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【7】




 平たく言うと、私は“酔った”んだそうな。

 乗り物酔い、ならぬ、魔術酔い?

 魔術に耐性の無い、魔力を持たない人間によくあることなのだが、魔力を持つ魔術師であっても、魔術との相性によっては間々あることなんだって。



 ――ということを教えてもらったのは、それから丸々二日後のことだった。



 ひどく悪酔いしてしまった私は、ゲロって気を失って、丸々二日間、寝倒してしまったらしい。――こっちに来てから私、倒れてばっかでホント嫌になるなあ……。

 気が付けば、またどこかの部屋のベッドに寝かされていた。

 昏倒した私を、ゼクスが病院に運んでくれたようだ。

 運び込まれたここは、小じんまりした町の開業医、ってカンジの医院で、どこまでも普通の民家のような風情。

 どうやら、ここの先生がゼクスの知り合いだったらしい。――さすが傭兵、ひとところに落ち着くことのない職業柄か、全国津々浦々に知り合いも多いようで。それはそれで羨ましいな。

 目を覚ました私に、ゼクスが先生を『モグリの魔術医』と紹介し、すかさず『善良な町医者に向かって失礼な!』とはたかれていた。――とはいえ、そう否定もしなかったところからして、彼の言葉も“当たらずも遠からず”ってなトコなんだろう。

 魔術医、というのは、普通のお医者さんと違って、魔力や魔術に関わって罹患した患者を扱う医師のこと、だと教えてもらった。

 その言葉のイメージから、てっきり魔術を使って治療するのかと思ったー、と言ったら、『それは魔術師の領分だ』と、ゼクスにあからさまに呆れられる。魔術師に治療を受けたことにより、私のように酷い魔術酔いを起こしたり、更に症状が重篤化してしまったり、また別の症状を発症してしまったり、…というのもよくあることらしいので、アタリマエのように魔術なんてものが転がっているようなこの世界であっても、さすがに魔術による治療というものまでは、そうそう一般的な手段とはなり得ないようだ。

 だからこそ、というべきか、魔力を持たない一般人にとっては、うっかり魔術に関わってしまった万が一の時に際し、魔術医というのはとても心強い存在となる。

 ただ、その分、魔術医としての資格を得るためには非常に多くの知識を求められるため、有資格者など、そうそう多くはないのが現状。また、魔術医としての資格を得た者は必ず国立魔術院の所属となるので、よっぽど特別な許可でも得ていない限りは、個人的に開業することなども絶対に許されない。

 ゼクスが『モグリ』などと言ったのは、そういう意味でのことだったようだ。

 彼曰く、ここの医院の先生は『ヘタな魔術医よりもよっぽど役に立つ』ということなので、正式に資格を取った魔術医ではないんだろうけれど、それに準ずる知識を持つ人ということには違いないようだ。つか、魔力やら魔術やらが普通に身の回りに存在しているこの世界では、知識だけしかない正式な魔術医なんかより、こういう地域密着型ベテラン町医者の方が、むしろ民には頼りにされているのだそうな。

 思わず、日本の離島や僻地を思い浮かべてしまった。――そういうところで非常時に頼るべきは、遠くの大学病院より近くの小さな診療所、ってなもんだもんね。



 しかし、さすがに私が二日間も寝込んでしまうほどだとは思いもよらなかったのだろう。申し訳ないと僅かなりとも思ってくれたものか、いつになく神妙な面持ちのゼクスの気遣いといったら、それまでの彼を知る私からしてみたら、もうハンパなく“アタマ大丈夫?”と訊きたくて仕方ないくらいだった。

 ホント、なんか不気味なほど優しい。とことん優しい。

 これまでだったら絶対に馬鹿にされては鼻で笑われているだろうことを訊いても、ちゃんとマトモに答えてくれるし。――どこまでも面倒くさそうに、ではあったけれど。

 彼の口と態度の悪さに早々と順応しかけていた私にとっては、ホント気味の悪いことったらなかった。

 とはいえど、これもいいチャンスだと思って、こうなったら遠慮なく、わからないことはサッサと彼に訊いてしまう、って方向へと、早々にシフトチェンジする。

 だって、またいつ元に戻ってしまうかわからないしね。それに、先生から『一日か二日は様子見で安静にしていなさい』と言われヒマな入院患者となっていた私には、ヒマツブシの手段らしきものが他に無かったし。…うん、だから、今のうち今のうちっ♪



