【9】
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「『どうする?』も何も……」
会うよ、アタリマエじゃない。そもそも私は、そのためにココまで来てるんだから。
――それが何なの? 何故そんな当然のことを改まって訊くのよ?
それを訊くゼクスの意図が読めず、少し困って、無言のまま私は彼を見上げてしまった。
私を見下ろす彼にしても、なぜか同じく困ったような表情を浮かべている。
引き結ばれた彼の唇が、億劫なまでにゆっくりと動くと、言い難そうに、その言葉を載せた。
「正直……今のオマエが強い魔力を持つ人間に会うのは、どうかと思う」
「え……?」
「金髪の男――しかも、神殿が管理する戸籍に載せられるほどの者であれば、それこそ神官にも匹敵する強い魔力を持っているはずだろ」
「えっ!? そうなの!?」
聞いた事実に、思わず“少々”では済まないくらい、とんでもなく驚いてしまった。――だって、そんなことヒトコトも聞いてないんだけど!? セルディオさんも、『“金髪”と認め戸籍に記すには、生まれながらに有している一定量以上の魔力値が認められること』としか言ってなかったし! つか、その『一定量』っていう基準値が、そんなスゴイ量だったなんて、なんで教えといてくれないのよっっ!
そこまで盛大に驚いた私を、まさに“そんなことも知らなかったのか”とばかりに呆れたような瞳で一瞬だけ見やって。
やおらゼクスは、はっと大きく息を吐いた。
そして言う。
「今のオマエは、魔術を憶えたばかりの子供のようなモンだからな」
だから色々なものがダダ漏れなんだ、と。
彼いわく、『えてして憶えたての魔術を使ってみたくてウズウズする気持ちを慢性的に抑えきれないでいる子供が発している好奇心マンマンのオーラ』、それと同じものを、今まさに私が纏っているのだという。――その言われようは如何なものかと少々憤慨はしてみたものの、しかしナニゲに自覚らしきものがあったりするだけに、頑として否定も出来ないのが悲しすぎる。
「そう考えれば……納得もできるんだよな、色々と」
「何よ、それ……?」
呟くように発された、その呟きを。何が言いたいのかと小首をかしげて尋ねてしまった、そんな私の姿に再びタメ息を吐いてみせたゼクスは。
逸らしていた視線をゆっくりとこちらへ戻すと、どこか改まったように私を見つめてきた。その瞳に、とても真剣な色を宿して。
「子供が生まれると普通、親はその子が魔力を持っているか否かの判じを魔術師に頼む。――何故だかわかるか?」
「何故って……魔力を持っていたら魔術師にさせてあげたい親心から、とか?」
「子供を命の危険に曝さないためだ」
即座にピシャリとした口調で告げられた、その回答を聞くや、思わず息を飲んでしまっていた。
よもや、そこで『命の危険』なんていう物騒な単語が飛び出してくるとは……!
驚きに目を見開き絶句した私を、なおも真剣な眼差しで見据えたまま、ゼクスは淡々と次の句を続ける。
「魔力は、何もしないと身体の内側に凝る。凝り過ぎれば、その者の命を奪うことにもなりかねない。だから魔力を持つ子を持った親は、子供を生かすために魔術を学ばせるんだ。そして魔力を持つ者は、自身を護るために魔術を学ぶことを憶える。魔術を行使することで、身体の内の魔力を気に纏い循環させ、外へ発散することも適うようになる。それが息をするくらい自然に出来るようにまでなれば、もう心配は要らない。だが子供のうちは皆、一様にそれが未熟だ。循環しきれない魔力が内に凝り、体調に影響を及ぼすことも多い。魔力は感情や意志に反応し易いからな、有する魔力が強い未熟な子供であるほど、ちょっとしたショックを受けて昏倒することだって珍しくはない。他人の魔力にも過敏で、触れた時に過剰なほどの拒絶反応を起こすことも間々あることだ。――まさに誰かさんみたいじゃないか?」
そこまで言われて、やっと私も思い当たった。
――まさにそれ、まるっきり私のことじゃん……!
