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【2】




 ――この人……いま、何つった……?

 その言葉を聞いたなり、無意識に口があんぐりと開いてしまった。

 なんか、ものすごく素っ頓狂な言葉が、耳に飛び込んできたような気がする。



『リエコ様には、この世界で恋をしていただきたいのです』



 ――なんだ、そりゃ?



「ええと……言われた言葉の意味が、よく理解できないのですが……」

「おや、リエコ様は、恋とはどのようなものなのかを、まだご存知ではございませんか?」

「それくらい知ってはおりますけれども……」

 そりゃ当然、これまで私も平凡な女の子としての人生を生きておりましたから、普通に健全に初恋くらいは済ませておりますけれども。

 しかしながら、“恋をすること”と“この世界を救うこと”との関連性が、全くもってワケわからない限りではないか。

「ひょっとして……セルディオさんの“お相手”となるべくして喚ばれちゃったんですか、私?」

「残念ながら違います」

 ニッコリと向けられた、どこまでも人が好さそうな笑顔での全否定に、無言の『冗談言ってんじゃねーよこのブス』とでも言いたげな圧力がひしひし感じられてしまうのは……所詮ブスの僻みなのだろうか。

「わたくしがリエコ様にとっての“運命の相手”であれば、とても話は早かったのですがね……」

「なら、私に誰と恋をしろ、と云うんですか?」

「それを、リエコ様ご自身で、見つけていただきたいのです」

「なんですと……?」

「リエコ様の恋したお相手こそが、この世界の王となるべき御方」

「はい……?」

「王を定める選定者となっていただくべく、わたくしはリエコ様を、この世界へとお喚び申し上げたのです」

「ちょっと待って……!」

「リエコ様が、この世界で恋をしてくださること、それこそが、王の不在に喘ぐこの世界を救うことが叶う、たった一つの手立てなのでございます」



 ――だからっ……ちょっと待てと言うとろーがっっ……!!







 セルディオさんから語られた話を、自分なりに大まかに整理してみる。



 もともと、このラーズワーズは、愛の女神により創造された世界である。

 この世界には、一つの国家――ラーズワーズ王国だけが存在しており、その頂点に立つ王によって、世界は統治されている。

 女神の加護を受けるべき王とこの世界とには、密接な関係性があり。

 王である者が王として在位していること、それこそが世界の安定に繋がるのだとか。

 世界の安定――例えば、常に天候が良好で作物が豊作だったり。例えば、国土がより豊かになって、自然からの賜わり物が増えたり。例えば、民の心が常に幸せな方向で安定していたり。…つまり、ブータンで云うところの国民総幸福量(GNH)、それが常に多い、っていうことになるかな。

 だから逆に、王が不在である場合は、世界が不安定になる。

 天候不良が続き不作となったり、自然が荒廃してしまったり、民の気持ちが常にささくれだって、結果的に犯罪が増えたりもして……そういう住み難い世界へと、徐々に徐々に変貌していってしまうのだそうだ。

 だから、この世界には絶対的に、王の存在と、その在位が必要。

 しかしながら、ただ王が在位しているだけでは、まだ不充分。

 ――それが、女神の加護を受けるべき資格……つまり“愛”だ。

 王が愛に満たされていなければ、当然ながら、愛の女神の加護も薄くなる。したがって、密接に関係しているこの世界への加護までもが薄くなる。

 ゆえに、王は伴侶である者と愛を交わし続けなければならない。

 王が伴侶を愛せなくなってしまった時、その時こそ、王が王であるべき資格を失う時。



 そして、その王の生涯の伴侶となるべき者こそ、王を定めた選定者である、と―――。



 選定者が王を見定める基準は、言ってみればごく簡単なこと。

 その相手に恋愛感情を抱けるか否か。かつ、その相手に恋情をもって想いを返してもらえるか否か。――つまり平たく言えば、恋人同士の関係になれるか否か、ってことだ。

 見定めた者を王とすべき方法も、これまた至極簡単である。

 愛の契りを結ぶこと。――これも平たく云えば、肉体関係を持てばいい、ただそれだけ。



「…なんっだ、そのロマンティックな設定は!」



 アホじゃなかろか! と、思わず吐き棄ててしまいたくなった。――とはいえ、そんなアホじゃなかろかという世界で実際に生活なされてらっしゃるお人の前で、決して言えはしませんが。

