テスト開始前に読んでおきましょう。
視点が変わります。
高校二年の五月現在、俺は人と比べてもかなり充実していると言っていい。
高校生になってから一年間で、常に一緒に五人いるぐらいに仲間もできたし勉強も教えてもらったりしていい成績が取れている。
高校生になって始めたハンドボールは生まれ持っていた高身長と運動神経が良かったみたいで一年生の時の三年生が引退した時に学年のリーダーとして指名された。それは事実上次期キャプテンに指名されたも同然だ。
一年生の終わり、突然転校することになった女友達の代わりで入った生徒会も楽しい。思ったより仕事も無くてハンド部の方も学年のリーダーとは言っても特別やることはなかったので両立も簡単だ。
二年生になってもそれはほとんど変わらなくて五月になった今、俺はやっぱり充実した学校生活を送っている。
――タッタッタッ……
部活着のまま階段を駆け上がる。まさか水筒を教室に忘れるなんて思わなかった。このままだと定時制の生徒が来てしまう。
――ガラッ
幸い教室につくとそこには誰もいなくて俺の机の上に蓋の開いた水筒が置いてあっただけだった。
ほっと一息つき、喉が渇いたのでとりあえず水筒の中身を一口含む。
少し変な気がしたが特に気にせずにグラウンドへと戻り練習に合流した。
行ってみると二年生はバラバラでまともな練習をしていなかった。てんでバラバラ好き勝手やっている。副リーダーの阪木に任せたんだけどやっぱり自分でやんないとだめらしい。
「おーい。みんな! ちゃんとやろうぜ!!」
散らばっていた二年生が集まりだし、副リーダーは三年生に説教喰らっていた。なんで纏められないんだ? 副リーダーとしての自覚が足りないんじゃないのか? 単純に能力の問題じゃないのか? ははは……言えてる。なんて感じで次第にいじめみたいになって来たので割り込む。
「先輩達、やめましょうよ。俺が教室に忘れ物したのがいけないんです。」
そう言うと先輩達はお前には期待してるからな、副リーダーがこれで大変だな、キャプテンになる時には副キャプテンはもう少しまともな奴がやってるといいな。とか言いながら自分達の練習に戻っていった。
「水筒忘れたりとかしてゴメン」
阪木に手を合わせて謝る。
「……しわ寄せ俺に来るの見ただろ?もうすんなよ」
阪木は高圧的とも言える言い方で吐き捨てた後全員が決められた通りの練習をしているのを観察して爪を噛みながらぶつぶつ呟きだした。
そんな阪木に二人いる二年のマネージャーの内の一人が鉛筆とノートを持っていった。
去年引退していった先輩達はなんで阪木を副リーダーに指名したんだろうか? こっちの方が色々迷惑被っている自信がある。
その時ふとさっき何をおかしいと思ったかわかった。水筒の蓋が開いていたことが気にかかったんだ。置き忘れはしても蓋を閉め忘れることなんてない。
なんだか嫌な予感がする。もう飲んでしまったけど何か入れられたりしていなかっただろうか?重さ的に飲まれていたわけでは無かったみたいだしなにか入れられてしまったのではないだろうか?
気になりだしたら止まらなくてちょっと不安になって来た。
結局その日はあまり練習に身が入らずみんなに体調不良じゃないのかと心配され仕方なくそういうことにして帰った。
次の日、周りから体調悪いなら無理するなと言われて言われるがままに部活も生徒会も休むことにした。仲間の内の何人かは一緒に帰ったのだけど電車がみんな反対方向で一人で電車に乗った。部活の一年マネージャーの皆藤とか阪木は同じ方向なんだけど今は部活中だ。
偶然知り合いが乗ってたりしないかなとか思っていると同じ車両に小中で一緒だった上守が乗っていた。
上守と俺、中傅と他に森下という女子の三人で上中下モリトリオというあだ名で今の仲間と同じか当時はそれ以上に仲良くやっていた。三人同じ高校に進学したけれど一年の半ば過ぎぐらいからあまり会っていない。
上守は成績はあまりよくないけど変なところで頭が切れる。暗めの考えしてるし他人の不幸は蜜の味とか言ってるし人間って要らないよねとか話しかけてくるし一言で言えば変人。今だしも変な奴と付き合いはあるみたいだけどまともな奴との付き合いはほとんど皆無。
せっかくだし水筒のことを相談してみようか。
「上守、今ちょっといいか?」
話し掛けると『嗚呼なんと素晴らしき苔の世界かな』とかいうとても理解できない趣味の悪そうな本から目を上げて手を振って応じた。
「どうしたんだい? 中傅、ずる休みはいけない事なんだぜ?」
確かに半分ずる休みみたいなものだがこいつは本当に俺がずる休みしているとでも思っているんだろうか?
