太陽と、クラスメイト
正直に言えば、櫻井太陽は末藤剛毅の事を好ましく思っていなかった。
彼の軽薄そうなタレ目も、不真面目を絵に描いたかのような茶髪も、髪の毛で隠したつもりでいるピアス穴も、着崩した制服も。どれもが太陽の価値観では理解できない物だったからだ。
太陽の《生い立ち》を鑑みれば妬み、憎んでいたと言っても過言ではない。
それでもクラスメイトだ。波風は立てたくない。
下手をすれば三年間同じ教室を共にするのだから、話しかけられれば笑顔で答えるに決まっている。しかし上辺だけだ。
口には出せないが、本心では太陽は末藤の事を「軽薄なチャラ男」と軽んじていた。
今日、ほんの数分前までは。
太陽にとって、末藤が教師に歯向かうのは意外だった。
彼の目には前の席に座る茶髪の少年は、不真面目で、軽薄で、いい加減で、長いものに巻かれるように立ちまわることが得意な人間に見えていたのだ。
しかし末藤はあの緊張感の中立ち上がり、見事に場を収めて見せた。暴力や抗議と言う力任せな物ではなく、たっぷりの皮肉を込めた《ヅラ発言》で。
お陰で無駄な課題を強要されてしまったが、太陽は全く気にしていなかった。
――彼は正しいことができる男だ。
見た目や態度で相手の評価を決め、今まで末藤の美点を見ようとしなかった自らの未熟さを恥じる。
そして、同時に思い至ることがあった。
――どうして、末藤君はあの時立ち上がれたんだろう。
縁もゆかりも無いクラスメイトの為に教師に喧嘩を売るなどと言うのは普通の神経では考えられない。
しかし、疑問はすぐに氷解した。《彼女》に話しかけようとする末藤を見て。
顔を真っ赤にし、言葉にならないような言葉を一生懸命放っている姿は、普段の遊び人然とした振る舞いからは想像もできないものだった。
一目瞭然。彼は、彼女――《村松紗耶香》に恋をしている。
食事に誘われた時は断るつもりだった。例え妹に用事があろうと、終わるまで待つつもりでいた。
しかし、ふと思い直す。
たった一人で陰険教師に立ち向かおうとした末藤に敬意を表しても良いのではないかと。
「分かった。付き合うよ」
――僕には人を見る目が無いな。
どこか自嘲的な笑みを浮かべ、太陽は椅子から立ち上がろうと足に力を込めた。
《間黒への抗議しようとしたが、末藤に先を越され立ち上がることのなかった足》に。