 というわけで、教えてもらったこと一つ目。

 こんな事態に至った原因の一つ――転移術について。



 まあ、その名の通り、場所から場所へ瞬間移動のできる魔術、ということなんだけど。

 どこにでも行きたい場所に移動できる、というものではなくて、件の食堂で私が見た魔法陣、あれが“門”と呼ばれているものであり、それのある場所にしか移動は出来ないのだそうだ。

 でも逆に言えば、門さえあればどこにだって行ける、ということでもある。

 移動に時間がかからないのは非常に便利ではないか。

 ということで、これは広く一般的に使われているメジャーな魔術となっている。今や、主だった街になら、必ず一つは転移門が置かれている、というほどだ。

 だが、そもそも転移術というのは、非常に扱いの難しい上級魔術であり、当然ながら消費する魔力の量もハンパない。軽々しく魔術師一個人で扱えるものでは決してないため、国により、ほぼ禁止魔術の扱いとして制定されている。

 主だった街に置かれている門は、国の管理下で利用者から規定の料金を徴収して運営されているものであり、今や転移術は、そこでしか扱うことを許されていない。

 そこには常に専任の魔術師が常駐し、五人体制で転移術を行っている。――門を設置した当初は一人ないし二人での体制だったそうだが、制御トラブルによる事故が多発したことにより、以降、念を入れて五人体制へと切り替えた。そうなってからは、滅多に事故もなくなり、今や安全な移動手段として好評を博しているらしい。



 ――ちょっと待て……?



 聞いた途端、思わず私は呻いたね。ええ、顔まで引き攣ったよね。

 普通は魔術師五人体制? ――ってゆう高等魔術を、アンタらそれ三人でやったよね……?

 しかも、国の管理している門以外の場所では禁止されている、なんていう転移術を、許可も取らずにアンタら三人で勝手にやっちゃった、っていうことだよね……?



 よくよくツッコんで話を聞いてみれば、あの食堂の店主さんと女将さんは、ゼクスとは昔の傭兵仲間だったのだそうな。

 彼らが結婚して店を構えて傭兵稼業を引退することになるまでは、三人でチームを組んで仕事に当たることもよくあり、揃って腕利きと名を馳せていたらしい。

 ――ていう凄腕トリオが集まったのなら、そりゃあ転移魔術くらい使えてもおかしくはないような気もするけれど。

 しかも、あきれたことに彼ら凄腕傭兵魔術師トリオは、移動にかかる時間を短縮すべく、仕事で赴く先々で目立たない場所にコッソリと許可もなく勝手にあちこち門を作っておいた、とかいうんだから。

 どうりで……日の出前に発つ必要があったり、街から離れたところに転移しなければならなかったり、どうしてそこまで人目を避けての隠密行動なのかと思ったら……明らかに違法行為だもんね、そりゃ人目についちゃヤバイわけだよね。

 ゼクス曰く、『転移門まで行くのが面倒だから』ってことだったが……わざわざ街外れに門がある方が移動に面倒じゃないのか? とツッコミ入れたら、あからさまに嫌なカオで舌打ちされた。