 しかし、歪みきった私の表情で、言わんとしたことを覚ったのかもしれない、「女神の御加護は、それほどに偉大なものなのです」と、そうセルディオさんが静かに口を開いた。

「異なる世界の御方にとっては、この世界の理がロマンティックにも映るのでしょうが……しかしながら、そうそう生やさしいものではございませんよ。女神の御加護があればこそ、わたくしどもは、この世界で生きていけるのですから。それを失うということは、同時に世界の終焉をも意味します。ですから、リエコ様の目に、それがどんなに馬鹿らしい理として映っていたとしても、わたくしどもがそれを否定して生きることなど、決して出来はしないのです」

 だからお願いします、と、そこで唐突なまでに、ものっすごい真剣な瞳でこちらを見つめるセルディオさんの手によって、私の両手がガッと襲いかからんばかりの勢いで掴まれるや、強くガッチリ握られた。

 その迫力に、思わずたじろぐ。

 思わず仰け反ってしまった私の手を、まさに離すもんかとばかりに引き寄せて、更には強く握り締めてまでくれちゃったセルディオさんが、やはり真剣な声音でもって、先を続ける。

「前王が御位を退かれてから、早や一月が経っております。既に滅びへと向かいつつある、このラーズワーズと運命を共にするしかない我々には、もはや一刻の猶予もないのです。このような事態となった以上、頼みの綱は、リエコ様をおいて他におりません」

「あの……ご事情はお察ししますが、でも、そんなの急に言われても……」

「この際、決して贅沢は言いますまい! どんな者でも結構です! たとえ為政者として不向きであろうと、どんなに頭カラッポの男であろうと、とりあえず最低限の常識くらい持ってさえいてくれれば、あとはこちらで何とかいたします!」

「えーと……あの、セルディオ、さん……?」

「わたくしどもは信じておりますよ! リエコ様の好みのタイプを! そして、男運を!」

 そして、やはりどこまでも真剣な瞳と声音で、さらに告げてくれやがったのだった。



「お願いですから、どうか一刻も早く王となるべき者を探し出し、とっとと契っちゃってください!」



 ――ずいぶん手前勝手な言い草だなオイ……!



 そこで眉をひそめてしまった私の嫌そう~な表情を、一体どのように解釈したものだろうか。

 やおら「ああ、そう心配なさることもございませんよ」なんていう言葉が飛び出してきたと思ったら、目の前の美形は、無駄にキラキラっとした極上笑顔なんてものまでもを振り撒いてくれやがった。

「我々神官一同が、全力の限りを尽くして手助けをさせていただきますから! 滞りなく初夜を迎えられるよう、万端の準備も整えお膳立てさせていただきます! どうぞ大船に乗ったつもりでご安心くださいませ!」

「はい……?」

「リエコ様にとっても、初めてのご体験、ご不安は尤もなことと存じます。しかし昨今は、快感を増幅させる薬も魔術もございますので、痛みを伴うことのないようにも出来ますし。勿論、それを最大限にまで高め味わうためには、その場の雰囲気なども大切でしょうから、出来る限りの御希望は叶えられるよう配慮させていただきます。それと……」

「――ちょ…、ちょっと待ってっっ……!!」

 笑顔も麗しい極上の美形から滔々と紡がれてゆく言葉が、だんだんと残念な方向へと曲がってきたことを察知し、思わず私はそんな言葉を差し挟み、無理矢理のように、それを遮った。

 そりゃヤダよね……こんな美形の口から、恥ずかしげもなく初夜がどうこうとか痛みがなんたらとか、あからさまにシモな方向の話なんてされちゃうのは……。

 ――てゆーか、それよりも何よりもっ……!

「リエコ様、恥ずかしがるお気持ちは、とてもよく解りますが……しかし、これはとても大切なことですから、きちんと……」

「うん、わかった、わかったから……だから、ちょっと待ってくれ、っつーのっっ!!」

 無理矢理のように遮っても、しかしまだなお言葉を止めてくれやがらない、その残念な美形っぷりにイラッときて、つい語尾を荒げてしまった。

「恥ずかしいのは勿論ですけれども……つか、そういうことじゃなくて……!」

 ひとつ、深く息を吐いて、とりあえず一息入れる。

 少しだけ困ってしまい、どうしたものかと、目の前のセルディオさんを見つめた。

 さすがに、そんな私の様子を目の当たりしては、ノリノリで喋っていた言葉も引っ込めざるを得なかったと見え、セルディオさんも、向けられた視線を受け止めて、黙って次の言葉を待ってくれた。