取り込んだ『女神の息吹』のおかげで、とても強大な女神の加護――つまりは大量の魔力ってことだよね――を得てしまった私は、言い変えるならば、その時に生まれた赤子も同然。とはいえ、言葉や文字が判るようになったりと、無意識に魔術らしきものを使ってはいたようだけど、セルディオさんも誰も魔力や魔術について教えてくれなかったから、使われない魔力が徐々に私の内側で凝っていった、それで、感情がちょっとした衝撃を受けるたび昏倒してしまったり、挙句の果てには、転移術なんていう大量の魔力を有する大掛かりな魔術に触れてしまったことで、身体が過剰に拒絶反応を起こした結果、魔術酔いにまでなってしまった、――と。
…うん、そうね、確かに、言われてみれば納得できるかもしれない。これまでのこと全部。
てっきり、倒れたり何だりは、まだ慣れない生活に身体が順応しきれていなくて精神的な疲労が溜まっている所為だとばかり思ってたけど……考えてみるまでもなく、もともと私、そこまでデリケートな性質じゃない。だから、そう無理やりのように理由をつけて自分を納得させていたワケだったのだけど、まさか、女神の加護が、こんな形でアダになっていようとは思いもしなかった。ホントつくっづく、親切じゃないわここの女神サマってヤツは。
――あれ……? でも、おかしいな……?
他人の魔力に過敏だってわりには、セルディオさんから防御術を施された時は、さして何ともなかったんだけど……術をかけられた瞬間だけ少し、うー何かちょっとぞわぞわする? くらいのカンジならあったかな? て程度だったよ?
それを言ったら即、「光と闇の属性同士は親和性が高いからな」と、こともなげにゼクスが答えをくれた。
「光と闇は、それぞれ対極にあるがゆえに、決して融合することは無い。だが、互いに無くてはならないもの同士でもあるために、反発し合うことも絶対に無いんだ。あのバケモノ神官長なら、おまえの属性くらい、とっくに判じていたとしても全くもって不思議じゃないな。それに、まがりなりにも神官長ともあろう者が、どの程度の魔力であれば相手の負担とならないか、互いの魔力同士が調和する、その匙加減を見極められないはずもない。――しかし、よりにもよってその神官長が、何故おまえに魔術の手ほどきもせず神殿から放り出したのか、そこが解らない限りだがな。幾らおまえがひ弱な子供じゃないからとはいえ、強い魔力を持つ者が魔術を使えない、それに伴う命の危険性を、知らないわけは無いだろうに。それとも、何らかの意図があってのことか……」
――それは単に、時間がなかった、ただそれだけのことだよね……。
口には出さず、心の中だけで私は呟く。
我知らず、唇を噛み締めていた。
『――とりあえず、半年です』
出立にあたり、神殿でセルディオさんから言われた言葉が、耳の奥で甦る。
『リエコ様は、既に王となるべき者と契りを結ばれました。その者がこの世界に居る限り、もはや王として立ったも同じ、つまり、この世界が安定し存立するための条件は整ったとも云えるでしょう。しかし、選定者たるべきあなた様が傍に居られない、伴侶と愛情を交わし合うことが出来ぬ状態で、その在位が長く保たれるはずもございません。ですからリエコ様、あなた様に許された時間は有限であることを、確と心にお留め置きください。とりあえず、半年です。今の状態でも、せいぜい半年、それくらいならば保つでしょう。それまでに、あなた様には、是非とも契りを交わした王を捜し出していただかなければなりません―――』
私が時間をかけたらかけた分だけ、この世界は、滅びへと向かう歩みを早めてゆく。――その時、改めてそれを突き付けられた気がした。
だから、何も知らない私へ悠長にイロハから魔術のレクチャーなんぞをしている時間さえ、惜しかったのだろう。それで、あえて私が魔術へ興味を向けないようにしたのではないだろうか。そんな気がする。
