいは信じるものだと思ってたよ。
私は森下がお前を罠にかけたりなんてしないって知ってる。お前のことを唯一無二の信じきれる相手だと思ってることも知ってる。
なのにそんなことを言うなんてお前なんて森下に刺されて死んでしまえばいい。』
冷たく突き放すような内容のものだった。
ふと気づいた、森下を疑ったことによって仲間の全部を失った。
上守に断られたことで相談できる相手を失った。
元々持ってたものがこれで全部丸ごとなくなってしまった。
いや、まだ森下と話してあらためて信じることができれば少なくとも仲間だけは戻ってくる。完全にではないけれどよりどころができる。
でもそれに失敗したら?そう思うと怖くなってきた。
そんなことを考えていたら森下からのメールが来た。
『じゃあ……私の家に来てくれる?』
森下の家には何度か行った事がある。高校生になってからは行った事が無かったけど場所はちゃんと憶えている。
ただそんなことはどうでもいい、わかっているだけで充分。森下が家に呼んだことはこれまでにも何度かあるけど今まではいつも上守が一緒だった。独りだけ呼ぶなんて何かおかしい。
やっぱりはめられてるんじゃないかという気になってくる。でもそれでも行くしかない。行かなかったら自分から森下を突き放した事になる。仲間の最後の一人を自分から失いにいったことになる。
とりあえずそんなこんなで頭がぐっちゃぐちゃな中で無理やりに森下の家に行った。
「いらっしゃい……」
森下の語尾が沈みがちになるのは昔からのこと、男子と話す時顔が真っ赤になることもそう、俺と上守にだけはどもらないのもそう。昔からそのままの態度に少し安心した。この森下が俺を騙そうとしているわけがないと思った。
少し安心して森下が勧めるままに森下の部屋へと入った。森下は確かに俺を騙そうとしていなかったけど裏切っていたのは間違いないことだった。部屋の壁に吊り下げられた大型のコルクボード。そこに大量の写真が張り付けられていた。
「俺の、写真?」
――ガチャッ
ふと後ろを見ると森下が鍵をかけていた。
「森下?」
「大丈夫だよ、私は中傅に何も酷いことはしないから……安藤さんみたいにいじめたりしないし阪木君だっけ? みたいによってたかってせめたりもしないよ……」
にじり寄って来る森下の笑顔が怖いと思ったのは初めてだった。
「でも、きっとこれで良かったんだよ……これで中傅の周りにいるのは私だけ。私ただ独りだけ。中傅のことを理解できるのも私ただ独りだけ。私のことを理解できるのも中傅ただ独りだけ。でしょ? だったらもう私たち二人だけでいればいいとは思わない?あ、でも上守はここまで色々協力してくれたから時々だったら一緒にいてもいいかも」
上守が突き放したのは森下のためだったってことか? それともこうやって今俺が怖いと思っているみたいに怖いと思って森下の言いなりにでもなったのだろうか? いや、単純に幻滅されただけだ、上守が俺を罠にかけただなんて思いたくない。
「あ、違うよ? 浮気じゃないからね。私は中傅一筋だから。上守は私のこときっと理解できないから対象外だから」
俺も理解できない。なんで好きになられてるのかもそうだし何もかもわからない。
「上守には中傅と一緒にいられるようにお願いしていただけだから。本当だよ? 私は中傅にしか興味無いし……」
ふと森下の表情が曇る。
「どうしたの? 何を怖がってるの? 何も怖くないよ?」
怖い。不思議そうに首を傾げる様が怖い。伸ばしてくる手が怖い。
「う、うぁ……」
そっと首に巻きつけられた腕が怖い。
「大丈夫だよ……心配しなくていいよ」
伝わってくる体温も耳元で優しく囁かれる声も怖い、もう森下そのもの、存在そのものが怖い。
「なんで怖がってるの?」
正直に答えたらどうなるのだろう?メールの時、森下はかなり怖いことを言っていた気がする。脳天をぐちゃぐちゃとか殺すとか……
言えない。とてもじゃないけど言えない。刃物を持ち出すかもしれない。鈍器を持ち出すかもしれない。火をつけてくるかもしれない。縛り上げられるかもしれない。何をされるかわからない。
「ねぇ……どうしてそんなに怖がってるの?」
なにか嘘を言わなきゃ何か……
「し、信じられない。安藤さんにも裏切られたし……も、森下のこと信じたいけど怖いんだ」
森下の顔に少し驚きが走る。
「そう、だよね……裏切られたばっかりで疑心暗鬼なんだよね。仕方ないよ」
優しく抱きしめられたけど体が震えるだけでとても落ち着くことなんてできやしない。
「なにか証拠を見せた方がいいよね……どうすれば納得してくれる?」
そう言われても何も考えていない。こうなったのは何故だ? 上守も一緒にいたらこんな風にはならなかったんじゃないのか? あのメールの文面はやっぱり森下が病んでいることを知っていたんじゃないのか?
「……上守を刺してきてくれ」
一瞬自分が何言ったのかわからなかった。でも少し考えるとそれでいいような気がしてきた。あいつが悪いんだ。俺は何も悪くない。
「いいよ、頑張るね」
森下はあっさり承諾して机の中から果物ナイフを持ち出すとじゃあ待っててねと言って家から出ていった。
どれくらい待ったか定かじゃない。ただそんなに待ってはいないと思う。多分一時間も待っていないとは思う。
「ただいま中傅。ちゃんと狩ってきたよ」
戻ってきた森下の手にはばっちり真っ赤になった果物ナイフ、ブレザーの色が濃紺だからあまり目立たないけど大きくて濃い染み、それに手足のところどころに返り血が飛んでいた。
「本当に……やってきたのか……」
聞かなくてもわかる。間違いなくやってきた。それも腕とかに軽くとかじゃなくて腹とか首とかの大きな血管を傷つけてきたようにしか見えなかった。
「うん。中傅がそう言ったからね。上守も最初はいやだって言ってたけど最後にはちゃんと納得してお腹を刺させてくれたよ。根元まで入ったから死んだかも」
なんでそんなに軽く言えるのかわからない。
「これで私のこと信じてくれるんだよね。ずっと私と一緒にいてくれるんだよね。もういっそ学校にも行かなくていいんじゃないかな?」
血で真っ赤になった手が俺の方に伸ばされたのを見て俺の頭の中で何かが切れて視界が真っ赤になった。それで、気づいた時には頭から血を流した森下が目の前に倒れていた。
俺の手にはさっきまで机の上にあった筈の電気スタンドがひしゃげた状態で握られていた。
「あ、あぅぁあ?」
わけが分からなかった。あまりにわけがわからなくて気づいたら自分の荷物を握って駆け出していた。途中森下のお母さんに呼び止められたけど無視して逃げた。家に帰るとちょうど母さんは買い物に行っていていなかった。返り血の付いたブレザーも今の自分の表情も見られたくなかったからとても都合が良かった。
なんで、どうしてこうなった?
上守にメールしても異様に早い返信は返ってこなかった。電話したら上守のお母さんが出て詳しいことは言えないが今手術中だという内容を言われた。俺は上守に対しての罪悪感のようなものやら何やらでぐっちゃぐちゃになっていて見舞いに行こうと思えず布団の中で丸くなるしかなかった。
どうして、どうして? 何がどうなってこうなった?
部活も勉強も順風満帆だった。顔もいいし運動神経もいい。頭もそれなりにいい。何も俺に問題なんて無かった筈だったのに気が付いたら殺人犯だ。俺はどうなるのだろう? 捕まるのか? 転落人生まっさかさまか?
誰でもいい応えて欲しい。俺はどこで間違えたんだ?