 やや躊躇ってはしまったものの、しかし意を決して、私はそれを口に出す。

「あの……一点、確認しておきたいのですが」

「はい、なんでしょう?」

「選定者って、処女じゃなきゃいけないんですか?」

「は……?」

「だって、さっきから聞いてれば、なんか当然のように『初めて』とか『痛み』とか言ってくれちゃってるから……」

「ええ、仰る通りですよ。選定者が穢れなき乙女であることは、当然の理でございますから。逆に言えば、処女でなければ、わたくしどもの召喚に応じることは出来ません。――ですから当然、リエコ様も、そうでございましょう?」

「いや、だから……私、もう処女じゃないんですけど……」

「――はい……?」

 目の前のキラキラ笑顔が、そこでパッキリと凍り付いた。

「一体なんのご冗談を仰られていらっしゃるのか……」

「全くもって冗談なんかではありませんが」

「いや、有り得ないですから、そんなことは」

「『有り得ない』とか言われても……だって、もう現に貫通させられちゃってるワケですし……」

 言いながら、そこで思い出したようにムカッ腹が立ってきた。

 ――そうだよ……つか、そもそもコイツが、私のこと勝手に召喚して、あんな場所に放り出してくれやがるからっっ……!!

 途端に、自分の眉がくいっと吊り上がったのがわかった。

 見えずともわかる。さっきまで困ったカオしてた自分の表情が、即座に、怒りのそれへと変わったことに。

 同様に、それに気付いたのか、「リエコ様?」と、不思議そうに首を傾げる、目の前の美形のその仕草までもが、腹立たしくて腹立たしくて仕方なくなった。

「――そもそも、アンタらの所為じゃない……!」

 我ながら、どこまでもおどろおどろしい低すぎる声が洩れる。

 思わず「え…?」と返してきた、その目の前のお綺麗な顔に向かって、唐突に掴まれた腕を振り払うや、それを叫んだ。



「もとはといえば、喚んだアンタらがサッサと迎えに来ないから!! だからコッチが無駄に処女散らすハメになんてなったんでしょうがーーーーーっっ!!」







『――あっれー? こんな夜中にオンナノコ一人で、何やってんのー?』



 地面にヘタり込んでいた私に、そんなのほほんとした声を投げかけてきたのは、一人の男だった。

 ハッと驚き、ヘタり込んだままの姿勢から背後を振り返ると。

 いつの間にこんな近くまで来たのだろう、ヘタり込む私のすぐ後ろに、白い満月を背景に立っていたその男は、わりと近い距離から覗き込むようにして、こちらを見下ろしていた。

 まず真っ先に目に飛び込んできたのは、月光を浴びてきらきら光る金色の髪。

 そして、へらっとした薄ら笑いを口許に浮かべている、まあまあ整っているといえなくもないイケメン顔。

 年齢は私より上だろうけど……それでもまだ若い。とてもじゃないけどオッサンには見えない。いってても、せいぜい二十代後半かな?

『こんな満月の夜に出歩いてるなんて、物好きだなあ……』

 言いながら、見上げた私の顔に、そのイケメン顔を寄せてくる。――途端、その息からアルコールの類を摂取したらしき臭気が漂ってきた。

 ――やだ、酔っ払い……。

 ここがどこかは分からないが、酔っ払いの迷惑さ加減は、どこの世界でも同じだろう。関わり合いにならない方が身のためだ。

 咄嗟に顔を背けると、近寄られた分だけ身体を反らし、距離を保つ。そうしながら、この男から逃げ出そうとすべく、足を立てて立ち上がろうとした。

 しかし、それを覚られたのだろうか、ふいに私の腕が掴まれる。

『逃げることないじゃん』

『やだ、放して……!』

『そう邪険にすんなよー。せっかく月夜の晩に出会ったんだからさ、ゆっくり話でもしようぜ』

『話すことなんてありませんっ……!』

『まあまあ、そんなこと言わずに』

 そして、私を掴んだまま、その男も膝を折ってしゃがみ込むと、より近くから、改めてまじまじと私を見つめた。

『しっかし、アンタ何者だよ? こんな晩にまで仕事に励んでる娼婦かと思いきや、全然それっぽくも見えないし。そのうえミョーな格好までしてるよな。――ああ、ひょっとして旅芸人か?』