だって今ならば理解できる。――去り際に言われた、見送りに出てくれたセルディオさんの『道中、何か身体に変調をきたすようなことがあれば、すぐに最寄りの神殿を頼ってください』という、あの言葉の真意が。
きっと私が最初に神殿で倒れた時から、セルディオさんは、こうなることが判っていたのかもしれない。
私をゼクスに引き合わせてくれた、あの武官さんから聞いたところによれば、他でもないセルディオさん自らで、“魔術にも定評のある腕利きの傭兵”を私の護衛として手配するように、という指示を出したのだそうだ。
腕利きと名を馳せる傭兵ならば護衛とするにも充分だし、同時に魔術を扱える者であれば、もし私が変調をきたした時にも適切な対処が出来るはず。――そんな心遣いがあったのだろうなと、今でこそ解る。手に取るように。
『それでも、わたくしどもは……あなた様のような何の力も持たぬ非力な女子に、重き荷を背負わせなくてはならないのですよ―――』
少し苦しげに告げられた、その言葉こそ、まさしくセルディオさんの覚悟の表れだったに違いない。
それを教えてもらえなかったことを、けれど私は責めることは出来ない。
だって私も、セルディオさんに言ってしまったのだから。――『やります』、と。
『どこまで出来るかわかりませんけど……この世界で、選定者の役目、ちゃんと、やります』
あれが、私なりの覚悟だ。やると決めた以上、もう後戻りはしたくない。――そもそも後戻りなんて、もう出来ない。私は帰る場所を失ってしまったんだから。
自分の身に何が起ころうとも、私は自分の出来ることをやるしかない。行けと示された道を前に進むしか、もう他に出来ることなどないのだ。
「ともかく、これはあくまで俺の見解でしかないが……おまえは記憶を失くしたと同時に魔術の知識まで全て失ってしまった、それで、使われることのなくなった魔力が身体の内で凝ってたんじゃないか、と。――オッサンは、おまえを診て“魔術酔い”で済ませたが、それも当然だろう、魔力を持った人間が魔術の手ほどきを受けないままここまで成長しきってるなんて、常識的に考えて有り得ないことだからな。怪しまれても面倒だから、おまえが記憶を失くしていることだけは話したが、魔力を持っているかどうかまでは、そんなもん魔術師でもなければ判別しようもないし」
「それは理解したけど……それが、私が魔力の強い人と会わない方がいいことと、どう関係してるっていうの?」
「魔術師であれば、対した相手が魔術師であるか否かが判るからだ」
その回答を聞いても、まだ表情にクエスチョンマークを浮かべている私を見やり、もはや諦めたような素振りでゼクスは、仕方ないとばかりに先を続ける。
「魔術の研鑽を積み重ねていくことで、魔術師は魔術師たる気を纏うようになってゆく。熟練すれば、自分の気を隠すことも出来るようにはなるが、それほどの者なんて、そうはいない。だから、人によって格差はあるが、対する相手の纏う気を見れば、それが魔術師のものであるか否かくらいは簡単に判別がつく。卓越すれば、気を見て相手の力量まで量ることも可能だ」
「…あのお店のご主人や女将さんみたいに?」
「ああ、まあ、そうだな。――あいつらのアレは、どっちかってーと特殊技能寄りではあるんだが……でも同じようなモンだ」
ゼクスが言うには、あの二人が私に使っていたのは『ただの探査術の応用』だということなのだが、それでも、対象となる者の内面を読む、というところまでもが出来るようになるには、相手の気を判じるという魔術師としての基本技能自体に、より深い精度が求められるのだとか。つまり、あの二人は、その基本技能の精度が人並み外れてめっちゃくちゃ深く鋭く研ぎ澄まされている、と言い得るだろう。それこそ、彼の言うところの『特殊技能』ばりに。
「探査術ごときであそこまで出来るのは、あいつらほどの使い手であればこそ、だ」
――あれ……? でも、そこまで凄腕の二人にしても、“探査”までしてさえ私の属性は判らなかったんだよね……?