「ちょっとお前に頼みたいことがあってさ」
そう言うと上守は快く聞いてくれる身振りをしたので一気に事の経緯を捲し立てた。
「……で、なんで水筒の蓋が開いていたのか気になっちゃってさ。なにか入れられてたわけでもないみたいだし飲まれてたわけでもないみたいだしさ」
話し終えてどう思うかと聞くと上守は一つ頷いた。
「なるほど、水筒の蓋が開いていたんだな」
「まぁそういうことだけどそこだけ切り取るか?」
本当にわかっているのかよくわからない。頭の螺子が抜けてるんじゃないのかと思ってしまう。
「で、なんで私なんだい?」
理由なんてない。
「いや、だって……お前は昔からよく知ってるけどさ、他の奴らはまだ一年ぐらいしか付き合いないしなんか気にしすぎている感じを知られなくてさ」
とりあえず思いついたことを言ってみた。そしたらなんだか本当にそんな気がしてきた。
「なるほどなるほど。他の奴らにはいいかっこしたいけど好奇心を抑えることもできなくてちょうど動いてくれそうでしかも面倒なことになったら切り捨てられる奴が私だったわけだ」
「そういうわけじゃ無いさ。俺を一体どういう風に見てるんだよ」
「お前嘘吐く時癖あるよな」
「うぅ……」
……確かにそういうことなのかもしれない。
「まぁいいか。で、何をすればいいんだい? わざとまた水筒を忘れてそれを見張るとか?」
いいのかよ。プライドとかそう言ったものがないのかそれとも自惚れていて見下しているのか。小中とうまくやっていたのを自分の力だと思っているのだろうか?俺の力なのに。
「じゃあそれで」
内容なんて気にせずもうめんどくさいから丸投げすることにした。どうせうまくいかないだろうけどどうでもいいしうまくいったらラッキーだ。
次の日、俺はわざと水筒を忘れ上守に任せることにした。どうせわからないだろうからちょっと約束より早めに行くことにした。
――ガラッ
扉を開けると上守は俺の机の横に立っていて他には誰もいなかった。
「上守。どうだった? わかった?」
駄目元なので手早く終わらせて部活に戻りたい。
「おう。実は放課後になる前にわかった」
「え? マジで? じゃあなんでその時言ってくれなかったんだ?」
思ってもいない言葉が返ってきたので素直に喜んだ。
「いや、だって中傅の周り色々いっぱいいてさ、もともと付き合いは私の方が長いんだけど近寄りがたいんだよ。特に取り巻き化している女子とか目で威嚇してくるし」
「え、そうか?」
取り巻き化している女子というのは多分仲間達の女子のことだろうか?
同年代だったらクラスメイトの安藤さんとか部活のマネージャーの甲谷さんとか、生徒会役員副会長坂根さん、元クラスメイトの奈良崎さん、学級委員長の白谷さん、他校だけど幼馴染の滝谷さん、後輩では部活のマネージャーの橋本、委員会の間宮、先輩だとマネージャーの山下さん、委員会の蘭籐さん当たりのことだろうか?
良い人達なのに、被害妄想しがちな変人は怖いな。
「まぁそれも関係あるんだけどさ。ほら、水筒」
上守が俺に水筒を手渡して鞄を肩にかける。
「で、どうだったんだ?」
「まぁ簡潔に言っちゃえばお前が見た時まさに飲まれようとしてたんだよ」
どういうことだろうか?