『そんなんじゃないっ……!』

 ただの学生だよ! と返したかったが、そこは何とか堪えて押し黙る。――言って余計な詮索とかされるのも嫌だ。

 何とか掴まれた腕を振り払えないかともがいてみるも、意外なほどに強い力で掴まれていて、それも出来ず。

 いいから放して、とばかりに、どこまでも逃げようとする私を面白そうに見つめた男は、何やら『ふうん』と鼻を鳴らしながら、またより近くまで顔を寄せてくる。

『格好は変でも……アンタ、可愛い』

『はあっ……!?』

 今まで、そんなふうに面と向かって『可愛い』なんて言われたことがないので、一瞬、逃げることも忘れて、思わずポカンと口を開けて呆けてしまった。



 自分で言うのも悲しい限りではあるのだが、我ながら自分が“可愛くない”という自覚なら、かなりある。そもそも、顔の造りやパーツからして、“可愛い女の子”からかけ離れているんだもの。

 眉は太めにキリッと上がっているし、やや切れ長の目はわりと細めで、頬から顎にかけてのラインもシャープな方。ようするに、ショートカットにすれば美少年に見間違えられる――と友人によく言われてた――レベルの男顔、なのだ。そんなだから、同性からの褒め言葉は常に『カッコイイ』で、運動部にも入っていたことなんてないのに何度となく女の子からラブレターらしきものまで貰ったことさえある。

 そのような見た目に加えて、どうも私は、喜怒哀楽があまり表情に出てくれないタイプらしい。

 黄色い声で寄ってくる女の子とは対照的に、男子からは『可愛くない』は勿論、『無愛想』やら『男女』やらとまで言われて敬遠されて、あっけなく初恋も告白するまでもなく散ってしまった。

 そんな思春期をすごしてきたもんだから、男性から『可愛い』と言ってもらえるような、見るからに女の子らしい女の子に、ものすごく憧れていた。

 もはや夢だったのだ。――こんな私を『可愛い』と言ってくれる男性がいる、なんてことは。



 ――とはいえ……それを初対面の酔っ払いに言われたところで、全くもって嬉しくもないし!



 しばし人が呆けてしまった隙に、より接近してきていた男の顔は、その酒くさくて生ぬるい息がダイレクトに掛かってくるくらいの距離にまで迫っていた。

『ああ……ホント可愛いな、すっげえタイプ』

『そ、そんなこと言われても……!』

 私はアンタなんてタイプじゃないよ! とも言えない――だって下手に何か言ってキレられて逆上されたりしたら何されるかわからなくて怖い――し、とりあえずその酒くさい息から逃れるべく、私はまた更に身体を反らして、近寄られた距離を離そうとする。

 しかしソイツは、ふいに空いた片手を私の腰に回してくるや、ぐいっと力まかせに自分の方へと身体ごと引き寄せてくれちゃったのだ。

『ちょっ…何すんのっ……!?』

『ホント、見れば見るほど、俺の好み』

『し…知らないし、そんなのっ……!』

 もはやキスでも出来そうなくらいの至近距離にまで顔同士が近付いて、何でこんなことになっているのかと、途端に怖くなってしまった。

『放して……もう、放してください……!』

 言った声も、そして身体も、小さく震えていることが自分でもわかる。

 どことも知れない場所で、得体のしれない男に迫られて、改めてこの状況が怖くて怖くて堪らなくなった。

 もはや、どうすればこの男から逃れられるのかがわからない。自分がどうすればいいのかもわからない。

 わからなさすぎて、自然に涙まで溢れてくる。

『やだなあ……泣き顔まで可愛いなんて反則』

 なのに、相変わらずのほほんとした口調でそんなことを言ってのけたヤツは、やおらチュッと音を立てて私の頬に口付けたのだ。流れた涙を掬うみたいにして。

 思わず反射的に身体が仰け反っていた。

『いやっ……! やだ、やめてっっ……!』

『だから、そう逃げないでよ。優しくしてあげるから』

『ヤダ、もう、放してっ……!』

『無理。もう放してあげられない』

 そして、暴れる私を取り押さえるかの如く、こちらを絡め取る腕に力を籠めたかと思うと。

 唐突にキスをした。――私の唇に。

 ――ぎゃああああああっっ!! 私のファーストキスぅううううううっっ!!

 咄嗟の内なる絶叫に、当然、コイツが気付いてくれようはずもなく。

 がっちり腰に回した腕はそのままに、もう片方の手がいつの間にか私の首の後ろに回されていて、頭部までがっちりホールドされている。

 もはや、逃げられもしない状態。

 そんな状態に私を拘束したままで男は、唇を離し、目の前近くから私を覗き込みながら、それを囁く。

『ああ、ホント、もう……キスまで甘いな、アンタ最高』

『も、サイテー……!』

 ――酒くさいファーストキスって、嫌すぎる……!!