そこにフと疑問を差し挟んだところ、「だからオマエは何を聞いていた」と、ほとほと疲れたようにゼクスが私の額を指で小突く。――それ地味に痛いんですけど……!
「いま話したばかりだろう。魔術師特有の気は、魔術の研鑽を積まなければ纏えないもんなんだよ。魔術の“マ”の字も知らなかった、あの時のオマエの魔術属性なんざ、いかに凄腕の魔術師にだって読み取れるハズも無いだろうが。読み取れたところで、せいぜい魔力の有無、そんくらいなもんだ。俺にしたって、おまえに初めて会った時、魔術師の気は感じられないが少なからず魔力は持っているかもしれない、程度のことしか読めなかった。あの二人も、大方そんなとこだったんじゃねえ?」
「…じゃあ、ちょっとばかり魔術カジっちゃった今の私であれば、あの二人ならカンタンに読み取れちゃう?」
小突かれた額を抑えつつ視線で抗議はしてみたものの、相変わらず悪びれた風なカケラもない彼の様子に、私も諦めて――でも少々拗ねて唇を尖らしつつ、それを訊くと。
即「当たり前だ!」と、抑えた手ごと、再び額を小突かれた。――あーうー……!
「特に今のおまえは、魔力の循環も儘ならない未熟な子供同然だ。何かっつーと無意識にあれこれやらかすし、色々なもんダダ漏らしてるし、判り易いことこのうえないっつーの! そんなもん、俺でも読める!」
ああ、それで……だから『えてして憶えたての魔術を使ってみたくてウズウズする気持ちを慢性的に抑えきれないでいる子供が発している好奇心マンマンのオーラ』というワケね、うんうんナルホドすさまじく納得ー。――くっそう……もう泣いてもいいかな私っ?
「とにかく、あいつらほどの者は、そうそう居やしないだろうが……それでも、魔力値の高い金髪の持ち主であれば、個人差はあれ、魔術における高い基礎能力を持っていることには間違いが無いだろう。あの二人以上に人の内側を“読める”者も、居たところで決して不思議なことじゃない」
「ナルホドね……そういうことか」
ここまで懇切丁寧に説明されれば、幾らニブい私だって充分に理解もできようってもん。
「ようするに、あのリストの金髪さんの中には、私の属性はおろか、人並み外れた魔力量まで、見抜いてしまう者が居るかもしれない、と―――」
「それだけで済めばいいんだがな……」
「――って、だから何その言い方っ! ゼクスあんた、ちょいちょいそんな奥歯に物の挟まったよーな言い方するよねっ! その言い方されて懸案事項が増えなかったタメシが無いんだけどっっ!」
「…気の所為だろ?」
「いやいや、そんなハズないよ! つか、気の所為であって欲しいよ!? でも、前例あるじゃんっっ!!」
そーそー忘れてたまるもんですか、だって昨日聞いたばかりじゃないの。――あの、光属性を持っている人間が拐かされる理由について。
あそこで問い詰めなかったおかげで、何も知らずにホイホイとコイツにキスとか許すハメになっちゃったんじゃんっっ! 知ってたら…光属性の人間の体液に回復効果その他もろろもろがあるとか、それ知ってさえいたら、あそこでゼクスの思惑に気付いたハズなのに、避けられもしたハズなのにぃいいいっっ!!
「アンタのその言い方スルーしたら、後でロクなことになんないっ! だから言いなさいっ! 知ってること、判ってること、すべて教えておいてよ頼むからっっ!!」
まさに、目の前に立つ彼の襟首を掴まんばかりの剣幕で詰め寄った、そんな私に少々おののいたのか、一瞬だけゼクスは目を瞠る。
だが次にはもう、額に手を当て、お馴染みの深いタメ息を吐いてくれた。――もうホント、心の底から面倒くさそうーなのが丸わかりな態度で、いっそ清々しいくらいだわねっっ!