 つまり本音は、『なんで金払ってまで他人に頼まなきゃなんねーんだよ』っていう、こっちだと思う。絶対に。



 ともかく、普通五人で発動させる転移術を三人でやったから、それで私に昏倒するほどの影響が出たのかと思えば、どうもそういうことではないようで。

 魔力不足が原因と思われる制御トラブルの場合、目的地までの道筋が狂う、というケースになることが多く、人体への影響はまた別問題なのだそうだ。

 目的地――ここガッジの街に正しく到着していることから、制御トラブルだとは考え辛い。

 つまり彼らの転移術には何ら問題はなく……であれば、問題があったのは私の方、てことになる。

 カカカと大きく笑い飛ばしてくれた先生の『アンタよっぽど転移術と相性が悪いんだなあ』という言葉こそが、それを最も的確に表しているに違いないだろう。

 もう金輪際、転移術のお世話になんて絶対になるもんか! と、私は固く心に誓った。



 さらにゼクスに教えてもらったこと、二つ目。――魔術について。



 話を聞いているうちに、どうやら彼は、傭兵としてだけではなく、魔術師としての力量もナニゲに凄腕なのではなかろうか、と。

 それがわかってきたからこそ、私は彼に尋ねていた。



「――どうすれば私も魔術を使えるようになりますか?」



 自分で魔術を使えるようになったら――せめて治癒魔術だけでも自分で使うことが出来れば、少なくとも命に関わる危機は減ってくれるんではなかろうか、と。それを期待してのことだった。

 聞いたゼクスは、やはりあからさまに面倒そうな表情をのぞかせたものの。

 しかし、「『後から説明してやる』って言ったしな…」などと諦めたように呟くや、席を立ち、部屋の隅から、置いてあった自分の荷物を手に戻ってきた。

 改めて元いた椅子に座り直すと、おもむろに荷の中から小さな袋を取り出し、ベッドの上に座る私の膝の掛布の上に、その中身を無造作にバラ撒いてみせる。

「…なんですか、これ?」

 赤、青、緑、橙、紫、白、黒。――宝石みたいに綺麗で傷一つ見当たらない、七色のビー玉サイズの丸い玉がたくさん。

「宝珠。――ようするに、魔力のカタマリ、のようなもの」

「魔力の……?」

 彼の言葉に、伸ばしかけていた指を反射的に引っ込めてしまった。魔力、とか聞いちゃったら、触れるのが躊躇われてしまったのだ。

「この宝珠があれば、誰でも魔術が使えるようになる」

「なんですと……?」

 そして彼は、おもむろに背に負っていた自分の剣を外すと、(つか)のあたりを私に示す。

 受け取ってよく見ると、鍔の飾りだと思われた部分に、いま膝の上にあるものと同じ宝珠が、緑、紫、赤、と、三つ並んで嵌まっているのがわかった。

「この剣は、魔剣士向けに作られた、魔術専用の剣だ。傭兵なんてやってる輩は、大抵これと同じような武器を持っている」

「魔剣士、って……?」

「簡単に言えば、魔術を組み合わせた剣技を習得した剣士、ってとこか。――たとえば、こんな……」

 言いながら私の手から剣を取り上げたゼクスが、ゆっくりと鞘を払うと、刃の部分を私から遠ざけるようにして掲げつつ、空いた片手をスゥっと剣身を撫でるように滑らせた。

 と同時、ゆらりと紅い炎が立ち上る。

 思わず息を飲んでしまった。

 そりゃ驚くわよ。火の気なんて何も無い場所で、突然、剣身がめらめらと燃え出したのだから。

「これ、魔術でやってるの……?」

「まあな」

 ゼクスが剣を鞘に戻すと、途端に炎は跡形もなく消え失せた。

 思わず彼の手から剣を奪って確かめるが、少しズラした鞘からのぞいた剥き身の剣身は、燃えたような痕跡などコレッポッチすら無く、煤一つも見受けられず、ただ白い光を放ちながらそこに在るだけだった。

「このくらいのことは、魔剣と炎の宝珠の力があれば、誰にだって出来る」

 ここを見ろと指差された部分には、鍔の部分に嵌められた赤い宝珠。――その内側に、ちろちろと瞬くような弱い輝きが見え、しかし、すぐに消えた。

「魔力を持っていなければ魔術師にはなれないが、魔剣士ならば誰でもなれる。実際、傭兵やってる魔剣士にだって、王宮の衛兵や神殿の神兵であってさえ、生身で魔術を使える人間なんて滅多に居ない。大抵、魔力を持っていない人間ばかりで、皆こうやって宝珠と魔剣を組み合わせて使ってるんだ。その二つとも、金さえ出せば、誰でも手に入れられるものだしな」