 そこで自由になっていた両手のことに気付いて、男の身体をがしがし叩いてみるも、しかしビクともしてくれやしない。相変わらず私の拘束を解いてもくれない。

 目の前の男のとんだ暴挙に怒りたいやら、ファーストキスを奪われて悔しいやら、そのファーストキスがこんな有様で情けないやら……もう色々な感情が頭の中でまぜこぜにさせられて、何を言うべきなのか、何が言いたいのかもわからなくなって。

 詰まった言葉の代わりに、びっくりして止まったはずの涙が、再び溢れてくる。

『泣くなよ。――可愛いすぎて、そそられるじゃん』

 何だか不穏な言葉を聞いたぞ? と、私がその意味を考える暇さえ与えてくれず。

 ああ止まんねー、とか何とか呻くやソイツが、再び私の唇を奪う。

 しかも今度は、唇の隙間を割るようにして、いきなり舌を突っ込まれた。

 驚きに、ビクッと身体が大きく震える。

 ――初めてで、いきなりディープとかっっ……!!

 今まで味わったことの無い刺激に、びっくりしたあまりに硬直するしか出来ない。

 ――も、ワケわかんないっっ……!!

 こちらが硬直しているのをいいことに、男の舌が奥深くまで割って入ってきて、私の口の中で思うがままに暴れまくる。こちらの舌を絡め取られては嬲られて、もうどうしていいのかもわからない。抵抗もできない。

 もはや男のされるがままで、逃れることすら出来なくて、こんな屈辱ってない、って思った。

 なのに……、



 ――なのに、ものすごーーーーーっく、それは気持ちよかったのだ。



 もうホントなんなの? と泣きたくなる。

 こんな初対面の酔っ払いに、いいように弄ばれて……なのに気持ちよく感じちゃってる自分て、一体なんなの?

 コイツのキスが上手い所為? それとも、単に私がインランなだけ?

 どっちにしろ、自分が情けないことには違いない。

 でも、そんなふうに思ってる頭の中とはウラハラに、身体から自分の全部がぐずぐずに蕩けていくのがわかる。

 もはやあちこちに力が入らなくなってて、抱き寄せられていなければ、きっと自力じゃ起き上がっていることさえできない。――それくらい、身体がどろどろに蕩けきってるのがわかる。

 その蕩け具合が、次第に意識にまで波及していく。頭がぼーっとしてきて、もう考えることすら億劫になってる。この気持ちよさを、ただ気持ちいいこととして享受したい、そんな気分にまでなっちゃってる。

 気が付いたら喉の奥から『んっ』とかいう、気持ちよさを堪え切れない風な呻きまで洩れてるし。

 股の間の女のアソコが、ずくずく疼いて、じゅんっとした痛みにも似た刺激をじわじわと伝えてきてる。



 ――私……このまま、一体どうなっちゃうの……?