「何ていうか……あまり言うのは気が進まないんだが……」
「私だって、気が進んだから聞いてるワケじゃないわよ!」
それなりの覚悟はしたから、もう何でも言ってちょーだいっ! と言わんばかりの私の気持ちが、言外に伝わってくれたのか。
いかにも渋々ながらではあったものの、また軽くタメ息を吐いてから、ようやっとゼクスは、口を開く。
「おまえの気……魔術を使い始めたおかげで、ダダ漏れてる色々なものひっくるめた、それ、が……」
「はいはい、未熟な子供、って言いたいのよね。――それが何?」
「なんか、違うんだよ……」
「え……?」
「魔力を持ってる人間のものであることには違いない、とは思えるんだが……魔術師特有のものとは、どこか違う、っていうか……つか、そもそも見たこともない、っつーか……」
その言葉に、内心、思わずギクリとする。
「俺は、そこまで“見る”のも“読む”のも、そう得意な方じゃねーしな、だから、あいつらが見れば、また違うのかもしれないけど……」
それでも、おまえみたいな気を纏う魔術師なんぞには、これまで一度として会ったことが無い。――それを断言されて、驚きに目を見開いたまま、私はその場で硬直してしまった。
――やっぱりゼクスは、一筋縄じゃいかない人だ……!
今さらのように、背筋を冷たいものが走る。
見抜かれた、と思った。この彼の目は、誤魔化せない。
――それは私が、異世界の人間だから……!
『どうやら、異なる世界のお人は一様に、我々とは違う気を纏っていらっしゃるようですね』
これも、神殿を出るにあたってセルディオさんから告げられていたことだった。
『前の選定者であった御方もそうでしたが……リエコ様の気も、やはり我々どもの有するものとは、かなり異なっているようです。おそらく、それが王となる者を惹き付けたのでしょう』
『…そんなに目立ってるんですか? 私の、それって』
『そうですね。判る者が見れば、かなり』
一つ頷いてみせたセルディオさんの、その神妙な表情を見れば、それが偽りであるはずもないことが手に取るように解る。
『また加えて今のリエコ様は、「女神の息吹」の恩恵をも受けていらっしゃいますから。発される気配に、やはりどこか女神に通じる神々しさをも有していらっしゃる。それは、言うなれば女神の“祝福”にも等しいもの。――なれば、どうか充分にお気を付けを』
『気を付ける……? って、何に……?』
『女神の御加護も大きい、金髪を持つ者であればこそ、リエコ様の纏うその気には惹き付けられぬはずもございますまい。嘆かわしくも、もし万一にでも不心得者がいた場合、リエコ様へ不埒な真似を働くことも考えられぬことではございません。該当の者にお会いするに当たっては、その点には特に、護衛を活用し重々に用心をなさってください―――』
ゼクスに言われて、ようやっと今、そのことを思い出した。――つか、そんな大事なこと忘れてんなよアタシっっ……!!
彼が何を言わんとしているのかが、なんか薄々わかってしまった。
もはや、その先は聞きたくも無いんだけど……でも、咄嗟に彼の話を止めようとした自分を、私は必死になって抑える。
だって自分から話せと言っておきながら、ここで止めたら、また彼に怪しまれること限りないじゃない。
思い出したからといって、私は異世界人です、なんて正直に言えるはずもないんだから。また根掘り葉掘りツッコミ入れられたら逃れようがない。なにせ相手は、スッポン顔負けの食らいついたら離さない粘着質。
だからこそ、必死で平常心を装って、発される次の言葉を待っているしか、ここで私に出来ることは他に無かった。
――セルディオさんの、あの言葉って……どう歯に衣着せてみたところで、言ってることは一つしか無いじゃない……!