 こちらの手から剣を取り戻し、元のように背に負うとゼクスは、そこで改めて私の膝の上の宝珠に視線を落とした。



「魔術を行使するには、まず属性のことから知らなければならない」



 魔力には、“属性”というものがある。

 炎、水、風、地、雷、光、闇、――という七属性。

 これらは、世界を構成する七元素、とも云われるもの。

 この世に存在する万物は、すべてその七属性のもとに分類される。



 魔力しかり、魔術しかり、――人間しかり。



 魔力の有無に関わらず、人間も皆、この七属性に分類することが出来る。

 自身の属性に応じて、揮い易い魔術もわかってくる。

 やはり、その七属性にも、相性の良し悪しというものがあるのだそうだ。

「相性が悪くても、条件さえ整えば魔術は発動できる。――たとえば、攻撃魔術に適した属性は、炎、風、雷」

 ゼクスが言いながら、私の膝の上の、赤、緑、紫、の宝珠を順番に指差す。――剣に嵌まってた三つと同じ色だ。つまり彼のは攻撃特化型の魔剣なのか。

「防御魔術に適した属性なら、水と地」

 続いて彼の指が、青と橙の宝珠を指差した。

「炎と風、水と地、これらはそれぞれ相性が良い組み合わせだ。だが一方、炎と水、風と地、これらは相性が悪い。だから、たとえば炎属性を持つ人間が、宝珠の力を借りて水属性の魔術を使うことは可能だが、その威力を最大限にまで発揮することは不可能だ。水属性の魔術を揮うに最も適しているのは、水属性もしくは地属性を持つ人間。同様に、炎の属性を持つ人間が最大限の威力を揮うことが出来るのは、同じ炎属性の魔術か風属性の魔術、てことになる」

「あー……それ、なんかわかるような気がするー……」

 星占いみたいだ、と思った。――確か十二星座にも四つのエレメントがあって、それによって相性がいいとか悪いとかがあったっけ。

「ただ、それはあくまで、炎、風、水、地、これら四つの自然属性だけに言えることだけどな」



 相性にさえ目を瞑れば誰でも使える魔術――ではないのが、雷、光、闇、の属性。



「同じ自然属性でも、雷属性の場合のみ、扱いが少々厄介だ」

 雷属性には、とりたてて相性の良い属性が無く、相性の悪い属性というものも無く、自身の有する属性によって魔術の威力が左右されるということはない、という利便さはあるのだが。

 とにかく他の四つのとは扱い方が全く異なるため、揮うためにはゼクス曰く『勘とセンス』がものを言うのだそうだ。たとえ雷属性を持つ人間であったとしても、その扱いの難しさは変わらないというほどなのだから、どれほど厄介かは推して知るべし、というところか。

 よって必然的に、雷属性の魔術は誰もが使えるものではない、というのが定説となってしまったらしい。

 ――てか、その雷の宝珠の嵌まった剣とか持ってるゼクスって、つまり……。

 恐る恐るながら、そんな雷属性の魔術をゼクスは使えちゃうんだー? なんてことを冗談めかして軽く訊いてみたら、「俺に付けられた名前、知ってんだろ?」と、途端に呆れた表情を向けられた。

 あの同行してくれた武官さんが教えてくれた彼の二つ名は、確か――ああ思い出した、『紫電のゼクス』だ。そういえば武官さんも、その名前で彼を呼んでたっけ。

「俺、昔から雷系の魔術は得意なんだよな。特に、電撃食らわせる攻撃魔術は、捕獲なんかの仕事の時に使い勝手がよくてさ。威力を抑えれば、鬱陶しいヤツを気絶させたりも出来るし。面倒くさくてそればっかり使いまくってたから、それでそんな名前が付けられちまったんだろーな」

 本人がケロッとおっしゃる通り、なんだろうね……じゃなきゃ、そんな二つ名つくもんか、この歩くスタンガンめ! その存在自体が物騒きわまりないわ!