「でも、誰もいなかったぞ?」
教室のどこかにいたならわかっただろうし急いで出て行かれたとしても気づけたはずだ。
「ロッカーの中に隠れてたんだよ。森下が」
「? どういうことだ?」
「森下は筆箱を忘れてな。定時が来ると思って急いで駆けあがってて息も上がっててな。ちょうどそこに中傅の水筒が置いてあったわけだ」
「うん。それで?」
さっぱり訳が分からない。
「で、中傅のだってわかったからだったら大丈夫かなって思って少しもらおうとしたんだ。で、そこでお前が来て驚いて隠れてしまったんだ」
「わかったけど、でも隠れる必要無いだろ」
飲まれても怒らないし、森下もそう思ってたんなら尚更だと思う。
「で、そこでさっきの話が関わってくるわけだ。お前の周りには人が多い。最近はほとんどかかわりのない私をもう友達と思ってくれてなかったらどうしよう? ただの幼馴染、ただの知り合いになってしまっていたら? そうしたらただ異性の水筒を隠れて飲んでる事になる。そうなると自分勝手に思いを募らせて相手の気持ちも考えない陰湿なただの変態ということになるんじゃないかと思ったんだってよ」
「なるほどね。そっか、確かに中学までの友達と疎遠になってるような気がしてたんだよな……」
それにしても森下も少し被害妄想がちなのかもしれないな。
「私なんかは変人仲間と仲良くやってるからいいんだけどさ。まぁ森下みたいなのもいるわけだからな」
そうなのか。まぁとりあえず森下に少し積極的に話し掛けたりすればいいよな。
一か月経ち、六月になった。
「あの……坂根さん。私生徒会じゃないけど手伝えることってある……?」
「じゃあ森下さん。運動部の予算の計算頼んでもいい?」
「わかった。な、なるべく早めにやっとくね……」
「森下さんがやるなら私も手伝うよ」
「安藤さんもありがとう。じゃあ安藤さんは文化部の方よろしく」
「オッケー。森下さん、どっちが先に終わらせるか競争ね」
「う、うん……」
森下も仲間達の中に上手く溶け込みとても仲良さそうにしている。テストの点だったり仕事の速さだったりいろいろなことを競っている節がある。
話してみると前とあまり変わらないようだし仲間と溶け込めていることもあって結構付き合いやすかった。
部活の方も順調で阪木は相変わらずあまり使えないままで尻拭いさせられるけれども部員も夏に向けてみんなやる気だし橋本、甲谷さん、山下さん他のマネージャー陣も色々と献身的過ぎるぐらいにやってくれている。
生徒会の方も何も変わらず特別忙しいということはない。書記をやっている同級生になんだか嫌われたようだけど理由も思い当たらないし仕方のないことかなと思っている。
成績の方も坂根さんや山本さんや蘭籐さんに教えてもらっているから問題ない。山本さんや蘭藤さんは受験生なのに大丈夫なのかと聞いたら教えていることで覚えられるのとのこと。教えてもらうようになってから部活の一部の先輩に嫌われるようになった。でもこれも小中で似たようなことあったし仕方ないかなと思う。
さらに二週間七月一週目の最初。最近朝学校に来る時に森下と同じ電車に乗り合わせることが多くなってきた。
「じゃあ、後で教室で」
「うん。中傅君後でね」
俺は森下と別れて朝練に出た。
朝はどうやってもあまり調子が出ない。試合が朝早くからあることはそうそうないし阪木以外はみんな仕方ないことだと思っているし多分どうしようもないしまぁいいかなと思っている。
ハンドボールの大会は大体体育館で行うのだけれどこの高校では体育館は男女バスケ部が占領しているから基本グラウンドでやっている。グラウンドは通学路に面しているので登校してくる仲間とかが挨拶してくる。
大体は通り過ぎるだけだけど時々座り込んで見ていくこともある。坂根さんとかは生徒会の挨拶運動の関係でよくいるのだが今日は珍しい奴が一人だけでいたので朝練の後片付けを途中で抜けて話に行く。
「おー。上守どうしたんだ? こんな朝早く来てわざわざ朝練見るだけってことは無いだろ?」
「まぁね。『苔の中の世界~この虚仮に満ちた世界を知る~』って本を読んでたらこの学校も一つの世界なわけだし中身がどうなっているか知りたいなって思ってさ。ほら、中傅は副会長やら委員会やら色々とつながりがあるだろ? 何か面白い話が聞けないかと思ってさ」
相変わらず趣味が悪いし何を考えているのかがさっぱりわからない。どうしたらそういう発想になるのかさっぱりわからない。
「う~ん。でもあまり詳しく聞かないし・・・新聞部にでも入った方がいいんじゃないのか? ところでなんで朝聞いてくるんだ?やっぱりまだ話しかけづらいか?」
コイツのいう面白い話は大抵他人の弱みの話だから仮に知ってても教えない。
「普通の人ならいいんだろうが私みたいなコミュ障は厳しい。まぁコミュ障連中は気にしなくていいから今のままでいいよ」
そういえば保健委員の九條さんも仲間に加わったし増えていっているから余計に話しかけづらくなっているのかもしれない。
「そうか。とこr」
「おい中傅ッ! ゴールとボールの片づけサボんな!!」
阪木がゴールを運びながらだいぶ苛立っているように叫んだ。何を苛立つことがあるんだろうか?阪木の方がいろいろとやっていないのに。
「まぁまぁ落ち着けって中傅だってリーダーやってて疲れてんだろ。疲れさせないようにお前がいる訳なんだしさ」
部員の一人が阪木をなだめている。全く、俺がちゃんと纏められるように補佐するのが仕事なのに。
「じゃあな、中傅。ちゃんと副リーダーに頼らずに済むように頑張れよ」
もうすでに頼ってなんていないのだがまぁそういうことにしとくか。
「おう!」
とりあえず阪木がもう少しちゃんとやってくれるように優しくして見るのも考えてみるか。今でも十分優しいと思うけど。