「なんていうか……どうにも、下世話な言い方にしかならないんだが……」
あなたからお上品なお言葉が出てきたタメシもないんだから、そこは覚悟してるわよ。――とは、言わないでおくけれども。
「平たく言うと、男の股間に訴えかける何か、なんだよな。おまえのそれ」
「――って、下世話すぎるわ言い方っっ!!」
思わず鈍器で後頭部を殴られたような衝撃を覚える。用意していたハズの僅かばかりの“覚悟”らしきものは、即座にどっかへブッ飛んだ。
――だから、なんでコイツは、そう歯に衣着せた物言いが出来ないのっっ!! 上品に、とまでは言わないけど、あの幾重にもオブラートで包みまくられたセルディオさんのお言葉を少しくらいは見習ってくれよ頼むからマジでっっ!!
眩暈でも覚えそうなほどクラクラしている私を、何か不思議な生き物でも見るように見下ろして、ゼクスは「だから予め言っておいただろ」と、どこまでも涼しい顔で、しゃーしゃーとそんな返しをしてくれやがる。
「気に食わないんなら、言い方を変えてやるが……」
「いや、いい。言わんとしていることは、もうわかった。これ以上、もう聞きたくないっ」
「そうかよ」
あれ? コイツにしては、いやにアッサリ引いたじゃない? と思いきや。
「ま、これでわかっただろ? ――俺が、今のおまえは魔力の強い人間と会わない方がいい、って言ったワケ」
それでもなお、しゃーしゃーと告げられる彼の言葉は、まだ次の言葉を続けている。
「自分の手の内を見抜かれる恐れがある、うえに、なにも進んで相手の性犯罪を誘発することも無ェよな。そんなもん、したところで何の得にもなんねえし。オマエも、そこまで馬鹿じゃねえだろ?」
「だから言い方っっ!! お願いだから、言葉でくらい私のこと労わってくださるっっ!!?」
「いちいちウルセエぞ、そこの歩く性犯罪発生源」
「誰が発生源かー!! てか、そうなる前に護ってくれるのがアンタの仕事でしょっっ!!」
「つか、面倒くせえな……どうでもいいけど、俺の仕事、増やすなよ?」
「そういう文句は、護衛らしい仕事の一つでもしてから言えーっっ!!」
*
つまり異世界人である私は、この世界に居る限り、無意識にフェロモン振り撒いてるよーな存在になってるワケね。しかも、ヘタに魔術をカジっちゃったもんだから、それが倍増しちゃってる、と。
――うん、そこは解った。了解した。
なにせ、私に加護をくれてるのは愛の女神だ。しかも、世界存続の条件に“愛”を要求するくらいなのだから。
その“祝福”とやらが、産めよ増えよ地に満ちよ…となる前ステップに大きく影響を与えるよーなもの、であることは、想像にも難くない。
しかし私は、そこまで深刻には考えてはいなかった。
この女神由来のフェロモンが、そこまで相手を惑わせる魅了の力だなんて、まったくもって思ってもみなかったんだ。
後から知ったことだけど、神話の中に語られてるこの世界の女神は、気まぐれに人間世界に降り立っては無作為に選んだ男に“祝福”を与えていた――平たく云えば、好みの男を見つけちゃーつまみ食いしてた――というのだから。大概、性に奔放すぎる。
それを、先に教えておいて欲しかったよ。本当に心からそう思う。
いや、もう、人生イロイロありますが……この世界に来てからも、相当イロイロな体験させていただきましたが。
これに勝るサプライズでハプニングな出来事も、そうそう無いんじゃないかと思うんですよね。
「――結婚してくださいっっ!」
出会って、お互い目が合って、そんで十秒でプロポーズとか……なんだそれ? ――という、この金髪野郎ほどワケのわからない人間も、そうそう居ないと思うのよ。うん、ホントつくづくそう思うわー。