 それはさておき…と、しれっとした表情で、再び彼の指が私の膝の上の宝珠を指し示す。――今度は、白、そして黒を。



「光と闇、これは特殊属性」



 女神の力に最も通じている光属性と、その対極をなす闇属性、だと、彼は言った。

「宝珠が、この二つだけ、他と比べて一回り小さいだろ?」

 言われて、よくよく見てみると、確かにその通りだった。幾つかある白と黒の宝珠は、皆どれも他の色のものと比べて、やや小さい。

「その大きさでも、発揮できる威力は充分に見込める、というのが理由の一つ」

 もう一つの理由は、その二つの属性を持つ者による理由。

 そもそも、この二つの属性を持っている人間は、他と比べて極端に希少なのだという。

 宝珠というのは、傷一つない無色透明な水晶玉に、それぞれの属性を持つ者が各々の魔力を籠めることで作り上げられるもの。――炎属性の者が魔力を籠めれば赤い炎の宝珠になり、水属性の者が魔力を籠めれば青い水の宝珠となる、という具合に。

 しかし光と闇の宝珠に関しては、その作り手が少なすぎることに加え、一般的に“多い”とみなされる程度の魔力量を持つ者も他属性と比べて圧倒的に少ない、ということもあり、他属性の規格となっているビー玉サイズにまで魔力を籠めることが非常に困難であるらしいのだ。

 ゆえに、光と闇の宝珠に限っては、この一回り小さいサイズが規格のようになってしまったワケだった。

 また更に、そうやって作られた宝珠の力を借りてさえ、この二つの属性については、人の扱える魔術などほんの僅かなものに過ぎないのだと、ゼクスは言う。

「女神の力は、人間にとっちゃ奇跡のよーなモンだ。光魔術と闇魔術に限っては、そういう奇跡の片鱗らしきものを、宝珠を通して顕現させてもらっているだけに過ぎない」

 基本、光属性の魔力は、あらゆるものを増幅・促進させる効果を持ち、闇属性の魔力は、あらゆるものを減退・抑制させる効果を持つ。それに由縁する魔術こそ、彼の言うところである『奇跡の片鱗らしきもの』だ。

 例えば、光属性なら回復術であったり、闇属性であれば解呪術であったり。――いずれにしろ、補助的に他属性の魔術と組み合わせて使うことしか、人間である以上、出来ぬもの。

 純粋にそれのみで揮うには、人間には到底、手に余ってしまう力だから。

「宝珠の力を借りて人が揮える魔術なんざ、この二つの属性に関しては、これしきのもんだ。これしきのもんでさえ、扱えない人間の方が多いくらいなんだ。――だから、どんだけ人間離れしてんだよ、って話になるんだよな、あの神官長がさ」



 ここで、ようやく私にもわかるよう、話が繋がってくれた。

 食堂でセルディオさんの名前を出した時、三人が驚き、そしてゼクスが『奴は特別なんだ』とまで言った、その理由が。



 ゼクスが言うには、あの店主さんと女将さんも、もともと魔術師としても相当の使い手であるのだとか。

 今や、店を構えて厄介事とは無縁の生活を営んでいる二人には、わざわざゼクスも自分の仕事を持ち込むようなことはしないものの。

 とはいえ、仕事を請けるに際し、どこか裏のありそうな少々怪しい依頼があった場合のみ、その真偽を見極めるために、あの二人の力を借りることもあるのだそうだ。

 今回の私の件についても、その例に洩れず。

 まず神殿からの打診があったことに訝しく思い、それで念のため、顔合わせには二人の居るあの店を指定した。

 そのうえ、私が、嘘を吐いてはいなくても隠し事をしていると判ってからは、彼らにも私の話を聞いているようにとお願いしていたらしい。

 というのも、店主さんの得意技は、読心術――対象の心を読む魔術だから。言った言葉が嘘か否か、って程度なら簡単に読めるということだし、魔術で防御などされていない限り、現在進行形で思考の内容を詳細に読み取ることまでもが可能なのだとか。

 それに加えて、女将さんの得意技は、魔術分析――つまり、対象に掛けられている魔術があれば、それがどういう用途であるものなのか、何属性でどのように編まれたものなのか、等の情報を正確に読み取ることが出来るらしい。

