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2・《うちのポチもついに宇宙進出か》

《彼女》――村松紗耶香は無口な少女だ。

 入学したての時は、彼女はよく笑い、よく喋る少女だった。ピアノが得意で、中学時代はコンクールで賞を取った事もあるらしい。

 才能に恵まれ、努力が報われ、悪意や敵意と全く関係のない幸せな日常を送っていた幸福な高校生だった。


 そう、《だった》のだ。

 入学直後に起きた《事故》が全てを彼女から奪い去った。

 音楽も、友人も、幸福も、平穏でさえも。


 事故の傷跡を隠すように両腕にはめられた木綿の白手袋――痛々しい《事故》の証を見つめながら、末藤は必死に笑い話を振舞っていた。

「それで山田は言ったワケだよ。『うちのポチもついに宇宙進出か』ってさ」

 中庭へ場所を移し昼食を取り終えた後、三人は馬鹿話に花を咲かせていた。咲かせていたと言っても、喋るのはほぼ末藤だけだ。

 櫻井は空気を読んでくれているのか、控えめに相槌を打つだけだし、紗耶香は彼女の《事情》のせいでほとんど口を開く事は無い。


 食事会は、和やかに進んでいた。

 櫻井の作ったと言う妙に可愛らしい装飾の施された弁当に感心し、末藤がチャーハンだけ弁当に絶望するのを見かね、紗耶香がサンドイッチを分けてくれたりと平和な時間が過ぎていく。

 末藤が冗談を言い、二人が笑う。至福の時間。


 異常に気付いたのは末藤だった。櫻井が突然無言になったのだ。


「さ、さ、櫻井君?」

 突然の事に心配になったのか、紗耶香が震える声で問いかける。つっかえるような喋り方は彼女の癖の様な物だ。

 話しかけても返事が無い。

 不審に思い、末藤が軽く肩を叩くと、櫻井はびくんと身体を震わせた。


「……あれ。逆立ちする八ツ足金無垢マントヒヒ様は?」

「何の夢を見てたんだお前は」

 どうやら居眠りをしていたらしい。

 櫻井には両親が無く、アルバイトで生計を立てつつ高校に通っている事はクラスのほぼ全員が知っていた。

 進学校で、アルバイトをしつつ成績を保つ。それがどれだけ大変な事か末藤には想像もできない。ましてや、今は期末試験直前。恐らく、疲労がたまっていたのだろう。

 

「いや、逆立ちする八ツ足金無垢マントヒヒの大群がバイト先でお客様としてやってきてさ」

「そもそも何だよ。逆立ちする八ツ足金無垢マントヒヒって」

 呆れながら櫻井の頭に軽くチョップを当てる。

 二人の様子が余程おかしかったのか、紗耶香は声を殺して笑っていた。


「バイト忙しいのか?」

「休むと、給料減っちゃうからね。もう慣れたよ」

 末藤の問いに櫻井が軽く答える。

「あー。起こして悪かったな」

「別に、そんな事謝らなくていいよ」

 言葉とは裏腹に、櫻井の声には怒りが込められていた。

 恐縮し、再び謝罪の言葉を述べようと口を開く末藤。しかし、彼が言葉を放つ直前。


「それよりも――」

 

 冷やかな口調で櫻井が続けた。

 今までに感じた事も無い冷たさに、どんな文句を言われるのかと身構える。

 しかし櫻井が放った不満は、末藤の、そして恐らくは紗耶香の予想を遥かに超えたものだった。


「妹とご飯が食べれなかった」


「へ?」「え?」末藤と紗耶香、二人の声が綺麗に重なる。


月花(げっか)と、ご飯が食べれなかった……」

 童顔の唇を尖らせ、まるで子供のような呟きに呆気に取られる二人。もしかしたらまだ寝ぼけているのかもしれない。 

「最近バイトも忙しくて家族団らんの時間もとれないし、僕の帰りが遅いから家で一人の妹が心配だし、変な虫がつかないか不安だし、眠いし、だるいし、午後の授業面倒臭いし」

 もはや誰に言っているのか分からない不満が、決壊したダムのように櫻井の口から放たれて行く。

 どうやら、眠気と疲労が相まって理性がどこかに飛んで行ってしまったらしい。


 櫻井が正気に返ったのは、数秒後。

 自分がどれだけピントの外れた事を口走ったかに気付き、俯く。


「……」

 気の抜けた沈黙の時間。

 末藤たちがどう声をかけて良いものか迷っていると、突如櫻井が顔を上げ、


「……つまり、全部末藤君が悪い」きっぱりと言い放った。

「オレ関係無くね!?」

 突然の暴論に思わず叫び声を上げる。紗耶香に至っては堪え切れなくなったのか、声を上げて笑っていた。

「こ、こ、ここんなにわ、笑ったの、ひ、久しぶりかも」

 腹を押さえ、涙を洩らしながら笑う紗耶香。初めて見る姿だった。


――やっぱ、笑顔だよなぁ。


 入学直後の交通事故で、彼女の顔からは笑顔が失われていた。

 腕の怪我で、もとのようにピアノが弾けない事。手袋をしないと隠せないほどの大きな傷跡。そして、頭を強く打った事による《後遺症》。

 櫻井の力もあったにせよ、紗耶香が笑う事が出来たのは素直に喜べた。


 だからだろうか。普段は口にも出来ないような言葉がつい、漏れた。


「あー、良かった。笑ってくれて。どっかのクソ教員のせいで最近、全然笑ってなかったからさ。やっぱ笑顔の方が似合うって」

 言って、後悔する。あまりにクサく、恥ずかしい台詞だった。

「え、あ、あ、あ、ありが、とう」

 言われた紗耶香も恥ずかしかったのだろう。顔を真っ赤にして礼が返ってきた。羞恥と後悔でパニックに陥る。何かフォローしなければと思うが、言葉が出てこない。

 慌てて櫻井に目線で助け船を求める。しかし掴みどころのない童顔のクラスメイトは、いつの間にか数歩離れた位置でニコニコしながら二人を観察していた。

 

「まぁとりあえずさっ。陰険クソ教員が何か言ったって俺とか櫻井もいるじゃん? 何かあったら相談してくれよ、な?」

 照れ隠しも含めて、一際大きな声を張り上げる。勢いで誤魔化すしかなかった。

「陰険クソ教員とは、誰の事かな?」

「ンなの一人しかいねぇだろ」

《背後からの問いかけ》に胸を張って末藤が答える。

「間黒だよ。腐れ間黒。あのクソジジイ、偉そうな態度ばっか取って何様の……つも、り」

 末藤の威勢のいい罵詈雑言が尻すぼみに小さくなって行く。

 それもそのはずだ。彼に「誰の事か」と問いかけたのは――


――間黒修光学年主任、本人だったのだから。


「クズ生徒と、ゴミ生徒、どちらの指導も必要みたいだなァ?」

 二人を見下し、生臭い息を吐きかける間黒。最悪のタイミング。


 何としてでも、紗耶香だけは守る。

 末藤に出来るのは決意を固め、間黒の粘着質な視線を正面から睨みつける事だけだった。

あと1、2話先で事件が起きます。

しかし、ポチの宇宙進出とはどういう小話なのでしょうね。

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