 だから唇が離れて、その深いキスから解放されても、咄嗟に私は動くことも出来なかった。

 ただ男に引き寄せられるまま、その意外に逞しい胸板の上に、ぐったりと全身を預けているしか出来なかった。

『ああ、チキショウ……こんなところじゃ何も出来やしねえ……』

 そんな言葉が耳の後ろから聞こえてきた――と思った瞬間、ぐっと自分のおなかのあたりが圧迫される。

『え……?』

 そんな声を上げた時には、既に私の身体は、うつ伏せの姿勢で男の肩の上に担ぎ上げられていた。

『な、なに……?』

 声は上げるも、しかし先ほどまでの気持ちよすぎるくらいのキスの余韻で、ぐったりした身体が言うことをきかない。

 そんな私を担ぎ上げたまま、おもむろに男が立ち上がると、足早に歩き出す。

『やだ、どこ行くの……?』

『ゆっくり気兼ねなく繋がれるところ』

『は……?』

 抱えられた下半身の方から聞こえてきた、そんな言葉に、驚いて身体を起こす。

『おっと、暴れんなよ可愛いコちゃん』

 すかさず、抱えられた下半身の、太腿からお尻にかけてのラインを、すっと撫で上げられた。

『ぅひゃあああんっ……!』

 思わず飛びだしたあられもない自分の声に、自分が一番ビックリする。

 なのに、そんな私のお尻をさわさわと撫でながら、『んー、いい反応』と、お尻の近くから聞こえてくる声は満足げだ。

『さぞかしイイ声で鳴いてくれんだろーなァ』

『あっ……だから、お尻、撫でないでっ……!』

『ん? じゃあ、コッチ?』

『ふえっ……!?』

 そうして指を這わせられたのは、股の間のアソコの部分。

『―――っ!!』

 思わず叫んでしまいそうになった声を、目の前の男の背中の服の布地をぐっと握って、何とか堪えた。

 お尻の割れ目をなぞるようにしながら侵入してきた指が、厚いデニムの生地ごしに、決して強くはないけど、それでも優しくはない動きでもって、辿り着いたその部分を擦ってくる。

『いいねえ……そうやって堪えてる声、色っぽい』

『も、やめてっ……!』

『つれないなァ。もっと聞かせてよ、その色っぽい声』

 でも、まあいいか、と……そんな呟きと共に、ふいにそこから指が離れる。

 思わずホッとした安堵の息を吐いてしまった私の耳に、クスッとした忍び笑いと共に聞こえてきた、その言葉。



『どうせ、すぐに聞けるよな。――ベッドの中で』



 ――ちょっと待て……!!



 そこでハッと我に返って、今まさに自分が貞操の危機を迎えようとしていることに気付いたが……もはや、時すでに遅し。

 間を置かず、そのままどこかの建物へと入っていった男は、のしのしと階段を上がり、ある部屋の前で立ち止まるとドアを開け、その部屋の奥に在ったベッドの上に、私の身体を放り投げるように下ろした。

『――さあ、楽しもうぜ。まだまだ夜は長いしな』

 仰向けに転がされた私の上に、まさに圧し掛かるかのように覆い被さってきた男が、こちらを見下ろし、にぃっと不敵な笑みを浮かべる。

『可愛い声、期待してるよ』

 なんて言って、再びもたらされた深い深い口付けに……当然、でろでろになっていた私の身体が抗えるハズなんてなかった。



 そうやって流されるままに……気が付けば私の処女は、この男に奪われていたのだ―――。







「――では、リエコ様は……こちらにいらっしゃるまでは、間違いなく処女だった、ということですよね……?」

 思い出しては憤る私の口から、昨晩の事の顛末を聞いたセルディオさんが、まさに恐る恐るといった風に、それを訊いた。

 話すだけ話しきっても、まだ腹立ちを収めるに収められない私は、どこまでもムスッとした表情と不貞腐れた口調で、おざなりに「はい、そうですね」と返す。

「それで……その、昨晩リエコ様の純潔を奪ったという男ですが……」

「もう思い出したくもありません」

「いえ、是非とも思い出してください」

「はア!? なんで!?」

 またそこでブチ込まれた、あまりにもコチラの感情を逆撫でしてくるような言葉に、思わず苛立ち、目を剥いて彼を振り返った。

 しかし、やはりセルディオさんは、私にそこまで嫌な顔を向けられても、どこまでも真剣なこと限りなく。

「その男は、ひょっとして金髪ではございませんでしたか?」

「え……?」

 瞬間、怒りも忘れて思わずキョトンと訊き返してしまった。

 だって私、昨晩の事と次第だけで、あの男の容姿のことなんてヒトコトも話してはいないのに……、

「な…なんでセルディオさんが、それ知ってるんですか……?」

「――やっぱり……」

 そこで深くタメ息を吐いたセルディオさんが、「リエコ様」と、また改まったような口調でもって、私を呼んだ。

「金髪は、女神の御加護を受けた者である(しるし)――つまり、王となるべき者である証、でもあります」

「へ……?」

 なんか今、聞きたくもない言葉を聞いたぞ? と、軽く引き攣った私を、やはりどこまでも真剣な眼差しで見つめて。

「つまりリエコ様は、もう出会っておられたということですね」

 セルディオさんが突き付ける。その事実を。



「昨晩リエコ様の純潔を奪った、その男こそが、あなた様と結ばれるべき王となる御方です。――おそらく間違いありません」



 ――ちょっと待て……!?



 思わずクラリとした眩暈を覚える。

 嫌すぎる…と、我知らず呟きが洩れていた。

 ――だって……だって、こんなのってない……! ひどすぎる……!



「つまり私は、あの酔っ払いの強姦魔と恋愛をしなければいけない、と……そーゆーワケなの……?」





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