 あの場で店主さんが、ゼクスと話をしている私の思考を読もうとしたが、それを妨害する魔術が仕掛けられていることに気付き、女将さんがそれを分析した結果、仕掛けられているのが闇属性の防御魔術であることが判明した。

 扱える者など極端に少ない闇魔術を、こうも自在に防御術に応用し揮うことが出来る者など、そうそう居るはずもない。

 神殿が関わっているのであれば、これほどの魔術だ、さすがに神官長に匹敵する力量を持つ者でもないと編めやしないだろう、ということまでなら簡単に想像がつく。

 この国の神官長が希少な闇属性を持つことならば、魔術に携わる者であれば誰しもが知っていることだ。更には、神官長の地位にまで在る魔術師の力量が生半可なものであるはずもない、ということも、当然ながら周知の事実。

 闇属性を持つ神官長――どれほどの者なのかと恐れおののくには、それだけの情報で充分に事足りるではないか。

 あの人間離れした神官長が直々に関わっているかもしれないことに、むやみやたらと首を突っ込んだら痛い目みるよ、と……あの時、そう女将さんはゼクスに忠告していたんだろう。

 にもかかわらず、そこで何も知らない私がペロッとセルディオさんの名前を出してしまったものだから、それがアッサリ確定してしまったワケで―――。



「あんな物騒な神官長が関わってるとわかってりゃ、こんな仕事なんて請けなかったんだが……とはいえ、もう請けちまったから仕方ない、ちゃんと責任もってオマエの面倒は見てやるから、そこは安心しろ」

「はあ、どうもありがとうございます……」

 ――て、なんで私がお礼とか言ってるんだろ……なんかスジ違くない?

 とは思ったものの、前みたいにコッチの秘密をほじくり返そうとする気は、どうやら失せてくれたみたいで、そこのところだけは安心した。――やれやれ、私も指とか切るハメになんなくて済みそうだよ。やっぱ血を見るのはイヤだもんね。よかった、よかった。



「話は逸れたが……よーするに肝心なのは、オマエ自身の持ってる属性が何なのか、ってことだ」



 手ェ出せよ、と、ふいに両手を取られ、ゼクスの手で、それぞれ掌を上に向けられ、くっつけられる。まさに水とか砂とかを両手で掬い上げる時のような形にして。

「それは、宝珠が教えてくれる」

 そうしてから彼の指が、膝の上に撒かれた宝珠の中から幾つかピックアップすると、私の掌の上に載せた。

 手の中には、七色それぞれ一つずつ、七つの宝珠。

「これを……どうするの?」

 合わせた手の中に視線を向けたまま、それを尋ねる。

 なのに皆まで言い切らないうちに、異変を感じ、思わず息を飲んでいた。

「なにこれ、光ってる……?」

「は……?」

 手の中に包んだ七色の宝珠すべてが、それぞれ内側に淡い光を宿して、そこに在った。

 どういうことかと傍らのゼクスを見やれば、彼は彼で、驚いたように目を見開いて、食い入るように私の手の中を覗き込んでいるだけ。

 ――ひょっとして……これって、イレギュラーなことなのかな……?

 でもなければ、あまり感情を表さないゼクスが、こんなにもビックリ丸出しの表情をするって、そうそう無さそうだもん。

 ちょっと困ってしまって、再び自分の手の中に視線を戻す。

 なんか変にツッコミ入れられても困るし、今のうちに元に戻してしまえば…と、そのまま両手を離して元の通り膝の上の他の宝珠の中に紛れさせてしまおうとしたが。

 ふいに、カッとばかりに眩い強烈な光が発されて、思わず「きゃっ!」と悲鳴を上げて目を閉じていた。

 恐る恐る目を開けると、案の定、光は私の手の中から発されている。目を眇めないと開いていられないくらいに眩しくて仕方ない。無意識に私は、腕を真っ直ぐ伸ばして、顔も背けて、その発光源から自分の目を遠ざけようとしていた。

 眩しいながらも、それでも徐々に光は収まりつつあることだけはわかる。

 眇めなくても目を開けていられるくらいにまで眩しさが落ち着くのを待ってから、ようやく私は自分の胸元に掌を引き寄せて、その中を覗き込んだ。

「あれ……?」

 さっきまでは七色一つずつ七個の宝珠があったのに……なぜか手の中には、一つしか残ってない。

 ドサクサで落っことしてしまったのだろうか? と思いきや、そうでもなさそう。

 だって、そこに残っていた一つは、明らかに大きかったんだもの。

 指で摘まんで、膝の上の規格サイズと比べてみれば、明らかに一回り…いやいや、二回りくらいは、確実に大きい。

 色は、光属性の宝珠と同じ白色。――にしては、微妙に違うようにも感じられるけど……こっちの方が、他のに比べて若干、色味が深いような気がしないでもないかな。

 摘まんだそれを目に近付けてよくよく見れば、その内側に、何かちろちろと燃える炎ような虹色の輝きを内包していることがうかがえた。――今さっき見たばかりの、手の中で光り出した七つの宝珠と同じような……でも、それよりもずっと強い輝き。

 ――なんて綺麗なの……まるで大粒のオパールみたい。

「なんか、こうやって光ってると、レーザービームとか出てきそうでもあるわよねー……」

 半ばウットリしながら、そんな呟きが洩れた。

 途端、その宝珠の光がキラッと小さく強く煌めいた…と思ったら、同時に、ジュッ! という不穏な音が、小さく耳に響く。

 そして漂ってくる、なにかが焦げたような臭い。

「え……?」

 いや、まさか……と思いながらも視線を遣ると、窓のガラスに小さく丸い穴が開いているのが、目に映った。

 そこから細く煙なんかも上がっていて、明らかに“高温で融かされてしまいました”的なカンジの……、

「嘘…でしょう……?」

 呆然と呟いたまま、その後に続く言葉が出ない。

 ――マジで出ちゃったよ、レーザービーム……!!

 こんなにも綺麗で小っちゃい玉なのに……なにコレ怖い、怖すぎるっっ……!!

 目の高さあたりに摘まんで掲げていたそれが、指から伝わってくる震えでぷるぷる小さく揺れている。

 それを見つめているうちに、ふいに私は思い出した。

 ――そういえば……私、これと似たようなビー玉、見たことないっけ……?

 ほとんど忘れかけてたけれど、どうにか記憶を辿って思い返してみれば、よく似てる気がしないでもない。――セルディオさんに飲まされた、あの『女神の息吹』とやらに。



 ――ひょっとして……無意識に『女神の息吹』の力を使って、『女神の息吹』に似た何かを、私、作っちゃった……?



 そう考えれば納得も出来る…かもしれない。

 さっきゼクスが教えてくれたじゃないか。――光属性が『女神の力に最も通じている』のだと。

 女神の加護とやらを身に取り込んでいる私が、その最たる媒介である光の宝珠を通じ、他属性の宝珠を原料に、自分の思うようにそれを揮えるための道具を作ってしまったとしても、きっと不思議なことではないかもしれない。

 それで、私の思った通りレーザービームまで出せちゃった、ってことになるんじゃなかろうか。

 ――だとしたら、とことんスゴイな『女神の息吹』!

 しかし、どうしよう……こんな規格外の力なんて、説明の仕様がないじゃない。

 本気で困ってゼクスの方を見やれば、彼は彼で、驚いた表情を隠そうともしないまま、まじまじと私を見つめていた。――いや、これはむしろ“呆気にとられている”って云った方が相応しいかもしれない?

 しばし二人で、無言のままに見つめ合い……ようやく彼が、やっとの体で、言葉を紡ぐ。まだどことなく呆然としているような声音で。



「――リーエ……オマエ一体、何者だ……?」



「それは、私の方こそ知りたいんですけど……」



 そう言う以外に、私だって答えの返しようがないじゃないか。

 説明不足だよセルディオさんっ!! こういう時の“奥の手”こそ、教えておいてくれよ頼むからーーーーーっっ!!!!!




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